好きになってもらえないなら
どうでもいい存在に成り下がるなら
嫌われた方がマシな事の様に思えた
歪んだ愛情【V】
「っ…」
どうしてこんな事をしてしまったのか。
どうして彼をこんなにも傷つけてしまったのか。
辛いのは彼なのに。
どうして自分が泣いてしまっているのか。
零れ落ちてくる涙を拭いながら彼をそっとマントで包み込む。
自分が引き裂いた彼の服。
手首に残る赤い傷。
そして彼の青白い顔。
彼とそういう事をした事が今までない訳ではなかった。
でも、こんな酷いことはした事がない。
酷くしたら彼は壊れてしまうのではないかと思う程細く白かったから。
「ごめんね。新一」
そう呟く自分の声すら白々しく響いた。
その夜はもう、それ以上言葉を紡ぐのはやめた。
「んっ…」
眩しい日差し。
小鳥の鳴き声。
朝を告げる光と音で少しずつ意識が覚醒する。
いつもと同じ朝。
けれど、
「っ…」
起きようとしたところで鈍い痛みが身体を襲った。
そこで漸く蘇った昨日の出来事。
無意識に両腕で自分の身体を抱き締めていた。
「快斗…」
こみ上げてくる涙。
嗚咽が漏れそうになったけれど、無理矢理押し留めた。
彼があんな事をするなんて思わなかった。
本当に予想すらしていなかった。
あんなにいつも優しく抱いてくれたのに。
あんなにいつも壊れ物を扱う様に触れてくれたのに。
それが――。
―――そこまで彼を追い詰めていたのだと今更ながらに実感した。
もう何も考えたくない。
考えたくないのに、考えないようにすればする程昨日の彼が鮮明に蘇る。
驚いて見開かれた瞳。
零れ落ちる涙。
堪えるように噛み殺された声。
それを思い出す度に拳を握り締める。
こんな気持ちで学校など行ける筈もなく。
一人であの部屋に居られる程強くもなく。
結局縋るように実家に帰って来てしまった。
それはまだ精神的に自立できていないのだと、何だか自分で自分を笑いたくなる。
学校にも行かず、何もする気になれなくて、一人部屋でベットに横になって天井を見上げていれば思い出すのは唯々彼の事だけ。
「新……」
もはや自分は彼の名を口に出す事すら赦されない気がした。
――ピーンポーン
そんな時、誰かの来訪を告げるチャイムの音がした。
今母親は買い物に出ている。
当然この家には自分しか居る筈もなく。
「誰かに会える気分じゃねえし…」
そう呟いてうつ伏せになると、枕へと顔を埋めた。
――ピーンポーン
それでも再度チャイムは鳴る。
けれど、無視すると決め込んで快斗は目を閉じた。
「居ねえのかな…」
学校に行っていないのだと彼の幼馴染から聞いた。
それを聞いてしまったら何だか凄く恐くなって…思わず彼の家に来てしまった。
きっと彼の事だから馬鹿な事はしないと解っている。
でも、それでも心配になった。
彼は言った。
『嫌われた方がマシだ』と。
それならば彼はまだ自分の事を―――。
「やっぱ居ねえか…」
チャイムを2回押したところで手を離す。
もし居るなら2回押せば出てくるだろうし、それでも出て来ないなら出たくないのだ。
そんな気持ちの彼を無理矢理呼び出すつもりはなかった。
携帯に電話をかければ早かっただろう。
でもそんな事をする気には、自分だと最初から特定出来る出会い方は出来なかった。
――だって彼を追い込んだのは自分なのだから…。