後悔をしていないと言えば嘘になる

 あの瞬間は全て嘘なのだと言いたくなる


 けれど、それでも

 それを言えないのは彼が一番大切だから










歪んだ愛情【T】













「んっ……」


 いつの間に眠ってしまっていたのだろう。
 気付けばもう日は高くなっていた。


「もう昼間か……っぅ……」


 麻酔が切れたのだろう。
 忘れていた痛みが左腕に走った。


「これも、罰なのかな…」


 そう思えばこの痛みすら喜びだった。
 そう思えばこの痛みすら幸せだった。


「快斗…」


 紡いだ想いは誰にも届く事無く、唯周りの空気へと溶け込んでいった。






























 何もする気がおきない。
 何もしたくない。

 寧ろ――もう生きていたくない。

 そう思っても不思議ではないぐらいの気持ちだった。


 彼が好きだった。
 とても言葉には出来ないぐらい。

 彼を愛していた。
 本当に世界で彼が一番大切だった。

 本当に心からそう想っていた。


 けれど彼はそうではないのだと悟ってしまった。


 それでも良かった。
 彼が、とりあえずは自分の事を傍に置いてくれているだけで嬉しかった。

 でも、彼は…。
 まるで生きていたくないとでも言う様に怪我をして帰って来る様になった。

 一月前の足の捻挫から始まり。
 三週間前の右腕の火傷。
 二週間前の左足首の罅。
 一週間前の頬の傷。

 そして今回の―――。


 まるで自分から離れたいと言う様な。
 まるでこの世界に居たくないと言う様な。


 そして悟った。















 ―――ああ、俺は彼の重荷でしかないのだ、と……。






























 自分の為にコーヒーを淹れる。
 久し振りの行為過ぎて豆を発掘してくるのにも骨が折れた。

 どれだけ彼が自分の生活に欠かせない存在になっていたのか。

 行動をすれば。
 時間が経てば。

 よりリアルに感じる様になっていた。















 自分の為にコーヒーを淹れる。
 久し振りに自分の隠れ家にしているマンションに帰ってきたからコーヒー豆はすっかり香りが飛んでしまっていた。

 こんなもの彼には出せない。

 そう思ってから我に返る。
 もう彼にコーヒーを淹れる事もないのだと。

 彼の家に最初に行った時は角砂糖を五個も六個も入れなければ飲めなかったコーヒー。
 今ではもうブラックで飲めるようになってしまった。

 それだけで、彼と居た時間の長さを感じた。






























「快斗…」


 引っ張り出してきたのはこの家に快斗が来た時に撮った写真。
 そういえばあの時快斗は何一つ持ってはこなかった。

 歯ブラシも。
 スリッパも。
 お揃いのパジャマも。

 快斗が来てから全部揃えた。

 それからも快斗はこの家に物を持ち込むことはしなかった。
 だからもしかしたら快斗は分かっていたのかもしれない。


 ―――いつか出て行く日が来るのではないのかと。















「新一」

 引っ張り出してきたのは彼の家に快斗が初めて泊まった日撮った写真。
 結局そのまま居ついてしまったけれど。

 夜の顔の為に用意した一人の家に帰るのは嫌で。
 新一の傍にずっと居たくて。

 歯ブラシも。
 スリッパも。
 お揃いのパジャマも。

 一つずつ新一と同じものが日々彼の家に増えていくのが嬉しかった。
 日々あの家に自分の居る証が増えていくのが嬉しかった。

 だからあの家から出て来る時快斗は何一つ持ってくることはしなかった。


 ―――いつかあの家に帰れる日が来るのではないのかと期待して。
















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