空いっぱいに蝉時雨第8章の5
   シモーンはイーシャの前に立って戸惑う。どうしてよいか、何から初めていいか分からない。今までどんな男の時だって、話したり食べたり、ふれ合 ったりしながら、ごく自然に抱き合った。そうなるようにしてそうなった。 こんなに互いに性的興奮がなくて、しかもいきなり裸で抱き合うとなると頭 が混乱してくる。そして我が子。
 それでも、イーシャの手を取る。その手が震える。手を引いてベットへ連 れていく。イーシャから目を逸らしたまま。
「そこに寝なさい。」
 いらいらした声で言う。イーシャに分かるわけはないのに。
 イーシャの目が自分の身体をじっと見ている。身体がぞくっとする。シモー ンは、ベットに跳び上がると、イーシャの脇に座る。その目を隠すようにイー シャの頭を抱き寄せる。首筋に息がふっとかかる。ぞくっとまた鳥肌だつのが分かる。だがそれもつかの間だった。突然イーシャが荒々しくのしかかってきた。
「だめ。」
 思わず叫んでいる。抱きしめるイーシャの力に、息が止まりそうだ。
「ね、イーシャ、イーシャ。」
 訳もなく口走る。イーシャは、かまわず、身体を力任せに押しつけている。
「ねえ、イーシャ。静かにして。暴れてはだめ。」
 イーシャの下で、窮屈に押し曲げられていた足を、やっとの思いで開く。 イーシャの身体ががつがつ当たる。
「ちょっとじっとして。ね。してあげるから、手をゆるめて。」
 何を言ってもイーシャにはもちろん通じない。両腕ごと抱きしめられているので、自由は利かない。仕方なくイーシャの動きに会わせるように、身体 をずらしていく。それさえ、なかなかままにならない。
 どれくらいそうやって揉み合っていただろう。突然、がつんと、痛みが突 き上げた。叫び声をあげて、シモーンは跳ね上がった。イーシャも苦痛の叫 びをあげた。筋肉がぎゅっと堅くなり、痛みを耐えるように動きが止まった。 シモーンも、歯をぎりぎり噛みしめて痛みを耐える。どっと、冷や汗が流れ た。少しするとイーシャが動き出した。シモーンは目を閉じて耐える。痛み は少しずつ薄らいだ。
 イーシャはうめき声を上げながら、荒々しく動き続けた。やがて、「うっ。」 と叫ぶと、シモーンの身体を激しく抱きしめて、けいれんした。シモーンの 身体を電流が貫いた。
 ゆっくりと、イーシャの身体から、力が抜けていく。やっと自由になった手でシモーンはイーシャを抱きしめる。

   翌日、朝、部屋に入るやいなや。イーシャはシモーンに飛びついた。その 身体を支えきれずに床に倒れた。がむしゃらに身体を押しつけるイーシャの下で何とか応じてやろうとするのだが、服を着ていてはどうしようもなかっ た。ランが、すばやく近づくと、軽く腕をつかんだ。イーシャの身体がぐっ たりとなる。
 身体には、なんの害もないのは分かっていても、不憫で仕方がない。
 ベットに運び、寝かせたのを見届けて、シモーンは、ランのスイッチを切 った。
 それから、イーシャの服を脱がしていった。ランが、脱ぎ着をさせやすい ように、簡単にとれるようになってはいるのだが、手間取った。
 イーシャのための浴室に入るとゆっくりと身体を流した。昨日、イーシャ が寝入った後初めて使った浴室。
 添い寝をしながら、イーシャの目が覚めるのを待った。自然にイーシャを なでていた。
 昨日ほどではなかったが、それでもなかなかうまく行かなかった。痛みは なかった。昨日のような嫌悪感もなかった。荒々しく、愛撫などと呼べたも のではなくても、イーシャの喜びは直接伝わってきた。
 そして、それが日課の一つになった。

       

(8章の5おわり、9章の1に続く


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『妹空並刻』