空いっぱいに蝉時雨第5章の1
   エイサから、先週、今ケープタウンにいると、とんでもないところから連絡があった。そこから、車か、バイクで北上し、アフリカを真っ二つにす るんだと言う。
「一番おかしいのはあなたよ。」
 つい、シモーンは言ってしまう。それっきり連絡はない。
 シモーンは久しぶりに温室にいる。みんな大変なのに。シモーンは呟く。 帰ってほしいと言わなかった。
 エイサと交配した蘭の実をパチッと切り取る。今はそれを蒔く気分にな れない。心のどこかで、エイサと蒔くのを期待している。
 温室は今年のつぼみがいっぱい伸び出している。
 こんなふうに、毎年まいとし過ぎていくのかしら。ぼんやりとシモーンは 考える。イーシャのことが頭から離れない。
 無意識にいじっている実から、細かい種子が埃のように舞った。
 電話が鳴っている。静かに、小さく。昔、まだ人が音楽を作っていた頃 の曲「熱情」。その、ピアノの音を楽しむように、温室の隅に取り付けら れている受話器の所へゆっくり歩く。そしてスイッチを押す。
「ああ、お母さん。あのね。」
 性急な声と、取り乱した顔が飛び込んでくる。モヒナだ。
「私、どうしていいか。助けて。」
 モヒナは泣いている。
「どうしたの。イーシャね。イーシャがどうしたの。」
「イーシャがひどい熱なの。うなされてて,目を覚まさないの。私、一生 懸命おこしたのよ。」
「今どこにいるの。すぐ行きます。」
「ここ、あのね、ここ、ああ、わからない。」
「電話についているでしょ。」
「ええ、あっそうだわ。」
 モヒナは下のスイッチを押しながら、住所と言う。画面に住所が表示さ れた。シモーンはメモのボタンを押す。
「すぐ行きます。起こさないでね。そっとしていてちょうだい。わかった。」

  車は、音もなく走り続けた。遠い。一時間はかかる。よりにもよってど うしてそんな遠いところに。シモーンの足は床を叩いている。車は、シモ ーンの気持ちとは裏腹に いつものように一定のスピードで走り続ける。
 

(5章の1おわり、5章の2に続く


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『妹空並刻』