「修羅刀さん」
道を歩いていた俺に隊士が呼び掛ける。
俺は屯所に向かって歩いている最中。
余りに遅いから隊士を迎えに遣ったのだろう。

俺も走って来る隊士に手を上げて応える。


「土方さんが呼んでいるんですから、早く来てくれないと」
酷く慌ててるのが目に見えてよく分かる。

「悪い、お前も辛い立場だな、いいぜ。アリガトさん」

走って来た隊士を労う。
隊士もホッとした表情で戻って行く。


ヤレヤレ。
そんなに早く俺のツラが拝みたいのかよ。
仕方ない。

走る、か。

走ればそんなに無い距離なので。
直ぐに壬生の屯所に着く。

中に入り、土方の部屋までズカズカと歩いて行く。
目的の部屋の前まで来て、一切の遠慮もせずに襖を開ける。
そして、中にいた色男に声をかける。

色男も俺を見て、ニコリと微笑みかける。
しかしその笑みを額面通りには受け取れない。
こいつがこう笑う時は心の中は氷の如くに冷たい。

「おめぇさん。
昨日の夜、何処で何してたぃ?」
いきなり江戸っ子調に問い掛けて来る。
それを聞いてピンと来た。

・・・・・こいつ、もしかして・・・・・・

「どうした、答えられねぇのか?」
「昨日は夜っぴいて遊び回ってたぜ」
何も考えずに答える。
それを聞いた途端、奴の目に光が燈る。

「待てよ。
てめぇ、俺が犯人だとでも思っているんだろう」

頭を掻いて呟く。
冗談じゃねぇ、何で俺がヤルのさ?

「どうして俺がヤルさ?理由が無ぇぜ、理由が」

「だがおめぇには当日のアリバイがねぇぜ」

俺の体から殺気が見えるらしい。
奴の目からも、殺気が伺える。
徐々に互いが臨戦態勢になって行く。

「だからどうした?
じゃ俺がヤッたと言や、いいのか?」
段々こっちも喧嘩腰になって来る。
元来俺も気が長い方じゃないし。


「吐ざけよ。冗談じゃねぇ」
柱に拳を撃ち付ける。

「なら身の潔白を証明して見せろ。口では何とでも言えよう」

「俺はてっきりお前と総司がヤッた思っていたぜ」

奴の顔が鬼の形相になる。
「世間はそう言ってるな。お前もそれを信じているのか?」

「あの死体見りゃぁな。誰でもそう見るさ」

どうやら互いに犯人だと思っていたらしい。
ったく。
一言俺に言や、いいのに。

「なら丁度良い。一つ、お前さん、真犯人を探して見ねぇか?」

土方が俺に正式に任務を依頼してくる。

「構わねぇぜ」

俺も気楽に請け負う。

「一応、アレでも元局長だからな。
葬儀も終わったが、手向け位は必要だろう」

こいつ。
この言葉、とても共に生活してたとは思えない様な台詞だな。
一応は無いだろ、一応は。
確かに素行が悪いとは言っても。

「新撰組隊士、修羅刀斬馬。
只今より芹沢元局長殺害の真犯人捜索を命ずる」
土方が俺の方を向き直り、宣言する。

「あいよ」
軽くそれを流して

「で?
お前の中では心当たりは無いのかよ?誰か、コレはって奴は」

「いねぇよ。
近藤さんだって俺に内緒でヤろうとはしないだろう。
俺も当然そうだ。それに、もしヤるならお前を呼ぶさ」

あっそ。
さて、じゃ外にホシを探しますか。

だが、兎に角矢鱈と敵の多かった人だったしな。
何気に骨の折れる仕事だぜ。

屯所を出てから考える。
殺したいと思う奴。・・・・・・・・・・ごまんといるな、多すぎだ。
悲しむ奴。・・・・・・・・・・・・・・いねぇな。
洒落にならねぇ。
こんな大事、俺一人に任せようって言うのか?

「修羅刀さんじゃないですか?」
屯所を出た俺に横から声が掛かる。

見れば、左から大男が駆け寄って来るのが見えた。

「ヨオ、力さん」
俺もその大男に笑顔で答える。

この大男の名は「島田魁」
新撰組探索方と言う役職。つまり今俺が任された役の本職だ。
こう言う職柄、フイと消えては戻って来る。
そんな風なのでこの屯所でも余り顔を見ない。

「久し振りじゃないか、どうしましたか?」
手拭いで汗を拭きながら笑っている。
かなりの巨漢の彼はそれに似合う程の豪力でもある。
彼の渾名である「力さん」はここに由来している。

「修羅刀さんこそ何を?」
質問に質問で返されてしまった。

「土方から芹沢さんのホシを探せってさ」
これには島田も驚いている。
真逆俺が?と言う顔をして俺を見る。

「イヤな、奴も俺がホシと思っていたらしいし。
俺も奴が、ヤッたと思っていたしな」
簡単にサラリと言ってのける。
これに更に島田の顔色が変わる。

「私も内部犯かとは思っていて少し探ってはいましたが」
「無駄骨を折らせてしまったな」

いえ、と弁解する。
歳からすれば俺と島田は一回り以上違う筈。
しかし島田はそんな事おくびにも出さず、話し掛けて来るし。
俺もつい、いつもの口調で話してしまう。
一応、俺の方が役は上なのだが。

「でも斬さんのお陰でホシは外と絞れました。
それでは私は芹沢さんの娼婦にでも当たって見ましょう」
と、足早に去って行ってしまった。
見かけによらず、動きが軽い、直ぐに見えなくなる。

じゃ、俺は目撃者でも探しに行くか。






まず芹沢が殺された八木邸に向かう。
歩いて何分も掛からない場所に八木邸はあり、屯所を出てから直ぐに着く。
そのまま中に入ろうとする。

「お侍はん、一体何の用で?」
中から主人と思しき人物が出てくる。

「一応、鴨さんの、知り合い、でね」
頬をかきながら呟く。

主人は「鴨」の単語に対して敏感になってるらしく、顔色が変わる。
一瞬後、元に戻るが。

「一体あんさん何者でっか?」
今度は問い詰める様な口振りに変わる。

確かに怪しむのも分かる。
髪はボサボサ、長い間放って置いたので前髪なんて顔の半分を隠してるし。
服も煤けていて小汚く、楊枝も咥えてる。
これじゃ、ゴロツキか、浪人に間違えられても仕方ない。

いらん疑い掛けられたら面倒臭ぇ、素直に名乗るか。
「新撰組の修羅刀と言う」
相手も俺が新撰組だと名乗ったので、態度が一変する。
悪い、騙すつもりは無かったんだが。

「件の件について話が聞きたい。何でも良い、教えてくれないか」
こっちも口調を変える。
名乗った以上、姿勢を正さないと。

「へぇ。何分夜だったもので、よう覚えてまへんが。
五人程度のお人が入って来て、絶叫。そのまま風の様に帰って行きましてん。
顔までは分からなんだですわ」
すんまへんな、と続ける。


五人、か。

五人で夜半に乱入。
芹沢と娼婦と平沢。平間のみ逃げたか。

この場所を知ってるのは、当然ウチ。
そして芹沢たちが囲っていた娼婦たち。
遊郭なんだから敵味方入り混じってるし
そこから漏れたって、何の不思議も無いが。

他藩の人間が態々芹沢を殺すとはチト考えにくい。
後は、洛中の豪商、か。



「もし?」
突然黙ってしまった俺を訝しむ様に、小声で話し掛ける。

「何でもない」
作り笑いで返しておいて
「遠慮無く言ってくれ。ホシは俺達だと思うか?」

「へぇ・・・・浅黄のだんだら着ておりましてん。
ウチらは組の人やないか、思うてます」
これが俺がホシに間違われた原因らしい、勘弁せいや。

「風の噂じゃ沖田はんや土方はんやないか、言うとりますが」
こりゃ早目に挙げねぇと、噂が現実になっちまう。

「誓って言うぜ。これは俺達じゃねぇ。変な噂信じないでくれ」
強い口調で断言する。


それから俺は邸内に入って現場を確認する。
まだ確かに辺り一面血痕が残ってる。
ホンの少し血の臭いがする。その臭いに顔を顰める。

遺留品も何も残っていないな、流石に。
手掛かりは何もねぇな。
ホシは手馴れた奴、としか分からない。
だから殺人集団である俺達が間違えられる。
しかもご丁寧にだんだらまで着やがって。
ヒラならともかく、沖田、土方辺りはそう簡単に着ないしな。

ボリボリ頭をかく。
俺らでも内部犯だと思っていたんだ。
町の奴らは頭から信じちまうだろうさ、これだけ揃ってりゃ。


ん?
何気に足元に目をやる。

「何か用か?坊?」
足元にはここの家の少年が俺を見上げている。
実は俺も沖田と同じく、子供が好きだったりする。

「・・・・遊ぶかぃ?」
坊はこくんと頷き、俺もそのまま坊を抱き抱えて外に出る。
そして暫く、ここの坊たちや子守女と遊んでしまった。
宵闇が近くなって来た頃、子供達とサヨナラする。

・・・・・・・かなり遅くなったなぁ。
まぁ、いいか。
急ぐ事も無い。
急いては事を仕損じるとも言うしな。

「浪人のおじちゃん」
坊が俺の袴を引っ張る。俺も坊の視線まで屈む。

「おじちゃんは浪人じゃねぇぜ。
それに、おじちゃんて程の年でも無いんだな、これが」
横で子守女がアタフタしてるが安心しろって。
幾らなんでも子供相手に本気にゃならんて。

「あの日、僕見たよ」

「何をだぃ?」

「刀持ったお侍さん鴨ちんと同じ服着てた」
ですか、子供にも見られてたか。

「坊、それは本当かぃ?」
それに坊は うん、と大きく頷く。

「けど何か違ってた」
それ以上聞こうとも思ったが、止めた。
子供でも知ってるんだ、町じゃもう知れ渡ってるだろうし。

坊にお礼を言い、出る。
歩き出すと直ぐに島田が駆け寄って来る。

「ああ、丁度良かった」

「何か分かったんですか?」

しかし島田は首を振る。
あちらも不発だったか。

「何処行っても新撰組が犯人と言っていましたよ。
途中までは私が犯人扱いされました」

「こっちもさ。
沖田と土方が犯人だと言われたさ。
さらにオマケでそこの主人は浅黄のだんだらまで見てるしな」
互いに心の中では未だに内部犯の可能性を捨て切っていない。

だが、身内にホシはいない。いたら速攻で鬼が斬ってる。
て、事はだ。
他藩は考えにくい。怪しいのは豪商、か。派手に暴れたしな。
けどよ、だんだらまで作って殺すか?

「八方塞がりだぜ」
大きく空を仰ぐ。

もう空は宵闇を過ぎて漆黒。
夜も更け始めてる。
今日はここで仕舞いだな。

フト気が付くと、島田はもう消えていた。
何処に行ったかなんて考えない。
俺は俺、島田は島田。
俺の勝手にやらせてもらう。



翌日。
今度は鴻池と大和屋を当たって見る。
芹沢に怨みのあるのはゴロゴロいるが、この二つに絞る。

まずは鴻池。
京から大坂はチト遠いが仕方ない。

二日位で大坂に着く。
着いて真っ先に件の店の暖簾をくぐる。
中々繁盛してるな。
悪いとは思うが

「新撰組の者だが」
一瞬にして空気が凍る。
すぐさま奥から主人が飛び出して来る。

「何用でっしゃろ?」

「二、三聞きたい事があってな」
苦虫を噛み潰した様な渋い顔になる。

出来ればもうウチとは関わりたくない
そんな態度がアリアリと伝わって来る。

「先日、芹沢局長が死去した件、知っているな」

「何や、あんさん。わてを疑ってんか?ええ迷惑や」
そこから一気に早口で捲くし立てる。
大坂人は兎に角よく喋る。こっちが口を挟む余地がねぇ。

散々捲くし立てて
「ウチはやってまへんで。真っ白でっせ」

「信じて良いのか?」

「当たり前でんがな。疑われる事なんてやってないで」
さっさと帰れ、と言わんばかりの態度を取り続ける。

俺達江戸の人間はどうも関西人に信が置けない。
偏見かも知れないが、未だにこればかりはどうしようもない。

「この前もあんさんのお仲間が聞きに来ましたで」
二度手間、か。

「で?全部話したのか?」

「疑り深い人やな。前の人に聞いたらええやないですか」
それじゃ意味が無いんだよ。こっちも仕事で来てんだ。

「他に情報が無くてな。
怨みのセンでもう一度聞きに来たんだ」

「そんなん、あんさんらが一番知ってるんやないでっか?」
流石に早いな。
もうここまで入って来てるか。

「断言するぜ。俺達じゃねえ」

「信じて宜しいんですか?」

「勿論」
即答する。
そんならええですが、と一応納得する。
もう疲れたし、これ以上は無駄だ。
そう判断し、店を出る。

さて、京に戻るか。

さっさと京にトンボ返りする。
京に帰って来て直ぐに大和屋に直行する。

店の前まで来て立ち止まる。
中から島田の姿が見えたからだ。

出て来た島田に声を掛ける。
「力さん」

島田も俺に気が付いたらしい。
ニコリと笑う。

「何処に行ってたんです」

「鴻池」
手短に答える。

「ああ、そこは前に私が行きましたよ」

「らしいな」

「ここでも有力な情報は聞けませんでした」
だろうなぁ。

ったく。
豪商でもないとすると誰だ?
犯人はだんだら着て、手練れ。
どうしても俺達に矢印が向かってる様にしか思えない。
手掛かりは無ぇ、突破口は見えない。


「どうしましょうか?」
島田も俺の顔を覗き込む。

巨漢と痩躯。
しかも俺はなりはどう贔屓目で見ても素浪人。
何とも奇妙な二人組が京の町を歩く。
俺たちが新撰組で無ければ真っ先に切られてもおかしくない。


不意に違和感を感じる。
この感じ、殺気だな。

周りを見回す。
こんな真昼間から殺人か。

「力さん」
小声で呼ぶ。

「感じたか?殺気だ」
しかし横にいる島田は首を横に振る。

突然。
一人の娘が真正面から俺達に向かって駆けて来る。
しかも手にはご丁寧に匕首まで持ってる。
勘弁せぃや。


島田が構えるが。
相手は俺に目掛けて突進して来る。

しかも
「仇!」
とか叫んでるし。


突進して来る相手を軽く横に交わして手首を叩き
匕首を叩き落す。
落ちた匕首を足で踏み、小石でカチ割る。
匕首は刃の部分が真っ二つに割れ、使い物にならない。

「何で俺を狙ったか知らんが。
取り合えず、屯所まで来てもらうか」
娘は涙目で俺を睨み付ける。

京に来てから斬り捲ったし、心当たりが無い訳でもないが。
ここまでされる様な事は今までに無かったぞ。
娘も観念したのか大人しく付いて来る。

さっきより更に奇妙な一団となって屯所に戻る。
道中島田がソワソワしてるが
真逆俺がこの娘を拷問にでもかけるとか思ってるんじゃないだろうな。
そうでなくても何か惨い事でもしないかとか。

お前、それは冤罪だぞ。

隊士たちも驚きの目で俺達を見てる。
なんだよそんなに不思議か?
それともそんなに冷や汗モノなのか?

娘を俺の部屋に通し。
向かいに座る。
当然島田も一緒だ。

「うちは・・・・・・・」
やっぱ怖気づいたか。
そりゃ、鬼の巣窟とまで言われているここに来たら
誰だってビビるわな。
何されるか分かったモンじゃないし。




壬生狼、か。
よく言ったもんだぜ。



「何もしねぇから話してみなぃ」
斬さん、と島田が小声で咎める。
「べらんめぃ口調」を止めろと言ってるらしい。
フム、そんなにおかしいのか?

「・・・・・うちは、あんさんの所為で色町に売られましてん」

「ちょっと待て。俺はそんな事まったく知らないぞ」

いきなりな衝撃発言。
こっちは身に覚えが無いぞ。
いきなりの事で島田も凍り付いてるし。

「誰がそんな事言った?まったくの事実無根だぜ」
怒髪天を突く勢いの俺が急き込んで娘に問い掛ける。

「お店に来はったお客はんが言ってましたえ。
お前をこんな場所に落としたのは新撰組の修羅刀って野郎だって」

・・・・・・ぶっ殺す。
そんな戯言言った野郎、見つけたら絶対にぶっ殺す。


「で?誰だ?その客?」
かなり目付きがヤバくなってる俺が更に問い詰める。
島田が俺の体をがっしと押し止める。
安心しろって。
この娘には危害は加えん。

「ええと。何て言いましたやろか」
愛らしく小首を傾げる。

「?店って言ったな、どこかの置屋にでもいるのか?」
疑問を口にする。

「ええ。うちは島原にいますよって。色々な方がいらはります」
色町の人、か。てことは、芸妓か何か、か。


「うちは「舞鶴」言う名で紅葉屋に上がっています。
その際にそん話聞きましたえ」

「悪いがそいつの名前、思い出せねぇか?誰がネタ元か、知りたい」
舞鶴も黙って考え始める。


「その前に」
ポン、と手を打って俺の方を見る。

「ホンマにあんさんではないんですな?うちを色町に堕としたんは?」

「てめぇ、仕舞いにゃ殺すぞ。誓って言う。俺じゃねぇ。
俺はそんな事しない。出鱈目もいいとこだ」
烈火の如くに切り返す。

「一応信じますが。
そうどすなぁ。・・・・・・お侍はんやったと思います。
何処かの藩士の方やったか思います」

今まで俺が斬って来た藩の仲間か?
なら恨み骨髄だろう。

「どんな野郎だった?」

「はぁ。
ちょっとそこまでは・・・・・・」

舞鶴はすまさそうな表情をする。
仕方ねぇ。
この件は今の所、置いておいて。

「舞鶴よ、お前さん島原にいるなら
芹沢殺した野郎の事、何か聞いてねぇか?」

本来はこっちを聞きたかったが。
思わず別方向で熱が入ってしまった。

「そうどすなぁ。
それも確か、お侍はんが何か話していた様な気も・・・・」
もしかして
捨てていた他藩説か?

意外だ。
外にホシを探していたが、真逆こっちが本命とは。
正直驚いた。
出来ればここでもう少し情報が欲しい。

折角掴んだネタ元だ。
もう少し思い出してくれないか?

「そうどすなぁ・・・・・・・」
余り色よい返事が返って来ない。
流石に一編に聞き過ぎたか?

「訛り、そないに無かったどすな。
何でも、神州とか、幕府とか・・・・・」
それは何処の藩でも言ってるだろ。

行くら何でも目星付けて藩邸全部回れないしな。
イヤ、別に俺はいいが。
色々ここにも問題があるから、余り大袈裟にはしたくない。

仕方無ねぇか。
これ以上粘っても無理と判断し。
「有り難うよ、今日はもういいぜ」
舞鶴を帰らせる。

「斬さん」
島田が又も小声で俺を呼ぶ。
このまま帰していいのか?
そんな事を言ってる。

構わねぇだろ。
俺を狙ったのだって逆恨みだし。
これ以上居てもらっても仕方ない。

「舞鶴、帰るぜ」
俺が先に立ち、舞鶴を先導する。
舞鶴もそれに従い、一礼をして部屋を出る。

何分危険だから俺が島原まで送って行く。
一番危険な新撰組がそんな事を、とか言うかも知れないが。
一応俺だって誰彼構わず襲う訳じゃない。

部屋を出る際。
島田に送り狼にでもなったら、からかわれてしまった。

俺はどちらかと言うと女遊びはしない方で。
近藤や土方らにからかわれる沖田に同情してしまう。


闇の中。
提灯が俺達二人の姿を照らし出す。
俺に別に他意は無いし、舞鶴もそれを承知で同行していると思ってる。

「斬馬はん、うちの事、怒ってはります?」
突然。
舞鶴が口を開く。
いきなり何さ?

「いきなりあないな事しまりましたえ、当たり前どすな」

「ん?あんな事日常茶飯事さね。腹立ててたらキリが無ぇ」
事も無げに言い切る。

「ホンマどすか?」

「ああ。ここで嘘言っても俺に何の利益がある?」

ガシガシと頭をかく。
どうもこう、異性との会話ってのは苦手だ。

「よかった・・・・・」
安堵の溜息が聞こえる。
そんなに恐ろしかったのか。

「ホンマすみまへんでした。
うちにあないな事言いました方、思い出しましたら
必ず言いますよって」

「ああ、頼むぜ、そいつにゃ借りを返さにゃいけねぇしな」
ニヤリと笑う。

又も無言の時が過ぎる。

何か話題を探すのだが。
どんな会話すればいいのか、分からない。
・・・・・・困った・・・・・

「そう言えば、斬馬はんは余りお店には来はりませんな。
姿を余り見まへんし」

そう言やそうだな。
「ああ言うのは好きじゃねぇし、な」

「けど。新撰組の方はよう来ますえ?」

「らしいな。俺も付き合いで二、三回行った位か?」
皆、まとまった金が出来ると島原や祗園に繰り出し夜通し遊び回る。
上の奴らは別宅も持ってるし、女遊びもかなり派手だ。

俺は別にそれが悪いとは思わないし、
当人がいいならこっちが口出しする事でもない。
仕事に差支えが無い限りは。

「本日はえろうすんまへんでしたな」
店の前まで来て舞鶴がお辞儀をする。

「何、構うな。
これも俺らの仕事だ。
いいな、何かあったら必ず言え。
直ぐに飛んで来らぁ」


舞鶴は何度もお辞儀をして俺を見送る。
俺も手を上げて来た道を戻る。


今度は一人、夜道を歩く。
提灯は舞鶴に渡したから真っ暗の中、何の明かりも無しに歩いて行く。


他藩、か。
芹沢に怨みのある藩か。
第一は水戸。
芹沢は水戸の出身だし、地元でもかなり暴れていたらしいしな。

他は・・・・長州か。
今の所京で一番怪しい奴ら。
ここも俺達には怨み骨髄だろうし。


だが、と考える。
果たしてその恨みを芹沢に向けるか?
普通なら近藤や俺らだろ。
芹沢殺したってメリット無ぇだろ?


こうして考えて見るとやっぱ水戸が一番怪しいか。
芹沢個人を狙うならここだろう。



翌日、島田にも聞いて見る。

「力さん、どう思う?」

「私は、水戸藩が怪しいかと・・・・」
俺と同じか。


けどなぁ。
正直ぶっちゃけると。芹沢は何処でも嫌われてた。
それを態々暗殺するか?しかもウチの所為にして?

流石に反対の思想の藩にゃ乗り込めねぇ。
水戸は御三家でガチガチの尊皇派。
俺達佐幕派とは正反対。


「所で、斬さん」

「何?」

「先程土方さんから伝言がありまして。
沖田さんが呼んでいると」

?沖田が?
あいつが何の用さ?
ま、行って見っか。

沖田に呼ばれた場所まで行って見る。
沖田らしくそこはどうと無い橋の上。
直ぐに当人を見つける。
相手も俺を見付け、近付いて来る。

俺と同じ年、一個上か。
線の細い優男。
・・・・・少し痩せたか?
元々細いしな、そう見えるのか。

三人で近くの寺まで歩く。
その間終始無言。
寺に入り、周りに誰もいない事を確認して
やっと沖田が話し始める。

「芹沢さんの件、どうですか?」
やっぱそれか。

「今の所、他藩説が濃厚。それだけ」
手短に答える。

そうですか、と
気落ちした風に呟く。

「どうしたぃ?」

「いえ、その他藩と言うのが」
言葉を濁す。
引っ掛かる言い草だな。

「何か掴んだんですか?」
堪らず島田が割り込んでくる。

元は島田の役だ。
彼もいい加減ヤキモキしているのだろう。

「実は会津藩邸に放っていた山本から
少しばかり気になる情報が来ましてね」

「何です?」

「会津藩士の小林鉄太と言う人物が
仲間と連れ立って事件前日から三日間、姿が見えなかったと」

「それで?」
冷徹な眼差しで沖田の話を聞く。

「しかも酒の席で「奴らの顔見たか?まったく間抜けだな。
鴨を殺った犯人の俺がいるってのに何も言わずによ」
とか言って笑っていたと。
勿論、証拠も無いし、他のコロシかも知れません」

・・・・・予想外過ぎる。
真逆。
俺達の上役の会津が容疑者に上がるとは。
余りの事に暫く口が聞けなくなる。


「まだ、近藤さんや土方さんには何も言ってません。
事が事だけに慎重にならないといけないと思って」

沖田、感謝する。
これが奴らに知れたらウチが根本から引っ繰り返る。

「力さん」
未だに呆けている島田に

「力さんは目明しを使って小林の事件の三日間の行動を洗ってくれ。
沖田、手間を取らせたな」

島田は即座に行動している。

「お前みたいな上役にまで世話掛けちまったな」
向き直り、礼を言う。

しかし
沖田は首を振り
「よして下さい。斬さんらしくない。
本音は私も動きたいんですが・・・・」
こいつも結構正義感あるしな。
案外こう言う役、似合うかも。

「ま。後は俺らに任せな。
お前はお前の役目を果たせや」

「お願いします」





そして
数日後。
更に衝撃的な情報が飛び込んで来た。

屯所に島原からの伝言が入って来た。
持って来たのは紅葉屋の小間使い。
なにやら舞鶴が至急来て欲しい、と言ってるらしい。
了解。
取る物も取り合えず。
島原に向かい駆け出す。

元来、ここに入る前は何でもやってた俺だ。
足腰はかなり強い。
実は、そこらの飛脚よりも早く走れたりする。

あっと言う間に島田を置いて行く。
島田も確かに健脚だが、俺には敵わない。


島原に入り、紅葉屋を目指す。
やがて紅葉屋の看板が見え始め、店先に駆け込む。
いきなり、浪人風が顔を出し、店の者が驚いている。
荒い息で舞鶴の名を連呼する。
俺の気迫に気圧されて店の一人が舞鶴を呼びに行く。

舞鶴が来る前に紅葉屋の小間使いと島田の二人が到着する。
揃った所で女将らしき人物が俺達にお茶を差し出す。
小間使いを見て俺達が何者か理解したのだろう。
まぁ、島田を見れば分かろうものか。

出されたお茶で喉を潤す。
ああ、熱いお茶が美味い。
漸く、呼びに言った者が俺達を舞鶴の待っている部屋に案内する。
長い廊下を抜けて。
一つの部屋の前まで通される。

障子をサラリと開ける。
部屋の中には舞鶴一人。
俺達は舞鶴の前に座り込む。
案内の者が出て行くのを確認してから舞鶴が話し出す。

「すいまへんな、急に呼び出したりしまして」

「至急って事だったしな」

隣の島田はまだ肩で息をしてる。
よほど無理に走って来たんだな。

「で?何用だ?」

急に舞鶴の顔が険しくなる。

「噂のネタ元、分かりましてん。
この前、どこぞの藩士はんが来はりまして。
余興言うて新撰組のダンダラ着はって、剣舞しましてん」

何と、大胆な奴だ。
ここからは壬生は目と鼻の先だぜ。
俺達が怖くないのか?
それとも馬鹿にしてるのか。

「で、うち聞きましてん。「あんさん新撰組の方なんどすか」って
そしたら何て言いはりました思いやす?」
知るかぃ、とは流石に言えないので首を竦める。

「そしたらその人
「俺らは奴らの上司の会津藩士よ
奴ら俺らを散々馬鹿にしてるからな。この前少しお灸を据えてやった」
言いはりますんで、何を?と言うたら
「この前、鴨を斬ったのはこの俺よ。あの時の奴らの顔、見物だったぜ」
言うて大笑いしましてん」

・・・・・・訂正。
大胆じゃねぇ、ただの大馬鹿だ、こいつ。
こんな所でよくもまぁ、ベラベラと。

俺達が会津には手を出せないとでも思ってるのか?
馬鹿にしやがって。

「大した腕だぜ、お前さん。
俺達が足を棒にして探していた奴をいとも簡単に見付けちまったぃ」

これに舞鶴は更に顔を険しくする。
?何でそんなに怖い顔になる。

「斬さん」
言い方が悪いんですよ、と島田が言外で注意する。

「えーえー。
えろうすんまへんでしたな。
あんさんみたくうちは身を粉にして働いてる訳や無いどすしなぁ」
顔は満面の笑みなのに言葉はキツい。

「舞鶴さん、斬さんは決してそんな意味で言ったんじゃないんですよ」
必死になって島田が否定する。
成る程、さっきの俺の言葉が皮肉に聞こえたって訳ね。

「悪い。別に皮肉って言った訳じゃ無い。
お前の事褒めただけだ」

ああ、もう。
こう言う時、自分の女遊びの少なさを怨んでしまう。
もっと遊んでいれば気の利いた言い訳でも浮かんでくるモンなんだろうが。

舞鶴を完全にご立腹らしく、横を向いてしまっている。
「そんなに怒るなよ、悪かったって」

舞鶴はチラリと横目で俺を見て
「女子の心はそう簡単には戻りませんえ」

「どうしたらいいさ」

「そうどすなぁ・・・・」
口元に指をあてがい考え込んでいる。
その顔は何か毒を含んでいる気がしてならない。
非常に不味い気がする。

「もしかしたらウチはお得意はんをなくしてしまうかも知れまへんなぁ」
何も言えない。次の言葉が怖い。
出来るならこのままここから逃げたい。

「これはかなりな痛手どすえ」
うう、痛い。
京女はこうジリジリと真綿で首を絞めて行くって聞いてたが。
自分がそれを体験する事になるとは、夢にも思わなかったぞ。

「上得意はんいなくなりはるんですな。代わりの人見付けるのも
時間が掛かりますしなぁ、どうしまひょ」

だからどうすりゃ、いいのさ。
俺が呼び子でもやってかき集めりゃいいのか?

「あー、もーっ!
まどろっこしいな。
一体どうすりゃいいんだってんだよ!」
耐えられなくなり大声を出す。

「後で何でもやってやらぁ!それでいいんだろ」

この言葉に舞鶴がニコリと色っぽく笑う。
横では「あちゃ〜」と言う島田の声。

「男に二言は無いどすな」
・・・・・・もしかしてハメられた?
舞鶴はこうなるまで待ってたって訳か?


何も言えない。もう、どうでもいいや。

「で、そいつは確かに斬ったって言ったんだな」

「へぇ、それでもそれが芹沢はんかは確かやないどすが」

「だが、正気じゃねぇな。
ダンダラまで着てよ。
そんなんじゃ、てめぇが犯人だって言ってる様なモンじゃねぇか」

今の所、一等怪しい奴だな、こいつ。

さてさて、どうすっか。

「舞鶴よぉ」
ハイ?と愛らしく答える。芸妓やねぇ。

「どこか、ここらでイイトコネェか?」
これにパッと顔色が変わる。

「そう来ると思って、もう手を打ってあるんどす!」
をい、ちょっと待てぃ。

「明後日の予約、取り付けてあるんどす。
会津藩主の人と白銅堂言う所で」
幾ら何でも手回し良過ぎるぞ、藩主にまでもう話し通しやがって。

・・・・・・・楽だけどさ。

「悪いな、何だか全部任しちまって」

「いいんどすえ」
何か思い詰めてるなぁ。

「余り馬鹿な真似するなよ。
こっからは俺らに任せろ」

ふぅ、と溜息が聞こえる。
彼女にして見れば、今まで嘘の情報を信じて生きていたんだろう。
それを教えた奴はまだ見付かっていない訳で。
芹沢のはあくまで俺に対しての好意、だと解釈する。

「なぁ、そいつの名前、分かるか?」

「はぁ。余りここで名乗った名前は信用出来まへんえ。
偽名言う事もままありますよって」

そっか。
幾ら何でもここで本名言う事ぁ無いか。
それは俺が甘かった。

「でさ。もう一つの事、分かったか?」

これには首を横に。
見付かりませんか。
あったく誰だ、そんな事流した野郎は。

「ありがとよ。色々と助かったぜ」

すっくと立ち上がる。
舞鶴もニコリと微笑んで俺たちを見送る。

「斬さん」
島田が頼りなさげな声をしてる。
その気持ち分かる。俺もこれは頭が痛いぜ。

「こいつは俺に任せてくれ。
力さんは目明しの方、任す」
心得た、と島田は走り出す。

どうすっか。
まだ、これは確信がねぇしな。
奴らのアリバイ聞いてから話すか。

次の日。

早くも放っていた目明しが情報を持って来た。
ウチは京の各所にこう言う者を何人持っている。
五人放って五人とも、同じネタだった。

「あの日、五人は事件前日、当日、後日とも
藩邸にはおらへんでした。
藩邸でも鼻つまみ者らしくかなりの乱暴者らしいでんな」

「奴らが殺ったって言う証拠、ねぇか」

「事件後から周りに吹いてはいたようですが、物証はないでんな」

それじゃ意味が無ぇんだよ。
アリバイがねぇってだけじゃ引っ張れねぇ。
締め上げてもいいが、俺はやりたくねぇ。
勢い余ってヤッちまいそうだしな。

「何か急に羽振りが良くなったとかないか」
島田が更に聞く。

「そうでんな、羽振りはかわらへんけど。
ごっつい扇事件後見せてたって言いましたな」

ごっつい扇?

「力さん」

「芹沢の死体に鉄扇、残ってたか?」

「いえ、何もありませんでした。金すら無かったですから」

て事は。ごっつい扇ってのは。
間違い無く、芹沢の愛用していた鉄扇。

「奴は芹沢の鉄扇を今でも持ってるって訳だな」

「そうそう」
思い出した様に呟く。

「それと事件の前に染め物屋が会津藩士からダンダラの注文受けてましたで」
決定だな、これで。
会津なら芹沢の別邸知っててもおかしくないしダンダラ買っても
まず、怪しまれない。
更に。
会津なら俺らは手も足も出ないと思ってやがる。
ふざけやがって、野郎。

「今、そいつらは何処にいるか分かるか?」

「へぇ。島原辺りを遊び回ってる言うてました」

島原、ね。
張って見るか。

五人の目明しに手当てをやって。
島原に足を運ぶ。

五人組の侍か。

舞鶴にでも逢って聞いて見るか。
紅葉屋に向かう為、ブラブラと島原をぶらつく。

相も変わらず人が多いな。
人、人、人、人の洪水。
何でもいるな。探すのは一苦労か。

向こうからは嬌声。
馬鹿笑いもする。
どうも、馴染めないな、この感じは。

紅葉屋が見え始め。
暖簾をくぐろうとして、立ち止まる。

俺の後ろからさっきの馬鹿笑いの一団が入って来たからだ。
ここの客か。
性質、悪いな。

横目でそいつらを見る。
?こいつら、どっかで。

その中の頭風な奴が声を上げる。

「会津の小林だ、舞鶴はおるか」

をを、何て幸運、何て偶然。

何て、間抜け・・・・・

小林と名乗った男はどっかと腰を下ろし
懐から鉄扇を出し。
ばっさっばっさと仰々しく扇ぐ。


この男、本気で阿呆だろ。


やがて
一人が俺に気が付いたのか。
いきなり絡んでくる。

「おう、浪人。
ここはお前みたいな奴が来る場所じゃない。
さっさと出て行け」

見事なまでの小悪人だ。
今の時代天然記念物級だ。

「まあ、そう言うなよ。
そっちが無くても俺はそっちに用が出来たし」
ニヤリと笑うと。

「なぁ、小林鉄太。
その扇の事について少し詳しく教えてくれないか?」

それに五人の侍が一斉にざわめき出す。
俺を見る目が少しずつ変わって行く。

「てめえ何モンだ?」

「見たまんまな台詞吐くなよ。
てめえで小悪人だって白状してるもんだぜ」

ボリボリと頭をかきながら奴らを見る。
そんなに遣い手って訳でも無さそうだな。
単純に寝込みを襲ったからか。

何だ、つまらん。
これじゃ斬っても面白くない。

「てめぇ、何モンだ?」
もう一度同じ台詞を吐く。

「あぁん?
誰に向かって口聞いてるんだ、てめぇ」

俺も居丈高に答える。
そして顎をしゃくって外に出る様に促す。

ゾロゾロと五人が外に出て行く。

「ああ、気にしなさんな。大丈夫だからよ」
手をヒラヒラと振りつつ俺も外に出る。

さて、と。
こうして対峙しても、全然恐怖心は無いな。

「大人しく俺の質問に答えれば痛い目見ないで済むぜ」

「何を言ってやがる、貴様こそ
ここまでしておいて後で吠え面かくなよ」

う〜ん、小悪党。

「俺は新撰組の修羅刀って言うんだがよ。
その鉄扇について二、三聞きたいんだが」

「新撰組」
その単語にピクリと反応する。

「な、に」

「いやなその鉄扇がどうも俺の知ってる奴のものに似ててな。
何処から入手したか聞きたくてよ」

「な、何だと。
これが芹沢のものだとでも言うのか?
冗談を言うな、貴様。
それに俺を誰だと思ってる。貴様らの上役の会津藩士だぞ」

今度はそう来るか。
つくづく面白い反応をしてくれる。

「誰もそれを芹沢のとかは言ってないが?
何か心当たりでもあるのか?小林よ。
それにてめぇが会津藩士だからどうした?そんな事は関係無い」

ギンと睨み付ける。
俺の気迫に圧されて僅かに後ずさる。

「芹沢殺害の犯人なら今ここで殺さなくとも
いずれ、鬼が捕まえに行くさ。心当たりがあるならな」

小林は無言で唸っている。
俺を見ても斬りかかって来る気配は無い。

「貴様、が修羅刀か」
とか何かブツブツ言ってる。

?鉄扇や新撰組よりも俺の方に驚いてるのか。
何か俺に対して・・・・・・

「・・・・・てめぇか、舞鶴にある事無い事吹き込んだ野郎ってのは」
思い当たる事って言ったらそれ位しか考えられない。
俺の中で怒りが沸々と湧き上がる。
殺さないまでも生き地獄位は味わって貰わないと。

「今ここで死ぬのと。
いずれ鬼に殺されるの、どっちか好きな方を選べ」
刀の柄に手を掛けて、脅しに掛かる。

「貴様。我らは会津藩士」

「くどい!!」
気合一閃。
小林の戯言を吹き飛ばす。
いい加減腹括らないと死に切れないぞ。

「遺言も無い様だな。では、ここで死ね」
シュラリと刀を抜いて構える。

一瞬にして周りがざわめき出すが。
知ったこっちゃねぇ。

一気に行くぜ。
抜き身を掴んだまま小林らに向かい駆け出す。
あいつらの慌てた顔が良く見える。
そのままあの世とやらに行くんだな。

駆け抜け様。
五人を一閃する。

駆け抜けて背後に回り、パチリと鞘に収める。

しかし
五人の何処も斬られてはいない。
当たり前だ。
思いっ切り峰で叩いただけだから。


暫くそこで蹲ってろ、阿呆んだらどもが。
つかつかと歩いて行き。
小林の襟首を掴み上げて立たせる。
未だに呻いてる小林を顔の高さにまで持ち上げて。

「おい。その鉄扇は誰のだ。隠しても無駄だぞ」
懐の鉄扇を掴む。

「し、知らんな。これは俺の」
そこまで言って、小林の言葉が切れる。
俺が顔面を拳で殴ったからだ。
もんどりうって小林が倒れこむ。

「早めに言った方が身の為だぜ。
俺はそんなに優しくないからな。
よもや死にはしないだろうが、それ位は覚悟して貰わないと」

「・・・・・おれが、やった」
はい、ありがとさん。
その言質が取れればいいわ。

「それと。
舞鶴にいらん事言ったのもお前だな?」
無言で頷く。


素晴らしい。
一気に二つも解決してしまった。

小林たちはこのまま放っておいても問題無いだろう。
もよや、自分らで秘密バラす事もあるまい。
俺が後でお叱りを受ける位、か?


さて、気が済んだし。
帰りますかな。

「あの。お侍はん」
紅葉屋の女将が出て来る。

ああ、忘れてた。
俺、ここに入ろうとしてたんだっけ。


「気にしないでくれ。
たまたま寄っただけで。今日はこのまま帰るわ」
そんじゃね、と島原から壬生まで帰る。


屯所に戻り。
何の遠慮も無しに土方の部屋に上がり込む。


「どうした?」
急の事にも全く動じない。
つまらん男だな。

「下手人捕まりそうだぜ」
入り口の柱に寄りかかりながら話し掛ける。
一方。
土方は机に向かったまま、振り向きもしねぇ。
格好としては
俺が土方の背中に語り掛けている。

「そうか、で、誰でぃ?」

「会津藩士の小林鉄太と言う奴。
他に四人いるがこいつが本命だ」

それを聞いても微動だにしない。


「更に。
明日、白銅堂って所で容保公との面談も確約してある。
すっぽかすなよ」

「・・・・・急だな」

「ああ。だが来て貰うぜ。近藤にも言っとくがな」

いや、と。
土方が立ち上がる。

「私から局長には言って置こう」
俺はそれに答えずにいると。

「修羅刀。
今回はいいが次回からは入室の際は一言声を掛けろ。
それと呼び捨ても止めな」

「じゃ、これからはてめぇらを副長とか、局長とか呼ばせて貰おう」
刹那。
俺の鼻先を切っ先が掠めて行く。

「我が隊は鉄の掟を旨としている。
それを破る者は誰であろうと、斬る!」

言ってる事は分かったが、今回は流石に腹が立った。

「掟が大事なら掟と一緒に心中しやがれ!
俺はそんなものの為に死ぬ気なんざ、これっぽちもねぇぞ!」

土方の首スレスレに刀を横切らせる。
それでも顔色一つ変えやしない。
嫌な野郎だぜ、まったく。

「今回は見逃す。委細承知した」
そして又机に向かって座ってしまう。

俺も何も言わず部屋を出る。

あー、腹立つなぁ。
もう少し、小林ブン殴っとけばよかったか?

・・・・・兎に角。
明日になれば全てにケリが着く。



そして
翌日。
白銅堂にて
会津藩主、松平容保公と新撰組局長、近藤勇の会談が行われた。

会津側でも小林らを調べていたらしく。
事件の事をそれと無く探りは入れていたらしいが、確証は無かったらしい。
結果として、下手人までには持っていけなかった。

それに対してこちらが聞き出した奴からの供述を一切合財話す。
相手も言われて見てそう言えば、と思う事が多々あるらしく
まず、十中八九、奴らに間違いは無いだろうと確証してくれた。

話し合いはトントン拍子に進み、話題は奴をどちらが処するかになっていた。
俺は会談中縁側に腰掛けて話だけ聞いてる。
会津側は容保公とお供が四人。
対して新撰組、近藤、土方、俺の三人。
秘密裏に事を進めるには丁度好い人数か。

小林の処遇を会津側は当然、自分らの落ち度は自分で取ると主張。
ウチは局長殺害の犯人を処するのは当然と反論。

これで平行線になってしまった。
立場的にはウチの方が下だが、この一転は譲れないと一歩も引かない。
どちらも引かないし、相手の主張も分かる。

政治や何やらが色々絡み合って
互いが引くに引けない所まで来てしまっていた。

「構わねぇだろ、局長。容保公の顔を立ててやれや」
今まで一言も口を開かなかった俺が意見する。

「確かに俺らが斬るのが一番だろうが、相手は上司の藩士だ。
ここで揉めても一銭の得にもならないぜ」
近藤の顔がより四角くなる。
土方は対照的に涼しい顔してるが。

「ま。容保公が奴らを藩士と認めねぇなら俺らは万歳だが」

「小林は素行が優れないとは言え我が藩に名を連ねる者。
歴とした会津藩士である」
言い切りやがった。これで文句ねぇな。
この鶴の一声で全てが決まった。

「あ。一つ聞きたいが」
各々帰り支度をしている時にフと疑問を口にする。

「小林たちの所在はしかと把握してますか?」

「無論。奴らは軟禁状態としておる。
部屋の前には番もおる。
だが奴らもなにやら喧嘩でもしてきたのか、随分と打ち身などが酷くてな。
逃げる様子も無い。
まったく武士ともあろう者が、負けて逃げて来るとは。
それだけで、罰するに値する」

お付きの者が俺の問いに答える。
そうかそうか。
なら問題無いな。
一人笑いをかみ殺しながら頷く。
当然事の成り行きを知らない他の奴らは不審に思うだろうが、構うか。

そしてそのまま各自白銅堂を後にする。






後日。
風の噂で小林ら五人は会津藩が正式に斬首にしたと聞いた。
因みに武士はこう言う時、切腹に処される。
それを斬首にしたと言う事は奴らを「武士」として認めなかった、と言う事か。
これが会津藩からの返答だった。

その後、芹沢の墓参りをしその旨を報告する。
したのは俺だけだけど。

幾ら横暴で粗野だったとは言え元局長な訳だし。
それとこれとは別だしな。

てもって奴らが殺そうとした原因は
芹沢が奴らを下級武士と馬鹿にしたのが引き金だったらしい。
で、更に。
小林は舞鶴にご執心だったらしく。
新撰組の名前を貶める為に俺の名前を持ち出したらしい。
俺の事は舞鶴が言ったのを覚えていて
これは使えると嬉々として使っていた様で。
結果としてそれで墓穴を掘った訳だ。


















さて、と。
一応事件は解決したし。



















「いらはい!いらはい!」
景気の好い声が島原に響く。

「オッ、あんさんええ娘揃ってまっせ!」
とそこらを歩いていた侍を強引に店に引き込む。
渋っていた侍だが、力で無理矢理ねじ込む。
中では芸妓が手薬煉引いてお待ちしておりますです。

「一丁上がりぃ」

さーて次のカモ次のカモは、と。
今度は反対方向から侍の団体が歩いて来るのが見える。

「あんさんら、ええ所来ましたなぁ。どうでっか?」
と先頭の侍を店に引っ張り込む。
一人入れちまえば、もう後は簡単。
ゾロゾロと何も考えずに入って行ってしまう。

?オッ
前方から又も侍が。しかも二人。
今日はツイてんなぁ。

「お侍はん、どうでっか?遊んでいきまへんか」
営業スマイルで寄って行く。

「斬さん・・・・似合い過ぎですよ」
何と、沖田と島田!

話を聞くと、どうやら俺を労いに来たらしい。


そう。
俺は舞鶴との約束で、ここ紅葉屋で呼び子を数日やっていたりする。
似た様な事は前にもしていたし。そりゃ、似合うだろうな。

俺を労いにきたのならば、矢張り。
「さーて、お二人様、ご案内!」
二人に何も言わせず店にぶち込む。

「斬さん!一寸待って下さいよ」
二人が口々に講義するが、聞く耳もたねぇ。

ま。
悪く思わないでくれ。
こっちも仕方無しに嫌々やってんでね。

「嘘つけ」
又も聞き慣れた声がする。

「オヤ新撰組の皆はん。ようお越しやす」

「斬、似合い過ぎだ」
土方がからかう。

「お前、何でもこなすな」
近藤まで来てるのか。
その近藤も俺の姿を見て半ば呆れてる。

「お前、ウチを止めても絶対食って行けるな」
ああ。
それには自信がある。
どこに行っても喰いっぱぐれは無いと、胸を張って言える。

「ま、な。で、悪いが。団体さんご案内だ」
又も有無を言わせず全員押し込む。堪忍したってや。
















こうして新撰組元局長芹沢鴨暗殺事件は幕を下ろした。















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