大切な人はこの腕の中に居る

 大切な人は自分の一番近くに居る


 なのに、何故

 どうして彼だけを助ける事ができないんだ?








籠から出た蒼い鳥[15]〜








 気まずい沈黙。
 けれどどちらも喋ろうとはしなかった。

 いや、厳密に言えばきっと喋れなかったのだろう。
 あまりにも無常過ぎる現実を抱えてしまって。


「哀ちゃん…」


 けれど、いつまでもそうしている訳にはいかない。
 快斗はそう思って口を開いた。


「どうしてわざわざそれを言いに来てくれたの…?」


 きっと自分は今酷い顔をしているのだろう。
 そして酷い空気を纏っているのだろう。

 向けた視線の先の彼女の顔が強張ったのがそれを象徴していた。

 彼女のせいだけではないのは分っている。
 けれど薬を作ったのは彼女だ。

 彼の大切な人。
 怨みたくなんてない。
 怨みたくなんてなかった。


 けれど―――そこまで強い人間には快斗はなれなかった。



「どうしてわざわざ言いに来た?」
「黒羽君…」
「新一は俺に何も言わなかったよ。
 ひたすらに隠し続けてた。苦しくても必死にね。それをどうして今君が俺に告げる?」


 もう隠し切る事など出来なかった。

 今まで目を瞑ってきた憎悪も怨みも。
 彼が居るから許すことが出来た。
 彼が居たから傍で笑っていることが出来た。

 けれどこんな時に気付く。

 自分は所詮―――優しい仮面を被っていただけの裏側の人間なのだと。


「それは…」
「俺や新一の為なんて言ったら俺は君を殺すよ?」


 きっと普通の人間でも少しは悪寒の走るであろう殺気。
 組織に居た人間ならそれを更に悟っていい筈だ。


「それに…それに、もしも万が一君が唯俺と新一に断罪して欲しいだけでこの事実を今俺に告げたのだとしたら…。俺はきっと一生君を許すことが出来ない」
「………」


 何も言葉を紡ぐ事の出来ない哀。
 その姿に快斗は嫌がらせの様に溜息を吐いた。


「そういう事か…。君は俺に怨まれたくて来たんだろ?
 新一がきっと俺にそれを言わない事…そして、俺がそれにいつか気づく事を分っていて。
 そうなった時はもう遅いから、だから俺達のために言いに来た。それが君の大義名分だ。
 でも本当は違うんだろ? 君は責めて欲しかったんだ。俺に…新一の代わりにね」
「………」


 流石だ、と思う。

 これだけ辛辣な言葉を並べ立てれば普通の女の子なら泣いている。
 けれど哀は瞳に涙すら浮かべる事なく、真っ直ぐに快斗を見詰め返してくるだけ。


「分ったよ。君に新一が救えないなら…」


 言葉を切って快斗はソファーから立ち上がる。


「黒羽君?」


 その動作に少し戸惑いながら哀は快斗の名を呼ぶ。

 その声に振り返った快斗は―――笑っていた。


「俺が新一を救うよ」
「救うって…どうやって…」

「これだよ」


 快斗の手にいつの間にか持たれていた透明な石。
 快斗の掌いっぱい程の大きさのそれを哀は一瞬訝しげに見詰め、けれどその次の瞬間それを理解したかの様に口を押さえた。


「それは…まさか…」


 哀のその姿に快斗は笑う。

 暗く。
 微笑む。










「そうだよ。これが―――愚かな女パンドラだ」








to be continue….



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