出逢いは偶然
再会は必然
例えそれが限りあるものだとしても
俺はお前の傍で幸せになりたい
〜鳥籠から出た蒼い鳥[1]〜
「コ…ナン……?」
「久しぶりだな快斗」
彼の居ない日々に疲れて。
何もかも考えるのが嫌になって、周りと同じ普通の生活を送る為に大学へと進んだ。
何時もの様に唯時間を消費する為だけに学校へと行って。
何時もの様に自分の家ではない彼の自宅へと帰宅した。
けれど玄関で出迎えてくれたのは此処にいる筈のない彼の姿。
この2年間全く変わる事のなかった毎日が一瞬にして色付き始める。
「何処行ってたんだよ!!」
今まで何処にいた!どうして一言の連絡もしなかった!!
そう叫び鞄を放り出した快斗にがくがくと肩を揺さぶられながら新一は苦笑する。
快斗の瞳に透明な光る雫を見付けたから。
「快斗。落ち着け」
頼むからそれ以上揺するな。
「あっ…ごめん」
新一の言葉で我に返った快斗はぱっと新一から手を離し、けれど次の瞬間には新一を強く抱き締めた。
もう二度と離さないとでも言うように。
「…ずっと…逢いたかった……」
「俺もだよ」
「コナン…」
ぎゅっと抱き締められた腕の中で新一は幸せそうな笑みを浮かべ、自分も快斗の背に手を回す。
ずっと長い事感じていなかった温もり。
それを今こうしてあの頃よりも近付いた視線で感じられるから。
けれど未だに変わらない彼の呼び方に苦笑する。
「もう俺は『江戸川コナン』じゃねえんだが?」
「あっ…」
腕の中から快斗を見上げて悪戯っぽくそう言った新一に快斗は一瞬固まって、改めて確認するかの様に新一を抱く腕に力を籠める。
「戻ったんだよね…」
「ああ」
「じゃあ、新一って呼んでもいいの?」
「もちろんだろ」
「……新…一……」
躊躇いがちに始めて呼ばれた自分の名前に新一は眩しい程の笑顔で答える。
ずっとずっと呼んで貰いたかった本当の名前。
新一がやっと本当の新一に戻れた瞬間。
「新一…新一…」
噛み締める様に大切に大切に快斗は新一の名前を紡ぐ。
ずっとずっと呼びたかった名前だから、呼べる事に彼が腕の中に居る事にこれ以上ない程の幸せを感じて。
「…快斗。ずっと逢いたかった」
「新一…」
「悪かったな連絡…出来なくて」
新一の綺麗な顔が少し辛そうに歪められて、快斗は慌てて首を横に振る。
「いいんだよ。出来なかったんでしょ?」
何か理由があったんでしょ?
「ああ…」
「……話しゆっくり聞いてもいい?」
ゆっくりと頷いた新一に快斗は満面の笑みを浮かべ、新一を抱き上げた。
抱き上げられた新一は一瞬驚いたような顔をして、その後真っ赤に染まった頬を隠す様に快斗の胸へと顔を埋めた。
「新一。コーヒーでいい?」
「えっ…ああ…」
新一を抱き上げたままリビングへ入って、新一をソファーに座らせて快斗は昔と同じ様に尋ねる。
けれど返ってきたのは昔の様に即答ではなく少々戸惑った答え。
「新一?」
「…悪い。ここんとこ灰原に止められてたから」
「もう飲んでも大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ」
「そっか」
快斗も今は深くは聞かない。
これから聞く時間は幾らでもある、そう思ったから。
「悪いな淹れさせて」
「いいの。気にしないで♪」
寂しいかもしれないけどちょっとだけ待っててねv
そう言ってキッチンへと入って行く快斗は昔と何ら変わらなくて。
二年もの月日が経ったなんて嘘の様な気がする。
新一はその背中を見送った後、視線を今居るリビングへと戻す。
そこにあるのは2年前と同じ光景。
綺麗に掃除された部屋。
ぴかぴかに磨かれた窓。
そして…あの年のあの月のまま捲られていないカレンダー。
「あれ…」
それは昔二人で一緒に買い物に行った時快斗が買った物。
『このカレンダーが全部埋まるぐらい二人だけの記念日を作ろうねv』
なんて言ってたっけ…。
新一はすっと立ち上がって、引き寄せられる様にカレンダーの前まで歩いて行きそっとそれに触れる。
「新一?」
そこに快斗がマグカップを2つ持って戻ってきた。
「これ…捲ってないんだな」
「ああ。それは新一の為に買った物だからね」
にっこり笑ってそう言って、マグカップをテーブルに置くとカレンダーの前に立っている新一を後ろから抱き締めて。
新一の手の上から自分の手を重ねる。
「だからね、新一が戻って来たらまた捲ろうと思ってたんだ」
そう言った快斗の言葉は新一の胸にぐさりと突き刺さる。
自分はまた同じ事をしようとしているから。
「…ごめん」
「何で謝るの?新一が謝る事なんて何もないよ?」
優しくそう言ってくれる快斗を振り返る勇気はなくて。
新一の視線はカレンダーに向けられたまま。
「あ、でも新しいの買って来なきゃね」
何かを感じ取ったのか、敢えておどけてそう言ってくる快斗に新一は首を横に振る。
「これでいい」
「でも…」
「これでいいんだ」
ほんの少しだけ俯き加減で、けれどはっきりとそう言った新一に快斗は苦笑を浮かべてぎゅっと新一の手に重ねたままの手に力を籠めた。
「解った。新一がそう言うならこれ使おっか」
曜日さえ気にしなければ使えるし。
こくんと頷いた新一を快斗はゆっくりと自分の方へと向かせて。
そっと顔を覗き込む。
「ゆっくり聞くから」
よしよしと髪を撫でてくれるその手が優しくて。
新一は快斗の胸に頭を預けて瞳を閉じる。
とくん…とくん……。
聞こえてくる彼の心音が耳に心地良い。
それはまるで子守唄の様で、意識がゆっくりと深い所へ沈みかける。
「新一?眠い?」
「…ん」
とろとろと意識が溶けて持って行かれる様な感覚。
それは酷く暖かく心地良い。
新一の様子から状態を把握した快斗は新一の身体を少しだけ離して、それからそっと抱き上げた。
「じゃあ寝室に運んであげるから」
「……ん」
腕の中で頭を快斗の胸にすり寄せてくる新一に快斗は柔らかい笑みを零す。
「起きたらゆっくり話ししようね」
もう既に眠りの淵へと意識が落ちている新一にそう語りかけながら部屋を出て、ゆっくり階段を上る。
「まったく…また夜更かししてたのかな新一君は」
腕の中の彼は細くて白くて。
哀ちゃんの所に居たのなら大丈夫だとは思うのだけれど、まるで硝子細工の様なその身体に快斗は形の良い眉を少しだけ寄せる。
「…起きたら何か食べさせないとな」
冷蔵庫の中の物を思い浮かべ、食べ易そうな料理のレシピと照らし合わせながら寝室のドアを開け中に入り新一を起こさない様に静かにベットに横たえる。
その上から優しく布団をかけてやって、そっとベットサイドへと腰を下ろす。
「…色々あったんだろうね」
さらさらの髪を撫でながら静かに答えの返ってこない会話を続ける。
「俺も色々あったんだよ?」
相変わらずKIDは続けているし、相変わらず組織に追われてるし。
でも…。
「新一が居ない間は全部どうでも良かったんだ」
KIDも。
パンドラも。
KIDを続けていたのも、もしかしたら新一に会えるかもしれないと思っていたから。
ただそれだけ。
「ずっと待ってたんだ」
時折もう一生新一が帰って来ないんじゃないかと酷く恐くなったりもしたけれど。
今こうして俺の所に帰って来てくれたのだから。
「もう離さないよ」
誰が何と言ったって、何処にも行かせないし誰にも渡さない。
新一に誓うかの様に呟いて、快斗は新一の髪を撫でていた手を離してそっと立ち上がる。
新一が起きたら食べられるように夕食の準備をしなければならないから。
「ゆっくりお休み新一」
最後にそれだけ言うと快斗は静かに寝室のドアを閉めた。
「……ごめんな…快斗」
独りになった寝室で新一は苦しそうに呟く。
その瞳からは透明な雫が零れ落ち枕を濡らす。
「…ごめん……」
でも…それでも俺は…。
苦しげに呟かれた言葉の先は、しゃくり上げる涙声の中へと消えた。
to be continue….
書いてくうちにどんどん新一さんが可愛くなってく…(悩)
きっと次回は…短い筈。
back next
top