ジャスミンの風

                                         
                                           
1 -1- 出発

4/1(火) 晴れ;



  満開真近の桜に心を残しつつ、11:00に成田を発ち、バンコクを経由して18:00(日本時間20:00)少し前に夕焼けに染まるプノンペン空港に到着。着陸直
前の窓からは、地平線まで果てしなく続くまっ平なたんぼ群が見える(メコン川の氾濫原?)。ムッとむし暑くて汗が噴き出してくる。ターミナルビルの出口
を出た所で、Somさんという人に流暢な日本語で話しかけられる。奥さんは日本人で、今お産で東京に帰省中で、先日自宅より電話連絡済み。彼は年は
若いが、プノンペンで土木・建築会社を経営している由。近々の再開を約して別れる。

  我々12人は出迎えのJICAのマイクロバスに乗り込み、両側にブーゲンビリアの咲き誇る薄暗い道路を走ること約30分で、当面滞在する当ホテル
(Hotel City Villa)にチェックイン。 部屋は10畳ほどのリビング(応接セット付き)+ダイニング(机と椅子4脚)ルーム、3人は横になれるベッドルーム、ガス・調
理器具・食器・冷蔵庫付きのキッチン、トイレ+バスルームが2つ。テレビは45チャンナル付きで、NHK(総合)も視聴できる。6階の部屋からはプノンペンの
市街が一望でき、立派な寺院も周囲にある(プノンペン市の人口は100万人ぐらい)。外気温は30℃以上あるが、室内はクーラーを付けると25℃ほどにな
り、小さいながらもベランダも付いており、清潔で一応の生活は出来そう。部屋で荷物を整理してシャワーを浴び、12時過ぎに就寝。


4/2(水) 晴れ;

  午前中 ホテルから歩いて10分ほどのところにあるJICA事務所でオリエンテーションあり。
「あせらず、マイペースで(自然体で)---」というアドバイスがあった。携帯電話を各自配布される。国際電話も可能とのこと。日本まで2$/分ぐらい?。

* 所長および担当者による現地事情は以下のとおり;
   @ 本年はカンボディア独立および日カ友好50周年にあたる。
  A 道路を始めとするインフラは未整備、電化率が低い。法制度も未整備。
  B ポルポト政権による虐殺で40才代がほとんど居ない。カンボディア人は真面目で従順、     誇り高いが、論理的な思考が出来ない。
  C 国家公務員の給料が安い(30$/月程度、一家4人で150$/月ほど必要)→アルバイトに精    を出さざるを得ない(黙認)。
   D 学校を出ても就職先が無い(企業が少ない)。
  E タイ、ベトナムとの関係はあまり良くない。
   F 海岸、森林、メコン川等自然が豊か、アンコールワットを始めとする世界遺産がある。
  G 出産、手術等の医療施設は皆無。
  H 安全管理は自分で(治安が悪く移動は乗用車で、特に夜間歩行はピストル強盗に要注     意) !!
  I 歩行者優先という言葉は無く、優先順位は 自動車、オートバイ、自転車、歩行者の順で強い    もの勝ち 等々

  午後 カンボディアの外務省および援助関係の実務機関を表敬訪問(ここには明石前国連事務局長の執務していた部屋あり)。種々の面で日本からの
援助を熱望していることが話の端々に出てきて、出来るだけ期待に沿わなければ と思う。
  さらに当地で勤務することになる「プレア・コソマ総合技術専門学院」を訪問(空港と市街地との中間にあり)。学院長や前任者(倉敷出身の井上氏)他と
学校の現状やカリキュラム等について概略打ち合わせ。先生のアルバイト(公務員の給料が安いのでいくつかアルバイトをしなければ暮らしていけな
い?)等 根本的な面も含めて様々な問題点があり、頭を悩ましそう。授業中の教室や執務室・実験室等を見せてもらったが、実験用器具は使われてい
ないものも多い(フランス製で説明書が無い 等)。クメール語の教科書も無い(大学でもフランス語のみ) とのこと。我々の執務室にはパソコンも置いてあ
るが、スイッチの所にヤモリが居たりしてビックリさせられる。時には扉の下に隙間があるので毒ヘビが入って来ることもあるらしい。前任者から教材や
日本食の残ったもの(かつお節やこうじ漬けの素 等)の引き継ぎを受ける。若い現地人の教師2人は真面目そう(土木部門は全部で9人で、主任教諭と彼
ら2人を除いて皆授業そっちのけでアルバイトに精を出しているとか)。5月初めから勤務 ということになりそう。
  昼食はバイキング形式の中華風レストランで済ます(パパイヤジュース付きで9$はちょっと高い)。
  街中ではバイクがひっきりなしに走り回り(3人、4人乗りは当たり前)、そのせいか街全体が一日中ほこりっぽい。夕方になると様々な屋台が所狭しと並
び出し、ビヤガーデンやカラオケ(?)も有りそう。夜はメインストリートでも薄暗いが、ガソリンスタンドが結構目につきそこだけは異常に明るい(それだけ車
が多い ということ)。ガソリン代はレギュラーで75円/lぐらい。スーパーマーケットや書店等では何でも手に入り、国産のアンコールビール、パパイヤやマ
ンゴーのカット詰め、アイスクリーム等を購入して冷蔵庫に保管。むし暑いのでペットボトル入りの飲料水は不可欠(ホテルでは毎日1本づつ冷蔵庫にいれ
ておいてくれる←カンボディア製であるが、今のところ下痢等の症状は無い)。物価は安くて物にもよるが、日本の1/2〜1/3程度か? 写真屋が異常に多
く安い(パスポート用のカラー写真8枚で1$でおつりがくる)。携帯電話店やインターネットカフェー、ハンバーガー店、CDやDVDを売っている店、洋服仕立
て屋 等何不自由なさそう。街中での食事は1人2〜3$で満腹以上になる(ビール付きで)。
  役所は昼12:00〜14:00は昼休み。



4/3(木) 晴れ;

  午前中 JICA事務所にて安全管理等のオリエンテーション。治安も昼間は何も問題なさそう。夜9:00以降は外出しない方がよいが、12:00頃カラオケから
帰って来てもまず問題ない、ということ。帰宅時 家の玄関口が一番危険で、気をつけるに越したことはないが(自分の身は自分で守る)、あまり神経質に
なる必要はなさそう。昼前に日本大使館に赴任のあいさつ。立派な建物で、すぐ隣がタイ大使館で、1月末にタイ女優発言で焼き打ちにあった跡がまだ
少し黒く残っている。日本大使館は全くの無傷で、組織化された暴動だったようだ(対日関係は良好)。カンボディア人は普段は従順でおとなしいが、誇り
高いので傷つけられるとカッとなるようだ。
  午後 Foreign Trade Bankで銀行口座開設。申し込んでも何回も催促しないと後回しになる。12人で3時間ほどかかった。これで振込み可能となる。
  夕食はバッタンバングループ他とシアヌーク通りのレストランへ(アンコールビールやシンガ
ポール製のタイガービール代込みで一人あたり4$)
  * 朝7時頃 本日夕刻帰国予定の井上氏の電話で起こされ、必要だからと30$で自転車を
譲り受ける(買った時は60$だったらしい)。 安いのか高いのか見当がつかない。



4/4(金) 晴れ;

  午前中 8:30よりクメール語の現地特訓(3人づつに分かれる)が始まる。先生はカンボディア人の未亡人ということでで、片言の英語で何とかやりくりす
る。今日の内容は日本で習ってきた文法の基本だったのでどうにかついていけたが、来週からはどうなるのだろう。休憩時間中に出発前に日本で紹介
してもらっていたJICA事務所の菅野さん(専門家支援要員の女性で近々カンボディア人と結婚予定)に電話し、生活情報を後日教えてもらうよう約束。
  午後 JICA事務所で、専門家(無償資金協力調査員)の堀米さんに当地の住宅状況等をヒアリング。 近々一時帰国される とのことで、家族への第1報
を届けてもらう了承を得る。夜は晩くまでそのための手紙書きに追われる。JICA事務所への途上にあるベトナム大使館の入口には美人のガードウーマ
ンが居ることを発見。街中を歩いているとバイクタクシー(当地ではモトドップと呼んでいる)にしょっちゅう声をかけられるがすべてことわる。通常のタクシ
ーはほとんど無い とのこと。自転車の前に二輪の座席を付けたシクロも客待ち顔で汗をかきながらよく走っている。





                                         
                                           


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