ねえ、どうして？
貴方は彼を何よりも大切にしていた筈
なのに何故こんな事をするの？
バロック５：解明
「………彼なのね」
「ああ」
お互いの間に重い空気が流れる。
嘗ての協力者が今度は…『敵』に回ったのだから。
「でもどうして…」
「それは俺にも解らない」
天井から視線を志保へと移して、新一は一つ溜息を吐く。
その顔に浮かんでいるのは『疲労』の二文字。
「工藤君、貴方何日寝てないの？」
「何日って別に俺は寝て…」
「貴方は私が貴方の主治医を何年やっていたか忘れたの？」
「………」
黙りこくった新一に志保は深々と溜息を吐く。
「相変わらずね。そういう所は」
何かがあると彼の場合は直ぐ睡眠と食欲が無くなる。
そして身体にガタが来て初めて自覚するのだから性質が悪い。
「悪かったな」
ぶすっとした表情を浮かべると新一は年齢よりも少しだけ幼く見える。
それは常の気を張っている彼とは違うからかもしれないが、そんな時の彼が志保には酷く可愛らしく感じられた。
彼は自分に強くある事を課してきた。
そしてそれはあの事件後更に激しくなった。
時々それが危なっかしくて。
彼が何時か壊れてしまうのではないかと志保は常々危惧していた。
けれどそれもあの魔術師のお陰で軽くなったと思っていたのに…。
「悪いと思うなら少しは寝たらどう？上なら空いてるわよ」
「別に其処までして貰う義理は…」
「あら、私にはそんな義理ない、なんて言わないわよね？」
「………わぁったよ」
何だか釈然としないまま、新一は志保に視線で諭された様にリビングを出る。
２階に用意されている客間で少しの仮眠を取る為に。
「まったく…ほんとに相変わらずなんだから」
新一が出て行ったリビングのドアを見詰めて志保は苦笑を零す。
一時は彼に淡い恋心を抱いていた時期もあった。
あの状況下において彼は自分にとって正に『正義の味方』そのものだったから。
けれど月日を重ねる毎に、彼をより知っていくうちに、その想いは『家族愛』に似たものなのだと解った。
博士が居て、彼が居て、その事に酷く幸せを覚えていた。
あのまま平和な日々が続けばと思っていた程に…。
「でも…どうして…」
少しだけ昔の事を思い出した後、志保は再び資料を手に取った。
そこに写し出されているのは無残に殺されている見た目は子供でも中身は大人だった筈の人間の死体。
その余りに残虐な殺し方に志保ですらその写真をじっと見ているのは１０秒が限界だった。
あの優しかった彼にこんな事が出来るのだろうか？
嘗てあんなにも屈託無く笑っていた彼がこんな事をしたのだろうか？
新一の話を聞いた後ですら目の前の現実が信じられない。
あの日で全ては終わった筈だった。
何もかもが終わりを告げ、新しい人生を彼も歩んだ筈。
なのにどうして今更こんな事をする必要があるのか。
「………」
意を決して再度その写真の中の死体を見詰めて志保は別れ際の彼を思う。
それはずっとずっと志保の中で引っかかっていた事。
それはずっとずっと思い出さないように、考えないようにしていた事。
最後に見た彼の瞳には誰が映っていただろう。
最後に見た彼の瞳には翳りが存在してはいなかっただろうか。
そしてあの約束を照らし合わせれば…。
「まさか…まさかその為なの…？」
科学者の予感が的中していた事が解るのはもう少し先の話し…。
to be continue….