クリスマス期間限定公開
『サンタクロースじゃあるまいし』
「ごめんよ、杏子。今年も友達と呑み会なんだ。毎年恒例になっちゃってるもんだからさ」
速雄のその科白は、もう聞き飽きた。
わたしたち、もう付き合って5年にもなるし、「結婚」なんて言葉も、意識してないわけじゃない。
むしろ、意識しているからこそ、なかなか口にできないという感じ。
速雄は、基本的にはいい彼氏だと思う。
彼と出会ったのは会社の同僚の結婚式で、一緒に2次会の幹事をやったのがきっかけだった。
2次会が終わってから一週間後「打ち上げしませんか?」ってメールが来たときには、半日、顔の筋肉が緩んでたっけ。
そんなに格好いいわけじゃないけれど、約束は必ず守る、誠実な人。
誕生日には毎年花束だってくれるし、困っている友達にいつもちょっとしたお金を貸しては、忘れられてるような人。
でも、何故か毎年、クリスマスイブの夜だけは、彼は昔からの友達との呑み会に出かけてしまう。
最初の数年は、私も速雄のことを責めた。
「何もわざわざ、毎年24日にやらなくても日にちをずらせばいいじゃない!」って。
でも、速雄は決まって「ごめん、とにかくその日は、ダメなんだ」と繰り返している。
怪しげな宗教でクリスマスを祝っちゃいけないんじゃないかと勘繰ってみたけれど、
少なくともクリスマス・イブ以外には、そんな様子はまったくないし、
この間なんか、カラオケで「クリスマス・イブ」とか歌ってたし。
彼女の前で「きっと君は来ない〜」なんて失礼だし、
だいたい、毎年来ないのはアンタじゃない!と、私は内心舌打ちしてたんだけどね。
他の女の存在も、もちろん考えた。
でも、クリスマス・イブの夜以外には、彼には浮気をしている素振りすらないのだ。
悪いと思いつつ、携帯の着信履歴もチェックしたんだけど、疑わしいところはなし。
でも、前に何度か、24日の夜に携帯に電話したときは、「電源が切られてるか、電波の届かないところ」になってたのよね。
何よ、サンタクロースじゃあるまいし。
あ〜あ、今年もまたひとり。
今年こそは速雄が「一緒に過ごそう」って言ってくれるんじゃないかと思って、予定を入れてなかったから、今年も、イブはひとりきりだ…
〜〜〜〜〜〜〜
24日がやってきた。何年ぶりかのホワイト・クリスマス。
わたしはいつもより着飾った同僚たちが定時になるのを待ち構えて退社していくのを横目に、
いつもと同じように書類の整理をして、家路についた。
課長に「君は、まだ帰らないの?」って興味津々の様子で尋ねられたけれど、
「うちは敬虔な仏教徒ですから!」って、自分でも驚くくらい大声で答えてしまっちゃった。
みっともないなあ…
会社を出て、カップルたちが身を寄せ合って歩いている通りを駅に向かっていると、
見慣れた背中が、わたしの視界に飛びこんできた。
「速雄!」って声をかけようと思ったのだけれど、わたしの中で、ひとつのアイディアが浮かんだのだ。
そうだ、速雄がどこに行くのか、確かめてみよう、って。
速雄は、もともと派手な格好をするのは好きじゃないみたいだけれど、
今日はいつもにまして地味な格好。真っ黒なコートを羽織って、大通りをツカツカと身をかがめながら早足で歩いていく。
わたしは、一生懸命速雄を追いかけた。
雪だから、デートじゃないから、ヒールじゃない靴を履いてきたことに、何度感謝したことだろう。
とある町外れの雑居ビルの前で、速雄は立ち止まった。
「3F、東和貿易」って、速雄の会社だ…
速雄は何やら難しい顔をして、まわりを確認して会社の中に入っていった。
会社には、暗証番号とカードがないと入れないみたいだし、少なくとも浮気をしているわけじゃなさそう。
寒いし、もう帰ろう…と思っていたら、そのビルの中に、わたしよりちょっと若くて、ちょっとだけかわいらしい女の子が、
速雄と同じようにあたりを確認して、すばやくひと気のないビルの中に入っていった。
どういうこと、なんだろう…
2人は、ここで逢瀬を楽しんでるってことなんだろうか?
まさか、こんなところで…
わたしは、そんなこと信じたくなかった。
でも、何度かけても「電波が届きません」の携帯電話が、その黒い推理を立証してしまっている。
家に帰っていつもの年と同じようにクリスマス特番を観て、残り物を片付けようとした。
でも、涙がポロポロと流れてきて、止まらない。
こんなクリスマスなんて、大嫌い…
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