あの事件から一年経って、かの有名な「池田屋事件」が起こる。
俺はその時現場にいなかったから後で聞いた話だが。
物凄い、筆舌に尽くし難い程の凄惨な状況だったらしい。
事の起こりは、枡屋喜右衛門を拷問し、その時の証言から
京中に火を点け、その混乱に乗じ
主要人物を殺害すると言う内容だった。
この為、俺たちは池田屋と
もう一つ怪しいと睨んでいた四国屋の二手に分かれたが。
結局。
池田屋が本命でしかも池田屋には、実質七人で切り込んだらしい。
俺と土方は四国屋に向かっていた為、襲撃に出遅れた格好になった。
ここで大成果を上げ、俺たちの名は京洛に一気に響き渡った。
しかし
いい事ずくめでもなかった。
襲撃の際に沖田が倒れ、藤堂も負傷。皆満身創痍の状態で引き上げて来た。
又、殆どの隊士達の刀が使い物にならなくなり
この時、近藤の刀が虎徹なので無事だった、とは有名な話である。
で。
問題は沖田。
持病の労咳が悪化し、戦闘中に血を吐いていた。
事件後、沖田は町医者に通う事になった。
今日も沖田は医者に行くらしい。
俺もそれに付いて行く。
何も冷かしでも無いし、俺が病気な訳でも無い。
舞鶴の奴が風邪引いて俺に薬を貰いに行って欲しいと言って来やがった。
俺は紅葉屋の小間使いじゃねぇぞ。
「斬さん、私と一緒で大丈夫ですか?」
幾分やつれた感があるな。元々、青白かったが今はかなり青い。
「別に?大丈夫だろ?」
にか、と笑う。
んな事気にしてたらここにゃ居られねぇよ。
「斬さん、舞鶴さんとはどうです?」
「これも、特に、な」
あの後、舞鶴は紅葉屋でも売れっ子になっていったし。
俺もそんなに足繁く通ってる訳でも無かった。
でも、中々綺麗になったと思う。
舞鶴も暇が出来ると屯所に遊びに来て俺の部屋で何かしているらしい。
隊士たちとも仲良くやっている。
鬼の巣窟に遊びに来るなんて、度胸いいな。
「そう言うお前ぇこそどうよ?」
こっちばかりでなく、お返しとばかりに振って見る。
矢張り、あからさまに狼狽してる。
沖田がここの町医者の娘といい仲になっている。
俺が気が付かないとでも思っていたのか?
って実は舞鶴がその現場を目撃したらしい。
で、俺だけにソッと教えてくれた。
最初は俺も頭から否定した。何言ってる?
嘘付くなって。
だが、どうやら事実らしい。
俺も見た訳じゃねぇけど。
それに医者に行くのが心成しか楽しそうにも見える。
「私は・・・別に・・・・」
隠すなよ、でも満更でもないんだよな、これは。
「オッ、着いたぜ」
ズカズカと医院に入って行き。
「舞鶴の薬、取りに来たんだけどよ」
その声に中から助手が出て来て待合の様な場所で俺一人を待たす。
沖田は治療の為に奥の方に入って行く。
待ってる間、暇なので中の方をボケーと見てる。
?
奥の方でチラチラと若い女の姿が見える。
こいつか?
もっとよく見ようと首を伸ばす。
途端に頭を叩かれる。
「お客はん、お薬どす」
中年の女性が睨みながら薬を顔の前に突き付ける。
どんも、ね。
薬を受け取って
「なぁ、あの奥の方で見える娘、誰?」
「あの娘はんはここの先生の娘はんどす」
サラリと言うな。
成る程、じゃ、あれが沖田の想い人か。
よく見えねぇが、見てみてぇな。
一回は拝んでおかないとな、やっぱ。話の種としては。
が。
「早よぅ、お帰りやす」
厄介者の様に追い出される。
「待てって。
今俺と一緒に来た奴とその娘、どうよ」
ニヤリと笑う。怖いぞ、客相手にするなよ、それ。
「え〜え。
もうええどすな?将来が楽しみどすえ」
ホウ、もうここじゃ周知の仲か。
「じゃ、有名なのか」
「ここではどすな。ええ青年どすしな」
好青年だしな、分かるぜ、それ。
じゃ、お邪魔虫はさっさと退散するか。
「連れに宜しく言っといてくれ、アバヨ」
まだ二人の仲は知られちゃいないが奴らにゃ死んでも教えられないな。
特に、近藤、土方。
帰り際、チラリと中の様子を見てみる。
傍目にもいい感じだ。
さて。
じゃ帰りますかな。
足早に紅葉屋に帰る。
・・・・・帰ると言うよりは行くの方が正しいのか。
島原に着き、紅葉屋の暖簾をくぐる。
直ぐにすっかり顔馴染みになった女将が出て来る。
「舞鶴いるか?頼まれてた薬」
ホラヨ、と渡す。
「どうもすんまへんなぁ。
小間使いみたいなさせてもうて」
「凄ぇ悪い。一応これでも泣く子も黙る新撰組だぜ?俺」
どっかと座って即座に言い返す。
それでもニコニコと笑ってる。
実はこの人かなり怖い人なんじゃ?
「んで、どうさ?」
出て来たお茶を飲んで聞いて見る。
いい茶だな、やっぱ。
いいトコはいい茶葉使ってるなぁ。今度教えてもらおうかな。
「へぇ。随分良ぅなりましたえ」
「じゃ、もう大丈夫だな」
薬代を貰って帰ろうとする。
「逢わへんですか?あの娘かて待ってはりますやろ」
「ここで風邪貰ってどうするさ?」
風邪屯所に持ってって流行らせてもなぁ。
俺は一向に構わないが、流石に気が引ける。
「舞鶴に宜しくな、又その内来るさ」
紅葉屋を出る。
さーて、どうすっかな。
今の所は長州は成りを潜めているが、いつ牙を剥くか分からない。
山崎や島田が盛んに動き回ってるが、いまだに掴み切れていない。
俺もブラブラと洛中を歩き回ってみるが。
嵐の前の静けさってのが、本音だな。
浪人も俺たちを見ると姿を隠す様になったし。
ブラブラと洛中を流していると、島田が俺を見付け駆けて来る。
「ヨオ」
「斬さん、どうしたんですか?」
笑っているが目がマジだ。かなりピリピリ来てるな。
「ああ。舞鶴さんのお見舞いですか」
「いんや。小間使いだ。薬渡しに行った」
これを聞いて声を上げて笑い始める。
やっぱ笑うよな、普通。笑われても仕方無い事だけどさ。
「斬さんが小間使いですか」
クックックと一頻り笑ってから
「舞鶴さん、綺麗になりましたね」
「まぁな」
「どうですか、あれから」
「別に」
言いたい事が段々分かって来た。
が、敢えて触れないで返す。
「その内、誰かといい仲になってしまいますよ?」
「俺が好いていても奴が好きとは限るまい?」
確かに何回かは逢うが、俺は客だし。あっちもそう思っているだろうし。
相思相愛かは果たして分からないだろ?
「嫌いな人にそんな事を頼みやしませんよ」
どうだかな。単に人手が足りなかったんじゃねぇの?
「その気が無くても色々な方法がありますから」
「まぁ、追々考えるさ。アリガトな。気を使ってもらって」
島田は一緒にならないなら囲ってしまえと言いたいらしい。
「所でさ。力さんなんか有ったの?」
忙しい島田が何も無しに俺を呼ぶ筈が無い。
案の定、押し黙ってしまった。
何か起きてたっけか?
「最近辻斬りが横行してるんですよ。それも無差別に」
そんな事あったか。
でも天誅とか言って矢鱈斬ってた野郎もいたしな。
さほど珍しくも無いだろう。
だが。
無差別となると話は別だ。
「犯人像が見えねぇな。尊皇派か、佐幕派。目的、動機」
「ハイそうなんです。しかも昼日中からですよ」
じゃあ今時分からか。随分とお盛んで。
「一撃か?生存者はいるのか?」
「いえ、いません。あった者全て斬殺。けど一撃です。
二の太刀、三の太刀はありません。
今の所、分かっているのはこれだけです」
凄ぇな、一撃かよ。何か腹立ってきたぞ。
「何人殺されている?そんでもって町の噂は?」
「五人ですね。町人、四人の浪人一人。
浪人と言っても元は長州の藩士でした。
名前は木田清吾。
この前の池田屋の変後、抜けたらしいです」
五人、ね。
で。長州の藩士が一人。何か、繋がりあるのか?
しかも藩士だろ?結構位は上じゃねぇか。
「その四人と木田との繋がりは今の所見えません。
それに三日間で五人です。最後の一人が斬られたのが昨日です。
噂は当然、私達の仕業になっていますよ」
だろうなぁ。
長州人だしな。
だがよ、今局中法度がある限り俺たちじゃねぇだろう。
ンな事やりゃ、鬼が喜び勇んで斬ってくれるぜ。
「まだ続くのか?その辻斬りってのは」
不意に殺気を感じる。
全力でその方向に向かって走り出す。
島田も気付いたらしいが、俺の方が早い。
ホンの微かなものだったが、間違いなくそれは殺気だった。
徐々に殺気の方向に近づいて行く。
そして
見えた!
一人の侍が目の前を歩いている。
人の通りは疎ら、ここなら殺ってもバレないな。
そして侍の前には?
町娘、か。
追い付けるか?
更に早駆けする。
もう目前と言う所で。
チッ!抜刀しやがった。
斬らせるかよ!!
「てめぇ!何しやがる!!」
大声で怒鳴り付ける。
兎に角俺の目の前でなんざ殺しなぞさせねぇぞ。
大声のお陰で奴の動きが一瞬止まる。
又
周りの目も俺と侍に注目される。
「俺は新撰組の修羅刀だ!馬鹿な真似は止めな!」
続け様に名を名乗る。
まずここで俺らの名前呼べばどんな輩でも逃げらぁ。
そしてその通り。
侍も クッと舌打ちすると。
そのまま逃げて行く。そう簡単に逃がすかよ。
続け様に俺も侍の後を追う。
襲われそうになった町娘はひとまず島田に任せよう。
この俺の脚から逃げようだなんて
そんな浅はかな考え改めさせてやる。
事実。
徐々に相手との差も無くなって行く。
しかし
奴もここの地理を知ってるらしく俺を撒こうと
必死になって逃げる。
暫く洛中を追いかけっこしたが。
とうとう観念したらしく、向き直り構え直す。
俺と殺り合う気らしい、面白ぇ。
俺もそれを見て抜刀する。
しゅらりと刀を引き抜き、片手に持って相手を見る。
周りは林道、随分と街中から引き離されたもんだ。
それに夕闇がそろそろと言う頃。
些か暗いが大した痛手にはならないな。
それよりも
ここで逃がした方が痛手だな。
もう一回追いかけっこは流石にキツイ。
俺が構えた刹那。
道の両脇からワラワラと六人、皆侍風が沸いて来て。
俺をグルリと取り囲む。
?
もしかしてここまで逃げたんじゃなくて
俺は誘い込まれたのか?
「てめぇら俺が新撰組だっての知ってて襲って来るのか?」
反応なんて無いだろうけど、一応聞いてみる。
が。
矢張り無視。
いい根性してるぜ。
追っていた侍が号令をかける。
それを受けて六人が一斉に俺に襲い掛かる。
俺も獣の咆哮を上げ、気合を入れる。
襲い掛かってくる六人は無視し、頭らしき侍目掛け突進する。
慌てた六人は何とか俺を追い抜いて頭風の侍の護衛に回る。
チッ。
邪魔だてめぇら。
片っ端から叩き斬ってってやる。
純粋に剣の腕だけなら土方や沖田よりも強ぇ俺だ。
こんな奴らモノの数にもなりやしねぇ。
相手が身構えるよりも早く袈裟斬りでまず二人、右左の袈裟斬りで一瞬に。
反撃もさせねぇ。
更に返す太刀でもう一人。
真っ向唐竹割りで叩き斬る。
まず三人。
残り四人か。
漸くここで動き始めようとするが。
甘いんだよ。
それを黙って見てる程、俺は優しく出来てはいない。
構えて斬り掛かって来る所を素早くぶった斬る。
隙があり過ぎなんだよお前ら。
がら空きだぜ、攻撃の時。
これじゃ斬ってくれって言ってる様なモンじゃ。
一回ここで刀に付いた血を払う。
ヒュンと風切り音がして綺麗に払われる。
よぅし。
もう一回構え直す。
残りは二人。
雑魚が。
奇襲までは好かったが、相手が悪かったな。
迅速に事を済ませればよかったが、長引けば返って相手が勢い付く。
頭の侍も不利と悟ったらしい。
サッと反転してトンズラこきやがった。
この判断はよかったぞ。
って何、俺は褒めてんのさ。
追おうとしたがこの暗がりじゃもう無理だな。
それに仲間の死体を残していったって事は
それからアシが付かないと分かっているんだろう。
それでも一応改めてみる。五人とも目ぼしい物は無いな。
だが、こいつら浪人じゃねぇ。
それに明らかに「誰か」を誘っていたのは確実だ。
取り合えず、隊士を呼び死体を引き取らせよう。
その後の役目は島田に任せて。
そう言えばあの後はどうなったんだ?
島田にそれを聞いて見る。
「ああ、あの事ですか。
矢張りあの娘は侍と面識は無いです」
事後処理をしていた島田が話を始める。
島田も周囲を聞き回ったらしいがその侍を知ってる人はいなく
死体を探っても当然何も見付からず。
手掛かりと言えば、侍としか分からなかった。
「だがよ。
奴ら確実に「誰か」を誘ってたぜ。待ち伏せまでしてたんだから」
「無差別って訳じゃ無さそうですね」
少なくとも何か目的があって辻斬りをしていたってのは分かったな。
だが腕はそれ程でもねぇな。
一撃は不意だからだろう。
まったく、芹沢の時と言い、最近の奴は不意でないと斬れねぇのか。
さて。
ここで一度奴に会っとくか。報告がてらに。
「土方、いるか?」
「ハイ、いるとは思います」
おう、お勤めご苦労さん。
そのまま屯所の中に入る。
前回揉めたから部屋の前で柱を拳で二・三度殴り付ける。
「斬、か」
他にいるかよ、とは答えない。
応と答え
「話しあるが構わねぇか?」
入れ、と短い答えが返ってくる。
サラリと襖を開ける。
いつも通り机に向かっていてこちらに背を向けている。
入って来たってのに顔を向けもしない。
ま、俺も柱に寄り掛かって腕組んでるけど。
「何用だ?」
「ここ数日辻斬りが横行してるの知ってるな。
で、今その仲間を斬って死体をここに運んで来たのも」
「ああ、らしいな。それで」
横で今来たのか島田がいる。
ハラハラするのは勝手だが、身内にビビッてどうするよ?
「奴ら、目的があって殺ってるな。無差別じゃねぇぜ」
「具体的に言え」
「俺も先刻襲われた。奴らここらの地理に明るい。
しかもやり口が随分と手馴れてる」
相変わらず机に向かってる。
一応俺の話は聞いてはいるらしい。
「兎に角警邏の人数を増やせ。
その上で包囲網を狭めろや。奴らが網に掛かるのを待つしかねぇだろ
野放しにしてると奴ら、又殺るぜ」
「根拠は?只増やしても仕方あるまい」
冷てぇ奴。
数増やしゃ何とかなろうに。
「言ったろ。誰かを誘ってるんだって。
そいつを殺らない限り何時までも続くぜ」
「数にも限度がある。検討しておこう」
へーへ。
一通り報告は終わったので退室しようとする。
が。
「斬。待て、俺も話がある」
と俺だけ呼び止められた。
どうやら二人だけの話があるらしい。
島田に目配せする。島田も理解し、先に出て行く。
「何用でぃ」
今度は土方もこちらを向いて座り直す。
俺も奴の前に座る。
「まだ言い残してる事、あるんじゃねぇか?」
「ん?奴らからの手掛かりは出ねぇぜ。
訛りも聞いてねぇし剣の技も特に際立った物も無かった」
だが、土方は何も言わずに腕を組んだまま。
何か他あったけか?
これと言って特に無いがな。
雑魚だったし、頭も雑魚に毛が生えた程度。
只、この京に暫く潜伏していたのは確かだな。
しかも無計画でもない、計画性の有るコロシだ。
「お前ぇ何か考えあるんだろ?言いな」
鋭いな。
一応考えはあるが、只の推測だしなぁ。
「これは計画性のモンだ、殺りたかったのは木田一人。
他の四人は巻き添え。だろ?」
土方が静かに語る。俺と同じ考えか。
「だが、奴らこれ以上は動かねぇだろう。
俺が奴らならこれ以上危ねぇ真似はしねぇな」
「逆だね。奴らは犯行を俺らに仕立て上げたいんだ。
だからその為にワザと誘う為にあんな真似までしてくれる。
ここまで殺ってるんだ。
後何人斬ろうが知った事じゃねぇだろうよ」
これを聞いて、フムと考え込む。
俺も殺りたいのは木田のみってのは分かったが。
それを第三者の所為にしねぇと、自分達が先に疑われる。
だが。
それを俺らの所為に出来ればこの前の借りも返せるし、鼻も明かせる。
一石二鳥か。
「奴らの隠れ家、見付けるのが先決か」
「ああ。今度はワザと逃がしてやるよ。
そのまま一網打尽にしてやる」
お互い犯人が長州人て事では一致してる。
これでもう心配はねぇだろう。
残りは奴らが掛かるか、俺たちが掛かるか、だ。
「俺は暫く外をブラブラしてるぜ。アバヨ」
そう言って土方の部屋から出て、そのまま屯所も出る。
勇んで出たが考えたら外はもう夜中だ。
だからって寝るのもなぁ。
ま。
急いては事を仕損じる。
明るくなってから現場にもう一度行って見るか。
夜が明けてから
一番で現場に向かう。
かなり中心から離れてるな。
ここいらは林道が続く、襲うにゃもってこいか。
近くには、別にこれと言って無いな。
数日掛けて現場辺りをジックリ詮索する。
更に少し足を伸ばしたりして見る。
廃屋や寂れた寺などがポツリポツリと点在してるだけ。
それらの中も覗いて見るが、人の住んでる様子は無い。
奴らだってずっと藩邸に居る訳じゃなかろう。
必ず何処かに隠れ家がある筈だろう。
その時。
傍の茂みで音がする。
その音のした場所目掛けて突進する。
左方十一時の方角で人影が。
このまま逃がすかよ。
直ぐにその人影を追う。
「待ちやがれ!」
その影に向かい叫ぶ。
影は大人しく逃げるのを止めてその場に留まる。
俺も注意して近付いて行く。
そして
「何だ、山崎かよ、驚かすな」
顔を見てぼやく。
「例の辻斬りの件か?」
「ええ。奴らの隠れ家この近くにある聞きまして」
こいつは山崎蒸。
島田と同じく監察方。
こいつがこの組の中で一番不思議な奴かも。
俺も面と向かって話した事なんて数回しかねぇし。
「確かここらやと思うんですが」
じゃそれを探すか。
餅は餅屋ってね。
暫く山崎に任せてここら一体を徹底的に調べ回る。
その中で一つ目星を付けていた家から本命を見つけたらしい。
今度は家屋に入り中を徹底的に漁る。
虱潰しって言うんだろうな、こう言うの。
俺は念の為、一斉に掛かれる様に隊士たちに連絡を付けさせる。
それを確認してから中に入る。
別に何にもねぇツブれた家。
障子なんかボロボロだし壁も朽ち果ててる。
人なんか住めたモンじゃねぇ。
山崎はそれも壷の中まで調べてる。
成る程、勉強になる。
一息付こうと箪笥に寄り掛かる。
?微妙に安定が悪いな。
不審に思い、ホンの少し押して見る。
箪笥はぐら付きながら横に滑って行く。
ずれた場所の壁には穴が。
その穴を見ようと屈む。
中から風が吹き込んで来る。
行き止まりって訳じゃ無さそうだな。
抜け道、か。
「斬さん。何か見付かりまっか」
「応ともよ」
と山崎を手招きしてさっきの箪笥を見せる。
山崎も驚いてる。
お前が本来なら見付けるもんだぜ。
「流石でんな。分からんかったわ」
ハッハッハッハと笑う。からかうなよ。
「「影狼」の名は伊達やないんでんな。斬さん?」
その台詞に硬直する。
山崎はニヤリと笑うと。
「新撰組特殊遊撃部隊。通称「影狼」隊長修羅刀斬馬。有名でっせ?」
マジ?
これは組の影の部分で、土方ら上役のみが知っている筈なのだが。
因みに普段はヒラとなってる。
「知らんかったでっか?皆知ってまっせ。
斬さんが「影狼」なんは」
公然の秘密って奴かい。
こんな役なんで土方ともタメで話せるし、何でも出来る。
一種の特権階級みたいなモン。
だが。
その分、色々とやってる訳で。
基本的には暗殺部隊。
表では出来ない仕事を闇で解決する事を旨としてる。
人には余り言えない様な役職だわな。
「何や、斬さんだけ知らんかったでっか?」
う〜ん、じゃこの役闇に隠れる事ねぇか?
「そんな事無いでっせ。斬さんみたいな役も必要です。
何かと揉め事も多い組ですからな」
頭をボリボリとかく。
そう言って貰えると助かる。
「一度出るぜ。
ここが奴らの隠れ家なら必ず来る筈だ。
その為の手配もした、準備は万端だ」
と家の外に出る。予定通り手勢が家を取り囲んでる。
後はこいつらに任せりゃいいか。
俺は他の場所に移ろう。
御誂え向きに島田もいるし、なら問題無いだろ。
島田に声をかけ後任を任す。
山崎はもういなくなってる。
素早いと言うか、何と言うか。
「所でさ、力さんさ。俺が「影狼」だって事知ってる?」
島田は、何を今更?見たいな顔でおれを見る。
「ええ、勿論知ってますよ。隊の誰でも知ってますよ、それ位は」
なんて笑われてしまった。
う〜ん、マジで俺だけ知らなかったのか?
て言うかバラしてるの誰だ?
・・・・・・・・多分、奴だろうな。
あの野郎、俺にだけ言わないで。
相変わらず性格悪いぜ。
横で隊士が身構えた。
来たか。
一瞬にして空気が張り詰める。
近くの茂みに身を隠す。
障子の破れた箇所から顔が見え隠れする。
その中に・・・・・・いた。
この前の侍。
間違いねぇな。
奴らが出て来てからが勝負か。
このまま突っ込んでも逃げられたら意味がねぇ。
奴らは一刻程中にいたが。
やがて三人の侍風の男が出て来る。
家から離れて・・・・・よし今だ!
俺の合図で一斉に取り手が三人に群がる。
不意を突かれては三人も反撃出来無い。
その隙を突かせて貰う。
当身を喰らわせ、気絶させる。
ここで自害されちゃそれこそ洒落にならんからな。
念には念を入れて三人とも猿轡を噛ませ、手足を縛って、と。
何か呆気無かったな。
ここまで用意周到にしておいて肩透かしを食らった。
拍子抜けしちまったぃ。
ま。
後は鬼が好き勝手に料理するだろうから。
「そう言えば、斬さん」
「ん?」
島田の方を向く。
「先刻、紅葉屋から使いが来てましたよ」
さいで。
又、小間使いか?
「もう事件も解決しましたし。行って見たらどうですか?」
そだね。
言って見ますかな。
後始末を島田に任せて、紅葉屋に向かう。
舞鶴に逢ってから随分と島原にも来る様になったなぁ。
来ても酒飲んで話して終わりだけど?
他の何を期待してるんだ?
「ちわっす。俺呼んだんだって?」
女将が出て来て、まずはお茶。
「へぇ。舞鶴が良ぅなった言うて。あんさん呼んでくれ言うんですわ」
又何かあったのか?
「逢っても大丈夫か?」
どうぞ、と舞鶴の部屋まで案内される。
「入るぜ」
一言断ってから、中に入る。
舞鶴は座って俺を出迎える。
てっきり布団に入ってるもんだと思ってたが。
が。
顔がまだ赤いな。大丈夫か?
「お前ぇ、大丈夫かよ」
どっかと座り聞いて見る。
舞鶴もニコと笑って返すが、目が潤んでる。
熱、あるんじゃねぇか?
「ホント、大丈夫か。寝てて構わねぇんだぜ」
額に手を当てて熱を測る。
・・・・・・・ヲイ。
まだ熱下がってねぇじゃねぇか。
「熱あるじゃねぇか。寝てろよ」
「でも。これだけは言いたい思うて」
そんな我侭は寝てから言え。
直ぐに女将を呼んで説明をする。
女将も人を呼んで部屋に布団を敷く。
「んで?」
床の中の舞鶴を見ながら呟く。
「ウチ・・・・色んなお人から呼ばれてますやろ」
「それで?」
言ってる事がよく分からないので聞き返す。
「中にはウチを身請けしていい言うお人もおるんどす」
「そんな話、来てるのか」
ああ。
売れてるものな、当たり前と言やそうか。
「でもウチは妾はイヤどす。好いた人と一緒になるんが夢なんどす」
ハッキリ言う奴だな。
で?俺にどうしろと?
舞鶴はジッと俺の顔を見詰めている。
何時に無く真剣な眼差し。
つまりは、こいつ。
「言いたい事は分かったが、こんな時に聞く事か。
完全に治ってからでも遅くは無いだろうに」
一層目が潤んで行く。
笑っているのか、泣いているのか。
「けど。今言いたくて・・・・」
「切羽詰ってるのか?」
「そんな事ありまへんが」
何だ弱気だな。
病の時は気弱になるとは言うが、らしくねぇぞ。
大分落ち着いて来たみたいだな。
息も荒くない。
「でも、俺に話すか?」
「ウチは・・・・・」
更に顔が真っ赤になる。
こいつ、ひょんな所で恥じらいを見せるな。
女って奴は本当に不思議だ。
「兎に角、ウチを・・・・好いてますやろ?
これはウチだけの勘違いではあらしまへんやろ?」
やろ、と言われてもな。
一度心を落ち着かせる。
なんだ?
俺の方が狼狽してるのか?
「ああ、好きだぜ」
心の中の想いを口にする。本心を初めて口にしたな。
舞鶴の奴耳たぶまで真っ赤にしてる。
変な所初心だな、ホントに。
「ウチの事、好き?」
「ああ」
確認しなくても大丈夫だって。
安心しな、冗談でも言わないから。
「でも、俺でいいのか?」
「ウチの事、嫌い?」
「嫌いとかじゃなくて俺でいいのか?」
俺が不安になってどうするさ。今じゃ舞鶴の方が冷静だ。
「ウチは・・・他の誰よりもあんさんが好きどす」
舞鶴にここまで言わせてしまうなんて。
何て恥知らずだ、俺。
「悪い。俺も好きだぜ」
「よかった・・・・・・」
ふぅ、と息を吐き出す。
「やっぱ身請けとかされたいのか?」
「あんさんがそれを望むなら・・・・ウチは構いまへん」
悩むなぁ。いきなりこんな事になるとは思わなかったし。
身を固める、か?
好きは好きだが。
ああ、混乱するな。
「この仕事辛いと思うなら、いいが。無理になぁ」
ニコリと笑う。
納得してくれたか?
「ウチは構いまへんえ。芸妓でもあんさんとは逢えますさかい。
けど、ウチはあんさんのものどす」
強いな。
俺の方が押されてる。
ああ、いい感じに頭の中がぐちゃぐちゃにしてる。
「又今度来た時でいいどすえ」
「いや」
鋭く言い返す。
「俺はお前が欲しい。
その積もりで支度して置いてくれ。
このヤマ片付いたら迎えに来るから」
舞鶴の目から大粒の涙が溢れ出す。
俺の照れ臭くなってそっぽを向く。
「怨まれそうだぜ・・・・・」
一人ぼやく。
今一番の売れっ妓を身請けしたいって周りに知れたら。
「おおきに、ホンマおおきに」
安心したらしい。
目を閉じるとそのまま寝てしまった。
じゃ、俺も帰るかな。
舞鶴を起こさない様に静かに部屋を出る。
階下で女将に舞鶴を宜しくと一言言って店を出る。
しかし、こう何かしっくり来ないな。
舞鶴の事じゃなくて。
奴らの事だ。
余りにも呆気無かったんだよな。
一度屯所に戻って見るか。
トボトボ歩いて行く。
その途中で色々考えてみる。
一応奴らを全員捕まえて決着は見た。
だが。
余りにも簡単すぎる。どう考えてもおかしい。
何か引っかかる。
フト気が付くと、屯所を過ぎてしまった。
引き返して中に入る。
牢屋を覗いて見ようかな。
?中にはいないな。
まだ取り調べてるのか?
仕方ない。
自室に戻るか。
奴らは木田を殺りたいが為に四人殺した。
しかもそれを俺らの仕業にしようともしていた。
しかしその割には簡単に隠れ家を囲まれてハイお仕舞い。
なんか物証でも出ればいいが、兎に角お粗末なんだよな。
ん?
気が付くと机の上に奴らの調書がある。
捲って見ると。
奴ら、一言も言わなかったらしい。
物証も出て来てない。
良く俺らの拷問受けて口を割らなかったな。
今日はこれで終わってる。
首謀者の名前のみ判明、か。
浅野松助、これが唯一奴が吐いた事らしい。
仕方ねぇ、大博打打つか。
直ぐに浅野の所へ向かう。
さっきはいなかったが、牢屋に奴はいた。
入れ違いだったか。
かなり拷問受けたみたいだが、一日じゃビクともしねぇだろ。
丁度俺の目の前に土方がいる。
土方も浅野に何か言ってるが何一つ答えない。
中々いい教育してるじゃねぇか。
代わって俺が話し掛ける。
「浅野、お前明日俺と一緒に来い」
奴が俺の顔を見て驚く。どうやら覚えていたらしいな。
怒りとも恐れとも付かない顔してる。
「副長、構わねぇな。こいつ連れて行ってもよ」
「何処に行くつもりだ?」
冷たい声。
感情の篭っていない冷徹な非常な響きの声。
「長州藩邸」
流石にこれには皆驚きの顔になる。
土方もピクリと眉を動かす。
「こいつが本当に長州人なら引き渡す。
ま、間違ってりゃ俺の首が飛ぶわな」
「止めな、リスクがデカ過ぎる」
珍しいな、奴が俺を・・・・・
って違うか。大事なのは組の方か。
「で?浅野。てめぇ、長州なんだろ」
浅野は口を閉じたまま開こうともしない。
いい根性だ。
さあその根性何時まで持つかな?
格子から突っ込み、首を掴むと思い切り握り締める。
腕の筋肉が盛り上がって行く。
爪が首に食い込んで行く。
浅野の口が酸欠の金魚見たくパクパクしてる。
「応か、否か、ハッキリしろぃ!」
だが浅野も中々話そうとはしない。
結構しぶてぇなこいつ。
「死にてぇのかよ、てめぇ」
とか言いながら俺も力を緩めない。
徐々に浅野の顔から生気が無くなって行く。
「言え!」
後ホンの少し力を入れれば確実に死ぬだろう。
やっとのトコで奴が首を縦に振る。
よしよし。
そこで俺も手を離す。
浅野の首にはクッキリと俺の手形が浮かんでいる。
ゼイゼイと荒く息を付いてる。
良かったなまだ息が出来て。
感謝しろよ。
「副長、これでこいつ連れて行っても構わねぇだろ?」
「ああ」
土方も許可する。
「と言う事だ。
浅野、明日、藩邸に行くぜ」
それだけ言って牢屋から立ち去る。
翌日。
敵陣に行くので正式に羽織を着て行く。
俺は浅野ら三人を連れて長州藩邸に向かう。
藩邸に着き、その旨を伝える。
取次ぎが誰かを連れて来た。
長身の人物、もしかしてこいつ・・・・・
「初めてお目に掛かる。
長州藩臣 桂と申す」
ご丁寧に挨拶される。
こいつが桂か。池田屋で斬り損ねた奴。
又厄介な奴が出て来やがったな。
「こちらこそ。新撰組の修羅刀と言います」
俺も返しておく。
「して。何用でしょうか?」
「先日、長州藩士の木田清吾氏が斬殺された件、ご存知かと思います」
話を切り出す。
対談は俺一人、桂一人。
外には浅野らと隊士が三人。
藩邸には少なくとも三十人は下るまい。
非常に斬りてぇ。何せ腕を横に振ればそれが実行できる。
そんな欲望を心中で抑えつつ、話を続ける。
「その下手人として長州藩士の浅野松助と申す者をこちらで
身柄を確保しております」
「それで?」
眉一つ動かしやしない。
結構したたかだな。
自藩の事なのに。逆か、自藩の事だからか。
「それで確認の為、伺いますが。
その様な者はこの長州藩におられますか?」
「おります」
言い切りやがったな。
決定だな。
「浅野は我が藩の者です。そうですか・・・・・
浅野がその様な事を」
「今日はそれを確認したく参上しました。
手数取らせました、失礼します」
深々と頭を下げる。
「ですが、浅野が木田を殺害したと言う証拠はあるのですか?」
あいた。
又痛いトコを突いて来たな。
実際は物証は出なかったんだよな。
自白のみだし。
俺が顔を覚えていたと言うだけか。
「ないですな」
隠したって仕方ねぇ。
ハッキリ言ってしまおう。
「では。
浅野が殺害しようとしただけですね。
木田を殺害したと言う確たる証拠は無い、と」
こいつ、土方みたいな物言いするな。
当然か、自藩の名誉が掛かってるんだし。
しかも相手は同士を殺した奴ら。
怨み骨髄だろうな。
「当人に聞いてみましょう」
桂が立ち上がり、襖を開けようとした時。
「浅野!お前何してる、答えろ」
一際大きな怒声が外から飛んで来る。
俺も立ち上がってその声の主を見る。
眼光鋭い男が浅野たちを怒鳴り散らしてる。
洒落たナリをした洒脱な男だな。
「どうした浅野。早く答えろ!」
柱を拳で殴り付ける。その音に三人が恐怖してる。
何者だ、こいつ。
同じ藩の者だとは思うが。
「その・・私たちが木田を殺した犯人だと、彼が」
俺の方を指差す。
素早くその男が俺を睨み付ける。
凄ぇ顔。
正に憤怒。
仁王もかくやと言う位。
「てめぇ、何者だ?」
俺の所に寄って来る。
それを桂が静かに諌める。
「高杉さん、落ち着いて下さい。彼が浅野を連れて来たのです」
こいつがかの高杉晋作か。
斬りてぇ、桂共々。
「お初にお目に掛かる。新撰組の修羅刀と申す」
形式的に挨拶をする。
「で?説明してもらおうか」
ズカズカと中に入っていてどっかと座り込む。
「この際ですから浅野らにも中に入って貰いましょう」
と俺が浅野らを引き入れる。
それに従い、ゾロゾロと入って来る。
全員入った所で高杉が口火を切る。
「で、どうなんだ。お前殺ったのか?」
浅野は首を横に振る。
ココに来て否定するか、お前。
ココで否定すれば味方がいるし、どうにでもなるとでも思ったか?
「殺ってないってさ。修羅刀さん。
どうするのさ?」
敵意を露わにしてにじり寄って来る。
「物証も無く、只の自白のみだけとは。どう言う積もりですか?」
桂も静かにだが俺を追い詰めて行く。
ま、な。
確かにそりゃそうだが。
「ですが、私は浅野たちが辻斬りをしようとした現場にいましたし。
実際襲われもしました。これは事実です」
「それはそれ。
浅野が木田を殺害したと言う証拠は無いと言う事ですよね」
あくまでも
浅野が木田を殺したと言う、その証拠を見せない限り
認めないつもりだな。
俺を襲ったのは二の次らしい。
「どう落とし前を付けて貰えるのか、ハッキリして貰おうか」
高杉が苛立たしげに俺に詰め寄って来る。
冗談じゃねぇ。
責任なんて取るつもりはねぇぞ。
こいつらが殺ったのは、間違いないんだからな。
「では。これを見て頂きたい」
懐から一つの書簡を取り出し、目の前に置く。
それは血に汚れていて字が流れてはいるが読めない事も無い。
この書簡を見て浅野らの顔色が変わる。
チラリと桂と高杉がその様子を見ている。
「これは?」
それでも悠然と聞いて来る。太ぇ奴だな。
「浅野に聞いて下さい」
こっちも努めて冷静に返す。
高杉が立ち上がり浅野の胸倉を掴み上げる。
をを。
とうとうキレたか。
「てめぇ、一体どう言う事だ。説明しろ!」
浅野はガタガタ震えながらそれでも首を横に振り続ける。
顔色は真っ青になっているし。
最初から認めていればいいものを。
なまじ誤魔化すから痛い目に逢うんだ。
「説明しろ。俺が納得行くようにな」
「わ、私は何も知りません」
あくまで否定するか。
俺は血染めの所管を取り上げ、中身を読み上げて行く。
内容は浅野が木田を使い、藩の金を横領していた。
そして木田がそれを止めたいと言ったが認めてもらえず。
自分が今までしてきた事を全てバラすと言い出し、
更に藩主に訴えると書いてあった。
読み上げて行く途中で浅野の顔色は更に青くなって行き。
脂汗もかき始めてる。
「以上です」
書簡を戻し、浅野を睨む。
もう言い逃れはできねぇぞ。
「本当か、本当なのか。浅野」
ブンブン振りながら高杉が叫ぶ。
「ココ数ヶ月異様に金の減りが早いと思っていたら。こう言う事か」
桂も浅野を睨む。
浅野はそれでも否定してる。
見苦しいな。
「てめえ、恥ずかしいとは思わないのか。この馬鹿野郎が」
「くすねた金はどうした?」
それでも黙秘。
中々しぶといな。
「俺を本気で怒らせるなよ」
高杉の顔が朱に染まって行く。
あー、こりゃ本気だ。面白くなって来たぞ。
因みにこの書簡はあの隠れ家から山崎が見付けていて
それを俺が預かっていた。
とうとう高杉の剣幕に押され、浅野が口を割る。
「ホンの出来心で。
それを木田が事を大きくしようとして、殺りました」
吐いたな。
まったく面倒掛けさせやがって。
だが、高杉はこれでも収まらず。
「ふざけるなよ。
同じ藩の人間殺して、しかも無関係の町人まで。この恥知らずが!」
激昂して怒鳴り散らす。
「何と言う利己的な。
それで、その金はどうした?」
「祗園で・・・・・・全て使いました」
この言葉に高杉が完全にキレた。
刀を抜いて浅野に切り掛かろうとする。
慌てて周囲から人が出て来て高杉を浅野から引き剥がす。
高杉は部屋から引き出されるまでずっと大声で怒鳴っていた。
激しい奴だな。
桂は俺の方を向き直り、深々と礼をする。
「この度は誠に失礼をした。何とも申し訳ない」
言葉から誠意が感じられない。
上っ面のみの言葉。
ま、別にいいけど。
「では浅野らはこちらで処遇させて貰いますが、宜しいですか」
結構です、と簡単に言ってくれる。
形式的にも否定しろよ。
それでは、と席を立つ。
浅野は最後とばかりに桂に釈明していたが。
「見苦しいぞ、浅野。
貴様も長州の者ならば、死に際位潔くしろ」
と一蹴されてしまい、流石に浅野も黙ってしまった。
自業自得だな。
やれやれだぜ。
その後屯所に戻り、浅野ら三人は斬首となり
晒し首に処された。
全て終わり土方に全て報告を済ませた後で
土方にまだ隠してるだろ、と言われ。
中々帰して貰えない。
全部話したしな。
他何かあったっけ?
土方の目は氷の如く冷たく俺を見ている。
怖いとは別に思わないが、隊士は恐怖に見えるだろうな。
等と益も無い事を考える。
「他の事考えてねぇか?」
「ま、な」
何も思い付かないし。
思い当たる節だって無いし。
「総司の事よ」
沖田?何かあったっけ?
そんな俺にニヤリとイヤラシイ笑いをする。
「コレよ」
と小指を立てる。
ハイハイその事ね、って、待て。
「何でてめぇが知ってるんだよ?」
「阿呆が、それ位はもう知ってるさ」
本当嫌らしい奴だな。知ってるならいいじゃねぇか。
「で?それが問題あるのかよ?」
「俺は構わねぇがよ。局長がな」
腕を組み呟く。
「局長はな、総司に跡を継がせたいらしくてな」
近藤にまで入ってるのか、困ったね、コレは。
「だからって何が問題なんだよ。
別に構わねぇだろ?総司が誰と付き合ったって」
だが土方は渋い顔して唸ってる。
「局長連れて来いや。
当事者がいねぇんじゃ仕方ねぇ」
と立ち上がる。
しかし
バサリと音がして壁に掛けてあった掛け軸が横にずれ。
そこから人影が。
いやがったよ、こいつ。
この武者隠しにいたのか。
絶対土方の仕業だな。こいつが考えたとは思えねぇ。
近藤も俺たちの横に座り、改めて三人で開始する。
「不都合あるのかよ」
「総司には私から別の女性を見付けてやるつもりだ。
今回は諦めてもらいたい」
「組の為に総司には申し訳無いが、辛抱して欲しい」
二人の言い分を要約するとこうなる。
素晴らしい程の身勝手さ。
てめぇらの都合でくっ付けたり、離したり。
「じゃ、てめぇらは組の為に若鶴と深雪と別れろよ。
そこまでしてから他人の世話焼けよ。てめぇらがどうこう言える立場か?」
若鶴は土方の馴染みの芸妓で
深雪は近藤の馴染みの芸妓である。
コレには二人とも言葉を無くす。
当たり前だ。てめぇらの事棚に上げて何吐くよ。
「だが、総司は違うだろう。
聞けば町医者の娘とか。
幾ら医者の娘とは言え、総司は長くは持たないだろう」
「一寸待てよ、何だその言い草は。
それじゃまるで沖田は打算の為に付き合ってるみたいじゃねぇか」
「そうは言わないが」
「そう聞こえるんだよ、その言い草だと。
ふざけるなよ。この時勢、誰だって明日は分かりゃしない。
沖田だけが特別じゃねぇだろうが」
ったく。
余りに勝手な言い分だぜ。
いい加減腹立って来たぞ。
てめぇらは沖田の人生に口出し出来る程偉いのかよ?
「だが、私たちと総司とは立場が違う。
病持ちの身では女を幸せには出来やしない」
冷てぇ。
今の発言で心底こいつが冷たい奴だって再確認出来た。
こいつ本当に沖田の事思っているのか?
只の手駒だと思ってるんじゃないだろうな。
この時勢じゃ何が起きたっておかしくないだろ?
確立は五分五分だぜ。
「それはお前らの勝手な言い分だ。
沖田は沖田だ、手出し口出しするんじゃねぇよ」
ギンと二人を睨み付ける。
「コレは総司の為、ひいてはその女の為」
「いい加減にしろ!!」
煮え切らない二人の態度にとうとう堪忍袋の緒が切れた。
畳をバンと平手打ちする。
一瞬にして二人にも殺気が宿る。
「コレは沖田の問題だ。沖田の勝手にさせりゃいいだろうがよ!」
「私達は総司の為を思ってだな」
「くどい!!結局はてめぇらの思惑だろうが!!」
これ以上下手な事言い出したら叩っ斬ってやる。
「斬。てめぇ俺たちを斬るつもりか?」
土方が静かに。
しかし殺気を隠さずに問う。
「こんな馬鹿な話が続くならな」
「局中法度、知らない訳でも無かろう」
そんなモンで俺を縛れると思ってるのか?
他の野郎達ならイザ知らず。
この俺がそんな紙切れ如きを恐れると思うなよ?
紙切れが人より偉いのか?いい加減腹の虫が納まらねぇぞ。
「じゃ抜かせるなよ」
「俺たちは正論を言ってるのだ。普通はそう思うだろう」
「若い二人たちの為なのだよ」
こいつはお笑い種だ。
鬼の集団の中の飛び切りの鬼共が一般論を振りかざすとは。
随分と言いたい放題だな、てめぇら。
「斬るぜ」
こっちも殺気を隠そうともせずに詰め寄る。
「大人になれ、斬。
ここでチャンバラしても仕方ないだろう」
「ハン。沖田の為沖田の為?
ふざけるなよ、いい加減。てめぇら何様のつもりだ!」
話し合いは平行線のまま。
いつまでも決着が付かない。
殺気を隠さないまま話をしてもいい結果が出るとは思わないが。
只時間だけが同じ速度で過ぎて行く。
やがて
近藤が大きく溜息を付く。
「・・・・・・分かった。総司に任せよう」
当たり前じゃねぇか、そんな事。
何でもっと早くその言葉が出て来ねぇんだよ。
「だが、今後我々は一切助力はしない。そのつもりでな」
誰がてめぇらに手助けしてもらうかぃ。
一応、コレで決着を見たな。
「それと」
思い出した様に。
土方が出て行く俺を呼び止める。
「お前ぇの給料、三ヶ月無しな。
コレ位で済んだんだ、有り難く思えよ」
へ−へ。
アリガトさんね。
ま、いいわ。
ハイヨと答えて、部屋から出る。
やーれやれ。
その後。
風の噂で沖田とその娘が割内の仲になったと聞いた。
だがまだ結婚までは行ってないらしいが、それもそう遅くは無いだろう。
暫くして俺は屯所に戻った。
給料無しになってしまったので三ヶ月間紅葉屋で働いていた。
そして三ヶ月経ってから帰って来たのだ。
久し振りの屯所の前には見慣れた顔が。
俺を見てにこやかに笑ってる。
「斬さん」
「ヨオ」
俺も笑って返す。
「有り難う御座いました。何かと骨を折って下さったみたいで」
「何。何じゃねぇって」
「本当有り難う御座いました」
「いいってばさ」
幾らか顔色もよくなったか?
暫くそのまま沖田と話し込んだ。
町医者の娘、名前は半井悠と言うらしい。
悠の方も沖田の人柄に惚れ込んだらしい。
未だ結婚はしてないが、時期を見て結婚したいとか。
今とても幸せだってさ。
なんて散々ノロケられてしまった。
「そうそう」
沖田が話をフト切り出す。
「確か今日じゃなかったでしたっけ?」
よく覚えたな。
そう、今日だよ。
「では早く行って上げて下さい。待っている筈ですよ」
そうだな。
それじゃあな、沖田。
沖田と別れその場所へ歩き出す。
この世で一番愛している女性の下へ。
空は俺の心を映している様に何処までも広く蒼く高く大きく
綺麗な空をしていた。
終幕