何日か後、イーシャが、黙って、クェーサーへの搭乗申込用紙をシモー ンに差しだした。簡単なコンピューター用紙だ。必要なところはもう書き込んである。シモーンは黙ってそれを読んだ。
「やはり行くの。」
「うん。」
イーシャの声は小さい。
「まだ、行けるって決まったわけじゃないんだ。」
言い訳をするように口ごもる。
「行ってらっしゃい。」
「いいの。」
「遠いわね。」
「いいの。」
もう一度聞き返す。
「あなたの人生は、あなたのものよ。」
シモーンは立っていくと、座っているイーシャの頭を抱きしめる。
「そんなに寂しがったら、行けなくなっちゃう。」
「気にしなくていいのよ。寂しいの好きだから。」
シモーンは腕をとくと、イーシャの脇へ座った。
「出発はいつなの。」
「十一月。でも、まだ乗れるかどうか分かんないんだ。欠員が出て、その二 次募集だから。」
「モヒナには話したの。」
「うん。」
イーシャの返事は煮え切らない。
「泣いた。」
「ううん。まだ話せないんだ。」
「そう。」
二人は少しの間黙り込む。
エイサもそうやって逡巡したのだろうか。なんだか、ただただ希望に満ち溢 れていただけのように思えたのだが。だが、定かでない。思いだそうとすると、 それはいつものようにほやけてしまう。
「何を準備すればいいの。」
シモーンはふっきるように言う。
「わからない。だって、まだ行けるかどうかもわからないし、だいいち申し込 みだって今からなんだから。」
「それはそうね。」
「詳しい案内か何かあるんでしょ。」
「うん、それはあるけど。まず決まってからじゃないと笑われちゃう。それより、 まず体を鍛えなくっちゃ。いろいろやってるんだ。体力テストがあるんだ。」
「テストがあるの。」
「体力テストと性格テスト。」
「それより、変なのはさ、ここ。ほら、ティーチングの使用有無とかさ、機種と か、受教年月日とか,期間とかさ。こんなの書くんだよ。こんなので振り分ける のかな。変なんだよな。」
シモーンの顔が変わる。
「きっと、どれだけの知識があるか調べるんじゃない。」
「うん。でもさ。」
「足りなければ出発までに受ければいいしさ。機種によって知識に差があれば、 機種を指定すれば簡単じゃない。」
「だめよ。」
シモーンは叫ぶ。イーシャはきょとんとシモーンを見る。
「あのね。絶対だめよ。わけは後で話すけど。今は絶対受けちゃだめよ。」
イーシャは、シモーンの気迫に押されてただうなずいた。
(3章の2おわり、3章の3に続く)