俺達には秘密がある 夜毎逢瀬を重ねつつも 決して明かす事の無い秘密 あいつはその素顔を そして俺は… 【04.自己満足(前編)】 「今夜も良い月夜ですね、名探偵」 いつの間にか恒例になってしまったKIDとの逢瀬。 いつもの様に逃走経路で待っていた俺をKIDはそっと抱きしめた。 「ああ、そうだな」 KIDの言葉に俺は何の感情も示さずただ相槌を打つ。 「いつもながらそっけないですね貴方は」 「悪かったな」 「名探偵、何かあったんですか?」 余りの新一のそっけなさにいつもとは違う違和感を覚えKIDは抱きしめる腕に力を込める。 「別に何もねえよ」 「嘘ですね」 「…もうこんな事やめねえか?」 KIDの問いには答えず抱きしめていた腕をはずさせ新一はKIDに向き直った。 真っ直ぐKIDの瞳を見つめ静かにそう言い放つ。 「名探偵…?」 KIDを見つめてくるその瞳には何の感情も篭っていなくて、ただ静かにKIDを写しているだけだった。 「もうこんな茶番は終わりにしようぜ? KID…」 「…どうして急に」 「飽きたんだよ」 KIDを見つめたまま新一は更に辛辣な言葉を続ける。 「お前のそのレトロなスタイルも、暗号も、気障な台詞回しももう飽きたんだ」 その瞳には相変わらず何の感情も表れる事はなくて、KIDは戸惑っていた。 何故急にそんな事を? 自分は何か彼の気に触る事をしただろうか。 どんなに考えてみてもそんな物は見つからなかった。 考えられるとすれば…それは自分が『怪盗KID』であるという事。 どんなに世間に持て囃されても所詮は犯罪者。 潔癖な彼には犯人隠匿の罪は重過ぎたのだろうか? 「解りました。貴方がそうおっしゃるのなら」 ひざを折り、恭しく新一の手を取って甲に口付ける。 心情は納得していなかったがこうなってしまっては仕方が無い。 今までの逢瀬に応じてくれていただけでも奇跡なのだから。 「触るな」 KIDが甲に口付けた瞬間、新一はKIDの手を振り払った。 「…そんなに嫌なのですか……」 「嫌だ」 きっぱりと告げられた拒絶。 これ以上自分に出来る事など何も無かった。 「解りました。そこまでおっしゃるのならもう二度と貴方の前には現われません」 「ああ、そうしてくれ」 抑揚の無い返事。 もう何の感情も、興味も無いという無言の表われ。 「解りました。…それでは失礼します」 そう言ってKIDは逃走用のハングライダーを開く。 新一の何の感情も篭らない視線を感じながら。 「名探偵、最後に一つだけよろしいですか?」 「何だよ」 あくまで無表情の新一に内心泣きたくなる気持ちを押さえ出来る限りの笑みを作り最後の言葉を伝える。 「今まで有り難うございました。どうぞお幸せに」 それだけ言うとKIDは夜の闇へと吸い込まれるように飛び立った。 (これで良かったんだよな…) 段々と遠くなっていくKIDの姿を見詰めながら新一は今まで詰めていた息を吐き出した。 気を抜いた瞬間目からは透明な滴が止めど無く溢れてくる。 飽きたなんて嘘。 本当はあいつの予告を不謹慎にも楽しみにしてしまう程逢いたくて仕方なかった。 逢いたくて、逢いたくて予告の間隔が空いてしまった時は狂いそうだった程。 それ程焦がれていた。 あの白い気障な泥棒に何時の間にか心まで奪われてしまっていた。 自分は探偵で彼は怪盗で…。 何時の間にかそんな事気にならない程焦がれてしまっていた。 (幸せに…か) KIDが最後に言った言葉が耳に残っている。 幸せになどなれるはずが無い。 彼が自分の側にいないのに幸せになどなれる筈は…。 けれどこれは自分で選んだ結果だから。 彼を傷つけた自分に悲しむ資格はない。 本当の理由は何も言わず、傷つける為だけに言った言葉。 もう二度と自分になど逢いたくなくなる様に。 傷つけるだけ傷つけた。 それが彼の為だから。 (早く俺の事は忘れてくれ…) 頭上に輝く月を見上げ心からそう願う。 彼が幸せになれるように、と…。 「振られちゃったな…」 KIDの衣装のまま隠れ家のベットにうつ伏せに突っ伏す。 何の感情も表さずに残酷に自分を見詰め続けた瞳。 触れた瞬間に告げられた完璧な拒絶。 (…やっぱり俺なんかじゃ駄目だったんだな) いつかこんな日が来る事は解っていた。 探偵と怪盗。 いくら取り繕っても決して許される筈の無い恋。 もっとも今思えば自分のただの片思いだったのかもしれないが。 (もうどうでもいいや……) 壊れそうになる心はこれ以上何かを考える事を拒絶して。 KIDは仰向けになるとそのまま朝まで天上を見つめ続けた。 「おかえりなさい」 家に入ろうとした瞬間、隣人に声を掛けられた。 あまりのタイミングの良さに彼女が待っていたのだという事は容易に知れた。 「ただいま。何の用だ?」 「あら、白々しいわね。解っているんでしょ?」 彼女の目が自分を責めるように強く見詰めてくる。 その視線に耐え切れず新一は志保から目を逸らした。 「私は貴方に幸せになって欲しいの」 そんな新一の行動は予想内だったのか志保は静かに言った。 「俺にはそんな資格はない」 「笑わせないで。そんな資格はないですって?」 「ああ、無いよ」 「だったら誰になら幸せになる資格が有るって言うのよ!」 珍しく声を荒げた志保の顔を見ればその瞳から涙が溢れ、その滴は月の光を受けきらきらと輝いていた。 「…貴方にそんな資格が無いのなら誰にそんな資格が有るのよ………」 苦し気に絞り出された言葉に新一は返す言葉を持っていなかった。 「悪い、宮野。しばらく一人にしてくれるか」 そう言って志保の顔から目をそらす事しか出来なくて。 それがいかに卑怯な行為かは自分が一番解っていたのだけれど。 「…解ったわ」 これ以上何を言っても無駄だと思ったのか志保は静かに阿笠邸に入って行く。 志保が家の中に入ったのを確認すると新一も自分の家に入る。 ドアを閉めた瞬間、立っている力も入らなくなってその場にずるずると座り込んでしまう。 「少なくとも俺にはそんな資格ねえんだよ…」 静かな室内でその新一の呟きだけが空気を揺らした。 『東の名探偵またもや難事件を解決!』 そんな見出しの朝刊を見ながら新一は溜め息を吐いた。 (そろそろ潮時だな…) 昨日の事件は馴染みの警部に頼まれた物で断り切れずについ解決してしまった。 自分にはもう『探偵』を名乗る資格はないのに…。 こう言ったら奴はどんな反応をするのだろう。 (もっとも、もう二度と逢う事はないけど…) 昨日散々一人で泣いたというのに枯れない涙に新一は苦笑する。 どうせならこの涙も枯れてしまえばいいのに。 泣き暮らしても事実は変わらないと冷静なもう一人の自分が伝えてくるから。 (この顔じゃ今日は学校へも行かれないな、最後ぐらい行こうと思ってたんだけど…) 出来る事は一つ。 やらなければならない事も一つ。 先延ばしにしても仕方ない事だから。 そう新一は決意すると携帯電話から掛け慣れた番号へと電話をしたのだった。 「こんな所で何をしているのかしら?」 視界いっぱいに広がっていた青空を遮られたが快斗は何の反応も示さなかった。 「相当ショックだった様ね。光の魔人に振られたのが」 「…うるせえ」 楽しそうにころころと笑う紅子に快斗はそれだけ言うとその場を立ち去ろうと起き上がった。 「あら、本当の事でしょ?」 そんな快斗の不機嫌さなど気にした様子もなく紅子は更に快斗に追い討ちを掛ける。 「…お前は俺の傷口に塩を塗りに来たのか?」 「一つはそうね。失恋した貴方を見れる機会なんかもう無いでしょうから」 楽しい気にそう呟く紅子に快斗は訝し気に眉を寄せる。 「一つは…?」 「ええ。もう一つ貴方に伝えたい事があったのよ」 「何だ?」 「…光の魔人は自らを滅ぼす気よ」 「!?」 静かに告げられた紅子の言葉に快斗は目を見開いた。 (名探偵が自らを滅ぼす…) 頭の中で紅子が言った言葉を反芻した瞬間快斗はその場を後にしていた。 「急ぎなさい。彼を救えるのは貴方だけなのだから…」 そう静かに空を見上げる紅子をだけを残して。 to be continue…. すいません…。 何故かしょっぱなから続き物…。 しかも痛いのが駄目なくせに書いてしまったちょっと痛いもの。 でもきっとラストは…ねえ?←いや、聞くな。 next top