「100歳になった相対性理論」(福江純著、講談社サイエンティフィク)への反論1


     メッセージ。ご感想をお聞かせください


著者 高田敞

(以下{ }内は上記本よりの引用)

 

 光速度不変の原理(P14

 

問題 

{もし光速度cで飛んでいく「光」を、同じ速度cで追いかけたら、「光」はどう見えるのだろうか? 光の粒は止まって見えるのだろうか、それとも動いて見えるのだろうか?}

考察

アインシュタインは{「光はだれから見ても光速で進む。どんなスピードで運動している観測者が測っても、光の速さはつねに光速度cになる」}と述べたという。この原理が{特殊相対論の一つの柱である光速度不変の原理だ。}そうである。

 ところで、これは証明されているのだろうか。否である。理論は実際の現象で証明されない限り仮説である。光速度不変の原理はいまだに仮説の域を出ていないといえる。ではなぜ、100年もの間証明しなかったのだろう。簡単である。証明できなかったからだ。なぜ証明できなかったのか。間違った仮説であるから証明できなかったということだ。

 光速度不変の原理の間違いを証明する例

(1)チェレンコフ光

 電子が水中を光速で進む時、チェレンコフ光を出すのが観測されている。光は、水中では速度が落ちるので、光速で進む電子に追い抜かれてしまう。この電子から見たら、光は少しずつ遅れているということになる。もちろん光速で離れてはいない。電子から出る光の衝撃波だから電子とほぼ同速度で電子に並走している。したがって、電子に目があれば光はほぼ止まって見えるはずだ。

 {「光はだれから見ても光速で進む。どんなスピードで運動している観測者が測っても、光の速さはつねに光速度cになる」}というアインシュタインの主張が間違っている証拠である。

 水中だから特別ということはない。チェレンコフ光は地球上空でも常時観測されている。宇宙線が大気に突入し大気とぶつかってさまざまな粒子を出す。この粒子が光速で飛び、やはりチェレンコフ光を出す。宇宙線の観測としてこの現象は常時観測されている。

 光速で飛ぶ物質から見ると、光は並走したり、遅れたりすることの実証である。

 この本にはないが、アインシュタインは、光速で飛ぶ人は前の鏡に自分の顔が映らないことになる。それは変だ。だから、光速で飛んでも、光は前に飛び、鏡に当たって跳ね返ってくるということを思いついて光速度不変の原理を思いついたという。

 だがチェレンコフ光だと、光速で飛ぶ粒子から出る光は、前の鏡に当たって粒子に跳ね返ってこない。 光速で飛ぶ人は進行方向の鏡に姿は映らない。アインシュタインは思い違いをしている。超音速の飛行機は音が取り残されて聞こえなくなるのと同じ原理でもある。 

ちなみに、ジェット機がほぼ音速で飛ぶと音の衝撃波ができる。これは音とジェット機が並走し、ジェット機から出る音が次から次に積み重なることで大きな音になるから起る。光の衝撃波であるチェレンコフ光は、ほぼ光速で飛ぶ電子から出る光が同じ速度で並走する光に次々と重なって、観測できるくらいに強くなることで起こる。

(2)光のドプラー効果

星が、地球から離れていったり近づいたりするときに光がドプラー効果を起こしているのが観測されている。これは星と星の出す光が相対速度を変えているためである。また、観測者の速度によっても光はドプラー現象を起こす。これは光と観測者が相対速度を変えているからである。

結論

 このように、実際の現象としては、光は物質の速度に応じて相対速度を変えていることが観測されている。もちろん観測者に対しても相対速度を変えている。これに反して{どんなスピードで運動している観測者が測っても、光の速さはつねに光速度cになる。}という現象は観測されていない。実際の現象に反しているアインシュタインの光速度不変の原理は間違っているといえる。

(この本ではその理由を後のところで書いているが、それに対しては後述する)