嘘でいい

 偽りでいい


 だから今だけは

 『幸せ』という名の嘘に溺れさせて下さい










籠の中の蒼い鳥[10]〜










 ――トントントントン。


 階段を下りてリビングに入ればキッチンから聞こえるのは規則正しい包丁の音。
 それは昔…2年前までは毎日耳にしていた音。
 暖かい朝の音。


「快斗…」
「新一…」


 キッチンでで料理をしている快斗の名前を呼んでゆっくりと新一は近付く。
 何とか落ち着けることの出来た心の痛みを抱えながら。

 お互いを見詰め合ったまま、気まずい沈黙だけが流れる。
 暫くそのまま見詰め合い続けて、先に沈黙に耐え切れなくなったのは新一だった。


「……ごめん」


 快斗から視線を逸らし、そう言って俯いてしまった新一に快斗は顔を歪めて。
 手にしていた包丁をシンクへと放り出し、新一を抱き締めた。


「俺こそ、ごめん」


 ぎゅっと新一を抱き締めれば背中に回された細い腕。
 この細い身体にどれだけのものを抱えているのか解らないけれど。
 それでも自分の傍に居てくれるのならば苦しみよりも幸せを与えてあげたい。

 例えそれが――『偽りの幸せ』であったとしても。


「お前は悪くない…」


 ぎゅっと快斗の背中に回された手に力が籠められる。


「お前は悪くないんだ…」


 繰り返される言葉に新一が泣いているような気がして、快斗は新一を抱く手を緩め右手を外すと新一の顎へかけ顔を上げさせる。
 けれどそこには蒼い宝石が瞬いているだけで透明な雫は存在しなかった。
 それでもその瞳が辛そうに曇っていることに変わりはない。


「新一も悪くないんだよ」


 彼の髪を撫でながら、ゆっくり言い聞かせるようにそう言ってもその曇りが晴れることはなく。
 それどころか余計に広がってしまうようで快斗は内心で酷く焦る。

 新一以外の人間ならば今まで幾らでも上手く言い包めて来たのに。
 目の前の聡い恋人にはそれも通じない。
 それが歯痒い。


「新一は悪くない…」


 もっと何か上手く言えたらいいのにと思いつつも言えるのはそれだけで。
 けれどそれだけで新一は快斗の思いを感じ取ったのか、ほんの少しけれど優しい笑みを口元に浮かべた。


「ありがとう…快斗」


 その新一の表情に快斗はほっと胸を撫で下ろしにっこりと微笑んだ。
 ほんの少しではあったけれど曇りが薄れた気がしたから。

 お互いがお互いを見詰めたまま、ぎゅっと互いに抱き締めあって。
 どちらが抱かれている、どちらが抱いているというものではなく。
 お互いがお互いに抱かれている。
 そんな気がする。


「大好きだよ」


 これ以上何も言えなくて、けれどそれが一番伝えたい事で。
 誰よりも、何よりも大切なのは腕の中に居る恋人だけだから。


「俺も…好き…」


 素直に返された同意に嬉しくなって、自然と彼を抱く腕に力が籠もる。
 返される腕の力が背中に酷く心地良い。


「ずっと…大好きだから…」


 まるで誓いの様にそう囁く。
 それは嘘偽りない本当の気持ち。

 ずっとずっと見詰め続けていたいのは彼だけ。


「俺も…」


 恥ずかしそうにけれど素直にそう言って、新一は快斗を見詰める。
 快斗の一番大好きな瞳で。


「ありがとう」


 その幸せが永遠に続くような幻を見ていた。




















「どう? 美味しい?」
「ああ。美味いよ」
「それなら良かった♪」


 朝食を一緒に取る。
 久し振りに会った二人にはその些細な事すら幸せだった。


「相変わらずの料理の腕だな」

 いっその事調理師にでもなったらどうだ?


面白い提案をしてくれた新一に快斗は悠然と微笑んで見せる。


「ああ。もう持ってるよv」
「!?」
「趣味と実益を兼ねて、調理師の夜間学校に通っちゃったv」


 みてみて♪、なんて言ってどこから出して来たのか調理師免許を出してきた快斗。
 それには流石の新一も呆然としてしまう。


「お前だったらこんなの偽造するのなんか容易いだろ…」

 態々ちゃんと取らなくても…。

「ダメ! こういうのは証明なんだから!」

 ちゃんと取らなくちゃ!

「………」


 まったく、変な所で律儀な奴だと新一は苦笑して。
 それでもちゃんと、


「でも、ホント凄いな。」


 快斗の事を認め、褒めてやるのだけれど。


「ありがと♪ 新一に褒められると照れちゃうv」
「気持ち悪いから女声は止めろって」


 二人してくすくすと笑って。
 いつもの様にじゃれあって。

 こんな状態が、こんな幸せがずっと続くと思っていた。


「じゃあ新一、コーヒー入れるからちょっと待ってて?」
「ああ」


 食事を取り終わって。
 ソファーへ腰掛けた新一に快斗はそう言って微笑んで台所へ行く。

 主夫の領域らしい台所。
 そこに新一が入る事は快斗が来てからは無くなってしまった。

 曰く、


『台所は主夫(主婦)の聖域なんだから!!』


 らしい…。

 なんだかなぁ…と思いながらも敢えてそれは言わず、とりあえず入るのを止めている。
 だから新一は快斗が来てから正に『上げ膳、据え膳』状態なのだけれど。


「はい♪ どーぞv」
「さんきゅ」


 パタパタとわざとスリッパの音を立てて戻ってきた快斗。
 その手には二つのマグカップ。

 まあ、中味の色は相変わらず違うのだけれど。


「相変わらずそのコーヒーもどきなのか…ι」
「だって苦いんだもん…;」
「………」


 快斗が住み着いて一番最初に新一が頭を抱えた事。
 それは―――快斗の作るコーヒーもどきである。

 相当の甘党らしいと夜の顔の時から知っていた。
 けれど、そこまで酷いとは思っていなかった。

 なんせ初めて新一の家でコーヒーを出してやった時、快斗はあろう事か角砂糖を6つも入れたのだ。
 ありえない…、そう新一が呟いてしまったのも仕方が無い事だろう。

 まあ、それに加えてどぼどぼとミルクが注ぎ込まれているのを見る頃には眩暈を起こしそうになっていたらしいが。


「新一こそ、身体労わるんならブラックはダメだよぉ?」
「いーんだよ。俺の楽しみはこれぐらいなんだから」


 もぅ…、っと言いながらも快斗もそれを許してしまう。
 そこは惚れた弱みというところか。


「大体コーヒーっていうのは……」


 苦味があってこそいい。
 そう新一が語ろうとした時、朝と同じ様に急に胸に痛みが走った。


「っ……」
「新一!?」


 咄嗟に抑えた胸。
 隠す事など出来なかった。


「新一! どうしたの!?」


 快斗がその身体を支えてくれる。

手に持っていたマグカップすら支える事が出来ず、ソレが床へとゆっくりと落ちていくのを新一は唯見ている事しか出来なかった。















to be continue….


ついにばれてしまいました…。

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