「現代科学否定厨を否定」への返事1

   宇宙の晴れ上がりの不思議    メッセージ


著者 高田敞

(以下{ }内は、「現代科学否定厨を否定」よりの引用。黒字は「現代科学否定厨を否定」の原文です。青字が私の返事です



現代科学とは

現代科学は観測からなっている。決して妄想の産物ではない。
まず観測ありきで観測に合った理論を組み立てる。
理論が先にあって観測で正しいかどうかを検証するってパターンもあるけれども。
いずれにしても、現在の理論を批判するときには現在の理論に代わる案を出さないと意味が無い。
なぜなら現在の理論は観測による評価に晒された上でなお使われているものだからだ。
「で、間違ってるから何なの?現在の観測によく合っているよね」で終わりである。
たとえ現在の理論が間違っていることが証明されようとも近似値としては十分正しいので、
現在の理論を包括する代替案を出さないと現在の理論に取って代わることはできないのである。
(
ニュートン力学に対する一般相対性理論はこのよい例)
批判だけなら猿でも出来る。批判した後の行動が大事。

返事

1 「現代科学否定厨を否定」様

現代科学否定厨を否定}を作ってくれてありがとうございます。反応があるということはとてもうれしいことです。

{「現代科学否定」}

私は、現代科学を否定しているわけではありません。現代科学の一部である、相対論と、インフレーションビッグバン説を否定しているのです。そのほかにも、少しありますけれど。

ガリレオの時代の科学もその当時の最新の現代科学がありました。でもガリレオを否定しました。ダーウィンの時代にもその当時の現代科学がありました。ダーウィンを否定しました。その当時の観測では、天動説の計算の方が地動説の計算より、より惑星の運動に一致していたということです。ウェーゲナーもやはりその当時の現代科学者に否定されました。今の現代科学はどうでしょう。完璧でしょうか。100年後、当時の現代科学では、ということになりませんかね。

現代科学がすべて正しいということは言えないと思います。科学はニュートンの海です。それが信頼できる現在の現代科学であったとしても。私はそう考えます。科学は常に批判して見よ、です。強い猿に盲目的に従うことは猿にはできても、批判的に見ることは猿にはできません。群れをつくる動物の宿命です。でも、猿もときには下剋上があるようですので、猿も批判はできるか。まあ、何にしろ、ご指摘の通り私は猿にもできることをやっています。

 {まず観測ありき}

問題

{現代科学は観測からなっている。決して妄想の産物ではない。
まず観測ありきで観測に合った理論を組み立てる。}

返事

科学は実証しなくてはならないと私も思います。相対論や、宇宙論がそうであればいいのですが。

現代科学の相対性理論は、理論が先行しています。アインシュタインは、{まず観測ありきで観測にあった理論を組み立て}たわけではありません。彼の相対論は、すべてが思考実験という、観念(私は妄想だと思います)の産物です。そのうえ、自分の理論をうらづけるための観測や実験を何一つ行っていません。それでは批判されるから、現象を観測するのは非常に難しいから観測できないだろう、と予防線を張っています。

その一方、今は古典科学といわれているニュートンは、実際の観測や、実験を土台に理論を組み立てていると思います。

ビッグバン宇宙論もそうです。ビッグバンの場合は、銀河の赤方偏移の観測から始まったということです。しかし、銀河の赤方偏移が、空間膨張が原因であるという考え方は、実験でも観測でも確認されていません。ゴムひもを引き延ばしたり、風船を膨らませたり、いや葡萄パンと同じだ、といった、思考実験という抽象概念から銀河の赤方偏移と空間膨張を結びつけています。観測や実験で証明したわけではありません。一見観測が土台のようですが、観測事実と、理論の結びつきが、実証されていないのです。そのほかの、証拠といわれているもの(非常に少ない)も同じです。実証されていません。たとえば宇宙背景放射は、宇宙の塵説がありますが、それを否定できていません。無視しているだけです。そして肝心のインフレーションもビッグバンも、謎のエネルギーや謎の物質がなくてはならないと言っています。現象も、とてつもなく奇想天外で、魔法使いでもできないようなことがおこったと言っています。

わたしは、相対論もインフレーションビッグバン宇宙論も、彼らが言う、実証の観測や、実験結果が、本当に証拠であるといえるかどうかを、論じています。相対論者や、インフレーションビッグバン論者の言う実証が本当は実証になっていないということを論じたつもりです。

4 代替案

{現在の理論を包括する代替案を出さないと現在の理論に取って代わることはできないのである。}

返事

 私は、相対論と、ニュートン力学を比べて考えを述べています。その意味で対案はニュートン力学です。古いのはだめだということではないと思います。新旧ではなく、正非だと思います。

 宇宙論は、ビッグバン宇宙論と、定常宇宙論を比較しているつもりです。私なりの定常宇宙論も提示しています。対案は定常宇宙論です。

 何を比べたか。

 相対論は、相対空間、相対時間を前提としています。ニュートン力学は絶対空間絶対時間を前提にしています。完全に対立する考えです。どちらが正しいのでしょうか、ということです。だから、ほかに対案はいりません。1対1の勝負なのですから。

相対空間と絶対空間は近似ではありません。相対時間と絶対時間は近似ではありません。完全に対立する考えなのに、なぜ、相対論はニュートン力学の近似値になってしまったのか、不思議とは思いませんか。根本が相反するのだから、そこから導き出される理論は完全に違ったものになるような気がするのですが。どう思いますか?

たとえば、アインシュタインのいう列車と軌道を考えてみます。ニュートンだと、列車が動きます。軌道は動きません。このとき、列車の得た運動エネルギーと、列車のモーターの出すエネルギーは一致します(もちろんエネルギーロスを含めてです)。ニュートンの運動エネルギーの法則です。相対論は必要ありません。

アインシュタインだと、列車が動くか、軌道が動くか決められない、ということです。相対性です。列車が動く時はニュートン力学を使います。軌道が動く時は、ニュートン力学では計算できません。なぜなら、軌道が動くとき、軌道が動く運動エネルギーと、列車のモーターの出力が一致しないからです。このときの、運動エネルギーの法則をアインシュタインは提出していません。もちろん、ニュートン力学では説明できません。軌道が動くということは地面が動くということで、地球が動くということですから、質量が地球の質量になります。ニュートン力学では、列車のモーターの力では地球は動かせません。でも、相対論では軌道が動くというのです。

アインシュタインは、どちらの場合も、運動法則を提出していません。列車が動く時はニュートン力学を借り、軌道が動く時はそれに合う法則を何も提出していません。

このように、相対論とニュートン力学は近似値ではありません。完全にかけ離れた値、かけ離れた計算式が出るはずだと思います。列車のモーターが回転すると、地球が動くのですから。

このことをどのように考えますか。変だと思いませんか。20世紀最大の天才アインシュタインのいうことは絶対正しいのでしょうか。常識を覆したところが彼の天才たるゆえんであるということなのでしょうか。私は、天才が言おうが、だれが言おうが、変なことは変だと思います。

5 評価にさらされているか

問題

{なぜなら現在の理論は観測による評価に晒された上でなお使われているものだからだ。}

返事
相対論のいう現象は、ほとんど観測されていない。マイケルソン、モーリーの実験、エディントンの観測、宇宙背景放射、ミュー粒子の寿命、ジェット機に積んだ時計、ナビゲーションの人工衛星。ほんの少しである。ほとんどが、コンマ15桁とかそれ以下の、非常に、微妙な現象である。また、相対論ではなく他の原因で起こったと考えられるものもある。一方ニュートン力学は、地上で起こっているすべての現象に、現れている。それもはっきり測れる現象である。相対論が、{観測による評価に晒された上でなお使われている}といえるだろうか。実際のことはニュートン力学でやっているのではないだろうか。