■猫じゃらしの思い出
無職 小森百合子 99 福岡県 毎日新聞9月 『オピニオン』から
「8月22日の『季語刻々』。『猫じゃらし吾が手に持てば人じゃらし』を読んではるか遠い昔の出来事を思い出し、クスッと笑いがもれた。17歳の洋裁学院生だった私にある日、見知らぬ女性名の手紙が届いた。中身は男性からのラブレターだった。彼が軍隊に入り幹部候補生だった時、たまたま休暇が取れてデートした。 町はずれの川のほとりの土手で彼は後ろ手を枕に草むらに身を横たえ目をつむっていた。
距離を置き座っていた私は所在なく、傍らに生えていたエノコログサを一本引き抜き、彼の頬をくすぐった。『男女7歳にして席を同じうせず』という時代のモラルに縛られていた二人。手をつないだこともなく、歩くときは一歩後ろを歩くというのが常識だった。
猫じゃらしを介してせめてもの愛の表現。彼は虫だと勘違いして跳び起き、それが猫じゃらしを持った私だと分かると苦笑いし照れていたっけ。80余年前の懐かしい思い出だ。
■勇気200%
毎日新聞 朝刊 女の気持ち
「先日、20歳の息子が初めて床屋さんに行った。
息子が前日、『明日1人で行ってみる』と言った。
私はプレッシャーをかけないように『明日の様子で決めたらいいよ』と伝えた。
息子は6歳でアスペルガー症候群と診断されている。
中学時代は不登校。高校では拒食症になり、2年のころは学校に行けなかった。対人
恐怖症でもあり、1人で買い物ににも行けない。
床屋さんの前までついて行くと、幸いほかのお客さんはほとんどいなかった。
息子は1人で中に入った。
大きな勇気が必要だったに違いない。いつもは夫が一緒に散髪したり、お金を先に支
払って別の場所で待ったりしていたのに。『床屋終わりました』のメールを受
け取り、うれしくてホッとして涙が出そうだった。
大げさかもしれないが、アニメ『アルプスの少女ハイジ』のワンシーン、足の不自由
なクララが1人で立地上がって歩いたのを見た時のような気持ちだった。
『20歳で初めてのの経験が1人で散髪に行ってお金を払って帰って。
■励ましあいの言葉を
毎日新聞 1月24日 日曜くらぶ 2面新・心のサプリ
大学病院の外来を担当している後輩の女性医師が、髪を超ショートにしたから頭が寒い、と言っていた。子供がいて家庭内感染が怖いから帰宅するとまずシャワーを浴びる。家に着くと全身シャワーを浴びてから家事をするので髪を乾かす時間を短縮するために髪を切ったのだ。わかるなあと思い出した。東日本大震災のあとのサポート事業で被災地を回っていた時、私も時間短縮のため髪を超ショートにしていた。冬は首周りがスースーして寒かった記憶がある。その仕事が終わり、しばらくしてからまた髪を伸ばし始めたが今ドライヤーで髪を乾かしていると、とても贅沢をしているような気分になる。そういうことはその仕事を体験した者しかわからないと思うけれど、どの仕事でも、してみないとわからないことがあるのだろう。
新型コロナウィルス感染拡大により狭い一部屋でリモートワークをすることになり、ベッドの上にパソコンを置いてかがみこんだ姿勢で仕事をしている若者もいる。これは疲れる。しかし、一方で急に職を失った人からみれば、仕事があるだけいいではないか、という気持ちになるものだし、リモートワークができず、新型コロナ感染の不安を感じながら通勤するエッセンシャルワーカーから見れば、家にいられるだけいいではないか、と思うだろう。
どんな仕事でもそれぞれ大変さや苦労があり内情をみないとわからないことは多いのだ。ただ自分の仕事の大変さをちょっとぼやこうとすると「自分で選んだわけでしょ」「仕事だからそれをするのは当たり前」というような風潮があるのが気になっている。今回の感染拡大で経済的なダメージを大きく受けて自分の価値がなくなったような思いになっている方も増えている。つらいのにそれを口に出せない、ということも多いようでつらい気持ちを抱え込んでいることで更に気持ちがふさいでいるようにも見える。
新型コロナ感染の拡大がそれぞれみんなにストレスを与えていることは間違いないだろう。みんなが感じていたり、向き合っている大変さがわかったりすると、もう少し周りの人にあたたかい気持ちで接することができるのかもしれないと思ったりする。「ああ、そうなんだ。それは大変だよね。気をつけてね」「元気でね」「大丈夫です?」。少し前まではよく耳にしたそんな言葉を最近きくことが少なくなった。ちょっと自分の気持ちやつらさを口にした時に、ごく自然に励ましあったような何気ない言葉。何気ないけれど、自分は一人でない、と感じられるような言葉が消えるとどこかぎすぎすした社会になる。自分だけでなくみんなそれぞれ大変だよね、一緒に進もう、という思いを込めた言葉、失いたくないものだ。
(心療内科医) 海原 純子
■母の眉そり
毎日新聞 10月29日 朝刊 女の気持ち
実家の母は今年89歳になった。
週末は母の元に行き、おしゃべりしたりドライブに出かけたりと母娘の時間を楽しんでいる。
普段の買い物や病院への付き添いなどは、同じ敷地に住む弟一家が面倒を見てくれている。
ありがたく、感謝の気持ちでいっぱいだ。先日、母に「眉毛をそってほしい」と言われた。
私は驚いて母の顔を見つめる。確かにボサボサではあったが、そんなに目立つほどでもない。
昔からきちんとしていた母だが、この年で眉毛を気にする女子力の高さに驚いた。
じゃあ少し整えようか、と母の頭を私の膝に乗せた。幼いころ、耳かきをしてもらったときと
位置が逆転している。「動かないで!途中で目を開けないで!そるよ」。
大騒ぎしながらカミソリで少しずつ整えていく。
しわしわの母の顔がすぐそこにある。このまま目を開けなかったらどうしよう・・・・・。
急に不安が押し寄せ、私の指先は少し震える。お母さん、元気で長生きしてよ!
心の中でつぶやく。仕上げに温かい蒸しタオルを当てると、母も喜んでくれた。
恐らく母の眉毛などだれも気づきはしないだろう。
それでも鏡を見つめうれしそうにほほえんでいる母は少女のようでかわいらしかった。
人生をていねいに生きてきた母らしいなとも思った。
手鏡で自分の眉を見る。ボッサボサのダッサダサ! ああ、少しでも母を見習いたい。
山梨県韮崎市 山寺直美 主婦61歳
■愛してるよ
毎日新聞 2018年7月
足かけ50年、「愛してる」なんてたった一度も言わなかった。恥ずかしくて言えなかった。
机の向こう側、背を丸めてテレビを見ているばあちゃん。まだ可愛い。
「大好きだよ!愛してる!」
その言葉をハートに届けたい。生きている間に思い切って言いたい。言ってしまおうかな。でも・・・・。
「どなたに言ったんですか」「冗談は顔だけにしてください」とにらまれるだろうな、きっと。
20代初め、知り合ったばかりのころ。とにかく可愛くて可愛くて仕方ない。
無理して2枚分のチケットを買い、コンサートに誘った。
今はなき東京・渋谷の恋文横丁、ネオンがきらめく所にも行った。
結婚して子を育て、無理なローンを組んで借金を返し終われば、早くも定年。ずーっと苦労をかけっぱなしだった。
ごめんね、夢も熱もないつまらん男で・・・・・。 もっともっといい男、いっぱいいたのに、貧乏くじ引かせちゃって。
次はいい男、選んでね。
昔の仕事仲間のじいさん同士、たまに居酒屋に集う。
いろいろ話は尽きない。でもなんと!母ちゃんに「愛してる」と言ったことがある男は一人もいない。
もっとも、他の女性に言い続けた者はいたが。
でも老妻にはみな、しっかり感謝している。「よく我慢してくれた」「よく耐えてくれた」と。
よーし。隣の布団にもぐりこもう。今でも大好きだよ。
埼玉県本庄市 78歳 無職 男性
■晩酌
毎日新聞 2017年7月3日
「老いてから酒の飲み方が変わったなと、しみじみ思うことがある。以前は酔いが回るとはしゃぎ、それが楽しくて仲間と一緒になって杯をぐいぐいとあおったものだ。だが、子離れを果たした70代から女房と二人暮らしとなり、夫婦差し向かいの晩酌が始まった。酒も少しはいける女房と、仲良く酌み交わす酒の味はまた格別であった。ところがその恋女房が4年前に急病で亡くなってから、独酌で静かに酒を口に含み胃の腑に流し込んでいる
わびしい自分に、ときどきアレッと思うのである。飲んべえだったおやじに似て、私も若い時分は大酒を食らっていた。
高度成長期には会社の付き合い酒におぼれ、2次、3次会と酒場のはしごはざらだった。
晩年は酒好きがたたって銘酒に凝り、女房ともども全国の蔵元を行脚したこともあった。それにしてもひとり気ままに楽しむ晩酌はオツなものだ。
春は宵闇の庭に浮かぶ満開の桜をさかなに花見酒。夏は縁先で風に涼み、冷用酒で暑気払い。
秋の夜長は、月見酒でほろ酔い気分。寒い冬の晩は、じんわりとぬくもるおでん燗酒。
こよいは女房の月命日。仏壇の前に供養の膳を据え、そろいの唐津ぐいのみに酒を満たし、遺影と晩酌する。
杯を重ねて酔いが回るころ『いいかげんにおつもりにしたら』。
やさしくたしなめる女房の声が、私の耳に懐かしくよみがえってきた。」
東京都 渋谷区 90歳男性
■姑の散髪
毎日新聞 2017年3月29日
姑の散髪姑は80代半ばの頃から、髪の毛が伸びてくると、後ろで二つに結び、お下げ髪にして愛らしい少女のようだった。そんな時は暗黙の了解で、不器用な私が姑の散髪に取り掛かる。はさみとくしを手に
「今日こそは格好良くできますように」と祈る気持ちで髪を切っていく。おしゃれだった姑は散髪が終わると必ず合わせ鏡をし、「とってもいいわ。お母ちゃんありがとうね」と嬉しそうに何度もお礼を言ってくれた。
その後は二人でお茶を飲みながら日ごろの出来事や家系のこと、地元の歴史などを教えてもらい、楽しいひと時を過ごすのがおきまりだった。散髪は嫁姑の大切なスキンシップだった。
秋祭りも近いある日、姑は早朝から庭の草取りをしていた。またお下げ髪が見えたので「午後から散髪しましょうね」と話をしていたところへ、親戚の人が訪ねてきた。
あいさつを交わしたその時、姑は突然意識を失い、崩れるように倒れかかり、私は急いで抱きかかえた。救急車で運ばれたが、姑はついに帰らぬ人となった。
92歳の天寿を全うし、あれから20年もたつ。日ごろから「お母ちゃんに世話になるんだ」と言っていた姑だから、最後に嫁の懐に抱かれ、さぞ本望だったろうと思う。
ただあの日、最後の散髪ができなかったことだけが残念でならない。せめてきれいに髪を整えて義父の元に旅立たせてあげたかった。
姑の大好きだったひな祭りや大黒様の唱歌を二人で歌った桜の季節を懐かしく思う。
福島県いわき市 主婦 82歳
■83歳母の洗髪 私もすっきり
読売新聞「気流」欄より引用
土曜日の午後、自転車で我が家にやってきた83歳の母に「髪を洗って」と頼まれた。
普段は畑仕事に出たり友達の家でお茶に呼ばれたりしている陽気で元気な母だが、「頭のつむじのあたりがかゆいのに、自分で洗う力がない」という。
早速洗面台にいすを運んで座ってもらい、初めて母の髪を洗った。
私が美容室で洗ってもらうように「指の腹で地肌を洗うんかな」などと考えながらこすっていると、「あー、そこそこ。気持ちいい」とうれしそう。
髪を乾かしている時にドライヤーの風を背中にも送ってあげると「あったまる」とさらに喜んでくれた。
髪を洗うと誰でも気分爽快になるものだ。
母の髪をくしで整えると「あー、すっきりした」と元気倍増の様子。
私まで気分がさっぱりした。
年老いると洗髪も結構難しくなるのがわかった。
時間もかからないし、これからは母の髪を洗ってあげよう。
宇都宮市 女性 50才
■こういう男になりたい
読売新聞コラム「ぷらざ」より引用
「機知に富んだ96歳伯父に敬服」
私の伯父は、96歳。
地方の老人ホームで暮らしている。
老眼鏡をかけずに本を読み、自分の歯で何でも食べる。
長い間、自宅で独居生活を送っていたが、歩くときはつえが手放せなくなり、 食事の支度や買い物などもおぼつかなくなった。 それで、「他人に迷惑をかけるようになった」と、2年前に老人ホームに入ったのだった。
年に数回、自宅に戻ったりわが家に泊まったりと、それなりに自由を楽しんでいる様子。いつも機知に富んだ受け答えをしてくれる。
先日、電話で、「これといった病気もなく、元気でよかったね」 と私が言うと、「うん、元気だよ。 恋患いもないよ」 と。また、やられてしまった。こういう年の重ね方って、いいなあと思う。もう少し長生きしてね、伯父さん。
札幌市 女性 60才
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