翌日、シフスはリサと待ち合わせて車で出かけた。町の中心なのに、 人通りはほとんどなかった。閑散とした通りに、ジャカランダの青い花が空の中に果てしなく続いていた。
緑の芝生と、白い家。そしてどの庭にも花が咲き乱れている。その家の中で、主人が病んでいようとも、いや、住む人さえいなくなっていようと もコンピューターは芝を刈り、花を咲かせ続けている。
リサは、そのうちの一つに車を滑り込ませた。 「やあ、無事だったか。」
二人の男が握手を求めてきた。見知らぬ顔だ。
「ハンだよ。みごとに化けたろ。」
「クトウだ。」
呆気に取られているシフスの後ろで、リサがにこにこ笑っている。わか ってはいても、今まで記憶していた顔とあまりに違う顔に戸惑う
「シャボン玉を見に来たよ。」
「出来てるよ。」
四人は、連れだって奥の部屋に入った。シフスは黙って先頭を歩く。テ ストの一つ。窓のない部屋は真っ暗だった。普通の部屋と違って、人を関知しても自動点灯しない。シフスは、覚えていたとおりにスイッチを探し 明かりをつける。青白い光が部屋を満たした。シフスは、部屋を見渡すと、 端に置いてある机の所へ行った。引き出しを開けると中の書類やらごち ごちゃしたがらくたを取り出して、手のひらを上にして奥に入れた。壁際 の床がすうっと開いた。それですべてのテストが終わった。後ろで見守っ ていた三人から、ふっと緊張が解ける気配がした。
「ま、おれたちの仕事を見てくれ。」
四人は、階段を下りると地下室に入った。やはりこの部屋もスイッチを 入れないと点灯しない。壁と天井から柔らかい光が溢れ、どこにいても影 が出来ない。
様々な工作機械に囲まれて、台の上にイルカが一頭固定されていた。
「見事だろ。」
クトウが言う。
「いや、そっくりだ。これならだれもわからない。」
「苦労したぜ。」
「思ったより小さいな。」
「ああ、あの騒ぎの後だからな。極力小さくしたんだ。」
「だから、磁力推進はつけられなかった。運ばなければだめだ。後一月ばれなかったらな、ここからだって狙えたのに。」
「ま、愚痴っても始まらないからな。」
「撫でてみな。」
シフスは、言われたとおり撫でてみた。すると、形だけ似せてあると思 っていたイルカが弱々しく鰭を振った。シフスは驚いて、手を引いた。三人がにやにや笑う。 「なかなかだろ。途中で見つかったときには、弱っているから海に帰すん だとか何とかごまかせるかもしれないからな。」
「決行はあさってだ。」
「どうやって運ぶんだい。」
「トラックを借りる手はずが出来てるんだ。水槽付きのやつだ。そこに、 あいつを泳がせときゃいい。堂々とやりゃわかりっこないさ。」
「そして、ヨットで出来るだけ南極に近づく。最後は、ほうバークラフト で南極に上陸する。」
「飛行機はだめなのか。」
「だめだ。自動操縦装置を外した飛行機を操縦できるやつはだれも来なか った。観光を装って行けばかなり近づけるだろう。」
「そうか。」
「それで、俺とクトウが乗る。」
「なぜだ。」
「ホーバークラフトはぎりぎり二人しか乗れん。それに、何もよけいな犠 牲を出すことはない。」
「俺に行かせろ。」
シフスが言う。
「いや、先着順だ。」
ハンが口を出す。その冗談めかせたかすかな笑いの中に、シフスは苦悩の 色を見たような気がする。
「わかった。」
彼も自分と同じことで苦しんでいると、シフスは思う。
「失敗したら、後はどこかでまた頼む。」
「ああ、わかった。」
(10章の3おわり、10章の4に続く)