壊れかけた心

伝えてはならない想い

けれど抱えきれないソレは

俺の中で静かに歪み始めていた










バロック1:狂気










『平成のシャーロック・ホームズ復活!』
『東の高校生探偵、久々のお手柄!』
『日本警察の救世主再び!』

 新聞、雑誌等各社挙って書き立てているのは平成のシャーロック・ホームズと呼ばれている『工藤新一』が久々に表舞台に戻ってきた事。
 そしてその能力が以前にも増し鋭く洗練された物になった、という事。

 それは事実であると同時にある種当たり前の事だった。
 唯知識だけを頼りに『探偵』として活動していた昔とは違うのだから。

 実際に命を狙われ、万に一つの確立で身体が幼児化し、その身体であの組織と互角にやり合った。
 それで成長しない筈がない。

 それに、あの組織を潰す時に活用したツテは今も最大限に活用されている筈。
 そんじょそこらの『高校生探偵』とは格も、覚悟も違う。


「………戻ったんだよな」


 テレビや新聞で『工藤新一』として活躍している彼を見詰め、改めてそう思う。
 視線の先の彼は酷く生き生きとした目をしている。
 それを見る度に思う。
 ああ、彼はやっぱり『探偵』なんだと。















 組織を潰す為には正攻法ばかりでは無理だった。
 法に触れる事、裏の世界に突っ込む事、出来得る事は、殺人以外は何でもやった。

 いや、寧ろ…組織を潰す段階で殺人すら犯した。
 それは苦汁の選択で、お互いに最後の最後まで悩んだ事だったけれど、それでも他に選択肢はなかった。
 彼の身体を取り戻す為、そして組織を潰す為には手を穢す必要があった。

 それが例え、今までの自分の誇りを捨てる事になったとしても。

 人を殺さないのが先代のスタンスだった。
 自分もそれを受け継いだ。
 それはある種の誇りでもあった。
 人を傷付けず、時には義賊を気取り…あくまでも『怪盗』であろうとした。

 けれどそんな誇りすら彼の為ならば捨てる事は惜しくなかった。
 寧ろそんな物嬉々として捨てた。

 彼の為に出来る事は限られていて。
 けれど、それは自分にしか出来ない事だったから。

 しかしそれらは建て前でしかなく、本当は―――。




 ―――彼と心の闇を共有する『共犯者』になりたかっただけ。




 潔癖過ぎる程潔癖だった名探偵。
 自分が傷つくよりも人が傷つく事に痛みを覚える様な、そんな優しい彼。

 だからこそ、壊れた瞬間は蛹が蝶になって飛び去る様に美しかった。

 全て壊した人間があそこまで輝ける事を初めて知った。
 闇の中にその身を置きながら、それでも輝き続けた光。

 けれどそれもそう長くは続かなかった。

 闇を飛び続けていた蝶は其のうちに羽根に絡みつく血で身動きが取れなくなっていった。
 狂った様に残忍になる時もあれば、それを死ぬ程に、本当に自ら命を絶とうとする程に何処までも落ちていく事もあった。

 確実に狂っていくバランス。
 ガラガラと音を立てて崩れていく足元。
 嘗て『光の魔人』と称されたその光さえ翳りを見せた日もあった。

 だからこそ焦った。
 彼が狂う前に、崩れてしまう前にこの闇から解き放たなければならない、と。


 それからはもう必死だった。
 本当に寝ずに詰めの作業を行った。
 本当に死ぬ思いで、計画を実行した。


 そして死ぬ思いで組織を潰した後、最後に残ったのは彼を蘇らせる黄金の薬。
 けれどソレを目にした瞬間、俺は自分の中にどす黒い欲望が生まれていくのを感じた。


 コノママコレヲカクシテシマエバイイ
 ソウスレバカレハオレノモノ


 本当に実行するところだった。
 その薬を燃え盛る炎の中に投げ込もうとした事も、海に投げ込んでしまおうとした事もあった。

 それぐらい、怖いぐらい彼に自分の全てを持っていかれていた。
 心も、身体も、そして…自分の未来さえも。


 それは『恋』とか『愛』とかそんなもので表す事の出来ない想いで。
 言うならば、いっその事彼の内に溶け込んでしまいたい、と想う程だった。 








 結局、計画は実行されなかった。
 それが彼への愛だったのか、それとも唯の理性だったのか。
 何にせよ計画が実行されなかった事に変わりはなく、自分の手から彼に渡された薬は確実に小さな科学者の元へと渡った。
 それからはそれまでの苦労が嘘の様に早かった。

 解明された成分。
 直ぐに作る事の出来た解毒剤という名の毒。

 確実に身体を蝕んでいた毒を、更に毒で壊して。
 リスクを背負い込んだままの身体に更に鞭打って。

 『江戸川コナン』は『工藤新一』へと戻っていった。










『組織を潰したら、もう二度と逢わない』


 それは当初からの約束。
 自分達が手を組んだのは、目指す組織が同じだったから。
 唯それだけ。
 そう、それだけだった。彼にとっては本当に。

 別れ、なんてご大層なモノはなく彼は普通に自分の許を去って行った。
 其処には自分の持っている様な『未練』も『感傷』も『愛執』もなく、彼の感覚で言えば自分はきっと『唯の仕事上のパートナー』だっただけなのだろう。

 一緒に過ごした1年近い日々も。
 互いが互いに命を預けた戦いも。

 彼にとっては唯の『探偵』としての『仕事』に過ぎなかったのかもしれない。
 仕事である以上そこにそれ以上の想いは存在しない。

 解っていてもその事実は段々と俺自身を歪めていった。


 彼を失って、それでもなお募る想い。
 零れ落ちそうな言葉。
 止めど無く溢れ続ける涙。

 女々しいのかもしれない。
 諦めが悪いと言われればそれまで。

 それでも、忘れる事はおろか、一秒だって彼の事を考えなくて済む時なんてなかった。
 彼以上に関心を持てる人間なんか存在しなかった。

 欲しいのは彼だけ。
 手に入らないのも彼だけ。

 その事実が奇妙なパラドックスを生みながら、自分自身を歪めていくのに時間はかからなかった。
 そして、『工藤新一』が世に復活してから1ヵ月後、俺は活動を始めた。















 最初に行ったのは残党集め。
 次に行ったのは新人教育。

 各国から選りすぐった人材は思い通りに動いてくれた。
 いや、動かしたという方が正しかったのかもしれない。

 組織で使われていたコードネームもそして黒ずくめの衣装もそのまま残し、過去組織に関わった者なら誰でも解る様にした。
 そして自分の纏っていた『白』すらも、組織の『黒』へと染め上げた。

   より強く、より根深く。
 徐々に徐々に裏から世の中を侵食していった。

 表に出るヒントはあくまでも稀少。
 けれどそれは『名探偵』が見たら必ず気付く代物。





 ――その頃警察内部では『幼児化した人間の連続殺人事件』という表には出せない事件が極秘に捜査され始めていた…。











to be continue….

注意書きを読んだ上でのご拝読有り難う御座います。
第一話目で解る通り、うちのサイトでは珍しい(?)全体的にシリアスなお話しです。
宜しければラストまでお付き合い下さいませv

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