『幼児化した人間が次々に殺されている』
その事件が新一の耳に入るまでに
たいした時間はかからなかった
バロック2:過去
それは『極秘』として新一の耳に入ってきた。
表向きには公表出来ない事件。
人間が自然の理に反して幼児化する等という事は本来有り得ない事。
けれどそれを聞いた瞬間、他の人間がその事実を疑う中で新一だけがある核心を持っていた。
この事件は奴等によるものだ、と。
「どうして…」
今日は資料を貰うだけに留め、早々に家へと引き籠もった。
手が震える。
喉がカラカラになって、張り付く様な感覚がする。
目を瞑れば、嘗ての光景がフラッシュバックする。
飲まされた毒薬。
骨が溶ける様な痛みを伴って小さくなっていく身体。
潰した筈だった。
データーも何もかも全て、あの薬の資料になりそうなモノ、そしてそれに関わった人間は他のモノよりも厳重に処分した筈だった。
その事を思い出し少しだけ安堵感を覚えるが、それでもあの恐怖は拭えない。
そして、その後に自分のした事を思い出す度新一の内が悲鳴を上げる。
嘗て自分は組織を潰す為とはいえ犯罪に手を染めた。
しかも、最大の罪ともいえる『殺人』にだ。
人の焼ける匂いも、飛び散って自分へと掛かった生温かい血の感触も。
全てを新一の五感が、そして心が覚えている。
当時は思い出す度に気持ちが悪くなって、吐き気すら感じていた。
それは自分に対しての嫌悪なのか。
それとも他の何かに対してなのか解らなかったけれど、それでも壊れかけたのは確か。
その壊れかけた状態から自分を救ってくれた彼が居なければ、きっとあのまま壊れて狂ってしまっていただろう。
嘗て白い罪の衣装を纏い、夜を翔けていた怪盗。
『犯罪』と関係はあっても『殺人』とは無縁だった彼をこちら側に引き寄せたのは紛れも無く自分。
追っていた組織が同じ事は直ぐ解った。
利害関係の一致、正確な判断力、行動力、そして…組織に対する思い。
それら全てが『共犯者』となるには完璧過ぎる程一致していた。
最初は組織を潰す為のパートナーでしかなかった。
実際問題彼は頭が切れる奴だったし、行動力も有り余る程だった。
敵としてはやっかいだったが、一端自分の側に引き込んでしまえばこれ以上はない強い味方になった。
必要だから一緒に暮らして。
必要だから仲良くなって。
目的を達成する為のパートナーだった筈が、違う意味でのパートナーになっていったのは何時の日だったか。
彼に対する自分の想いが変わったのは一体何時からだったのか。
明確に目で見る事の出来ない想いは徐々に自分の中を侵食していって。
気付けば手遅れな程に彼に惹かれている自分に気付いた。
だから、だから焦った。
彼は『怪盗』自分は『探偵』。
関係は常に対称でなければならなかった。
もしも自分がこの関係を崩してしまえば、彼に迷惑が掛かる事は必至だった。
『怪盗』としての誇りを捨てさせたのは自分。
『怪盗KID』として人を傷付けない事を信条にしてきた彼に『殺人』を犯させたのは紛れも無く自分。
彼に対する負い目など幾らでも有った。
それは『恋』とか『愛』とかで誤魔化し切れない程、深く大きな負い目であり、その罪の意識に自分は耐えられなかった。
彼の想いは解っていた。
彼の願いも解っていた。
それでも自分は最初にした約束に縋ってしまった。
『組織を潰したら、もう二度と逢わない』
それは一番最初にした約束。
その時はお互いの安全を、そしてお互いの未来を案じての約束だった。
けれど、最後の最後ではその約束は自分の逃げ場になった。
伝えられない想い。
告げてはならない言葉。
全てを自分の内に隠し持ったまま俺はアイツの元を去った。
別れの言葉を唯の一言も告げる事無く…。
「アイツも気付いてるのか…?」
資料を眺めながら一人呟く。
犯行手口、解っているだけのコードネーム、そして…目撃情報から解る犯人の服装。
それら全てが嘗ての組織と同じものだった。
当然彼も気付いている筈。
だとしたら……。
「アイツからコンタクトがあってもいい筈…」
けれど、その思いも次の瞬間には一瞬にして吹き飛んだ。
資料の中に有り得ないモノを見つけたから。
組み込まれた暗号。
それは小さなヒントだった。
きっと普通に資料を見ているだけでは誰も気付かない様なもの。
けれど嘗て関係していた自分になら解る。
いや、寧ろこれは…。
「俺に対するメッセージなのか…?」
その言葉に答えを返す者は其処には存在しなかった。
to be continue….
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