掛け違えたボタン

 それが直されるのは


 ほんの些細な切欠なのかもしれない










歪んだ愛情【W】











「あら、工藤君」


 2回目のチャイムを鳴らした後、諦めて帰ろうとしたところで後ろから声を掛けられた。
 振り返れば、何度かお邪魔した時に会った事のある彼の母親の姿があった。


「あ、こんにちは」
「こんにちは。快斗に用事かしら?」


 買い物帰りなのだろう。
 スーパーの袋を幾つか持って微笑む快斗の母親。

 その母親らしい母親の姿に何だか感じた事のない懐かしさを覚えた。

 自分の母親のこんな母親らしい姿を余り見た事はない。
 まあ、職業柄仕方が無いのかもしれないが。


「ええ」
「おかしいわね。あの子家に居る筈なんだけど…寝てるのかしら? 呼んで来るから中に入って待って…」
「いえ。大した用事じゃないので、寝てるならいいんです」


 やっぱり、と思う。
 快斗はやっぱり家に居るのだ。

 恐らくは自分がした事を悔いて。

 でも、彼は自分の様に一人で住んでいる訳ではないし。
 何かする程馬鹿ではない。

 その事を確認できただけで安心した。


「そう? でも折角来たんだから上がっていって?」


 快斗の母親に笑顔でそう言われると断るのは心苦しかったのだが、今更になって快斗に会う勇気がなくなってしまった。


「いえ。今日でなくてもいいので…」


 そこは流石怪盗KIDの妻であった人。
 何かを察してくれたらしい。


「そう。それならまた遊びに来てね?」


 笑顔でそう言ってくれた。


「はい。ありがとうございます。じゃあ、お邪魔しました」
「いいえ」


 会釈をして帰ろうとしたところで、


「工藤君」


 再度呼び止められた。


「何ですか?」
「本当に、今度ゆっくり遊びに来てね」


 どこか不安そうに。
 まるで念を押すようにそう言われて。

 流石の新一も内心で苦笑した。

 本当に察しのいい人だと。


「ええ。必ず」


 出来もしない約束をしてしまったと思った。
 でも、そうなればいいと願うようにその約束をした。






























「快斗!」


 帰ってきたらしいと。
 慌てて階段を上ってきて、人の部屋のドアを思いっきり開けた母親に快斗はだるそうに目を向けた。


「何だよ」
「工藤君、来てたわよ」
「!?」


 その言葉に快斗も飛び起きた。


「新一が来てたってどういうことだよ!」
「そのままよ。チャイム鳴ったの気付かなかったの?」
「ちっ…」


 あのチャイムが彼だったのかと。
 そんな事絶対にないと思っていたからそんな予想すらしなかった。


「今ならまだ間に合うんじゃないの?」


 そういう母親の口元には若干笑みが浮かんでいた。


「母さん…」
「ほら、さっさと行きなさいよ」


 こういう時本当に敵わないと思う。
 きっと一生頭が上がらないだろう。


「さんきゅ」


 それだけ言って快斗は飛び出して行った。



「まったく…幾つになっても世話が焼けるんだから」



 後にはそう呟く母親だけが残っていた。
















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