【04.自己満足(中編)】



『しかし工藤君。どうして急に…』


 機会越しに聞こえる馴染み深い声。


「僕には荷が重いんですよ目暮警部」


 その聞きなれた声に感情を揺さぶられない様に淡々としゃべる。


『しかし…』
「どう言われようとも僕は今後一切捜査には加わりませんから」
『そうか…そこまで言うのなら…』


 警部の沈んだ声に新一は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「申し訳有りません。今まで散々お世話を掛けておいて」
『いや、こちらこそ君には世話になったよ』
「いえ…」
『まあ、今度家の方にでも優作君と遊びにおいで』
「ええ、解りました。それじゃまた」


 警部との電話を終え、用済みになった携帯をソファーに放り投げる。

 どこまでも優しい警部の声に少しの罪悪感を覚える。
 彼と約束した今度は果たせないから。

 新一はふぅ…と息を付くとそのままバスルームへ向かう。
 既にそこに張られていた湯を確認し、一端リビングに戻る。

 テーブルの上に置かれているのは紛れも無く自分の『遺書』

 これだけ事件に巻き込まれている自分だからきちんとしておかないと事件に間違われる恐れがある。
 その為だけの遺書。


(ほんとはこんなもん残したくないんだけどな…)


 目の前のそれに嫌悪感を示し、新一は再びバスルームへ向かう。

 自分の荷物はあの遺書以外全て処分した。
 写真一枚、メモ一枚残さない様に。
 誰も自分の思い出を形として取っておけない様に。

 今自分が持っているのは身に纏った死に装束だけ。


(でも、それがこれってのがな……)


 もう少しまともな物は選べなかったのかと己に嫌気が差す。
 今新一が身に纏っているのは紛れも無く帝丹高校の制服。

 自分が元の姿に戻って以降、いつもKIDと対峙する時に着ていた戦闘服だったから。
 ただそれだけの理由。

 けれど、抱え切れるだけのあいつの思い出を抱えて逝きたかったから。


「悪いなKID…」


 そう呟くと胸ポケットに仕舞ってあった剃刀を取り出す。
 あれだけ殺人現場やトリックを見ておいて自分が選んだ自殺方法に新一は苦笑した。

 が、躊躇う事無くその綺麗に光る刃を自らの手首に押し当てた。










(くそっ…なんだってそんな真似…)


 快斗は全速力で走りながら心の中で自分を罵倒していた。

 彼がそこまで思いつめていた事にどうして気付けなかったのか。
 昨日の彼は普段と余りにも違う事にどうしてもっと関心を寄せなかったのか。


(振り払われても、何されてもあの手を放すんじゃなかった……)


 疲労してくる体が、上がる息が、鬱陶しい。
 焦る気持ちとは裏腹に、中々思うように縮まらない彼の家までの距離が恨めしい。


(頼むから間に合ってくれよ…)


 走って、走ってやっと工藤邸の前に到着する。
 息を付く時間も惜しくて、すぐさまドアノブに手を掛け回す。

 しかし、どうやら鍵が掛かっているらしく引っ張ってみても扉は開かない。

 仕方なく、いつもの仕事用の道具を取り出して鍵を開けに掛かった。








 ―――――――――――ガタガタ!!


 玄関の方から聞こえてくる物音に新一は手首に押し当てた剃刀を一旦離した。


(KIDか…?)


 何故かそう思ってしまう自分に苦笑するしかない。
 どうして彼が自分の家になど来るというのか。

 妙な期待を振り払うかのごとくもう一度手に剃刀を押し当てる。

 そして力を込め横に引こうとした瞬間、


「馬鹿! 何やってんだよ!!」


 そんな叫びと共に手にしていた剃刀を叩き落とされた。


「怪我してないか!?」


 そう言って今さっき自分の持っていた剃刀を叩き落とした男は心配そうに俺の手を取るとそう確認してきた。


「…してないけど…お前誰だ?」


 目の前に居るのは自分と同い年ぐらいの学ランを着た猫っ毛の男。


(こんな奴知らない…)


 どれだけ思い返してみても一度も会った記憶はない。


「あ…そっか。この姿で会うのは初めてだもんね」


 自分の姿を確認し、その男は何やら一人で納得している。


「この姿ってどういう意味だよ…」


 はっきり言って邪魔。
 さっさとどっかいけよ。

 俺になんか構うんじゃねえ…。


「では、これなら解りますか?…名探偵」


 その声と共にがらりと変えられた雰囲気。
 それは間違いなく…KIDの物だった。


「…なんでお前が………」
「ある方に聞いたのですよ。貴方が自らを滅ぼそうとしているとね」

 間に合った様で良かったですが。


 そう静かに語るKIDに新一は顔を背ける。


「もう二度と会いに来ないと言った筈だろ…」
「ええ、言いましたよ。けれど貴方をみすみす死なせる訳にはいかないのですよ」


 それだけ言うとKIDは新一をそっと抱きしめた。


「離せ…」
「それは聞けませんね」
「離せっつってんだろ!」


 抗えば抗うほどに抱きしめられている腕には力が篭る。
 体力差からいって振りほどくのは無理だと悟った新一は諦めて抵抗するのを止めた。


「何故この様な真似を?」


 抵抗を止めた新一を落ち着かせる為にそっと髪を撫でる。


「お前には関係ない…」


 新一の口から紡ぎ出されたのは完璧な拒絶の言葉。
 けれどその瞳からは透明な滴が零れ落ちていた。


「名探偵…いっそのこと全部話して仕舞った方が楽ですよ?」


 どうせ自分にはもう現場を見られてしまったのだから。


(放って置ける訳がないでしょう?)


 誰よりも大切な貴方が自ら命を絶とうとしているのだから。


「…っ…お前なんかに話す事なんて無い…」


 ああ、またそうやって何もかも一人で抱え込むのだからこの人は。

 零れ落ち続ける新一の涙にそっと唇を寄せる。
 そしてそのまま、持ち上げ新一を抱え上げてしまう。


「馬鹿!! 何する離しやがれ!!」


 腕の中でばたばたと暴れる新一にKIDは口元を歪める。


「それは聞けないと先程言った筈ですが?」


 そのまま暴れる新一を抱えてリビングのソファーまで連れて行く。
 そして、新一をそこにそっと降ろした。


「少し落ち着きなさい。今何か温かい物でも煎れてきますから」


 そう言ってKIDはキッチンへ行ってしまう。


(なんで来るんだよ…)


 これでは何の為に昨日あんな事を言ったのか解らないではないか。
 彼には自分の事など早く忘れて欲しかったのに…。


「そんなに擦っては目が腫れてしまいますよ」


 無意識に目を擦ってしまっていた手を優しく外される。

 そして代わりというように手にカップを持たされた。
 その香りの良さに心が少しだけ軽くなった様な気がした。


「少しは落ち着きましたか?」


 気遣うように尋ねられ、素直に頷く。

 KIDはそれ以上何かを尋ねる事はなくそっと横に腰を降ろした。
 そのままお互いに言葉を交わさないまま静かにコーヒーを飲む。

 その沈黙が心地よくもあり心地悪くもあった。

 すっかり飲み切ってしまって空になったカップをテーブルに置くと、KIDは静かに口を開いた。


「話して下さいますね?」


 全てを、と静かにしかし有無を言わさぬ口調で言われ新一は静かに首を縦に振った。







to be continue….


前編、後編で終わるはずが…何故か入ってしまった中編。 いや、後編だけにすると異常に長くなりそうだったので。 新一自暴自棄気味…。


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