「はい新一vV あ〜んVv」

「…てめえは俺に喧嘩売ってんのか?」

「酷いわ新ちゃんったら〜。私のアイスが食べれないっていうの!?」

「母さんの真似なんかすんじゃねえ!」


 とあるデパートの展望レストランで騒ぎ立てる二人。

 その光景に卒倒する人間が何人居たのかなど、当の本人達は知る由もなかった。








〜ある日の快斗くん5〜









「さっきは何でやってくれなかったのさ〜」


 食事の後一通り買い物を終え、そろそろ帰ろうかという時になって快斗がいきなりそんな風に切り出してきた。


「ん? 何の事だ?」
「酷いわ新ちゃん…私との思い出を忘れたのね…」
「気持ち悪いからやめろ。」


 無数の声色を持つ夜の顔を持つ快斗が女声など出すのは朝飯前。
 それが上手過ぎるから余計に気持ち悪いのだが…。


「酷い〜! だって新一が覚えててくれてないから〜!」


 あくまで悪いのは新一だ!、と言い張る快斗に新一の形の良い眉が寄る。


「んな事言ったて一体何の事だか聞かなきゃわかんねえだろうが!!」


 自分で言うのもなんだが人よりは記憶力が良い。
 むしろ、良くなければ探偵なんてものやってられない訳で。
 その記憶力にいちゃもんをつけられれば当然機嫌も悪くなる。

 何の事だかはっきり言えばきっと覚えているだろうから。


「お昼の時の…」


 どうやら新一のご機嫌を損ねると後が大変という事を身に染みて感じているらしい快斗は、泣きそうになりながらどうにかそれだけ呟いた。

 お昼の時の…。


「ああ、あれか」


 あの、ふざけた真似のことか…と何処か遠い目をしながら呟けば、ぶんぶんと首を激しく横に振りながら快斗の否定の言葉が降ってくる。


「ふざけてなんかないってば!! あれは愛情表現なの〜!!!」


 思いっきり拳を握り締めて熱弁している快斗を一瞥すると、新一はすたすたと一人で出口の方へ歩いて行ってしまう。


「新一〜!! ちょっと待っててば〜!」
「嫌だ」
「嫌だって何!?」
「来るな。バカがうつる」
「新一酷い…」


 振り返る素振りさえ見せず、すたすたと出口を抜けて行く新一に快斗は何とか追いついて何とか左腕を掴んだ。


「そんなに嫌だった?」


 ふざけるどころか物凄く真面目な声で囁かれれば、新一もそれ以上意地を張り通す訳にもいかず…。


「…恥ずかしいんだよ、このバ快斗」


 場所を考えろ、と素直に顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。

 そんな可愛らしい新一に思わず、


「や〜んVv 新一可愛い〜VV」


 と抱き着いてしまった快斗であるが…。
 抱きしめた体がふるふると震えているのに気付く。


「あれ? 新一寒い?」
「…ぃと…」
「ん?」

「場所を考えろって言ってるだろうが!!!」


 新一の絶叫と共に左脇腹に見事にきまる黄金の右足。

 その衝撃で快斗が地面に蹲ったのを確認すると新一は最後通告とばかりに極上の笑顔で一言。


「今日は帰ってくんな」


 それだけ言い残すと満足したのか、一人さっさと駅の方へ向かって行ってしまった。


「…新一…可愛いけど酷い…」


 そう、ここはデパートの出入り口のまん前。
 確かに場所を考えなかった自分もいけないかもしれないが…。


(絶対新一の行動の方が目立ってる…。)


 蹲った快斗と立ち去って行く新一に向けられる人々の視線。
 公衆の面前で抱きしめられた事に対する照れ隠しなのは解るが、あのまま大人しく抱きしめられていた方が絶対目立たなかったぞ?と思っても言えない辺りが奥様の尻に引かれている旦那様たる由縁なのだが…。


(それにしても手加減なしだったな…)


 いくら快斗が普段鍛えていると言っても油断していた事もあり見事に決まった蹴りの威力は尋常ではなく。


(俺じゃなかったら絶対病院沙汰だぞ。)


 密やかに心の中で悪態付きつつ、この後どうやって新一に許してもらおうかな〜、と懸命に頭を巡らす。


(誠心誠意謝るのは当然として、やっぱ暗号かな…。)


 と、新一が聞いたら「いつもいつも暗号で釣れると思うなよ!(現に釣られてるけど)」と余計に御冠になりそうな事を思い浮かべつつ痛む脇腹を押さえながら快斗は一人駅に向かったのだった。



 その後、結局いつもの様に暗号で釣られ家に快斗を招き入れた名探偵が、数日間泣き叫ぶ快斗の前で魚料理に舌鼓をうっていたとかいないとか…。












これ実はちょい実話入り気味。
よくやるんです、友達に「あ〜んVv」って(爆)
皆なかなかのってくれないんですよ〜。
絶対スプーン取られて食われる…。
やってくれてもいいと思うのに…(そう思うのはお前だけだ。)




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