相対性理論目次 | 2”静止系”と座標系について | メッセージ |
「アインシュタイン相対性理論」
(アインシュタイン著、内山龍雄・訳、解説)「岩波文庫」
の考察1
著者 田 敞
(以下{ }内は上記本よりの引用)
問題1 相対性原理は正しいか
アインシュタイン
{ニュートンの力学の方程式が成り立つ場合〔このような座標系は,現在では慣性系と呼ばれている〕,そのような座標系のどれから眺めても,電気力学の法則および光学の法則はまったく同じであるという推論である。この推論は1次の程度の正確さですでに実験的にも証明されている}
訳者補注
運動している慣性系に対して、{v/cに比例するような違いは,まったく観測されていない.それゆえ、かりに違いがあるとすれば,それはv/cの2乗,あるいは3乗以上に比例する極端に小さな違いで,それの有無を確かめることは,技術的にも不可能であるという意味である.}
考察
この推論は間違っている。
現在、複数の宇宙背景放射観測衛星によって、宇宙背景放射に対する観測衛星の相対速度が測られている。
前方から来る背景放射は青方偏移し、後方から来る背景放射は赤方偏移しているのが観測されている。
一方、アインシュタインは、{この推論は1次の程度の正確さですでに実験的にも証明されている}と述べているが、その実験がどの実験を指しているかは書いていない。訳者が言っているように、あの時代に正確に光と物質の相対速度を測る装置を作ることは不可能であったと推測される。
しかし、アインシュタインの時代には不可能であっても、現在の観測技術では観測できたということである。
したがって、慣性系においては、{そのような座標系のどれから眺めても,電気力学の法則および光学の法則はまったく同じであるという推論}は間違いで、同じではないということである。
これは、慣性の法則からも考えられる。
慣性の法則は、慣性質量を持った物質の法則である。光は慣性質量を持たないから、慣性運動はしないということとも一致する。
{光は真空中を,光源の運動状態に無関係な,ひとつの定まった速さcを持って伝播する.}ということも、光が慣性質量を持たないから、光源の運動エネルギーを保存できないことから起こる現象である。
それに対して、アインシュタインは、{そのような座標系のどれから眺めても,電気力学の法則および光学の法則はまったく同じであるという推論である.}といっているだけで、理論的根拠は何一つ述べていない。ただ推測しているだけである。科学的根拠はないといえる。
結論
“相対性原理”の根幹が間違いであるということになる。したがって、“相対性原理”は間違っているということになる。ということは“相対性原理”を元に作られる理論はすべて間違いということになる。
問題2(P18)
{A,Bに共通な時間は,次のようにして定義される.すなわち,光がAからBに到達するのに要する“時間”は,逆にBからAに立ち戻るのに必要な“時間”に等しいという要請を定義として前提に置くことである.}
このことから
{tb−tA=t’A−tBという関係が成立すれば,これらの二つの時計は(定義により)合っている(等しい時間を表わしている)ということにする.}
考察
上に書いたように、アインシュタインの相対性原理は、光は動いているものにも光速度であるという推論であったが、問題1で書いたように、現在の観測による事実は、光は動いているものに対して光速度±物質の速度になっている。
したがって、光が何ものにも光速度であるとする推論からは、式{tb−tA=t’A−tB}は成立するが、事実は、光は行きと帰りの所要時間が異なるので、この式は間違いであるということになる。
したがって、行きと帰りの時間が等しいという要請は定義として置くことはできないといえる。
(例) 行きと帰りの時間を、慣性運動をしているロケットで考えてみる。
・ 設定
地球からロケットを打ち上げる。宇宙空間に出たところで、エンジンを切る。
このロケットは、等速直線運動、慣性運動をしている。速度は、ロケットのエンジンによる速度+地球の自転速度+地球の公転運動の速度+太陽系が銀河を回る速度+銀河系の速度などである。
ロケットが地球上にあった時に持っていた運動エネルギーの合算された速度で慣性運動をしている。
この運動エネルギーを持っているのは、ロケット本体とそれに付属した物質、空気もそうである。
慣性運動をしていないものは、光と、真空である。この二つは、慣性質量を持たないから、慣性運動ができない(真空が動く?何もないものが動いたり止まったりするというのはおかしな話だが)。光速度不変の原理{光は真空中を,光源の運動状態に無関係な,ひとつの定まった速さcを持って伝播する.}もここから出ている。
・ 条件
ロケットの後部に時計Aとボールの発射装置と光の発射装置、前部に時計Bとボールの発射装置と光の発射装置がロケットに固定されている。
まずボールの発射装置Aからボールを発射する。空気抵抗など、ボールの運動エネルギーを奪うものはないとする。
ア ボールの場合
これは、小学校で習う追いかけ算で考えられる。
発射装置Aから発射されたボールは、ロケットの運動エネルギーを保存しているから、ボールの速度は、「ロケットの速度+ロケットに対するボールの速度」になる。Bの時計は、ロケットの速度で動いている。
・ A点からB点にボールが到達するのに必要な時間
ロケットの速度「AB間の距離」÷「宇宙空間に対するボールの速度−Bの速度」=「AB間の距離」÷「ロケットの速度+ロケットに対するボールの速度−ロケットの速度」=「AB間の距離」÷「ロケットに対するボールの速度」になる。
・ B点から点にA点にボールが到達するのに必要な時間
ボールはロケットの進行方向と反対に飛ぶから、ロケットの速度はマイナスに働く。一方、A点はボールに向かってロケットの速度で接近してくる。そこで、次の式になる。
「AB間の距離」÷「宇宙空間に対するボールの速度+Bの速度」=「AB間の距離」÷「−ロケットの速度+ロケットに対するボールの速度+ロケットの速度」=「AB間の距離」÷「ロケットに対するボールの速度」になる。
結論
慣性の法則が適用できる場合、ロケットの中のAB間をボールが往復するとき、行きも帰りも同じ時間になる。
イ 光の場合
光は、アインシュタインも言うように、{光は真空中を,光源の運動状態に無関係な、一つの定まった速さCを持って伝播する}ということである。
・ 行き。光源AからBに向かって光を発射する。
Bはロケットの速度で光から遠ざかっている。光速はロケットの速度とは関係なく光速である。光はBに対して赤方偏移する。相対速度が遅くなるということである。
AB間にかかる時間は、
「AB間の距離」÷「光速−B点の速度」
になる。
・ 帰り。光源BからAに向かって光を発射する。
Aはロケットの速度で光に近づいている。光速はロケットの速度とは関係なく光速である。光は青方偏移する。相対速度が速くなるということである。
BA間にかかる時間は、
「AB間の距離」÷「光速+A点の速度」
割る数が異なるので、光がAからBにいたる時間と、BからAにいたる時間(行きと帰りの時間)は異なる。
結論
光が何ものにも光速度であるという推論から、行きと帰りの所要時間は同じという定義が出てくると言っているが、実際の現象は、光は物質に対して相対速度を持っているので、行きと帰りの所要時間は異なる。したがって、アインシュタインの定義は間違っているといえる。
問題3
{光の速さとは
速さ=(光の進んだ距離)÷(伝播に要した時間)
によって定義される.この定義で,“伝播に要した時間”の意味は,§1の定義に従って理解されるべきものである.}(P21)
考察
§1の定義は、最初に書いたように、彼の推測であった。そして、それが宇宙背景放射観測衛星によって、事実とは異なるということが実測されたことも書いた。
よって、{§1の定義に従って理解されるべきものである.}という考え方は間違いであることが分かる。
結論
間違った定義(光は何ものにも光速度である)によって物質の長さを定義しているので、答えは間違ったものしか出てこない。
光と物質は相対速度を持っているという、現在の観測事実を定義として考えることが必要である。
科学は日進月歩である。数十年も前の、アナログ時代の実験(どの実験かは述べていない)で出た結果が自分(自分たち)の理論に都合がいいからと、それを取り上げ、最新の観測を無視していては事実からかけ離れた考えや答えしか出てこない。
この本はアインシュタインの相対性理論の紹介だから、当然本に忠実でなければならない。
しかし、天動説を紹介する時は地動説と異なる見解であるということをどこかに付け加えてあるように、相対性理論を紹介する時は、相対性理論が正しいという訳者補注だけでなく、光と物質が相対速度を持つという、アインシュタインの見解と異なる事実があることも付け加える必要があると思う。
相対性理論は真実である、という見解から訳者はこの本を紹介しているから仕方がないが、それでも、現在の最新の観測事実を紹介することは必要ではないだろうか。それが相対性理論を覆すことになる事実であるのだから。
もし、訳者が宇宙背景放射の観測を知らないなら致し方ない。しかし、科学者なら、知らないでは科学者とはいえないのではないだろうか。最新の情報を知り、それについて自分の考えを持つことが科学者としては大切なことではないのだろうか。古きを温めてばかりでは、進歩はない。まして、都合が悪いからということで、知らんふりをしていては、科学とはいえない。