灯台下暗し

第8話 無自覚(Side:海堂)

平穏が好きだと公言し常にひっそりと過ごしていたというと関わるようになってから、こいつの素顔について色々なことがわかってきた。どっから湧いてくるのかわからないおかしな発想や表現や知識を平気で口にしては誰かの突込みを食らうか笑いをとり、人と関わるのは好かないといった顔をしながら困っている奴がいるとお節介を焼いて助けようとし、(ついこないだ、竜崎先生の孫娘が馬鹿に絡まれているところを助けてやっていた。)
敵意を持たずに話しかけてきた相手には普通かそれ以上に接する。おまけに―これははっきりとは言い難いが―漫画オタクの変人野郎だ。だが、お人好しのボケた仮面の下にはそれと正反対の顔が2つ、3つ隠されていた。例えば、自分に危害を加えた相手には情け容赦なく言葉で攻撃し限界を超えたら手を上げることも辞さない危険な爆発物みたいな一面があるし、テニスでは一見何も考えてない面をしながら上を目指してこっそりと鍛錬を積んでいる。そ知らぬ顔で牙を研いでいるとはとんだ狸野郎だと思ったが、鍛錬してるところを隠しているのには理由があった。聞かされたその理由は俺には想像もつかないもので、聞いた瞬間には唖然としたもんだ。あんなこと言われた程度でビビッてコソコソするだと思うが当の本人にそう言ったら、俺はそこまで強くない、といった意味のことを返された。正直のこういうところはどうにも気に食わない。自分の強さに対してあまりに無自覚なところが。

乾先輩曰く、あいつは無意識に自分の実力を抑えているという。時折本人がうっかりと口にする話を聞いていると何かあったんだろうが、向こうが自分から話さない限りこっちから聞く気はねぇ。だが、あの先輩が興味を持っているということはただ事じゃないのは確かだ。乾先輩がそんなだからか、実を言うとレギュラーの他のメンバーの間でもの注目度は上がってきている。ところが、当の本人はまるっきりそういうところに無自覚で口を開けば、
『俺は雑魚だからな。』
『レギュラーに敵うわけねぇだろ。』
ってな発言を平気で乱発しやがるときた。必死で練習してるくせに自分を信じてねぇようなこの発言、これだけはの最悪の欠点だと俺は思う。

今日も放課後になると俺はいつものとおり部活に向かっていた。ただ今日に限って言えば、は一緒じゃない。俺が日直だったからあいつは先に行かせた。じゃあ、お先と言って去っていったの手にはテニスバッグの他に本屋の袋が握られてたのが気になるがまあいい。そうしてさっさと学級日誌を書いて職員室に提出し、その足でテニスコートに行ったら何だか騒がしかった。そん時はほっといてとりあえず着替えてからと思い、反応しなかったが着替えて部室から出たら同じ2年や1年連中のみならず、3年の先輩方がまだコートを囲んでガヤガヤ言っている。
「何だ、部活始まらねえうちからギャーギャーと。」
「あ、海堂。」
コートに近づいて思わず独り言を言ったら近くにいた同級生が気がつく。
「見てみろよ、おもしれえことになってんぜ。」
「あ。」
「桃とがやり合ってんだ。」
何だと。信じられない思いで周りを押しのけ、フェンスに顔を近づけると確かにコートには桃城の野郎とがいて、試合をしている。桃城の野郎、何を考えているんだ。実力的にを余裕で越えてるというのに、あからさまに闘志を燃やしているじゃねえか。そしては肩で息をしながらも逃げずに応戦している。
「何でこんなことになった。」
たまたま隣にいた荒井に聞いてみる。
「桃がいきなりに試合しろって言ってきたんだよ。は何でとか断るとか散々言ってたけど桃が珍しくマジでよ、諦めたみたいだな。」
どういうこった、レギュラーじゃない同級生相手にあの桃城がそこまでしたことがあったか。つーか、
「誰も止めなかったのか。」
「桃がどうしてもって言うから、今回のみ手塚部長も公認。」
聞いた話を事実と受け止めることがすぐには出来なかった。出来るはずがねぇ、これは異常事態だ。
「で、試合はどうなってる。」
「5-0で今も一方的に桃が2点リードしてる、当然だろ。」
言って荒井はでも、と付け加える。
がいっぺん桃のジャックナイフまともに返しやがった。」
一瞬頭が思考を止めた心持ちがした。
「笑えねえ冗談だ。」
「冗談じゃねえよ、俺見たんだぜ。」
荒井は抗議しながら言う。
「急に集中したみたいになったかと思ったらいきなりだ。ノーコンで変なとこすっ飛んで点にならなかったけどな。」
荒井の話を聞きながら俺はに目を向ける。肩で息をするはただ一点、桃城を見つめていた。あのボケ面のあんな真剣な表情、初めて見た。そういえば今まで校内ランキング戦で自分がと当たった時(いっぺんは絶対あるはずだ)あいつはどんな顔をしていたのか思い出せない。当たり前だ、こんなに関わるまではの存在すらわかってなかったのだから。そんな俺が覚えてない過去の時、あいつはあんな風に俺を見ていたのだろうか。実力差はわかってる、だが諦める気はないと主張するようなあんな目で。 そのが今桃城のサーブを返した。コントロールが出来てないのかよりによって球は桃城が丁度いる位置に飛ぶ。馬鹿が、どこに打ってんだ。言うまでもなく、あっさり桃城に返されて反応出来ず、は派手にすっころんだ。
「いってぇ。」
立ち上がりながらがブツブツ言うのが聞こえる。
「ったく何てこった、差は歴然なのに何でこんな目に。いじめかよ。」
がこんなひどく卑屈な呟きを漏らしたせいで桃城が眉間に皺を寄せるが、当の本人は体操服の埃をはたき落として臨戦態勢に入る。こいつ、いつもながら言ってることとやってることが違いすぎだ。卑屈なことを抜かしながら体はやる気でいる。そんなに桃城は神経を逆撫でされたのか眉が痙攣していた。
「喧嘩売ってんのか、。」
キレるだけ無駄だ、は悪質なまでに天然ボケだからな。
「何でだよ。」
やっぱり。更に勘に障ったのか桃城はを睨みながら黙ってサーブを打つ。それをが打ち返し、(一応返せる程度に桃城も加減しているんだろう。)また桃城が打ち返す。しばらくラリーが続いた。桃城の手加減が入ってるとはいえ、もよく粘りやがる。打っては返し、打っては返し、どこだろうと走って走って球を拾いまくっている。正直、ここまでやれるとは思わなかった。
先輩って、あんなに粘れる人だったんだ。」
「うん、意外だね。」
「何で今まで誰も気づかなかったんだろ、いくら手加減されてるからってさ、桃ちゃん先輩相手にあんだけやれるんなら目立つはずなのに。」
1年の加藤、水野、堀尾が示し合わせたように順番に言う。
「誰も見なかったし、誰も聞かなかった。」
俺は呟いた。
「え、何スか。」
堀尾が怪訝そうに問うてくる。
「今まであの野郎のことを誰が見てた。誰も見ようとしなかったろう。わかるはずがねえ。」
「海堂先輩なんか先輩の存在も知らなかったですもんね。」
「あ。」
堀尾の一言に睨んだら、言った本人は大慌てでスンマセンを連発する。余計なことを言いやがって、ったく今日日の一年は。 一年共が言うように確かには思うより粘ってやがるが、実力差は明らかだった。の不意をついて桃城の鋭いショットが来る。は何とか返すがそれは高いロブとなった。荒井が横で終わったな、と呟く。桃城の特技を考えりゃ誰もがそう思うだろう。俺もそう思…いや、待てっ。
「桃城っ、油断すんじゃねぇっ。」
貰ったと言わんばかりに笑みを浮かべてスマッシュを放つ桃城に俺は思わず叫んでいた。荒井がギョッとしたようにこっちを見るが関係ねえ。忘れていた、油断は出来ない。何故ならは、は…
「おいっ、あいつ、マジかっ。」
荒井が声を上げ、他も動揺する。
「桃のダンク返そうとしてやがるっ。」
「出来る訳ねえだろ、だぜ。」
「でもあの人やる気っぽいっスっ。」
周りの連中が口々に言う中、は聞こえていないかのように桃城の打球に追いつき、そして
「行ったーっ。」
一年の加藤が叫んだのを合図にしたかのようなタイミングでは桃城の球を打ち返した。流石に虚を突かれたのか桃城は反応出来ていない。
「ばっかやろう、呆けてる場合かっ。」
思わずフェンスにかじりついて俺はまた桃城に怒鳴ったが、もう遅い。球は見事にのポイントとなった。たちまち周りは大騒ぎだ。冗談だろ、あのが、そんな声が上がる。桃城は起きたことが信じられないのか茫然としていて、
「ハァッ、ハァッ、くそっ、集中モード疲れる。」
激しく息をしながらふざけた独り言を言っている。
「あの馬鹿。」
俺は思わず呟いた。
「自分が何やったかわかってんのか。」
しかも何が集中モードだ、漫画ばっか読みやがって。つい口に出た独り言に、
「は、漫画。」
たまたま耳に入ったらしい林が言う。
「こっちの話だ。」
乾先輩が聞きもしないのに教えてきたの好きな漫画、確かファンである当の本人からその漫画に出てくる主人公が集中モードとか何とかいうもんの使い手だという話をいっぺん聞いた覚えがあるが、それをいちいち説明する気はない。(んなもん説明したら俺の趣味が疑われる。)それより、
「見たか、今の。」
が桃のダンク返しやがったっ。」
「おいおい、きーてねぇぞ。ってそんなん出来たのかよ。」
がやらかしたことによる周りの驚きようは最早パニックに近いもんがあった。
「へぇ、面白いことになったね。」
いつの間にやら近くに不二先輩が来ている。物凄くギクリとさせられたがどうやって気配を消して近づいたのかは聞かないでおこう。どうせ聞いたところでごまかされるに決まってる。
「いくら手加減されてるからって、レギュラー以外で桃のダンクを返す部員がいるなんて思わなかったよ。」
「そうスか。」
「海堂は始めから知ってたって感じだね。」
「別に。」
俺は答えてコートにもっぺん目を向ける。騒ぎの元であるは1人ゼェハァと荒い息をしていた。コートの外でギャラリーが混乱しているのを全く感知した様子がない。つくづく他人に興味を持たない野郎だ、よくああも無関心でいられるな。
「ねぇ、海堂。」
不二先輩が呟いた。
「彼は、は、一体何者なのかな。」
「ただのボケ野郎っスよ。」
俺はそう答えるのが精一杯だった。結局、桃城がにふっかけたというこの試合は当然桃城の圧勝に終わった。それでもが無自覚にやらかしたことが与えた衝撃は絶大で、試合を見ていた連中のほとんどが興奮冷めやらぬ様子でしばらく騒ぎ続けていた。

「あーあ、ひでぇ目に遭った。」
桃城との試合が終わってから始まった練習中、がブツブツと呟いた。
「何で俺がいきなりレギュラーと試合せにゃならん訳。」
「喧嘩売られて買ったのはてめぇだろ、文句言うな。」
言えばはだってよ、と口にする。
「いっぺんは相手しとかないと向こうの気が済まないだろ。」
何て野郎だ、桃城に気を遣うのは癪に障るが奴の耳には入れたくない。
「そんなんで桃城の相手をしたのか。」
「睨むなよ。」
はむっとした顔をする。
「怒りたいのは俺の方だぜ。いきなり怖い(つら)で試合しろってしつこく言われた挙句、やってみたらそれ見ろ、結局惨敗ぶりを晒しもんにされて気分最悪だ。これでも俺が悪いって言うのかよ。」
「桃城のダンク返しといてよくんなことが言えるな。てめぇ、自分が何をしたかわかってんのか。」
「馬鹿言え、こっちがどんだけ苦労したと思ってんだよ。手加減されまくった奴返すだけであんだけ集中しなきゃなんないんだぜ。」
どこまでも犯罪級に無自覚なの卑屈な発言にとうとう俺はカチンときた。
「てめぇっ、いい加減にしやがれ。どこまで無自覚なら気が済むんだっ、それともわざとか、ああっ。」
「何すんだよっ、海堂。」
気がつけば俺はの襟首を掴んでいて、桃城VS海堂の次はか、と周りが騒ぎ、大石副部長が2人ともやめろと叫んでいるのが聞こえるがこの時俺は構いやしない、と思っていた。
「離せよ、一体どういうつもりだ。」
「どういうつもりだ、てめぇこそどういうつもりだ。」
察しの悪いボケ面に俺はイライラが募る。
「毎度卑屈なことばかり抜かしやがって、喧嘩売ってんのかっ。」
「お前こそいきなり意味不明のこと言ってキレてんじゃねーよっ、気が触れたのかっ。」
「やめろ、海堂、っ。」
とうとう2人してつかみ合いになるところを、大石副部長と河村先輩が駆け寄ってきて俺とはすぐ引き離される。俺は河村先輩に押さえられ、大石副部長はを引き離していたが、その時副部長が押さえてるの左手が俺を殴る直前まで来てたことに気がついた。河村先輩が俺を押さえてなかったら、あるいは大石副部長がいなかったらは本気で俺に手をあげるつもりだったのか。
「一体何なんだってんだよ、海堂。」
自分の前に立ちはだかる大石副部長の脇から顔を覗かせてが吠えた。
、抑えろ。」
だが珍しくは副部長の静止を無視する。
「訳のわかんないことしてくんのはな、他で嫌ってほど足りてんだよっ、お前にまでやられたらもう終わりだぜっ、最悪だっ。」
訳わかんないのはてめぇの方だ、何かの拍子に思考が飛んだのか理不尽なことを抜かしやがって。
「てめえが悪いくせに逆恨みすんな、馬鹿。」
「か、海堂、止しなって。」
「弱い犬ほどよく吠えると言うがホントだな。」
「何だと、コラァッ。」
っ、海堂っ、2人ともいい加減にしないかっ。」
大石副部長に一喝されて流石には大人しくなる。俺もこれ以上言い合う訳には行かず、そのまま俺とは竜崎先生のところへ連れて行かれることになった。連れて行かれる間、はそれこそ漫画に出てくる罪人のようにうなだれて見るも無残な状態だった。だが、それにしても何だかこいつの様子がおかしい気がする。顔が異常に赤くないか。おまけに目が妙に潤んでる。そして次の瞬間、
ーっ。」
の体がぐらりと傾いたのと、俺が思わず叫んだのは同時だった。

は結局、体調を崩していたことがわかって大石副部長の付き添いで早退した。最初は1人で帰れるのなんのと、副部長が付き添いすることを酷く嫌がったが竜崎先生にしかられたのと、実際に1人で歩くのが難儀であることを自覚して渋々承知した。プライドが高いのかそれともまた何か余計なことを考えていたのか。いずれにせよ、桃城と試合をしてあいつのダンクを返した、その後俺と喧嘩になって挙句に体調を崩して早退していった。うちのテニス部で過去にここまでやらかした奴はそういねぇんじゃないかと思う。それもちょっと前まで誰もいちいち見てなかったような奴がだ。そういう訳で、が大石副部長に連れられて帰ってしまってからも練習中は周りがその話ばかりしてやがった。当然レギュラー陣も興味津々だ。
「どーなっちゃってんの。」
最初にそのことに言及したのは菊丸先輩だった。
「今日の、何かすっごくおかしかったにゃ。桃のダンクまともに返すし、あんだけ動いといて海堂と喧嘩してしかも最後はぶっ倒れちゃった。」
「面白いネタって意外と近くに転がってるんだね。」
「不二、面白がってる場合じゃないだろ。、大丈夫かなぁ。」
「つーか、そもそも桃ちゃん先輩、何であの人に喧嘩売った訳。」
越前の疑問は丁度俺の疑問でもある。直接聞く手間が省けた。聞かれた桃城は苦々しそうな顔をした。
「聞いたんだよ。」
「何をっスか。」
越前に更に聞かれて桃城は嫌そうな顔をしながら話を続ける。
「こないだ帰りに橘妹にたまたまあってよ。の奴、外で他校相手に練習しまくってんだって。」
「へー、意外とやるじゃん。」
「ホントホント、びっくりだにゃ。それでそれで。」
「氷帝の樺地とやり合って、一発返したらしいって。」
一瞬その場にいたレギュラー陣は沈黙、俺は俺でまた思考が停止した気がした。氷帝の樺地つったら、あの強力なパワー野郎じゃねえか。あんな怪物相手にが。黙ってしまった全員に桃城はこう付け加える。
「橘妹も直接見たんじゃないらしいんスけど。」
「デマじゃねえのか。」
俺は思わず口を挟んでしまった。
「そう思ったさ、だけど考えてみりゃ俺はのことをよく知らねえ。橘妹の話じゃはストリートテニスのコートにほとんど毎日来てて上手くなってってるって言ってた。そのせいで他校の中には顔見知りも多いって話だし、ひょっとしたらって思ったら落ち着かなくなってよ。」
そんでついうっかり喧嘩売るにいたったのか、単細胞が。
「そういや海堂、」
桃城がふと思い出したかのように言った。
「お前さっき油断すんなとか何とか言ってたよな。」
「それがどうした。」
「知ってたのか、が俺のダンク返せるって。」
気がつけば先輩方や越前が俺が何と答えるのか、注目している。
「ひょっとしたらと思っただけだ。第一てめえ手加減してたろうが、あれだったら返されても文句言えるか。」
「何だとぉ。」
桃城は噛みつくが、すぐ落ち着く。
「ひょっとしたらと思う根拠があったんだな。」
フン、勘のいい野郎だ。しばらく考えて俺は桃城に前にを練習に付き合わせた時の話をした。誰よりもへぼに見せかけていた奴が俺の不意打ちのスマッシュをさばきやがったことを。
「流石に根拠薄くねえか。」
桃城が突っ込み、他も大半がうんうんと頷く。だがそこへ何を思ったのか、
「いや、海堂がそう思ったのは当然だと思うよ。」
さっきまで黙っていた乾先輩が口を挟んだ。
は未だ自分の力を解放していないからね。」
それを俺以外にも言うか。だがその方がいいかもしれねぇ、あの無自覚馬鹿には。言うまでもなくレギュラー陣は乾先輩の話に身を乗り出した。
「何それ、何それ。って実は凄いの。」
「凄いかもしれないよ。さっき桃の話にもあったとおり、影で練習してるからね。」
「確かに、って何か隠してる節があるよね。何があったのか知らないけど。」
「じゃあ、いつも手加減してたのかな。考えてみたらあまりのことなんてちゃんと見たことがなかったし。」
「ぶっちゃけ地味っスね。俺、あの人の存在気づかなかった。」
「そらそーだ、同じクラスのどっかのマムシですら知らなかったくらいだからな。」
「てめぇっ、桃城、喧嘩売ってんのか。」
「海堂、いい加減にしなよ。さっきとぶつかったばっかだろ。」
河村先輩に言われて俺は何とか堪える。一方の乾先輩は涼しい顔で一連の様子を見ていた。
「で、実際やりあった桃の感想はどうなのかな。」
この人はどうやったらこんなに冷静でいられるんだ。時々気味悪く感じることがある。
「正直、すっきりしねぇっス。」
聞かれた桃城はドリンクをすすりながら答えた。
「勝ったは勝った、でも俺もあいつが何か隠してる気がする。あの野郎、やっぱわざと加減してやがるのか。」
「チッ。」
俺は思わず呟いた。
「馬鹿が、見ててわからねぇのか。にんな器用な真似が出来るかってんだ。」
「お前なぁ、俺にあいつのことでんな細かいことがわかる訳ねぇだろ。」
指摘されて俺はハッとした。
「お前くらいだよ、そんだけのことわかってんの。今まで誰もあいつのこと見てなかったんだからよ。」
ああ、そうか。俺は知らない間にそんなにもあいつと関わるようになっていたのか。
「だったら一応言っておく。」
「何だよ、改まって。気持ち悪ぃ。」
桃城のそれはムカつく発言だが、とりあえずは我慢だ。
「あの野郎と喋るようになって一個わかったことがある。あいつは面倒くさいのに絡まれたくないからボケたふりして自分を無意識に隠しまくってる。」
「何だそれ。」
「俺が知るか。だがこれだけは言える、あのボケは今は無自覚なだけで自分の力を自覚したら厄介だ。」
「ああ、なるほど。」
不二先輩が言った。
「だからイライラしてるんだね、海堂は。」
思い切りギクリとした。つーか、何でこの人がわざわざそんなことを言うんだ。
「何だかんだ言って一番に自覚してほしいと思ってるの、海堂でしょ。」
「アンタ、何か憑いてるんスか。」
「ひどいな、みたいなこと言うんだね。」
「冗談じゃねぇっ。」
何てことを言いやがる、この人は。誰があの悪質天然ボケと同類だ、心臓が止まるかと思ったじゃねぇか。当の先輩はと言うといつものとおり笑みを絶やしておらず、俺にはそれがまるっきり悪魔の微笑みに見えた。冗談はともかく言われたことは確かだ。俺はのあの無自覚ぶりにイライラさせられている。何であいつはもっと自分に自信を持たないのか、何で未だにゴタゴタを恐れて自分の力を発揮しようとしないのか。
「海堂がもうちょっと突っついてあげたらいいんじゃない。」
また人の考えてることを見透かしてるようなタイミングで不二先輩が言った。
は何か訳ありっぽいけど、きっかけがあったらどうにかなるんじゃないのかな。もっとも、海堂が迂闊につつくのが怖いんなら話は別だけど。」
今何つった、この人。
「俺は負けねぇっス。」
ついカチンと来て俺は思わずそう呟いていた。
「じゃ、頑張ってね。」
してやられた、と思ったがまぁいい。だが、あの無自覚馬鹿には自覚を持てと言う前に自分の体調管理ぐらいちゃんとしろということを言ってやるのが先のような気がした。

続く

作者の後書き(戯れ言とも言う)
何度も携帯電話のメール画面に下書きしては書き直しました。
なかなかうまく話を持っていけなくて悩んだのですが、12月25日に放送されてたTV版の再放送を見てたら何とかなったというのは一体どういうことなのか自分で自分にツッコみたいです。 2008/12/29

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