空いっぱいに蝉時雨第12章の6
  二人は、もう一度、イーシャを乗せるために奔走した。  これは、コンピューターとの闘いだ、とエイサは言った。人間は、必ず価値判断をする。だから、弱い人間には最初っから勝ち目はない。お目こぼしか、 同情が関の山だ。はじめっからそれを意識してたからだめだったんだ。だがコ ンピューターは違う。価値で判断しない。与えられた条件が法に合うか合わないかだけで判断するはずだ。あいつらはイエスか、ノーかだけだ。だからイ エスをたどらせればいいんだ。
 二人は、法の中から、個人の権利が、公の利益より優先する条項を見つけて は、申し込みの案を練り、電送した。
 一ヶ月後、イーシャの乗員証が送られてきた。
 あいつも、根負けしたな。とエイサは笑った。機械も根があるのと、シモ ーンも笑った。

 いざ行くのが決まったとなると、後ろ髪を引かれる思いが募る。なにもかも が名残り惜しい。アフリカ、アジア、アメリカ、ヨーロッパ。様々なところで 様々な人に出会った。もう一度歩いてみたいと思う。だけど、イーシャがいる のでそれはできない。だから、暇を見つけては近くをぶらぶらする。ちょっと した。公園の木々のざわめきの中で、通りすがりの路地の上で、ふっと懐かしさが浮かび上がってくる。それがなになのかはもうはっきりとは思い出せないのだが。そして、時間の許す限り、知り合った人を訪ねてみる。だけど、かなりの人がティーチングのためになにもわからなくなっており、残った人もパンクの恐怖のために、昔を語る余裕など持ってはいなかった。
 わかってもらおうと思ったのが無理だったと思う。みんなそれどころではないんだから。それでも、シモーンは出かけていく。ただ無性にあいたい。継ぎ足す言葉をなくして帰ってきても、あわないで行くよりいい。
 何人かの、まだあえる昔の恋人ともあった。懐かしさを確かめ合うとまではいかなかったが、それでも少しは涙っぽくなった。
 かほりとも連絡をとった。かほりは相変わらず飛び回っていてなかなか捕まらなかった。
「遠くへ行くのね。」
「ごめんなさい。」
「ううん。そんなことない。お母さんはお母さんだから。」
「イーシャはどうするの。」
「一緒よ。」
「大丈夫なの。」
「大丈夫よ。これ以上悪くはならないでしょ。」
「そうね。でも、お母さんの方が参ってしまうんじゃない。」
「そうかも。で、シフスはどこにいるかわからない。」
「私も探しているの。あの後どこに行ったのかまるでわからないの。捕まった人たちの中にはいなかったし。探しようがないし。」
「そう。もう一度あいたかったけど。出発まで三ヶ月あるから、連絡とれたら連絡するように言ってちょうだい。」
「そうするは。私も、一度そっちへ行くから。」
 二人は、それからも、とりとめもない話をいつまでも続ける。

   


(12章の6おわり、12章の7に続く



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『妹空並刻』