T 第11章 ローレンツ変換

1(堤防に関してもおよび列車に関してもすべての光線が伝播速度Cをとる)か


1 問題

(光の伝播法則と相対性原理とが見かけ上不一致を起こしたのは、・・・理屈に合わない二つの仮説を古典力学から借りてくるというものであった。

その二つの仮説とは、こうである。

(1) 二つの事象の時間的へだたりは、基準体の運動状態には関係しない。

(2) 剛体上の二点間の空間的へだたりは、基準体の運動状態には関係しない。

 いまこれらの仮説を捨てるとしたら、第6章で導いた加法の定理が通用しなくなるのだから、第7章のディレンマは消失する。)

(堤防に関してもおよび列車に関してもすべての光線が伝播速度Cをとるように、それぞれの事象の二つの基準体に関する場所と時刻の関係を決めることは考えられないだろうか?)

 その方法が、ローレンツ変換であるという。

 

2 問題1

(光の伝播法則と相対性原理とが見かけ上不一致を起こしたのは、・・・理屈に合わない二つの仮説を古典力学から借りてくるというものであった。)

 

考察1

 ガリレイの相対性原理は慣性の法則です。光は慣性の法則に従わないから、不一致を起こしたのです。だから、アインシュタインの(理屈に合わない二つの仮説を古典力学から借りて)来たためという主張は間違っています。7章で述べたように、アインシュタインの考え方が間違いだから、不一致を起こしていただけです。

この章の反論はこれですべて尽きるのであるが、あと少し頑張ってみます。

 

3 問題2

 (堤防に関してもおよび列車に関してもすべての光線が伝播速度Cをとる)

考察2 コンパスと定規〈事実〉で考える

これが現実の現象では不可能であるのは今まで述べたとおりです。

 繰り返すと、

 観察や実験での証明 

 このことを証明する、観測や、実験をアインシュタインは行っていない。したがってこれは彼の仮説です。 

イ 地球の光に対する速度

 地球の背景放射に対する速度が測定されたことは、光と地球との相対速度が、Cでないことを証明しています。すなわち、軌道堤に対して光は相対速度をとるということです。

ウ 光行差

 これは地球に来る星の光が地球に対して斜めになっている現象です。公転速度に対する年周差や、自転に対する日周差が確認されています。これも、地球と星の光が相対速度を持っていることの証拠です。アインシュタインは光速度Cの証拠だといっているらしいけれど、音や、水のドップラー効果は、観測者と、音や水の波が相対速度を変えているために起こると、理論的にも、実際の観測でも証明されています。光のドップラー効果もこの理論で十分説明できます。したがって、そうでないというときは、音や水の波のドップラー効果も違う理由で起こっているということを証明しなければなりません。あるいは、光の波は特別であるから、相対速度を変えてもドップラー効果が起こらないという証明をしなければなりません。アインシュタインはそれを行っていないので、光のドップラー効果は、光と、観測者が相対速度を変えていないという証明をしていないことになります。彼の説は仮説の域を出ません)

エ 星の光のドップラー効果

 これも星の光と星が相対速度を変えている証拠です。〈これもアインシュタインは光速度がCである証拠だといっているらしいが〉  

これは、アインシュタイン以前の理論では、光源である星と、そこからでた光が相対速度を変えるために生じていると説明できます。そうではないという証拠はありません。  

オ チェレンコフ光

 光速で飛ぶ電子や、粒子に光が追いつかない現象。

 何物に対しても、光速度で追いつかなくてはならないのに、かえって遅れているのは、光速度不変の法則に反する。

4 結論

 以上のことから、光は、物質に対して、相対速度を変えているということがいえます。したがって、その地球にくっついて動いている軌道堤に対しても、光は相対速度を変えているということがいえます。

 このことから、コンパスと定規は、(堤防に関してもおよび列車に関してもすべての光線が伝播速度Cをとる)という仮設を否定しています。


5 問題3

(堤防に関してもおよび列車に関してもすべての光線が伝播速度Cをとる)かについて、思考実験で考える。

 

 考察

 いろいろな例を考えてみます。

(1) 飛行機で考える

 秒速300mで飛ぶ飛行機に対して、光は、光速度cをとります。地表に対してもやはり、光速度cです。このとき、飛行機と、地表は300m/sの差があります。ということは、地表に対する光が、飛行機に同じ速度で追いつくには、速度を300m/s上げなければなりません。地表と飛行機に対する光の速度差は300m/sになります。

 この違い、300m/sをアインシュタインは何で埋めるのでしょうか。空間や、時間が縮んでいるというのが彼の論理です。

 

2)地球で考えてみます。

 地球は、宇宙空間を秒速400Kmで飛んでいるのが観測されています。

 これは宇宙背景放射に対する測定結果です。

【思考実験】

W=軌道堤に対する光速度 C=光速度 V=軌道堤〈地球上の一地点)の速度(秒速400km)とします。

@ 軌道堤の進行方向に光が来る場合の光の速度。〈光が軌道堤を追いかけてくる場合〉

 光は軌道堤に対して伝播速度Cをとります。秒速400kmで光源から遠ざかる軌道堤に対して、光速度でなければならないのだから、光は秒速400km速度を上げなければなりません。

W=C+400km=3万km+400km=30,400km

A 軌道堤の進行方向と逆に光が来る場合〈軌道堤と光が、正面衝突する場合〉

光に対して、軌道堤が400kmで近づくのだから光はその分速度を落とさなければ、Cになりません。

W=C−400km=3万km−400km=29,600km

となります。

 ふたつの光の速度差は800km/sになります。

 このとき、この差に応じるのは、列車がその速度に応じて縮んでいるというのがアインシュタインの考え方です。

 ということは、前方に対して縮んで、後方に対して伸びていることになります。これはどういうことでしょう。同じ速度なのに、縮んだり伸びたりしているのです。

 分子レベルで見てみます。分子は前方に対して、縮んで平たくなっています。しかし、後方に対しては、同じ分だけ伸びて縦長になっています。

 もし速度に応じて分子が縮むなら、前方からの光に対しては、光は、光速度Cをとることができるかもしれません。しかし、縮んでいては、後方の光は光速度を越えてしまいます。

 

(3) 光速電子で考える

 光速で飛ぶ電子に対して、光線が伝播速度C取るとき、地表からこれを観測すると、光は光速の2倍の速度をとっていることになります。いや、地表から観測すると、地表の観測者に対する光速度はCをとるから光速度のままである、と相対性理論者はいうかもしれません。これは、電子に対して光速度の光は地上の観測者には見えないからなのです。それにしても、光速で飛ぶ電子に光速で当たる光は、観測できなくても地上にいる観測者に対して2倍の光速になっているということではないのでしょうか。

 光速度で飛ぶ電子から、光と、地球を同時に観測してみたらどうなるでしょう。光は光速度Cで電子に近づいてきます。相対性理論によるとこのとき地球は光速度Cで遠ざかっていきます。ふたつの違いは光速度の2倍になっています。共に光速度で動いているのだから、ローレンツ変換から導き出される、何物も光速度を超えるものはないということと矛盾しない、といえる、でしょうか。

 相対性理論によると、この電子を基準に取ると地球は光速度で動いているというのですが、そんなことはありません。地球は宇宙空間を400m/sで移動しているのが観測事実です。また、もし地球が光速度で動いた場合、ローレンツ変換によると、進行方向に、地球は無限大に縮むことになります。そのような事実は観測されていません。また、地球が光速で遠ざかっているとすると、電子は停止していることになります。特殊相対性理論では、それは正しいことですが、ニュートン力学では間違っています。電子が光速で動く運動エネルギーと、地球が光速で動く運動エネルギーは格段に違うからです。したがって、光速で動いているのは電子のほうです。地球が光速で動いているという観測事実は今のところありません。物事は相対的ではないのです。

 このように、光が(堤防に関してもおよび列車に関してもすべての光線が伝播速度Cをとる)が正しいとすると、物体の速度差に応じて、何かが変わらなければなりません。アインシュタインは、変わるのは、時間と距離だといっています。しかし、この時間や空間の伸び縮みは観測されていません。

 すなわち、(堤防に関してもおよび列車に関してもすべての光線が伝播速度Cをとる)というのは間違いです。今まで述べたように、光は物質に対して、相対速度を変えるとするほうが、事実には合います。

  たしかに、アインシュタインが言うように、秒速400kmで動いている堤防に対して、伝播速度Cをとるなら、それよりほんの少し、秒速28mほど速度が違うだけの列車に対しても伝播速度Cをとってもいいが、それを裏付ける事実は観測されていないし、アインシュタインもその事実を提出していません。彼は軌道堤は停止していると考えています。ニュートン以前の考え方です。そこから考え出された理屈はたんに彼の憶測にすぎません。(理屈に合わない)仮説は、アインシュタインの仮説のほうだということが言えます。

 したがって、(堤防に関してもおよび列車に関してもすべての光線が伝播速度Cをとる)ことはないので、それを導き出す式は、仮説を証明する式ではあっても、仮説が真実であるという証明にはなりません。

 ローレンツ変換は事実を説明する式ではないといえます。どのような複雑な式でも、事実と相容れない場合、仮説が真実になることはありません。

 

5 問題4(第7章のディレンマ)

 特殊相対性原理では、光は、軌道堤にも、列車にも同じ速度でなければならない。ところが、列車に相対的な光線の伝播速度はCより小さい、ということになる。というディレンマです。

 考察2

 ディレンマはありません。光速は光速です。観測者の速度が変わるから、相対速度が変わるだけです。時速100kmで走ってくる車を、止まって観測すると、観測者と、車は。時速100kmで近づきます。観測者が車のほうに、時速10kmで近づくと、相対速度は110kmになります。しかし、車の速度は、変わりません。相対速度が変わらないと考えるからディレンマが生じるのです。それと同じように相対速度が変わると考えればディレンマはないのです。(堤防に関してもおよび列車に関してもすべての光線が伝播速度Cをとる)と考えるからおかしくなるのです。

@ 上に述べたように、光線は、動いている物質に対して、相対速度を変えるということがいえるので、アインシュタインの相対性原理の、光は、軌道堤にも、列車にも同じ速度でなければならない、という仮説が間違っているといえます。

 光は軌道堤があろうが、列車があろうが、ニュートンの考えた絶対静止座標に対して光速度Cで進みます。すなわち光は物質に対して、相対速度を変えるということです。

 これは、光が絶対速度であると考えるなら、物質の速度も絶対速度であるとするニュートン力学で考えると、光も物質に対して相対速度を変化させるのでなんのディレンマも生じないということです。

6 問題5

 光は光に対してどのように振舞うか。

 特殊相対性理論が正しい場合。光は、光に対しても光速度Cをとるか。

 考察2

 光は何者に対しても光速度Cをとるというのだから、光は光子に対しても光速度Cをとりそうである。

 そこで、光A,Bを考えて見る。

@ 光Aと光Bを考える。

 光Aに対して、光Bは1時間後に発射され同じ道筋を通って後ろから追いかけているとする。すると、光Bは、何物に対しても、光速度Cをとるのだから、光Aの光子に対しても光速度Cをとることになる。すると、光Bは、1時間後に光子Aに追いつき光速度Cで追い越していくことになる。すると、今度は追いこされた光Aが、光子Bに対して、光速度Cで追いついていくことになる。すると、光Aは光子Bを光速度Cで追い越すことになる。すると、今度は、・・と、追い抜きごっこになる。

 あるいは、光Aは光速度で追いかけてくる光子Bに対して、光速度になるから、光Aは光子Bの2倍の速度になる。すると今度は、光Bは光子Aの速度に対して、光速度Cで追いかけるから、光Bは速度を3倍に上げることになる。その光子Bに対して、光Aは光速度Cで逃げることになるから。光Aの速度は、4倍になり、というふうに、ふたつの光の速度はどんどん上がっていくのだろうか。

A 光Aと光Bは反対方向に進み正面衝突すると仮定します。

 光Aと光Bは、互いに光速度Cでぶつかります。そのままだと、相対速度が光速の2倍になるので、光速より速いものはないというアインシュタインの相対性理論に反するのであわてて互いに速度を落とします。AもBも速度を半分に減らすと、互いに、光速度Cで、ぶつかります。Aがそのまま光速Cで、Bが、停止してもやはり互いに光速度Cでぶつかれます。あるいは、たがいに光速度の80%対20%でも大丈夫です。これらの比率はどうやって決めるのでしょうか。

結論

 このようなことは観測されていません。光は、光に対しては、光速度Cをとることはないようです。

 

7 問題6 列車の時間は起動堤の時間と違うか。

(ある事象の、軌道堤に関する場所と時刻がわかっているとき、その列車に関する場所と時刻をどうやって見つけることができるだろうか) 

(2)考察3

 簡単です。軌道堤に対する、ある事象の場所と時間がわかっているのだから、後は、軌道堤に対する列車の場所と時間がわかれば計算で出せるはずです。

 軌道堤に対する列車の場所と時間は、ある事象の場所と時間を特定した方法と同じ方法でできるはずです。

 これは、実際の列車の運行を示した、ダイヤグラムに見られます。これには列車の刻々変わる位置と時刻が駅(ある事象・駅で列車を待っている人等)との関係で、示されています。運転士は、そのグラフから、自分と駅との位置関係を割り出し運転しています。

 何も難しいことはありません。そのとおり列車が運行していたら、乗客はちゃんと時間どおりに目的地につきます。事実に即しています。

 アインシュタインの特殊相対性理論だと、列車の運転士は、駅(事象)の時刻と場所を見失ってしまいます。なぜなら、相対性理論では、列車の時刻と、駅の時刻は違っているからです。その時刻がどちらも正しいというのだから、どちらの時刻にしたがって運行していいか判らなくなるからです。

 たとえば、駅に入ってきた列車は、特殊相対性理論では駅と違う時刻にいます。隣り合った場所の二つの物体〈列車とホーム〉が違う時刻にいることになります。

 駅にいた人が、列車に乗ります。この人も動いているので駅とはまた違った時刻にいます。列車とも違う時刻にいます。列車に乗った人は、列車本体とは違う時刻にいます。どちらの時刻にあわせればいいのでしょう。時刻を合わせるために時計のノブを回すということでは解決しません。速度を変えて時刻を速めたり尾染めたりしてあわせるほかに方法はありません。かなり大変そうです。

 これが毎日、現実に起こっていることになります。地球全体で、何千万もの列車に、それぞれ違う時刻の何十億もの人たちが乗っているのです。座っている椅子が、自分と違う時刻なのです。つかまるつり革が違う時刻なのです。ヒョットシタラ、自分の右横の人は、1時間過去の時刻の人かもしれません。左の人は1時間未来の時刻かもしれません。今は幸い、自分の時刻に合わせて、すべての時刻の人間や物体が出現していますが、気をつけないと、もし、左の1時間後の人の時刻に合わされてすべてのものが出現してしまうと、会社に遅れてしまいます。

 相対性理論では、測定できないほど小さな違いだから心配ないというのなら、それは大きな間違いです。0.01秒の違いなら同じ場所に出現できるのなら、1時間でも大丈夫なはずです。小さな違いだから同じ列車に乗っていてもいいというのでは科学ではありません。アインシュタインは違う時刻でも隣あって座れるという原理を説明する必要があります。さまざまな時刻を持った、人や物体が、なぜ私の時刻に合わせて出現しているのかも説明しなければなりません。

 1ヶ月前の時刻の列車がホームに滑り込んできて、それに今の時刻の人たちが乗り込むというのは、空想科学小説の世界です。

 特殊相対性理論は間違っているのです。みんな今という同じ時刻にいるから、同じ列車に乗っていられるのです。だから織田信長も源義経も今の時刻の列車で、私と隣り合って座れないのです。時刻はアインシュタイン以外の物理学のいうように絶対時刻なのです。

 

8 問題7 ローレンツ変換

 ローレンツ変換の式は、事実を表すことができるか。 

考察4

 これはとても難しい式です。しかし、ただそれだけの意味しかありません。

 この式から、第7章のディレンマは解消するということです。ところで、第7章のディレンマは間違いであったことは述べました。古典力学の言うように光は物体と相対速度を変化させるということで、もともと、ディレンマはないということです。

 ローレンツ変換の式を使う必要はひとつもありません。それどころか、ローレンツ変換の式は、自然現象を間違ってとらえた結果と同じになるというのだから、ローレンツ変換の式は間違っているということです。

 一番大きな間違いは、この式は実際の現象と一致していないというところです。この式の表すところを観測したものはいません。マイケルソン・モーリーの実験がそうだということになっているけれど、これは確認の実験が行われていません。まだ、仮説の域です。

 またこの実験はエーテルの有無を調べる実験です。エーテルがあると仮定したときに生まれたのが、ローレンツ変換です。その後、エーテルは否定されています。したがって、エーテルがあると仮定して生まれたローレンツ変換も見直さなくてはならないはずです。

 

 このことから、この式はたんに計算式だけであるといえます。つじつまを合わせるためにガリレイ変換の式から考え出された計算の手品の式です。したがってこの式が事実を表すことはありません。

 かつて、天動説を証明するために、果てしなく、周転円を重ねていく計算をしたのとよく似ています。どんなすばらしい計算も、どんな難しい式も事実と違っていては意味がありません。

表紙
 第12章 運動している棒と時計の挙動