エイサから、先週、今ケープタウンにいると、とんでもないところから連絡があった。そこから、車か、バイクで北上し、アフリカを真っ二つにす るんだと言う。
「一番おかしいのはあなたよ。」
つい、シモーンは言ってしまう。それっきり連絡はない。
シモーンは久しぶりに温室にいる。みんな大変なのに。シモーンは呟く。 帰ってほしいと言わなかった。
エイサと交配した蘭の実をパチッと切り取る。今はそれを蒔く気分にな れない。心のどこかで、エイサと蒔くのを期待している。
温室は今年のつぼみがいっぱい伸び出している。
こんなふうに、毎年まいとし過ぎていくのかしら。ぼんやりとシモーンは 考える。イーシャのことが頭から離れない。
無意識にいじっている実から、細かい種子が埃のように舞った。
電話が鳴っている。静かに、小さく。昔、まだ人が音楽を作っていた頃 の曲「熱情」。その、ピアノの音を楽しむように、温室の隅に取り付けら れている受話器の所へゆっくり歩く。そしてスイッチを押す。
「ああ、お母さん。あのね。」
性急な声と、取り乱した顔が飛び込んでくる。モヒナだ。
「私、どうしていいか。助けて。」
モヒナは泣いている。
「どうしたの。イーシャね。イーシャがどうしたの。」
「イーシャがひどい熱なの。うなされてて,目を覚まさないの。私、一生 懸命おこしたのよ。」
「今どこにいるの。すぐ行きます。」
「ここ、あのね、ここ、ああ、わからない。」
「電話についているでしょ。」
「ええ、あっそうだわ。」
モヒナは下のスイッチを押しながら、住所と言う。画面に住所が表示さ れた。シモーンはメモのボタンを押す。
「すぐ行きます。起こさないでね。そっとしていてちょうだい。わかった。」車は、音もなく走り続けた。遠い。一時間はかかる。よりにもよってど うしてそんな遠いところに。シモーンの足は床を叩いている。車は、シモ ーンの気持ちとは裏腹に いつものように一定のスピードで走り続ける。
(5章の1おわり、5章の2に続く)