イーシャは十日ほど病院で眠り続けた
この病気の誰もと同じように、熱がひどかったのは最初の三日ほどですんだ。 十日目の昼過ぎ、イーシャは目を開けた。目を開けた、ただそれだけだった。 顔にはなにもなかった。うつろな目が、焦点も定まらず開いていた。
モヒナはまた泣いた。
「ありがとう。もう大丈夫よ。」
シモーンはモヒナの手を取るとそっと撫でた。
「今日は帰ってお休みなさい。」
「でも。」
「こうなったらもう大丈夫よ。あなたのほうが心配よ。ここのところほとんど寝てないでしょ。」
「ええ、もし何かあったら知らせてください。すぐ来ますから。」
「そうするは。でも大丈夫よ。しばらくはこんな状態が続くの。体を動かせるようになるにはしばらくかかるのよ。」シモーンは退院のことや、家庭用の自動介護システムのことを調べる。
シモーンは、自分がどれだけのことしかできないかを知っている。世話をす るにはイーシャは重すぎる。身体も、心も。何年か、たぶん一生目を覚まさな いだろう。できること以外は、ロボットに任せるしかないと、思う。母にで ることではなく、母にしかできないことだけをするようにしなければならない。 とにかく長丁場だ。終わりのない苦しみなのだからと。2週間が過ぎ、シモーンはイーシャを連れて家に帰った。車椅子型のロボッ トは軽々とイーシャを運ぶ。家には、もうちゃんと介護部屋が取り付けられて いた。
ロボットは部屋にはいると、アームを伸ばし、イーシャをそっとベットに寝 かす。見事なものだとシモーンは感心する。自分の意志で身体を動かすことのできない病人の移動がどんなに大変か知っているからその見事さがよくわかる。
シモーンは、ベットの脇に座って、イーシャの手を取る。イーシャの目はう つろで、手を持たれていることも感じないようだ。シモーンはぼんやりその手をさする。そうしているうちにベットに持たれてそのまま眠り込むんでしまっ た。音一つたてずにロボットがその背に毛布を掛ける。
(5章の2おわり、5章のに3続く)