「明けない夜は無いんだよ」


 記憶の中にハッキリと焼きついてる言葉


 あれを言わせたのはいったい誰だったのか

 あれを言ったのはいったいいつだったのか












明けない夜
            〜変わらぬ月夜〜
 












「………んっ…」

(ここ、どこだ………?)


 頭がぼぉっとして上手く働かない。
 が、今までの経験からそれが麻酔によるものだと気付く。

 そして、左腕を見ればそこにはぐるぐるに巻かれ固定してある白があった。


「…また志保ちゃんに怒られるな………」


 埋め合わせとして今度はどんな薬品をプレゼントすればいいか、などと考えていた時、外から志保の叫び声にも似た悲痛な声が聞こえてきた。
















「そんな事をして彼が喜ぶとでも思ってるの!?」
「だけど…俺には他にしてやれる事はないから」


 彼の頼みを聞いた瞬間、志保は気が遠くなるのを通り越して眩暈さえしてきそうだった。

 確かに技術的には不可能ではない。
 組織に居た時にそんな研究もしていたのだから。

 決して不可能ではないが…それはまだまだ実用には不充分…それに…。


「貴方は…私に生きている人間の腕を切断しろと言うの?」


 しかも…よりにもよって貴方の腕を…何の障害もない健康そのものなその腕を…。

 そう今にも泣き出しそうな顔で訴える志保に新一は苦笑しながら、けれどはっきりと告げた。


「あぁ。俺にとってこの腕はそんなにたいしたもんじゃない。けど…快斗にとっては……」


 マジシャンにとっての『手』とは正に『命』。
 命そのもの。
 片腕が動かない。
 それはマジシャンを志す者にとっては死刑宣告と同じ。


「だからって、貴方の腕を彼に移植するだなんて…」


 無理にも程がある。
 いくら志保でもそんな事が上手くいくはずが無い。

 まして、自分は薬品専門。

 それなりの医療技術はあるが腕の移植ともなると話のレベルが余りにも違い過ぎる。

 人間の体には無数の神経が存在している。
 しかも、複雑な動きをする『手』ともなればその数は他の部分の比ではない。

 それを一つ一つ繋ぎ合わせるとなれば、いくら多少の技術を持っていても専門でない者には不可能。



 静かに、それでも瞳の奥に決意を秘めて新一は志保を見つめる。

 普通の病院では決して叶える事の出来ない望み。
 生きている人間の腕を移植するなどという馬鹿げた望み。

 けれど、志保ならば…あるいは…。


「失敗すれば、2人とも腕を無くすのよ?」
「それでも構わない」


 たとえ1%の可能性でも、彼の腕がもう一度動くのならその可能性に賭けてみたい。

 自分が腕を無くす事など、構わない。
 彼の腕がもう一度動くところを見れるのなら。


「だけど…」


 志保が何かを言おうとした瞬間、扉が開いた。


「黒羽君!?」
「快斗!!」

「…………」


 そこに現れたのは明らかに怒りのオーラを纏った快斗だった。
















「志保ちゃん…手当てして貰っといて悪いんだけど、新一と二人で話してもいいかな?」


 突然現れた快斗に志保は一瞬呆然としたが、彼が今の新一とのやり取りを聞いていたのはそのオーラで解る。
 ここは自分が何か言うよりは彼に直接言ってもらった方が良いだろう、と志保は後を快斗に任せる事にした。


「いいけど…貴方は絶対安静なのよ。だから話をするならベッドに寝ながらにしなさい。  それから、もしも何かあったら直ぐに知らせるのよ?」


 そして、静かにそう言うと志保はその場から離れた。











「新一…」
「その様子だと聞こえてたみたいだな」


 快斗の体調を心配して、大丈夫だと言う彼を無理矢理ベットに寝かせ新一はその横の椅子に座って話しをする事にした。


「どっから聞いてた?」
「…志保ちゃんが『そんな事をして彼が喜ぶとでも思ってるの』って言った辺りからかな」
「そっか…」


 だとすると大まかなところは全て聞かれてしまった訳か。

 新一は内心溜め息を吐く。
 出来る事ならば快斗が眠っている間に、事を済ませてしまいたかったから。


「で、新一はそんなことして俺が喜ぶとでも思った訳?」
「いや…」


 恐らくは…いや、絶対に怒るだろうとは思っていた。
 だからこそ、眠っている間に済ませてしまおうと思っていたのだ。
 それならば、いくら怒られても構わない。

 快斗の腕がもう一度動くのならば。


「なら俺が言いたい事はもう解ってるよね?」
「あぁ…」
「それならいい」


 そう言うと快斗は先ほどまで纏っていたオーラを普段の柔らかい物へと変えていた。
 そして新一から目を離し天井を見ながら呟いた。


「俺さ、本当は帰ってくるつもり無かったんだ」
「……それは聞き捨てならないな」
「こんな怪我して新一の元に返ってくれば心配するだろ?」
「当たり前だ」
「だから、本当は帰ってくるつもりなんか無かった。だけど…」
「だけど?」
「新一はいつも俺が帰ってくるの寝ないで待っててくれるからね」
「………気づいてたのか?」
「もちろんvv」


 キッドの仕事がある時は新一は決して寝ないで快斗の帰りを待っていてくれる。
 けれど素直ではない彼はベットで寝たふりをして待っているのだ。
 それに気付かない快斗ではなかったが、余りにも可愛らしいのでそれをあえて口に出そうとはしなかった。


「だからね…帰ってきたんだよ」


 じゃないと新一不眠症になっちゃうだろ?、と軽くウインクなんてしながら快斗は微笑む。


「…どうしてだよ…」
「ん?」
「どうしてお前はそんな風にしてられるんだよ!!」
「新一…」


 今まで冷静に話しをしていた新一が始めて声を荒げた。
 その綺麗な瞳からは真珠のような透明な雫が零れ落ちそうになっていた。


「お前の左手はもう……」
「うん、そうだね」


 快斗はなお穏やかな顔で静かにそう告げた。


「だから何でそんなに冷静で居られるんだよ!」


 目の前で余りにも静かに語る快斗に新一の瞳からは涙が溢れた。
 何故彼はそんなに穏やかで居られるのか、何故そんなにも優しいな顔をしているのか。

 何故……。


「ねぇ…新一」


 ぽろぽろと自分のために涙を流してくれながら俯いてしまった新一に快斗は優しく語り掛ける。


「俺はね、確保不能と言われた大怪盗だよ?この程度の事で挫けるような玉だと思う?」


 そう口の端を持ち上げながら快斗は続ける。


「たとえ片手が無くたってマジックは続けられるよ。まぁ、皆と同じって訳にはいかないけどね」
「快斗…」
「それとも新一は俺の言う事が信じられない?」


 そう快斗が訪ねると、新一はふるふると首を目一杯振った。

 目の前の魔術師はいつも不可能を可能にしてきた。
 それがどれほど困難でも、誰がどう見ても不可能としか思えなかった事でも。


「だったら俺の言う事だけ信じてて」


 そう言うと快斗は新一の泣き濡れた目元にそっと口付ける。
 まるでそれが自分の言った事への誓いだとでも言う様に。


「俺は決して諦めたりしないから、だから新一、応援しててね?」
「…うん…」


 そう聞き取れるか聞き取れないかの声で返事をすると新一は快斗の体を強く抱きしめた。
 それが今の新一に出来る精一杯の快斗への応援の形だったから。













to be continue….







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