空いっぱいに蝉時雨第10章の1
   シフスはケープタウンにたどり着いていた。ローランド通りから南へはいる 路地の社交場にいた。
 そこは、どこの町にも必ずある社交場。ただ一時、語り合う友を得るための、 あるいは、一夜の愛を分かち合う相手を求める人々のための場所。
 サイコビジョンが普及してから利用者はほとんどいなくなっていたのだが、 あの病気が表沙汰になったときから、また賑わいだしていた。それも、かなり退廃的な雰囲気を強めて。

 シフスは、そこにくるようになってもう三日目になる。八時になるとやってきて、真ん中辺りのテーブル に座ると、ジュースをゆっくりと飲む。
 シフスは仲間を待っていた。そういう 取り決めだった。顔は、逃亡の途中で整形したため、おそらく仲間も見分けがつかないだろう。仲間もそうしているはずだ。
 しばらくそうしていて、フロアーに出て、そこにいる人とダンスをしては、 また席に戻って、踊っている人を眺めた。
 二度目にフロアーに出たとき、声をかけられた。この三日間、何度か、そう いうことがあった。しかしいつも目的の相手ではなかった。
「踊っていただけません。」
「こちらこそ。お願いいたします。」
 二人は、ぎこちなく踊りだした。
「どこかでお会いしたような気がするんですよ。」
 シフスは、思わず顔を見ようとする。そして、思いとどまると、素知らぬ風 に答えた。
「ええ、私もそんな気がしてたんです。」
 取り決めた暗号の出だしと同じだ。
「喜望峰は初めて。」
 相手をターンさせながら、顔を見る。やはり見覚えはない。自分より背が高 い女性は、何人か知っているが、みんなメンバーとは関係なかった。それにそ の女性のように、がっちりとはしていなかった。
「ああ、初めてだ。」
 躊躇しながら、それでも取り決め通り答える。
「何をしにいらっしたの。」
「虹を探しにね。」
 冗談ぽく耳元でささやく。
「ここは、昔どおりの七色の虹がでるって聞いたから。」
「そうよ、特にスコールの後はとてもすばらしいわよ。」
「ついでに、足を延ばして、オーロラを見にいらっしゃるといいのに。」
「オーロラか。いいね。一度見てみたいものだ。」  合い言葉は終わった。曲が終わるまで、二人は黙って踊った。その後、何人 かパートナーを変えてから、二人はまた踊った。
「もしよかったら、散歩でもしませんか。」
「ありがとう。私、この町をよく知っていますから、案内しますわ。」
 疑われないように、やはり最後まで踊ると、連れだって外へ出た。

 「君だれだい。」
「分からない。」
「いや、さっきから考えてるんだけどな。」
「うまく化けたでしょう。」
「背が高くても大丈夫なように、オランダ人ぽくするの大変だったのよ。」
「わからないなあ。」
「マースよ。今はリサ。」
シフスは、おもわず立ち止まりそうになる。あのときまでは、男だった。
「驚いた。苦労したんだから。」
 リサはくすくす笑う。
「一度女性になってみたかったの。いい機会だからね。ふんぎりつけるには。」
「あなたは。」
「当ててみな。」
「わかるわよ。顔しか変えてないでしょ。」
「そうか、わかるか。シフス。」
「やっぱり。思ったとおりだわ。それでよく捕まらなかったわね。」
「大きい顔して歩いてりゃ、なんてことないよ。今じゃ、警察もまるでだらしな いからね。」
「後は、どこか静かなところで話しましょ。」

       

(10章の1おわり、10章の2に続く


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(C) 1996-1997
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『妹空並刻』