空いっぱいに蝉時雨第9章の1
   シモーンが、そうして一種の平安を得ていた間にも、患者は人類の三割を 越えていた。
 いたる所で暴動が起きていた。武器は石ころや、棒きれであった。人々は 武器に関するいっさいをインプットされていなかったから、それ以外の方法 はなかった。かといって、悲しいことか,幸いなことか新しい武器を自力で作り出すというようなことも 出来なかった。
 警察もなにもしなかった。(軍隊は、もうずっと以前に消滅していた。) しかし、放っておけば、自然に興奮が収まり、人々は家路についた。けが人 が出、死者さえ時に出た。それでさえ、警察は後始末をするだけだった。そ れほど警察は組織力を失っていた。ただ一つを除いて。彼らは、その残された最後の力を振り搾ってテイオウを追っていた。(実際はあの組織に名前は なかった。彼らは名前を持つことを嫌った。そこで、彼らが使っていた言葉 を逆にそのまま彼らに与えた。)すべての暴動の発端。今世紀唯一の国家に 対する反逆。今、メーンコンピューターに何かが起これば、世界は一気に壊滅してしまう。人々はそう思っていた。
 彼らは、ほかとは違った。組織として行動する力を持っていた。そして、 武器を持つ力も、いや、核兵器さえ持っていた。おそらく、何発かは工場か ら持ち出されているにちがいなかった。核を製造するための膨大な日時と技術と労力を考えると、彼らの組織力や、行動力が並大抵のものではないこと が分かる。そう考える人はごく一部の人にしかすぎなかったが。ただ、それらの人々にしろ、彼らへの憎悪は、そのことではなかった。彼らはノンティ ーチングなのだ。世界を飲み込んでいるこの恐怖から、よりにもよって、犯罪者である彼らだけが解放されている。それをよいことに、皆が最後の頼みとしている、メーンコンピュー ターを破壊しようとしている。
 ついこの前まで、なんの役にもたたない、ただの放浪者。その彼らが今は恐ろしい。彼らはティーチングの枠を持たない。 思うままに、非社会的であり得るのだ。人々は、今まで鼻にもかけなかった テイオウ破壊のメッセージを恐れる。あいつらが、メーンコンピューターに 偽の情報を流したからティーチングのソフトが狂ったんだ、と。その種のこ とは、口から口へ伝わって、あっと言う間に信じられる。今、彼らは人類の疫病神。すべての原因は彼らに帰せられた。

 そんなおり、一人の男が、カトマンズで捕まった。逃げていた、テイオウの一味として。様々な、暗いニュース を凌駕してそのニュースは世界を駆けめぐった。
 しかし、捕まった男は、いっさいを否認しているという。それが、かえっ て人々を煽り立てる。
 ただ、喜望峰から、アフリカを縦断して、世界一周をしている途中だという。だが、彼はティーチングしていない。そのうえ、自動操縦装置を外した 車に乗っていた。それは、禁じられていた。本来は、事故を防ぐためであっ たが、警察に居場所を知られないために取り外したと思われた。そんなこと をするのはテイオウ以外になかった。
 死刑にしろ。いや、それくらいじゃ足りない。人々は叫びたてた。
 その男が、テイオウの一味であることの是非はもはや関係なさそうに思え た。それで、人々が少しでも落ち着き、暴動が下火になりさえすればよかっ た。憎しみに,向きを与え,それを発散させればそれでよかった。警察は、周到に計画された、彼らの足跡を追いきれなかったのだ。警察への非難は激烈を極めていたから、警察は、彼が犯人であることを祈りさえし た。警察に、攻撃の矛先を向けていたマスコミも、ほっと一安心して、その 男に攻撃の矛先をを向けた。
 シモーンもそのニュースを見た。もしや、シフスではないかと思ったのだ。 違っていた。それはエイサだった。急いで、警察に知らせようとしたのだが、 かえって、疑いが増すように思えた。なんといってもシフスの母なのだから。迷ったあげく、匿名の手紙を出した。彼の経歴と、地球に帰還して間がな く、そんなグループに入る余裕もなかったことを。
 一月ほどして、エイサがふらっと帰ってきた。焦燥しきっていた。
       

(9章の1おわり、10章の1に続く


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『妹空並刻』