6・公園 夜


夜の街を私達は弥生を探し回っていた。

割と簡単に探せると高を括っていたが、案外時間が掛かってしまい

結局夜になってしまった。


深夜の公園に三人が集まる。


皆、かなりの時間走っていたから大きく肩で息をしてる。
額には大粒の汗。




「どう?見付かった?」
ハアハアと荒い息の下から五月が二人に聞く。

しかし

答えはある程度の予想がついていた。


「いや。全然見えやしない。一体どこ行き・・・」
京の話を薫が鋭く遮る。


「見ろ!あれ弥生じゃないか?」
そう言って自分達が入って来た公園の入り口を指す。


その先に確かに制服のスカートらしきものが見えた。
すぐにその影は消えてしまう。


「追うわよ!」
五月の掛け声に2人、頷きながら素早く駆け出す。

影の見えた入り口を抜けるがもうそこには人影は見えない。


周囲を見回すが、人影どころか、人一人いない。

「?いない?消えたってのか」

「馬鹿な。そんな真似が人間に出来るかよ」

「ねえ、薫。あんた、本当に見たの」
今まで、走ってきていい加減疲労が溜まって来ている五月が噛み付く。

「本人までは確認は出来てない。チラッとスカートのすそが見えただけだしな」
「スカート位珍しくもないでしょ」

「でもよ、五月。うちの制服はそう滅多にお目にかかれないレアなもんだぜ。
そうそう見間違える事もないと思うがな」


「・・・そりぁ、そうだけど、さあ」

公園の入り口で三人共呆然と立ち尽くす。

いくら周りを見てもあるのは、闇。

「一本道だし。この道路は抜け道ないし」




3人は
来た方向とは反対へ進む。



やがて、道路は長い路地から幹線道路へと、突き当たる。

道路は十字路になっており車の量もまだ多い。

喧しい騒音と、人の波。
毒々しい光の洪水。


この中で人一人を探すのは今の三人ではかなり厳しいものがあった。
かなり疲労困憊の三人には
この膨大な物量の中を探すのは死刑宣告を言い渡されたも同然だった。



「くそっ。よりによってこんなトコに出やがって」
京が愚痴る。

「確かに。これ以上逃げられたらそれこそ判らん。完全にお手上げだ」

「何だって、夜の夜中だってのにこんなに交通量が多いのよ」

「知らん。判りたくも無いがな」
薫が一言で切り捨てる。

「同感だね」
京も吐き捨てる様に言う。


「兎に角。ここから、どうすっか」

「確立四分の一。私、昔からこう言う時って、苦手なのよね」

「じゃ。いい。薫よ、どうする」

ひょいと薫の顔を見る。

薫は、ジッと左右の通りを見ている。

確かに幹線だけあって、明るいが、それでもまだ捜索には足りない。

ここでの失敗は後々大きく響く。

肉体的にも、精神的にも
ハズしたら、見つけることは不可能だ。


「あ。あれ弥生じゃない」
不意に、五月が大声で、叫ぶ。

言われて、その方向を見やる。


確かにその先には弥生の姿があった。


3人とも、すぐに弥生の元に駆け寄る。





「弥生!探したのよ」
見付かった安堵からか、やや口調の荒い五月が話しかける。



当の本人から反応がない。
「弥生?よね」


不審に思い、もう一度問う。



「・・・・・私ね」


「・・・・・私、ね。・・開けちゃったの」
ポツリポツリと話し始める。

その弥生の言葉を聞いた途端。

薫の顔色が変わる。
「まさか。まさか、お前。「扉」を開けたんじゃないだろうな」

顔面蒼白になりながらも、何とか言葉を続ける。

弥生もそれに力なく頷く。

薫は弥生の肩をがっしと掴み、大きく揺らす。
「お前、その事がどういう意味を持つか判っているのか」


「うん。・・・判から・・・。ううん。判ってた」

「だったら何で」

「そうしたらね」
独り言の様に呟きながら、手を水平に持ち上げる。

そのまま道路の反対方向を指す。

三人もつられて、その先を見る。



その先には


信じられないものがあった。




反対方向にも「弥生」が立っている。


瓜二つといっていい。




まったく同じ弥生がそこにいた。




「馬鹿な。弥生が、2人だと」
皆、こちらの弥生と反対の弥生を見比べる。

どこも違う所などない。

鏡でも見ているかの様な、2人。



反対側の弥生は三人の動揺など関係ないといった風で。
こちらへゆっくりと歩いてくる。



そして

四人の前まで来て。
にこりと微笑む。



「初めまして。それとも、こんばんわ、かしら」

「あ、あなたは誰?」
まだ動揺が抜け切ってない五月が口を開く。


「私は弥生よ、五月。如月弥生。あなたの幼馴染」
「違う。あなたは私の知ってる弥生なんかじゃない」


「ううん、違うの五月。私なんだ、この私も」
こちら側の弥生が静かに呟く。


「そう。私はあなた達が知っている弥生。

私はあなた。あなたは私。
私はあなたの心の奥深くから現れた
何億と言うあなたの中のあなた」


3人とも、驚きが隠せない。
2人の弥生とも。

どう見ても、自分の記憶にある弥生。

紛い物でも、精巧に作られた人形でもない。




「・・・・・「ペルソナ」か・・・」
薫が、静かに、だが力強く、呟く。


その言葉に我が意を得たり、と
「弥生」がにこりと微笑む。


「そう。私は如月弥生のペルソナ。だけど、裏返せば。
あなた達の知ってる如月弥生だって、私のペルソナなのよ」



「弥生」はそれだけ言うと、クルリと背を向ける。


「それじゃ、皆さん。良い夜を」

「待てよ!」
「何かしら?」
「いきなり信じられるかよ。そんな話」

しかし
「弥生」はクスリと笑うだけで。


「信じる信じないは、あなた達の勝手。
だって、現に私はここに存在しているんですから。
詳しくはあなた達の知っている私に聞いて。
それじゃ、よしなに」


そういうと、「弥生」の姿が消える。


完全に消えてから

薫が天を仰ぎ、ぼやく。




7・深夜の公園


「くそっ。厄介な事になったな」

「どう言う事?」
五月、薫に問うが

薫は答えずに、じっと弥生の顔を見る。





「話して、くれるよな」

弥生は、うん、と小さく頷く。



「私。分かってたの。もう一人の私がいる事」



深夜の公園

弥生の独白のみが響く。


静かに、弥生の声が闇夜に吸い込まれていく。



「私、自分が出来ない事、やりたい事全てが出来る「私」を作り出して
自分の殻に閉じこもろうとした。
ううん。閉じこもってた」


「そんなの、私もあるわよ。私だって、そう言う事あるし。
けどさ。どうして弥生だけ?」


「余りのその願望が強すぎたのかもしれないな。
強い念は良いにしろ悪いにしろ、大きな力を持つ」

「だけど。そんな。思いだけで、こんな事が?」
未だ、信じられない五月が食って掛かる。



「なるさ」

薫がきっぱりと言い放つ。

「弥生の夢の話を聞いて、漠然とだが、そんな気がした。
只、本当になるとは流石に思わなかったが」

「それに、「鍵」で、「扉」を開ける事が
必ずしも良い事ばかりとは限らない事もな」


「じゃ、じゃあ、弥生はさ。
自分でもう一人の「自分」の「扉」を開けちゃったと」



「うん。何となくだけど。
うすうすは判ってた。判ってけど、まさか
こんな事になるなんて」


弥生の言葉を最後に皆黙り込んでしまう。

重苦しい無言の時が只、過ぎてく。




「そう言や、薫」
そんな空気を破る様に、殊更、おどけて大きな声で京が聞く。


「「ペルソナ」って何だ?」

ああ、と
薫も苦笑いをして答える。



「「ペルソナ」ってのは、ラテン語で「仮面」。
英語のパーソナルの語源だ。
自我とか、感情因子とか言う意味だな」


「仮面、か。成る程ね。だからあの「弥生」ってのも
弥生の「仮面の一つ」って訳か」


「うん。・・・多分」



「さーて。話も落ち着いた様だし。「弥生」を探すか」

大きく伸びをしながら、京が聞く。


「あのさ。思ったんだけど。
今の私よりあの「私」の方がいいんじゃないのかな?」

突然、弥生が暴言と取れる様な発言をする。

「弥生。何言ってるの」

「だってさ。あの私の方が可愛いし、活発だし、積極的だし」

3人とも、何も言えない。
かける言葉が、見当たらない。


「今の私なんかより、よっぽどいいよ」







「あなた。それ、本気で言っているの?」


不意に、後ろから同じ声がする。
慌てて振り返ると。

暗闇の中。






「弥生」が立っていた。








幕間



久し振りの下界だと言う事で、少し浮かれていたらい。

私のヒントを思ったより多く与えていた。

あのメンバーの中に中々の博識がいたようだ。




ここまで、私の事が判ってしまうなんて。





だが




まだ私には、チャンスがある。


これから、いくらでも挽回が出来よう。




さあ。

幕は開いた。




今宵一時




最後まで



演じ続けようじゃないか





この三文芝居を

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