第20章 一般相対性公準の論拠としての慣性質量及び重力質量の同等性

 

第20章 一般相対性公準の論拠としての慣性質量及び重力質量の同等性

 

1 基準体 

ア 問題1

(われわれは(あらゆる運動は、その概念からして相対的運動としてのみ考えねばならない)質量のあるものはみんな遠くにあるので、ガリレイの相対性原理が使えるといいます。

 そこで、

(このときこの世界の部分に対して、相対的に静止している点は静止しつづけ、運動している点は直線的に一様な運動を続けるように、ガリレイの基準体を選ぶことができる。)と述べています。

イ 考察1

 (この世界の部分に対して)ということから、この世界の部分が基準体になっていると考えられます。(この世界の部分)は、(空虚な空間の広大な部分)を指しています。第3章では、(〈空間〉というあいまいなことば)では、(正直言って何一つ考えることができない)といって、空間を基準体にするのは否定しているのに、ここでは、あっさり空間を基準体にしています。それに対して何の説明もありません。

 空間を否定することが特殊相対性原理のひとつの条件であったことを考えると、自ら特殊相対性原理を否定していることになります。今度は一般相対性原理の証明だからいいというのでは通りません。説明したいことに合わせて、原理をころころ変えるのはルール違反です。科学としては方法に間違いがあります。〈注:アインシュタインは、このことは、特殊相対性理論を否定することではないと言っています、しかし、その言い訳の科学的根拠は示していません。天才の言うことだから正しいということでしょうか〉

 基準体については、18章で述べたように、けっきょくは、絶対静止座標で考えなくてはなりません。相対的動きは、地球上のものどうしは地球が止まっていると考えても差し支えない、とか、同じ列車に乗っているものどうしでは列車が止まっていると考えても差し支えないということにしか通用しません。

 今まで書いたように、走っている列車が止まっているとしたら、地球が動くとか、列車の中を歩いている人が止まっているとしたら、列車は反対方向に動くとかのような場合にはガリレイの基準体は適用できません。

 

2 力

 
ア 問題

(われわれには無関係な種類の存在者が一定の力でこれを引き始めるとせよ)

イ 考察

 この力は何なのでしょう。

 このように現実に存在しない力を、この世界の力学を解くための条件に加えることができるのでしょうか。アインシュタインの相対性理論までは、科学にこのような架空の力を使わなければ証明できないことはありませんでした。それ以前の非科学の世界では、神の力や、魔術師の力などがあったこともありましたが、それらは科学の世界では否定されています。ここで登場する(われわれには無関係な種類の存在者)とは神なのでしょうか、それとも、魔術師なのでしょうか。たとえだからいいというのでは、科学としてはあまりにも適当すぎます。

 このあと登場する一般相対性原理による運動についても、そのエネルギー〈力〉に関して、まるで触れていません。考察すると、まるで不合理なエネルギー関係が出てきます。神の力でしかできないことばかりです。これは特殊相対性原理でもいえました。〈注:ある日本の科学者は、不合理なことや説明不可能なことが出てくると、「常識を捨てなくてはだめです」と決まっていいます。もちろん常識が間違っているという科学的根拠は提出しません。「常識を捨てる」という、かっこいい言葉で、本当はしなければならないはずの科学的根拠の提出を隠しているのです。「常識を捨てる」というのは、芸術の世界では、そのままで大丈夫です。しかし、科学の世界では、その根拠と、実証が必要です。科学の世界にかっこよさを持ち込んだら、外面だけで判断してしまう危険を持ち込むということに成りかねません。ビックバン。ダークマター。ダークエネルギー。どれも、理論的にも、実際にも何一つ分かっていないし、実証されてもいないのに、あると信じきっている人のなんと多いことか。これもネーミングの勝利です〉アインシュタインの相対性原理は、運動エネルギーに関しては現実とまったくかけ離れています。


3 重力場

ア 問題 

中の人は(自分が箱ぐるみで、ほとんど時間的に一定な重力場にあるという結論に達する。)

イ 考察

 アインシュタインは、(箱の加速度は、箱の床そのものの反動によってその人に伝えられる。)と述べています。中の人に伝わっている力は、箱の加速度だということです。したがって、中の人がその力を、重力だと感じているのは、明らかに勘違いです。確かに、加速度の単位は、G(Gravity)です。しかし、だからといって、それが本当の万有引力でないのはだれもが知っています。重力は加速度のことで、万有引力ではないというのなら別ですが。重力は万有引力の新名称という意見のようですから、中の人が感じた力を、重力と考えたのは間違いです。

 非常に正確に測ると、この箱やザイルと、中の人は、ザイルで上に引っ張られている力以外に、その持っている質量に応じた力で、互いに引き合っているのが観測されるはずです。この力は、どのような小さなものも、質量がある限り、万有引力を持っているとして、ニュートンが発見した力です。実証もされています。もし、箱の天井が、中性子できていたら、中の人は、天井に引き寄せられて、床には立てないでしょう。小さな箱の中の、小さな質量にしか通用しない原理です。

 この床に押し付けられる力〈本当は床が押し上げる力〉と錯覚している力が、重力というなら、なぜ、ザイルで引っ張らなければならないのかアインシュタインは説明しなくてはなりません。万有引力にザイルは必要ありません。もちろんモーターも、エンジンも必要ありません。力の原因が明らかに違います。それは、中の人が知らなければ不問に付していいという問題ではないはずです。感じがおなじだからそれだけで原因も同じであると断定することは科学ではありません。

ウ 箱の床に押し付けられる力と万有引力の違い
a 箱の床に押し付けられる力
 箱の床に押し付けられる力=ロープを引く力に比例し箱の質量に逆比例する
b 万有引力の式
  二つの物体に働く力=両物質の質量同士の積÷両物体間の距離の2乗
このことから、箱の床に押し付けられる力と万有引力は違うものだということがわかります。箱の床に押し付けられる力は、ニュートン以前のものは重いから落下するという考え方のほうに似ています。また、箱の床に押し付けられる力では、太陽系の運動は説明できません。

 

4 加速運動

ア 問題

(箱は、一様な加速運動で〈上方へ〉飛びはじめる。その速度は時間のたつにつれて、想像もつかない大きさへと増大する)

イ 考察

 1年のあいだ切れ目なく地球の重力と同じ力をかけ続けたら、この箱は、(この世界の部分)に対して光速を越える相対速度を持たなくてはならなくなります。その後も箱に重力(偽の)を加え続けるなら、光速をはるかに越えてしまうことになります。これは、光速を越えるものはないという特殊相対性原理と矛盾します。

 ここでも、相対性原理は、小さな世界の小さな運動と少しの時間の中でしか通用しないのです。たった1年も持たないのです。

 

5 手に持っていた物体

ア 問題

 箱の中に立っている人が手に持っていた物体を離すと、(物体は、箱の床に相対的な加速運動をして近づく)(さらに観測者は、たとえどのような物体についてその実験をやってみても、物体の床に対する加速度がつねに同じ大きさになることを確信することだろう。)

イ 考察

 手に持った物体を離すと、力が加わらないから、そのときから物体は等速直線運動になります〈ニュートン力学第一法則・慣性の法則〉。一方、床は、ザイルで引かれ続けているから、加速され続けています 〈ニュートン力学第2法則・加えられた力らの方向に加速度が生じ、加速度は力の強さに比例し、質量に逆比例する〉これは今までに検証されている法則です。

 したがって、(物体は、箱の床に相対的な加速運動をして近づく)のではなく、〈箱の床は、物体に相対的な加速運動をして近づく〉のであり、(物体の床に対する加速度)ではなく〈床の物体に対する加速度〉です。

 床に対して、物体が加速して近づくのなら、その物体に新たに加わった力がなくてはならないはずです。力が加わっているのは、床なのです。

 アインシュタインは、力の加わっているものが止まり、力の加わっていないものが加速するしくみや法則を説明しなければなりません。そして実証しなければなりません。

 また物体が加速するのと、床〈箱〉が加速するのでは運動エネルギーが違います。方向も違います。ニュートンの運動の法則と相容れません。運動エネルギーの問題がめちゃくちゃです。

 またこの考えは、箱の外の物と比較すると矛盾が生じます。箱の外から観測すると、箱が加速して、離された物体は等速直線運動をしていることが観測されます。それを観測者から隠すため、他の一切の物を周りから消し、比較実験させずに、観測者を、客観的判断をさせないようにしています。この実験は非科学的実験です。

 また、なんとなくあいまいな表現でどちらが動くかはっきりさせずに、なんとなく物体が動くような表現をしているのは、かなりよくない手法です。どうせ、都合が悪くなったら、床が止まり、物体が動くとは言い切っていないと開き直るのでしょう。空間を生き返らせたように。

 ニュートンの法則から考えて、加速運動をしているのは床だけなのです。あいまいにしてはなりません。

 

6 錯覚の利用

ア 問題

(自分が箱ぐるみでほとんど時間的に一定な重力場にあるという結論に達するだろう。)

イ 考察

 人がどのような感覚を持つかはかってです。飛行機に乗っていて、自分が、地球に対して、時速何キロで飛んでいるか当てられる人はいないでしょう。目をつぶって、にんじんを食べて、それがにんじんであると当てる人は意外に少ないと聞きます。トリックハウスでは、まっすぐ立っているのに、自分が斜めになっていると錯覚するしくみの部屋があると聞きます。平行に書かれた線なのに、斜行していると見える線や、同じ長さなのに長さが違って見える線があります。また、平面に書かれた絵なのに、立体に見える絵もあります。みんな人間の感覚があやふやなことを利用したものです。天動説が長い間科学者の間でも信じられてきたのはそのためです。

 ここでもそれと同じことが行われています。人間の感覚は正確ではありません。その感覚を正しいとしたところから出発する法則は科学とはいえないばかりか、間違いの元になります。今までの科学の歴史を紐解くとそれがわかるでしょう。

7 神の力

ア 問題

 箱の中の人は(箱は重力場に静かにつるされているという結論に達する)

イ 考察

 この箱は、冒頭で、(われわれには無関係な種類の存在者が一定の力でこれを引き始めるとせよ)と規定しています。

 そして、〈この世界の部分に対して、相対的に静止している点は静止しつづけ、運動している点は直線的に一様な運動を続け)るといっています。したがって、この箱は、この世界の部分に対して、加速運動を行っていることは明らかです。箱には、得体の知れない力だが、つねにザイルをとおして力がかかっているのだから。

 したがって、彼が、自分と箱の相対位置が変わらないということだけを条件に、(自分が箱ぐるみでほとんど時間的に一定な重力場にあるという結論に達するだろう。)というのは、彼の視野の狭さからです。箱も自分も加速運動をしているというのが事実なのだから、彼の感じている力は、彼がどのように判断しようが加速の力であって、重力ではありません。箱の外の、物体を観測すれば、加速されているのが簡単にわかります。箱に窓がなくても、目隠ししていても、箱が外の物と位置を変えているという事実は変わりません。彼の判断は科学ではありません。たんなる間違いです。

8 動いているのに止まっている

ア 問題

〈〈ガリレイ空間〉に対して加速されているときでもなお、われわれはその箱が静止しているとみなすことができる。)

イ 考察

 非常に不思議な現象です。謎の力に引っ張られてどんどん加速している箱が、静止しているというのです。1年たてば光速を越える速度になる箱です。それが静止しているというのです。

 列車で考えてみます。A氏が東京駅で列車に乗りました。指定席です。3号車Dの2番です。A氏はずっとその席に座っています。したがってA氏と3号車Dの2番との位置関係は変わりません。A氏は自分が乗っている間は3号車は止まっていたといいます。彼と列車はたしかに同じ位置関係にありました。なぜか、その間に、3号車は、横浜、静岡、京都、大阪、神戸、岡山の各駅に停車して発車していました。最後に博多駅で、車庫に入りました。A氏はここで、駅員に発見され下ろされました。A氏は、列車が止まっていたのに、なぜ自分が博多駅の車庫にいるのかわかりません。なぜなら、A氏はずっと本を読んだり、眠ったりして、一度も窓の外を見なかったからです。また、このとき列車から降りたA氏は、あるきながら振り返って、列車がやっとゆっくり動き出した、といいました。なぜなら歩いている自分を基準にすると、列車がゆっくり向こうに動いていくように見えたからです。すなわち初めて列車が動いた、というわけです。

 これは正しい判断でしょうか。

 東京から博多まで、列車は止まっていたのでしょうか。その間に、軌道堤が走り出して、それにつれ駅が走ってきたのでしょうか。軌道堤の下の地球はその間どうなっていたのでしょうか。アインシュタインは、列車の車輪が回転すると、軌道堤が走り出す原理を、説明する必要があります。そのときのエネルギーはどうなっているのかを説明する必要があります。

 A氏が歩き出したときに、A氏の移動方向と反対の方向に動き出した列車は、動いているのに車輪が回転していません。電気エネルギーも消費していません。それでも動き出したというのです。A氏が歩き出しただけで。列車が動き出したエネルギーはどこから供給されているのでしょう。

 これはどういうことかというと、A氏〈中の人〉と列車〈箱〉との位置関係が同じなら、列車は静止している。A氏と列車の位置関係が変われば列車が動いているということです。

 A氏が全宇宙の中心です。彼だけが静止しています。寝転んでも、走っても飛び上がっても、彼が完全静止です。だから、ほかの物、全宇宙が、基準である彼の挙動に対して、走り、飛び上がり、静止します。

 ニュートンの運動の法則には完全に反しています。

 紐で引っ張られている箱で考えてみます。アインシュタインが言っているように、この箱は加速されています。そのエネルギーは謎の力としても、エネルギーは消費されています。この消費されているエネルギーは、箱が静止しているとしたならどのような仕事をしているのでしょう。箱が静止したならば、全宇宙の物質が動いていることになります。十分遠ければ関係ないという問題ではありません。見えなければいいという問題でもありません。

 これもやはり箱と、中の人の位置関係が変わらないというだけのことです。同加速度で同方向に箱ともども中の人も移動しているということは変えることはできません。

 箱は、謎のエネルギーを受けて加速しながら移動しています。中の人も、箱の床に押されることで、謎のエネルギーを受けて移動しています。ともに同じ加速度で動いているから、中の人と箱との位置関係が変わらないだけなのです。箱が静止しているとみなせるのは、同じ慣性運動をしているものの間だけに通用することです。外部の(この世界の部分)に対しては箱が動きます。箱が静止して、外部の(この世界の部分)が動き出すことはありません。

 (われわれはその箱が静止しているとみなすことができ)ません。

 

9 慣性質量と重力質量1

 ア 問題

 8の解釈は(この把握方法が可能になるのは、すべての物体に同じ加速度を与えるという重力場の基本的特性、あるいは同じことだが、慣性質量と重力質量の同等性定理)によるという。(もしこの自然法則が成立しなければ、加速されている箱の中の人は、その周囲の物体の振る舞いを重力場にあるという前提から説明することはできないだろうし、その基準体を〈静止している〉ものと前提することに何の経験的根拠も与えられないだろう。

イ 考察

@ (慣性質量と重力質量)は、万有引力を持つものと持たないものとの違いがあることは先に述べました。したがって、このふたつが同等であるとはいえないのでこの解釈は間違いであるといえます。

(この自然法則が成立しな)いので、(加速されている箱の中の人は、その周囲の物体の振る舞いを重力場にあるという前提から説明することはできないだろうし、その基準体を〈静止している〉ものと前提することに何の経験的根拠も与えられない)ということです。

A 周囲の物体の振る舞いとは

(加速されている箱の中の人は、その周囲の物体の振る舞い)とのべているが、この周囲の物体はどのような振る舞いをするのかを考えてみる。

 数センチはなれた、箱の外の物体を考えてみよう。その物体は、あっという間に下方に、加速しながら離れていくのが観測されるはずだ。ところで、この物体を加速しているエネルギーはどこから出ているのだろう。物体の飛んでいく方向には、重力元は存在しない。引力の場合は、必ず、引力元があって、その方向に加速されたり、回転したりする。この重力場には、重力源が存在しない。このことから、アインシュタインのこの重力場と、ニュートンの引力場は、仕組みや法則がまるで違うことがわかる。

B (慣性質量と重力質量の同等性定理)

 仮に、同等性定理があったからといって、動いているものが静止していることにはなりません。上に書いたように消費エネルギーの違いがあります。アインシュタインの考えが正しいとするなら、ニュートンの運動の法則を完全に否定しなくてはなりません。

 (経験的根拠)は存在しません。これまで提示された加速する箱は、現実には存在しません。理由は、述べたように、現実に存在しない未知の力を借りていることと、光速を超える速度になるということが大きな根拠です。

 そして、加速されているのに静止している物体は現在まで、地球上や、人類が観測している範囲で発見したという(経験)は報告されていません。

 飛行機に乗った私は、東京からニューヨークに行く間静止していた。その間に、ニューヨークが、静々と私のところまで飛んできてくれた。などということは存在しません。飛行機のエンジンが動き出したら、太平洋の向こうで、ニューヨークがこちらに向かって動き出した、というしくみを、アインシュタインは説明しなければなりません。どのようなエネルギーのしくみなのかを。どのようにして、ニューヨークにこちらに来るように伝えるのかを。

 

10 慣性質量と重力質量2

ア 問題

箱の中にザイルで物体を吊るす。この状況について、

(箱の中の人はいうだろう。「吊るされている物体は重力場において下向きの力を受け・・・物体の重力質量である」)

そして、(空間に自由に浮かんでいる観測者は・・・「ザイルは箱の加速運動にともなわざるを得ないから・・・物体の慣性質量である」)

したがって、(相対性理論の拡張は、慣性質量と、重力質量の同等性定理を必然的なものとして示している)

イ 考察

 同じ現象を見て、二人の人がまるで違う解釈をしています。

 このとき考えられることは、二人とも正しいという解釈と、どちらか一方が間違っているという解釈と、両方とも間違っているという解釈です。

 アインシュタインは、二人とも正しいとしています。本当に両方とも正しいのでしょうか、どちらかが間違っているのではないでしょうか。一般的には、多くの場合、どちらか一方が間違っているか、両方とも間違っているかです。たとえば、何かの計算を2人でしたときを考えてみてください。2人の答えが異なっていたときは、二人とも正しいということはありません。片方が間違ってるか、両方が間違っているかです。あるいは、皿の中の、豆の数を数えてみたときはどうでしょう二人の答えが違うときは、両方正しいということはありません。このように、常識的には、違った答えが両方正しくて、同じことだということはそんなにないものなのです。

 計算でないものはどうでしょう。2人の人の一方が猫だといい、もう一方が犬だといった場合を考えてみます。この場合、猫だといった人が間違っていて本当は犬である場合と、犬だといった人が間違っていて、本当は猫である場合と両方が間違っていて、本当は違う動物である場合が考えられます。両方の見方が正しくて、それは犬猫であるという場合はありません。ともに4つ足で、耳がふたつで、目がふたつで心臓がひとつで、と共通項をいくら探したところで、犬と猫は同じではありません。これは人間の目には見えない遺伝子レベルで違うのです。同じように、慣性質量と、重力質量の共通項をいくら並べても、違うものは違うのです。

 そこで検討してみます。

(吊るされている物体は重力場において下向きの力を受け)といっていますが、本当に箱の中は重力場なのでしょうか。検討してみます。

@ 状態を考えてみます

 このように架空の箱ではなく、実際に加速されている箱を考えてみます。

 列車や飛行機です。出発のとき加速されます。このとき中の人にかかる力を、G〈重力〉の単位で表すことは先に書きました。そして、これは、本当の万有引力でないのも書きました。これは体がじっとしているのに、列車や飛行機が加速しながら前に進むから座席に押されて体も加速しながら進みます。慣性の法則です。

A エネルギーを考えてみます。

 このときのエネルギーは列車なら、電気エネルギーです。飛行機ならガソリンの燃焼エネルギーです。万有引力は、まだ明らかにされていません。エネルギーの種類が違います。先のアインシュタインの箱なら、不思議の力です。やはり、エネルギーの出所が違います。

B つるしているザイルが切れたらどうなるか

・ 神の手で加速されている箱

  等速直線運動になります。

理由 〈箱はロープに引っ張られて、ロープの方向に運動しているからそれが切れると、エネルギーの供給がなくなるために天井方向への慣性運動になります〉

・ 地球上につるされている箱

 地球に向かって加速されながら落下します。

理由〈万有引力により、ロープと反対方向に引っ張られていたのが、ロープが切れたために、万有引力の力をとめることができなくなったために、加速しながら、地球に引き寄せられるためです。辛苦方向は床方向です〉

Cエネルギーの方向

 ・ 神の手で加速されている箱

 箱の上部、すなわち進行方向に引っ張る力の源がある。

 ・ 地球上につるされている箱。

 床の方向に引っ張る力の源がある。

 D 箱の床が抜けたら

・ 神の手で加速されている箱

箱は加速されながら飛んでいき、残された人は、等速直線運動になる。

・ 地球上につるされている箱。

箱はそのままぶら下がっており。人は地球に加速しながら落下する。 

E 力の影響範囲

 ・ 神の手で加速されている箱

 (この世界の部分)に対して箱が加速されているというときは、箱の中の重力場は何も周りに影響しません。箱が飛んでいるだけです。

 基準を箱にとると、特殊相対性理論では(この世界の部分)が加速しながら、箱の下方に動いていくことになります。

すると、全宇宙が、同じ加速度で動くということになります。これは箱の中に生じた重力場の影響なのでしょうか。はなはだ疑問です。

 ・ 地球上につるされている箱

 地球の万有引力は宇宙の果てまで、弱まりながら伝わっていくといわれています。ただ全宇宙を動かすには力が小さすぎます。また、距離によって、影響は違います。

F 力の見え方

・ 神の手で加速されている箱

床が一方的に人を押しています。反作用として、同じ力で人が床を押しています。離れている場合、床が一方的に人に加速しながら近づきます。特殊相対性理論では床を基準にすると、人が一方的に床に加速しながら近づきます。

・ 地球上につるされている箱

地球と人が持っている質量により、引き合っています。人と地球が離れている場合、人が一方的に地球に加速しながら近づくように見えますが、実際は、人の質流も、近づく加速度に影響しています。箱の場合とはちょっと違います。これは質量が大きくなると明らかな違いとなって現れます。たとえば、地球と月を例にすると、どこから見ても、引き合って、互いに回転しています。

結論

(1)見え方

 万有引力は、どこから見ても同じ現象だが、アインシュタインの重力場は見る場所によって変化します。しかしそれはアインシュタイン独自の見方です。中の人が重力だと感じているのは勘違いしているだけです。どこから見ても本当は箱が飛んでいるだけなのです。

(2)性質

 このことについて、アインシュタインは(どんな種類の重力場が存在しようとも、つねにもうひとつ別の基準体を選んでそれに対しては重力場が存在しないようにできる、とも考えられよう。しかしこれは決してすべての重力場にあてはまるものではなく、ただまったく特殊な構造をもつもののみに妥当するのである。たとえば、ある基準体を選んで、それから判断すれば地球の重力場が消えるようにすることはできない)と述べています。彼自身も、地球の重力場(万有引力)と箱の中の重力場は性質が違うということを認めています。

 地球や、月や、太陽や、星など、重力質量〈本当は、引力質量〉が持っている万有引力はどのような基準体でも消すことはできないと言っています。では消える重力とはどのようなものでしょう。(ただまったく特殊な構造をもつもの)といっています。それは、箱の中の重力に代表される、外から見れば、慣性力であるという重力です。すなわち、彼の言う、慣性質量の持つ重力です。

 

 慣性質量には引きつける力はありません。万有引力質量には、どのように小さな質量にも、引きつける力があります。アインシュタインの重力には引きつける力がないようです。

 

 このことから、アインシュタインの重力とニュートンの万有引力は違うものであるということがいえます。

 アインシュタインのいう重力は、万有引力よりも、はるかに、慣性力に似ています。確かにアインシュタインの言うとおりです。このことから、ひょっとしたら慣性質量は重力質量と同じであるかもしれないけれど、慣性質量と万有引力質量とは完全に違うものといえそうです。

 

11 重力場

ア 問題

 (ブレーキをかけられた列車の中にいる観測者)の体験について、二通りの解釈をしています。 

@ (ブレーキの結果、前方へと衝撃を感じること、及びそのために列車の運動が一様でないことに気づく)

 要するに、列車が減速しているということです。

A(列車はずっと静止状態にある、しかし、(ブレーキをかけている間は)この基準体に関して時間とともに変わる前方向の重力場が支配する。その影響のために、軌道堤は地球とともに一様でない運動をして、そのさいもともとは後方に向いていた軌道堤の速度をだんだんと減らすようにするのである。この重力場こそ、観測者に衝撃を与えるのである。)

要するに、列車は止まっていて、動いているのは、軌道堤のほうである。そして、列車がブレーキをかけると、なぜか軌道堤のほうが減速して、やがて止まる。そのとき、重力場が発生して、列車の人をよろめかせるということのようです。

イ 考察

 これは特殊相対性原理のときと同じ解釈です。すなわち、軌道堤を基準体にすると、列車が減速し、反対に列車を基準体にすると、軌道堤が減速するというしくみです。

@ 軌道堤を基準体にすると、列車が減速する場合

乗客が、(ブレーキの結果、前方へと衝撃を感じること)は日常誰もが経験していることです。これは実際の現象と一致しています。

 エネルギーから考えてみます。ブレーキは列車の車輪にかけられます。このときブレーキシューと車輪の摩擦で、列車の持っていた運動エネルギーが熱となって失われ、列車の速度が減少します。この熱と、列車の失った運動エネルギーは一致します。論理的にも問題はありません。

 このとき乗客は、それまで持っていた前方向の運動エネルギー、すなわち、速度を減速されます。その方法は、床や座席との摩擦です。いまさらこの慣性の法則を説明するまでもありません。

 この場合は重力場も引力場も関係ありません。

A 反対に列車を基準体にすると、軌道堤が減速するばあい。

列車は静止しています。減速するのは軌道堤です。

列車が駅に止まる場面を想定します。列車は静止しているので、動いている軌道堤とともに駅が列車に向かって走ってきて、減速し、やがて静止していた列車の横で停止します。

 もし、基準体を変えても同じことになるなら、動いているのは駅だから、減速のためによろめくのはホームにいる人たちのはずです。このときもなぜか、静止している列車の乗客がよろめきます。基準体を変えると現れる現象が違ってしまいます

 この理由が、(この基準体に関して時間とともに変わる前方向の重力場が支配する。)からだといっています。それが軌道堤とともに地球も減速させるといっています。

  要するに、静止していた列車がブレーキをかけると、重力場が発生し、動いている地球を減速させるというのです。

このことに関する疑問を書いてみます。

 ○ 疑問1

 静止している列車が、ブレーキをかけると、重力場が発生するというしくみが書かれていません。万有引力にはこのような現象〈動いているものがブレーキをかけると万有引力が発生する〉はありません。もし、重力と万有引力が同じものなら、新しい理論なので、その発生のメカニズムを説明する必要があります。重力と万有引力が違う場合でも、新しい理論なので説明の必要があります。列車のブレーキくらいで地球を減速させるほどの重力場が発生するのですから。

○ 疑問2

 この発生した重力場は地球を減速させるのだから、月にも影響を及ぼしているはずです。どのように影響しているのでしょうか。

○ 疑問3

 この重力場は、どのような方法で、静止している列車内の乗客だけをよろめかせるのでしょうか。また、減速しているホームにいる人たちを、よろめかさないようにしているのでしょうか。もちろん、地球が減速しているのですから、全地球上の人たちがよろめく対象になります。

○ 疑問4

 万有引力の場合は引き寄せる力です。したがって、乗客が、よろめく方向の先に重力源があるはずです。しかしこの列車の現象の場合、そのようなものは見当たりません。この、重力場は万有引力とは違う種類の力のようです。

○ 疑問5

 人間は万有引力をつくることはできません。ブレーキをかけるだけで、地球をとめることができるだけの重力場を発生させることができるということは、万有引力と、重力は異質のものであるということです。

○ 疑問6

 上に書いたように、静止している列車の乗客がよろめき、減速しているホームの人が何一つ減速の力を感じないということは、基準体を変えたときの現象が対等ではないということです。

○ 疑問7

 この重力場は、地球を止めるといっています。これは地球の回転速度が減少するということと解釈できます。このような減速は観測されていません。毎日地球上で何千億回も、あらゆる方向に行われている列車の減速に対して、何千億回も現れているはずの地球の減速が今まで一度も観測されていないのは、この現象が存在しないことの証拠になります。(経験)がないということです。

○ 疑問7

 静止している列車のブレーキで失われる、熱エネルギーと、地球の減速で失われる、動いていた地球の運動エネルギーの大きさが違いすぎます。列車のブレーキだけでは、地球を減速することはできません。

○ 疑問8

 軌道堤〈地球〉が減速したエネルギーがどこに消えたのかが説明されていません。ここでも、ニュートンの運動法則と、完全に相容れません。

 

B 結論

  なぜ、どの場合でも列車の人はよろめいて、駅の人はよろめかないかを重力場以外の法則で考えてみます。

 エネルギーの変化から、列車と、軌道堤を考えてみます。

  列車は、電気エネルギーをモーターの回転に変え、それで列車を走らせています。止まるときは、列車の運動エネルギーを、ブレーキの摩擦熱に変えて減速し停止します。

 一方軌道堤は、列車の車輪の回転による反作用として、列車と反対方向にエネルギーを受け取っています。しかし、軌道堤は地球にくっついているので、ほとんど動くことはありません。地球の慣性質量が、車輪から受け取ったエネルギーで動くには大きすぎるからです。しかし、厳密には少しは動いているはずです。ただ人間の感じられる大きさではありません。ブレーキをかけるときもやはり同じようにエネルギーを受け取っています。しかし、これはニュートンの作用反作用の法則で、重力とは関係ありません。

 このために、減速率の大きい列車の乗客は、慣性の法則で大きくよろめき、ほとんど動かないに等しい駅の人は、ほとんど何も感じないのです。これだと、ニュートンまでの法則で矛盾なく説明できます。

 一方、相対性理論は、列車の減速と同じ速度で地球が減速するというのです。そんなことが起こるエネルギーがどこにも存在しません。またそんなことが起これば地球上の人はみんなよろめいてしまうはずです。

 列車の人が感じる前方向への力は、慣性の法則に示された力だとすると、日常の観測と完全に一致します。列車を減速するなら、列車のブレーキだけで十分足ります。列車の車輪が熔けてなくなるほどブレーキをかけても、地球の速度は、ほんの少しも落ちないでしょう。

 これらのことから、列車を基準体にすることはできないということがわかります。

 すなわち、減速しているのは列車だけで、起動堤はどのような場合も、動いたり、減速しないということです。

 もし、アインシュタインの論が正しく、地球が走ったり、減速したりするというのなら、ニュートンの、万有引力の法則や、運動の法則や、慣性の法則を否定するしかなくなります。そして、列車がブレーキをかけると、地球の動きを止めてしまうほどの大きな重力場が発生するというしくみを解明し、その法則を実証する必要があります。

 現実の現象は、アインシュタインではなく、ニュートンのほうに一致しています。すなわち、一般相対性原理が間違っていることを示唆しています。

 

※ 追加

アインシュタインの重力場と、ニュートンの万有引力との比較

 地上に、この章の箱と同じものを置く。

1 類似点

@ 立っている人は、ともに、足に圧力を感じる。

A 手に持った物体は床に当たる。

2 相違点

ア 立っている人の受ける力

 

アインシュタインの重力場

ニュートンの万有引力

重力源

足の方向〈圧力を感じている方向〉と反対方向に、引っ張る力がある。

足の方向に引力源があり引っ張り合っている。

質量との関係

人の受ける圧力と、その原動力となるものの質量とは無関係。謎の力によって箱が加速される加速度に比例する。

人が受ける圧力は、その源となるものの質量に比例する。

原因

箱を引っ張る力

物質の引力

力の範囲

基本的にはロープで引っ張られている箱に接触しているものだけにしか伝わらない

全宇宙に広がる

箱の外に出たら

頭方向に等速直線運動をする

足の方向に、加速運動をする

持続時間

1Gの重力をかけ続ける

1年で、箱は他の基準体Kに対して光速を越えるので、それ以上は、速度が上がらないので、そこで終わるはず。反対に床側から引っ張って減速して、重力場を作ってもいいが、そのときは、1年ごとに、重力場の向きが変わる。

何年でも持続する。地球は46億年間持続している。

伝わり方

最初に、必ず箱に対して、ロープなどの物質で力を加えなければならない。この力は真空中は伝わらない。

真空中でも伝わる。基本的に物質を媒体としない。


イ 手に持った物体

 

アインシュタインの重力場

ニュートンの万有引力

放すと

床と加速度的にぶつかるがこのとき物体は新たな力を受けていないので、加速されないはず。物体が加速するというアインシュタインの解釈はエネルギー不変の法則に反している。

床に加速度的にぶつかる。このとき物体は手から離れても、引力の力を受け続けるので、加速される。エネルギー不変の法則にあっている。

重力源

物体が向かうという床方向には重力源はない

床方向に引力源がある

 

ウ 箱

 

アインシュタインの重力場

ニュートンの万有引力

受ける力

天井方向に引っ張られている

床方向に引っ張られている

力の元

謎の力

 謎の力がなくなれば、箱は天井方向への等速直線運動になります。これは、重力を生み出していた謎の力のためです。

万有引力

もし、地球の万有引力がなくなれば、箱は等速直線運動になります。地球の接線方向に飛び出します。これは地球の自転による遠心力のためです。万有引力のためではありません。地球が自転していなければ、その場にとどまります。

 

3 結論

 このように、アインシュタインの重力場とニュートンの万有引力には、大きな相違点があります。これを同じものとはとてもいえません。地球や、太陽の造る重力場はどちらに近いのでしょうか。万有引力のほうではないでしょうか。

 このことから、地球や太陽が造る重力場とアインシュタインの重力場とはまるで違う性質を持っているといえそうです。

「似て非なるもの」ということばがあります。「違って同じもの」ということばができそうです。そんなものがあればですが。

 このことから、謎の力に引っ張られている箱が作るのは、万有引力場ではないということがいえます。


表紙

第21章 古典力学と特殊相対性原理の根拠はどれほど不満足のものであるか?