8・深夜の公園2


「あなた、本当に自分が言っている意味、判っているの」


「弥生」が、更に、詰め寄る。



「いい?今の台詞。自分で、自分を否定したのよ。
それは、自己否定なんて生易しいものじゃないわ。
今の自分
いえ。
今までの自分までも、何もかもを否定したのよ」


「弥生」が烈火の如く弥生を問い詰める。




一方の弥生は



只、俯いたまま


ブツブツと何かを呟いている。





「あなた、今言った言葉の意味。
本当に判ってるの」





「あなたに言われなくても、判ってるわ。
・・・・・・けど。

けど。どう考えても、私なんかよりあなたの方が」
そこで、弥生の言葉が途切れる。

それと同時に
甲高い打撃音が響く。







皆の動きが止る。

まるで時が止まったかのように。




弥生は何が起こったのか判らず。

「弥生」はそんな呆けた表情の弥生を睨みつける。






ようやく

弥生は自分が頬を平手打ちされた事に気が付く。



無意識にぶたれた頬に手が伸び


そのまま、「弥生」の方を呆然としながら見る。


「止めてよ、自分の口からそんな言葉聞きたくないわ。
そんなの、余りにも惨めじゃない」

キッと鋭く弥生を睨む。


その視線の鋭さに弥生の体がビクッと震える。



「ねえ。一体私の存在って、何?
私ってそんな薄っぺらい甘えた感情から生まれたの。

あなたのそんな下らない劣等感から生み出されたの。
冗談じゃないわ。

私は私の意志でこうなったのよ。
自分の弱さを棚に上げて、何の行動もしない。
結局、只泣くだけ。



挙句の果てには自己否定?
ええ。そうね。




確かにそんなオリジナルじゃ、私の方も願い下げだわ。
さっさと消えておしまいなさい。

あなたが消えた後は私がしっかりあなたの代わりを務めるわ」




「・・・じゃあ」
ポツリと弥生が呟く。

「じゃあ、一体今の私ってどこがいいのよ。
スタイルだってずば抜けて良い訳じゃない。

顔だって美人だなんて一回も思ったことなんかない。
だったら頭はいいのかって言ったらそんな事も無い。

こんなどこにも自信の持てない私なんかのどこがいいって言うのよ」



「何。今度は逆ギレ?
本当、やめてよね。

スタイル?
美人?
頭脳明晰?

そんなの、皆、他人が勝手に決めている事じゃない。
祖手に対して自分がそうなろうと無意識の内にそう行動しているだけでしょ。

あなたはそう言うけど。
人間、可能性って言うのはね。

完全にゼロだなんて事無いのよ。
自分でその才能に勝手にブレーキをかけているだけ。




いい?
よく考えて御覧なさい。

今の自分がある為には両親が必要よね?
その両親がある為には?

又その両親には?

こう考えていくと。


今のあなたが出来るまでには
さっき言った様な人だっていたかも知れない。

もし居たとしたなら。
何故あなたにはそれが出てこないか。


あなたのDNAには確実に入っているわ。
なのにそれを拒んでいるのは
他ならぬ自分。
あなた自身なのよ。

あなた自身が、折角今まで続いて来た才能にブレーキをかけているの。






ああ、もう。

何でこんな事、私が言わなくちゃいけないの。
私はね。

確かにあなたの空想の産物かもしれない。
あなたの願望の象徴かもしれない。

だけどね。
私だって、自我を持った、一人の人間なの。

そして、あなたと同じ如月弥生なのよ」






自分からの切なる叫び。

溢れ出る、感情のままに「弥生」は話し続ける。




「最初の一歩なんてホンの些細な事でいい。
ちょっとそう思う事だって立派な一歩よ。

そういう思いが浮かぶって事はそれに対し。
自分なりに何かをしようと思ってるって事でしょ。

そういう気持ちを持つ事が大事なの。
その些細な一歩だってやがては大きな道となって
最後には必ずゴールがあるのよ」






「それに」


そこまで言うと。

「弥生」はにこりと微笑む。


「私はあなたのこと好きよ。
あなたは私の事
自分が持っていない物全てを持ってる、と思ってるかも知れないけど。

あなただって私の持っていない物全てを持っているんだから」

「弥生」にそう言われて
弥生はハッと息を呑む。

「そう。
つまりはそう言う事。
世の中って、そう言う事じゃないかしら」

フフッと「弥生」が笑う。


「目から鱗って感じね。

そう。
その気持ちを忘れないでね。

大丈夫。あなたは今のままで十分魅力的な女の子なの。
だから、もっと自分に自信を持っていいわ」

あなたの「私」が言っているんだもの。
なんて、冗談めかして
「弥生」は又笑う。





「あ、後ね」

にこりと艶やかに笑い、弥生を手招く。



「「私」からのお節介。
何だか、私よりあなたの方が好みって
人も居るみたいなのよね。

ホント、人の趣味って千差万別よねえ」




チラリと



京を見ながら、「弥生」は弥生にアドバイスする。





暫く意味が判らなかった弥生だが。

段々と「弥生」の言った意味が判り始め。



途端に赤面してしまう。




そんな弥生を見て、「弥生」がふう、と溜息をつく。














「さて」



「それじゃあ、私をあなたの中に帰して」

突然の「弥生」の言葉。




「何をそんなに驚いてるの。
だって、あなたは私を望んでいないわ。

なら、私は帰るしかないでしょ。
それとも、やっぱり私が表に出ましょうか」


ブンブンと弥生は大きく首を振る。


「そんなに力強く否定しなくてもいいじゃない。
嘘よ。嘘。

うん。
さっきより随分自我が強くなったわね」


これが最後の別れだと判っているのに、
いざとなったら何も言葉が出てこない。


「でも、これだけは覚えておいてね。
私の他にも、色んなあなたが居るわ。

けど。
何十人、何百人あなたが居ても
「あなたは」は「あなた」一人しかいないのよ」


流石にその言葉は効いた。
何とかして最後まで我慢しようとしたが、堪え切れなくなった

涙が一つ。


頬を伝う。




暫く





無言で俯いていたが






やがて決心がつき
顔を上げる。




そして



「弥生」に対し
満面の笑みで頷く。



「そうその笑顔。
やっぱりあなたには笑顔が似合うわ」


ゆっくりと
「弥生」は弥生の手を取る。
弥生も「弥生」の手を握り、微笑む。




「さあ」


弥生はそのまま
「弥生」を引き寄せ、抱きしめる。


「弥生」も同じ様に弥生を抱きしめる。






瞬間


眩い光が辺りに満ちる。

三人、余りの眩しさに静止出来ずに目をそむける。


「辛い時はいつでも呼んで。
私は何時でもあなたの中にいるから。
いつでも、いつまでも」


「弥生」の声が徐々に小さくなっていく。



「「鍵」はかけないでおくわ。
それが私からあなたへのお返し」


消え行く「弥生」に静かに語りかける。


「「又いつか。どこかで会いましょう」」

一言






真っ白い光の中へ、「弥生」の姿が消えていく。

それと同時に弥生の意識に「弥生」の意識が入り込んでくる。



どこか、心が満たされて行く様な感じ。
力強い「何か」が弥生の中に生まれ、消える。




「「ありがとう」」
最後に

2人の弥生が同時に同じ言葉を紡ぐ。







真白い。
眩い光が徐々に収縮して行く。





やがて
光は一つの球となり
弥生に手の中に納まる。





弥生はそれを愛しそうに胸に抱き、目を閉じる。


光の球は弥生の手の平から全身を覆い
体全体を包んだ後、体の中に消えていった。








「・・・・・終わったか・・・・」
「らしいな」

弥生、ここで漸く我に返り
三人に微笑みかける。


「有難うね、皆」
「別に。私達何もしてないし」
「ううん。私を探してくれたんでしょ。
本当、有難う」


弥生はそう言って深々と頭を下げる。





「さあ。帰ろうぜ」

京が空を見上げて、呟く。



いつの間にか夜が明け空が白み始める。

四人。

昇り来る太陽を眺める。



「帰ろか」


弥生も呟き、大きく息を吸い込む。








9・坂道・夜明け前


私達は途中の坂道を無言で歩いてる。


そこで、フト。
スカートの中の鏡の事を思い出した。


そう言えばさっき買ったんだっけ。


何気なくその鏡をポケットから取り出す。



「あ。弥生、鏡買ったんだ」

うん、と頷く。


「前々から欲しいって言ってたモンね」
「ま、ね」


私ははにかみながら言う。





「しっかし。
不思議なこともあるモンだよなあ。

俺、未だに信じられないぜ」

そんな京の言葉に薫が苦笑する。

「ああ、確かにな。
だが。
要は気持ちの持ちようなんだよ。

弥生だって自分の事をあれだけ否定したから。
だからああやって、ペルソナが出て来てしまったって訳だし」

「誰の心にももう一人の自分がいる。
けど、自分をしっかり持っていれば大丈夫よね」



「そうだね。
私、もう一人の「弥生」に笑われない様な人にならなくっちゃ」



うし。
と、一人で気合を入れる。



「だけど、な。
これからは一人で抱え込むな。

「鍵」だって勝手に開けやがってよ。
これからは俺達にも少しは相談しろよ」

「そうよ。
さっきの「弥生」じゃないけど。

私達はいつでも側に居るじゃない。
今更一人で、何て水臭いわよ」

「そーそ。
辛かったら相談しろや。
その為の俺達だし、友だろよ」

「世の中の事全てとは言わないが。
何でも答えてやるぜ」

「三人寄れば文殊の知恵ってね。
更に俺達は四人いるんだ。
完璧だろ」





ううう。
皆の言葉が心に響く。


強がっている訳じゃないけど。
一言一言が、凄く、嬉しい。




心配してくれているのがひしひしと感じる。

私の為に。


皆。






三人が、遅れた私に気付いて立ち止まる。




私の頬から、一粒の涙が落ちる。





その涙が鏡に



ポトリと










落ちた。















「有難う・・・・・・・皆」

三人には聞こえないとは思うけど
感謝の言葉を呟く。








鏡に落ちた涙を拭おうとして
鏡に視線を落として




驚いた。














鏡には「弥生」の顔が映っていた。


その顔は




笑っていた





慌てて私は目に溜まっていた涙を全て拭う。





そして
「弥生」に微笑みかける。



「泣いてちゃ、駄目だよね。
何時も、笑顔で、だよね」


うん
「弥生」に頷いて顔を上げる。








駆け出して京に思いっ切り体当たりする。

てやっ

喰らえ。
乙女の体当たり。




「ってえな。
いきなし、何しやがる」




「へへーんだ。
意味なんて無いよ。
もし有ったって教えてなんかやんないよーだ」


べー、舌を出して京を挑発する。



「んだと、この野郎。
ざけんな」



こんな簡単に挑発に乗るなんて。

それに

乙女に対して
野郎は無いでしょ、野郎は。


京は私を捕まえようと追い掛け回す。



そう簡単に捕まんないよ。



そんな2人を見て薫がごちる。
「まったく。
朝っぱら騒がしい奴らだ。

少しは静かに出来んのか」

呆れた、とばかりにぼやく。


「んー。
別にいいんじゃないの。
恋人同士の他愛も無いじゃれあいでしょ」

「じゃれあい、ねえ。
それにしたってもう少し、他に方法はあろうに」

「世の中にはアクティブなタイプとネガティブなタイプもあるし」
そこまで言って

五月は意味有りげに薫にウインクをする。


けど
薫もそれに気付いていながら無視する。

結構意地が悪いな。
薫、何時もはそうでもないのに。






「・・・・・「羽」と「鍵」、か」
「何。まだそんなこと言ってるの」

シカトされた事を根に持ったのか
五月が絡む。


「いいや」
薫がゆっくりと首を振る。

「じゃ、なに」
「いや。「ユングの夢に話」を思い出しただけだ」

五月には意味が判らない事らしく。

しきりに首を傾げるが判らないらしい。
うんうん唸ってる。



「てめえ、いい加減待ちやがれ」
「い・や・だ・よ」


実はまだ追いかけっこしていたのだ。私達は。

しつこい京から逃げ回りながら。


ふと。
坂から見える景色が目に入る。



太陽も随分昇り始め、空も明るくなっている。



「・・・・・・・・もう大丈夫だよ」
昇る太陽に誓う。



「捕まえたぜえ」

「ちょっと。いきなり何するのよ」

何て
口では悪態をついているけど。

多分、私、今

笑ってると思う。



そんな私達に薫達が追いつく。















こうして
日常とはちょっと違った一日が終わった。

10・エピローグ










あれからもう三ヶ月がたった。

だからって日常が劇的に変わった訳でもないけど。




やっぱりどこか心情の変化ってあったんだと思う。






と言うのも。






京は今までは一言も言わなかったメディアへ進みたいなんて言い出した。
何でも今まで、興味はあったけどそこでどうしようがなかったそうで。

ブン屋になって巨悪にメスを入れてやる。
と息巻いてる。




五月は女性の時代よお。
と、いきなり一念発起して。

六大学に入るとガリ勉してる。
最終的には議員さんになるのが夢だそうだ。







薫は高校を卒業したら海外に行くらしい。
どことは決めていないらしく
暫く各国を回り見識を広めるのが目的だそうで。

夢は世界を駆けるジャーナリスト。
薫なら大丈夫でしょ。











私はと言うと。

あの事件があってから。
精神学。心理学に興味がわいて。
そっちの方を目指そうとしてる。

今までは只何となく進学しようかな、と思ってたけど。
これは本腰入れてやろうと思ってる。

そうじゃないと「弥生」に申し訳ない。
それに
そうすれば

「弥生」の気持ちも分かるかも知れない。





これも、些細な一歩かもしれない。

けど、この一歩が大きな実を結ぶかも。







「弥生」

有難うね。



私達、決して忘れないよ。

あの日の事。














空は

そんな私達を

祝福しているかの様な

気持ちのいい青空だった。


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