「ふじさんの当直日誌inボストン」11月2日<前編>
  〜レジストレーション!



11月1日(第一日)の日記はこちら

眼が覚めたら、部屋の時計は4時。さすがに寝付いた時間が早かったので、こんな時間に起きてしまった。日頃は、頼まれても起きられないような時刻。

もう一度寝ようかな、とも思ったのだが、同室の御大O先生とT先生は既に目覚めていて、シャワーを浴びたり、「お腹空いたなあ」とかいって、地球を半周してきた「どん兵衛」にお湯を注いだりしているため、僕もとりあえず起きることにした。
とはいえ、朝の4時に観光に行くわけにもいかないし、必然的に部屋でテレビを観ることに。こんな時間なのに、チャンネルを回すと、いろんな番組が放送されている。

 映画「アンタッチャブル」をやっている局もあれば、日本でも深夜によくやっている怪しげな健康器具のテレビショッピングが流れている局もある。中でもユニークというか驚いたのは、喧嘩や国会・アイスホッケーの試合などでの乱闘、カーレースでのクラッシュシーンなど、いわゆる「衝撃映像」を延々と流し続けている局があることだ。こんな土曜日の早朝に、いったい誰がこんな番組を観ているんだろうか。 しかし、英語が聴き取れない僕としては、その局がいちばん面白く感じたりするのだから困ったもの。

 そうこうしているうちに、ようやく8時。
ホテルのロビーで8時半にK先生と合流。いちおう女性ということで、K先生は、ひとりだけ個室。「昨日の夜、アメリカで働いてる友達と長電話しちゃってさあ」とボーっとした感じでロビーに降りてきた。まだ眠そう。
しかし、考えてみれば4時に起きて衝撃映像番組を観ているより、K先生のほうがはるかにノーマルなのかな。

 シェラトン・ホテルは、かなり大きなショッピングセンターと隣接していて、その中に学会会場のコンベンションセンターがある。雪が降ってもおかしくない気候のボストンの外気に触れずに会場に行けるというのは、やはりすごいメリットだ。でも、あの部屋の状況では、そのくらいはいいことがないと、やってられないかも。

そして、僕たちはついに、学会会場に潜入することになった。

 まだ朝早いせいか、そんなに人は多くはないが、受付には短い行列ができている。
受付は、もちろんアメリカ人。東洋系っぽい人もいたのだが。
僕は、日本で辞書と首っ引きで書いてきた受付用の書類を出して、受付のお姉さんの前に辿り着いた。
さあ、ここは「地球の歩き方」の出番だ。“Hi!”

 お姉さん「オナンタラカンタラ?」

僕“Yes!”

お姉さんは、なんだかいろんな会議みたいなのの予定表を出してきた。

「どれに出席しますか?」ということらしい。

あまり参加する気はなかったのだが、いちおう興味がもてそうなものに○をつけた。

お姉さんは「OK!」と微笑み、僕のカードを受け取って、レシートを僕の前に。

「$1200」!

120ドルじゃ、ないよなあ、やっぱり…

えっ?聞いた話では、300ドルくらいだったのだけれど。

疑問なこと限りないが、ちょっと怖い感じの外人のお姉さんが目の前にいて、後ろには、いつの間にかたくさんの人が並んでいる。

まわりも「医者なんだから、英語くらいわかるよな、お前さん…」という、

「わかりません」というのが憚られるようなアカデミックな雰囲気。

 一刻も早く、この場から逃れてしまいたい…

「ええいっ、とりあえず、OK!」

 サインしてしまった…

 あとで、みんなの前でその話をして、レシートを見せるとO先生が

「バカだなあ!お前、有料のセミナーを腐るほど取ってるから、そんな金額になってるんだよ。
サインする前に、聞きにくればよかったのに」と呆れ顔。

 なんて勉強家な日本人なんだ、俺は…
 有料なんて、聞いてなかった、というか、聞き取れてなかっただけですが。
 恐るべしアメリカ、なんだか、新興宗教で壺かなんか買わされた気分だ。
 日本の学会では、そんな追加料金を取られるなんて話、聞いたことないのに。

 みんなで一度集合し、会場近くのベーカリーレストランで、あらためて昼食。
 また、ボストン名物クラムチャウダーを注文。ここのは、昨日のレストランのものよりシンプルな味わい。まあ、値段も安いし、深みという点では圧倒的に劣るのだが。
 でも、温かくて凍えた心と懐には、よく沁みた。

 間違って有料セミナーを沢山とってしまった話をすると、K先生が、「せっかく来たんだから、私も何かひとつ取ってみようかな」と言ってくれる。
 僕としては、絶対にわからない英語のセミナーに参加するより、お金はムダになっても市内観光に行こうと思ったのだけれど、K先生が「もったいないから行こうよ」と言ってくれるので、せっかくだからとお昼のランチョンセミナー(昼食付きの勉強会)に参加してみることにした。御大O先生とT先生は、ボストン美術館に先に行っていることに。

 そして、運命のランチョンセミナーがやってきた。
 日本の学会でのランチョンセミナーは、製薬会社協賛のもと、簡単な弁当が聴講者に配られ、みんな演者の話を聴きながら弁当を食べる(いや、弁当を食べながら、演者の話を聴く、という方が正確だろうな)という感じで、まあ、参加者の昼飯の時間といったところ。

 なかなか会場の部屋が探し当てられずに迷っていると、親切な守衛さんがなんとか探してくれて、時間をちょっとオーバーして会場入り。
 会場の中には、6人がけくらいの円卓が6つ。僕とK先生は、日本の某大学の教授と同じテーブルに。K先生は面識があるらしく、「よろしくお願いします」などと声をかけている。

 会場には、一見豪華そうなスープやチキンソテーが並んでいるが、口にしてみるとスープは水っぽく、チキンソテーは乾燥していて口の中から胃へと移動していかない。
 最初に、司会者らしい人が出てきて「とくダネ」の小倉さんのオープニングトークみたいな話(「ボストンは初めてか?」みたいな)を英語で。会場の人たちは、ところどころ笑ったりしているのだが、僕には一部の専門用語以外は全然わからない。K先生も、なんだかやたらと緊張していて、食事に手もつけていない。

 しかも、司会者らしき男は、テーブルに座っている人たちに、「君はどう思う?」などと質問をしはじめた。だ、だ、大ピーンチ!
 もしここで答えられなかったりしたら、日本の恥ではないか。

 早く、早く講演、始まってくれい…

 それから、約1時間。その小倉さんトークは続いた。

 結局、ランチョンセミナーというのは、その司会者である教授(らしい)が、会場に集まった人たちと堅苦しくなく専門分野のことについて語り合うという企画だったのだ。  
 何を言っているかさっぱりわからず、しかもまわりは(たぶん)偉い人ばかり。
 食事はまずいし、しかもいつ矛先がこっちに向いてくるかよくわからない。

 まさに地獄の1時間!!!

 少なくとも、「2002年度、もっとも時間が長く感じた1時間大賞」のぶっちぎり第一位だった…

 日本の実情についての質問は、某教授が全部答えてくれて、僕らはまるで日本代表の付き人状態。
 でも、教授がいてくれてホントによかった!助かった!

 ワールドカップ以上に、切実に日本代表を応援した1時間。しかもこれで、200ドル。

 金払って拷問かよ…バカだ。


<後編>はここからどうぞ。