灯台下暗し

第7話 不思議

ストリートテニスしてヘロヘロになって帰る途中で体力切れを起こした。まともに歩けないから道の端によって休んでたら、そこへよりによって海堂がやってきた。何てこった、これはどこの漫画だ。
。」
「か、海堂。」
お互い呼ぶ名前は語尾が明らかに尻上がりになっていた。 だって誰が信じられよう、かたや草試合で体力切れで道端に座り込んでる、かたやランニングの途中に道端に座り込んでる同級生にでくわすなんてのを。この一瞬絶句せざるを得ない状況で海堂が先にふしゅうと息を吐きながら口を開いた。
、てめえまた何してる。」
またってえのはどういう意味だ、失礼な。
「休憩。」
間抜けなとこを見られたもんでブスッとしながら俺は答える。
「道端でか。」
「珍しくストリートテニスなんぞしたらスタミナ切れてよ。喋れるけど歩けねえ。」
「馬鹿だな。」
言われんでもわかってらい。
「海堂はランニングか。」
「ああ。」
くそ、こいつのランニングコースって知ってりゃここでうっかりあのボス猿の挑発に乗りはしなかったのに。
「ホント熱心でいいな。んじゃ、いってらっしゃーい。」
俺はさっさと海堂に去ってほしくてヒラヒラと手を振る。
「お前は。」
「歩けるようになったら帰る。」
答えて俺はまた膝を抱えて顔をうずめる。喋ってたらしんどくなってきた。さあさあ、俺に構わず早く行けよ。
「チッ、いちいちややこしい野郎だ。本当に大丈夫なんだろうな。」
「平気だっつの、お前行けよ。」
お前にややこしいって言われたかねぇよ。俺はへたり込んだまま体力が回復するのを待つ。でも何故か海堂もその場にとどまっていた。どうも俺が動くまで自分も動く気がないっぽい。あまり引き止めたくないので途中で俺は無理矢理立ち上がって、帰る、と宣言した。が、当然無理な話だ、視界がグラッとしてまたへたり込んでしまった。
「おいっ。」
滅茶苦茶焦ったように海堂が声を上げる。
「大丈夫か。」
「うん、多分。」
どうも海堂はこの返事が気に食わなかったようだ。口からふしゅううと息を吐いてるところを見ると、ちょっと怒ってるらしい。
「お前、家は。」
「一応この辺の徒歩圏内だけど。」
「どこだ。」
凄みのある声で聞かれてつい俺はそのまま丁と番地を答える。って待て、コラ。何でこいつが俺んち聞くんだよ。
「うちの近所か。」
海堂がぼそりと呟く。ああそうだよ、実はそうだよ。
「今までてめぇを朝に見かけたことがねえな、何故だ。」
そら多分今まで家出る時間が違ってたからだぜ、海堂君。うちはこないだまでおかんが弁当遅かったからな。最近、朝練遅刻するから何とか早くしてもらってるけど。って答えていいのかどうなんだ。一方の海堂はこれ以上話しても無駄と考えたらしいのだが、
「肩貸してやる。」
「何だって。」
唐突な申し出に俺は心臓がおかしくなるかと思った。
「いいからさっさとしやがれ。」
「いやお前な、俺だけならともかく荷物付だぞ。負担がかかりすぎるだろが。」
「つべこべ言うな、途中でぶっ倒れられたらこっちが迷惑だってんだ。」
言ってることが滅茶苦茶だな。こんな奴だったか、海堂って。俺は散々、どうかほっといてくれ、と頼んだのだが海堂はまったくもって聞き入れるつもりがないらしく、しまいに凄んでくるので俺は渋々途中まで海堂の肩を借りる羽目になった。

「悪いな、海堂。」
夕方の道を人の肩を借りてズリズリ歩きながら俺は言った。
「ケッ。」
海堂は吐き捨てるように言ってこっちを見もしない。
「自分の体力考えないで試合する馬鹿がどこにいる。」
現にここにおるがな。とは言うものの海堂が言わんとすることはわかってたからそうは言わない。だから俺は黙ってうつむいて申し訳なさを現してみる。そのまま2人とも言葉を発さず、人が通っていない道にただ足音だけが響いていた。辺りは夕日の光ですっかり赤っぽくなっていて、何だか夢の中にいるみたいだ。何をメルヘン発言してんだ、気持ち悪い、と言わないで欲しい。本当にそう思えたのだ。だって夢としか思えない、ついこないだまで挨拶すら交わしたことがない相手に手伝ってもらって帰り道を歩いてるなんて。
「夢見てるみたいだ。」
「本気で頭イカれたか。」
また口に出しちまった、どうも俺はこういうおかしな癖があっていけない。しかしだ、イカれたってのは失敬じゃないか、海堂よ。
「お前、ハァ、ひどすぎ。」
抗議したら息切れ状態で喋るなと怒られる。気のせいか、ことあるごとにこいつに怒られてるのは気のせいか。
「そういう海堂はどうなんだよ。」
「あ。」
海堂は何言ってんだ、と言いたそうに俺を見たので、俺は言葉を続ける。
「ついこないだまで同じクラスにいるのも気がつかなかった奴が今自分の隣りにいて、しかもそいつに肩貸して一緒に歩いてるんだぜ。」
「別に。」
海堂は一言であっさり済ませてくれた。聞く相手間違ったな、こりゃ。こそっとため息をつく俺だが、意外にも海堂の話はまだ終わってなかった。
「不思議だとは思う。」
「え、あ、おぅ。」
「だが、夢とは思わねえ。これは現実だ。」
「まぁ、そう、だよ、な。」
やたら力を入れて言う海堂に、反応に困った俺は変な区切り方で言葉を発するしかなかった。まあ、海堂ならそう思うだろうな。こいつはいつだって目の前の現実を見て、そこに細かいことをいちいち求めない。今まで見ていただけだが、海堂がそういうタチらしいのは話さなくても俺なりに気づいている。海堂にしてみりゃ、さぞかし俺はまだるっこしいことを考える面倒な奴に見えることだろう。疲れのせいか、そこまで考えて俺はしゅんとしてしまった。そこへたまたま海堂が気づいたもんだから大変だ、どっか悪いのかと焦って騒ぐときた。大丈夫だと言ってるのに聞きやしない。散々やり取りをした挙げ句、とりあえず一言怒鳴って何とか落ち着いてもらったが、
「お前阿呆か、俺どんだけ虚弱なんだよ。」
「ストリートテニス一回やったくらいでへたれてんだろうが、虚弱って思いたくもなる。」
それは相手が悪すぎたというのも多分にあるのだが、ややこしいことは黙っておこう。
「そもそもが修行不足だ、馬鹿。」
そこまで言うか。しかもまさかお前の体力を基準にしちゃいないだろうな。
「俺みたいな雑魚は大変なんだよ。」
「いちいち自分を貶めんじゃねぇ、うぜえんだよ。」
あれ、海堂、本気で怒ってる。何でだ。俺は事実を言ってるだけだが、この様子だどそんなこと言ったらただじゃ済まないだろう。触らぬ海堂にたたりなし、だ。
「一緒に走るか、今度から。」
急に海堂がぽつりと呟いた。
「は。」
俺は思わず聞き返す。
「いやいや、別にいいよ。」
俺なんかが近くにいたら間違いなく足手まといだ。人様の邪魔はしたくない。そもそも、
「何で急に。」
「別に。」
海堂は目を合わさずに言った。
「何となくだ。」
何となくで誘われてもこっちは困る訳なんだが。というのも誘いに乗っていいのやら悪いのやらわからない。でも、あの海堂がわざわざ自分から誘ってくるってことは多分、うん、って言ってもいいってことだよな。
「お前がいいなら、そうさせてもらおうかな。」
「じゃあ、明日の朝から。」
「殺す気か。」
「ゴタゴタうるせぇ、1日寝りゃ回復してるだろ。」
「無茶苦茶言うなっ。」
だが海堂は聞く耳を持ってなかった。
「しょうがねぇな、もし俺が朝寝坊してたら先行っててくれ。あ、そこ左ね。」
「当たり前だ、誰が待つか。」
そう言うと思ったよ。
「おい、」
今度はどした、海堂よ。
「右だったか。」
「左だよ。」
人の話はちゃんと聞け。

と、まぁそうしているうちに俺の家が見えてきた。言うまでもなく海堂もまだ一緒にいる。もうすぐのところで、もういい、1人で行くと言ったのにも関わらずこいつは却下しやがったのだ。俺は目を離したら何かしでかす幼児か。
「ここか。」
「おう。悪いな、マジで。」
「別に。俺はもう行く。家の人に見られるのは御免だ。」
何かあったのか、お前。
「ああ、ありがとう。またな。」
海堂は黙ってこっくり頷くとバンダナを直しながら去っていった。その後ろ姿が遠ざかっていく様もまた、夢か幻のように見えたのは俺の気のせいだったろうか。しばらく何とはなしに海堂の姿が見えなくなるまで待ってから俺は家のインターフォンを鳴らした。すぐに家から出てきたのはうちの妹で、開口一番に言った事は、一緒にいた強面の奴は誰かということだった。何で海堂がさっさと去っていったのか、わかった瞬間だった。

次の日の朝、俺は何とか今までで一番早く目を覚ました。奇跡だ、低血圧全開フルパワーの俺がちゃんと起きられたとは。前の日にさっさと寝ておいたのがよかったのか、昨日の疲れもあんまり残ってない。着替えて朝飯を軽く済ませて家を出て、昨日海堂に言われた場所に直行した。 海堂が来い、といった場所は近所の公園だった。たまに近くを通る事はあるが、この所はとんと縁がない。またそんな場所に朝からくることになるとは不思議なもんだ。行ってみたら、見慣れたバンダナの奴の姿がもうある。
「おはよーさん。」
か。」
声をかけたら海堂がこっちを振り返った。
「まともに起きたみてぇだな。」
「おかげ様で。」
「フン、走ってる間に寝るんじゃねぇぞ。」
「お前、俺のこと何だと思ってんだ、んなこと出来たら超人だろうが。」
「どうだかな。」
「てめえ、朝からどついていいか。」
ところが俺の抗議に海堂は特に反応することなく、さっさと行くぞ、と一言呟く。流すな、頼むから流さないでくれ。言ってる方がむなしいじゃないか。
「ついてけそうにないなら、」
「ん。」
「無理しなくていい。」
「ああ。」
急に言われてビビッたけど、気を遣ってくれてるらしい。小さく礼を言えば、海堂はフンと呟くだけだった。

という訳で走り始めたはいいが、俺は早速へこたれていた。まず海堂のスピードについていけない。ついて行こうとすれば確実に体力がなくなって後に響きまくる。で、当然自分のスピードで走るわけだが4キロ行くか行かないかで息が切れてきた。だけど海堂は息一つ乱さず、俺のずっと先を走っている。くそ、わかりきったことだが何か自分が情けない。とりあえず追いつくのは今んとこ不可能だ、せめていける所までは頑張って走ろう。一方の海堂は誘っといて俺の存在を忘れたかのように一心不乱に先を行っていた。流石だな、と思わざるを得ない。こんなのとか、もっと化け物がいる中で俺はどこまで行けるんだろう。それとも行けるとこなんてどこにもないのか。って何考えてんだ、はなから雑魚に、いや少なくとも俺に明るい未来はない。無駄なことを考える前にとにかく足を動かさないと。しばし走る。気がつけばいつの間にか前に見えてた海堂の姿がなくなっていた。あぁ、やっぱりな。むなしいぜ。ちょっとくじけてスピードを緩めかけてすぐ戻す。ダメだダメだ、頑張らないと。 変な奴だって思うだろうか、自分に未来はないとか何とか言いながら一方で頑張ろうと考える俺を。自分でもよくわからない。俺はどうしたいんだろう。ふと、昨日氷帝のボスに言われたことを思い出す。
『いつまでその薄汚ねぇ仮面被ってる。そろそろ外し時だろ。』
そういえば別にあのボスに限らず、あのテニスコートで会った人にはよく何か隠してないかと言われている。隠してるつもりはないのに言われるってことは俺から何かにじみ出てるのだろうけど未だにわからない。俺って一体。そんな考え事をしていた俺は前をちゃんと見ていなかったのだが、
「あれ。」
ふと目をやった先にあった姿にキョトンとする。
「海堂。」
先に行ったんじゃなかったのか。
「何間抜け面してやがる。」
「いや、ちょっと予想外だったから。」
訳がわからねえな、と海堂は言うがそりゃこっちの台詞だ。別にわざわざ俺を待たんでもいいはずなのに何でまた。確かこいつのトレーニングメニュー、乾先輩が作ってたよな。俺が邪魔になって海堂に影響出たら先輩にどう言い訳すりゃいいんだ。
「バテたか。」
海堂が尋ねてきた。
「自分のペースならまだ行ける。」
俺は答えて、行こうと先を促す。そうして俺と海堂は再び走り出す。
「あのよ、」
「何だ。」
「先行ってていいぜ。俺に合わせたら鍛錬になんないだろ。」
「変な気ぃ回すな、俺の勝手だ。」
いいのかいいのか、ホントにいいのか。後で苦情は受け付けないぞ。変更のご連絡はお早めに、だ。まぁ、なんちゅうか、海堂って奴は意外と親切なのかもしれない。何故俺にそうするかは知らないが。
「変な奴。」
「てめえに言われたかねえ。」
「俺のどこが変なんだよ。」
「無駄に隠し事してるだろうが。」
一瞬ギクリとして俺は何のことかととぼけてみる。だが海堂には通じなかった。
「よく言うな、部活の後は帰ってるとか大ボラ吹きやがって。」
ギクギクギクッ。やな予感がする。
「実はこっそり外で練習してんじゃねえか。」
何でこいつが知ってんだっ。
「乾先輩だな。」
「誰でもいいだろ。」
おうおう、わかりやすい。顔が赤いぞ、海堂。そうでなくてもこいつとまともに話して且つ情報を流すと言えば他に該当する奴はいないわな。
「くそっ、あのお喋りタワシめ。」
「先輩を悪く言うんじゃねぇ。」
例えやたらデータ取られようが、危険飲料を飲まされようが、その辺は譲らないわけね。
「だったらお前、いっぺん先輩の危険飲料の実験台に志願したらいいんじゃね。」
「その危ねぇ発想やめろ。それに話を逸らすな。」
バレたか、チェッ。
「自分から言う必要がないのはわかる、だが何で練習してることをわざわざ隠す。別にやましいことをしてんじゃないだろうが。」
「大した理由じゃない。」
もうちょっと正確に言うと、海堂に話すつもりがないし話しても理解してもらえるか自信がない。
「またそうやって隠すのか。」
テニス以外でもしつこいな、こいつ。
「お前にとっちゃくだらない話さ。」
それでも海堂は妙に聞きたがる。拒んでもきりがなさそうだ。
「笑うんじゃねえぞ。」
「内容による。」
思わず俺はため息ひとつ。
「ひでえこと言う奴がいるんだよ。」
俺は言った。
「届きもしねえもん夢見て、無駄な努力してるって。」
そう口にした瞬間、海堂から何かの気配を感じた。でも本人からは何の言葉もない。そのまま俺は話を続けることにした。
「こう見えても俺だって上を目指してる訳なんだよ。信じるか信じないかは勝手だけどな。当然だろ、どうせやるならって誰だって思うさ。だけど生憎俺には天性の才能ってのはない。寧ろうまくいかない方が多い。だったらどうする。」
「必死で練習する。」
ああ、海堂だったらそう言ってくれると思った。
「そう、だから俺だって自分なりに一生懸命やってた訳よ。だけど、それ見てた奴が何言ってきたと思う。」
海堂は首をかしげた。うん、多分こいつには絶対に見当がつかないと思う。だって海堂の概念にあるはずがないんだから。
「お前みたいな雑魚が上を狙える訳ないだろ、やるだけ無駄だって。」
今度こそ海堂がギョッとしたのがわかった。信じられないんだろう、人の努力をそんな風に一蹴するような手合いが存在することが。
「確かにいっぺん思い知らされたよ、俺の力はとるに足らないってことは。でもやっぱり諦められなくってさ、俺、練習続けてた。そしたら、今度はよりによって最悪なこと言われた。」
「最悪なことだ。」
やはり見当がつかないのか、海堂が疑問形で問うてくる。
「一体何言われたってんだ。」
「ビビッてぶっ倒れるなよ。」
俺はちょっとおどけてからすぅ、と息を吸い、あまり思い出したくない言葉を口にした。
「いつまでも見苦しい姿晒すな、気持ち悪い。出来ねぇんならとっとと消えうせろ。」
海堂からは何の言葉もなかった。あまりに静かだったもんだから、俺は振り返る。見れば海堂は顔色が悪かった。ひたすらに信じられないと思っているのがありありと窺える状態だ。
「そんなことを言う奴がいるのか。」
海堂は唸った。
「信じられねぇ。」
「自分のこと棚に上げて滅茶苦茶言う奴なんざいくらでもいる。俺を含めてな。」
「自分を貶めるなっつったろーが。」
また怒られて、一瞬静かになる。
「信じられねぇ。」
海堂がもう一度ポツリ、と呟いた。俺のせいでこいつは信じられないものが随分増えたかもしれない。
「結果を出しゃ誰も何も言わないんだろうけどな、今のところ俺はそうじゃない。仕方ねぇさ。」
「そういう問題か。」
「人はそんなもんだ。」
そう、そんなもんだ。実績のある奴にどうとか言う奴はそういない。所詮、弱者に強く強者に弱いのが人の基本だと俺は思う。例外はたまにいるけど、そうお目にかかれないだろう。海堂は俺の発言に何を思ったのか、また黙ったまま走っていた。ひょっとして困らせただろうか、でもそう思っていることは事実だしな。
「で、」
しばらくして海堂は口を開いた。
「てめぇは人にどうとか言われるのが怖くてコソコソしてるってか。格好つかねぇ野郎だ。」
「お前はどうだか知らねえがこっちゃ卑屈にならずにいれるほど強くないんだよ。」
「なら一生上に行くのは無理だな。ずっと底でもがいてろ、馬鹿。」
ムカッ。そこまで言うか。
「くそっ、やっぱりお前に言うんじゃなかった。」
俺は呟いた。
「長いこと誰にも言わなかったのに。」
「前にも言っただろ、やましいとこないなら顔上げとけ。」
そういえば、そんなこと言われたっけ。
「うん。」
「後、」
「ん。」
「俺は、必死な奴は嫌いじゃねえ。」
言われて自然に俺は海堂に笑顔を向けていた。海堂はというと、また顔を赤くしてプイッとそっぽを向いた。

そんな訳で、海堂と朝から長距離を走った後に朝練もこなした本日は昼休みも海堂と一緒だった。弁当を一緒に食って、今は次の授業があるから、と2人して理科室に向かっている。
「疲れた。」
「昼間っから何抜かしてる。」
「お前なー、朝から長距離走って朝練やって更に授業半分受けたんだぜ、凡人にゃオーバーワークだ。」
「フン、軟弱な野郎だ。」
「だからお前基準にすんなって。」
廊下を歩きながら歩いている間もふと今自分が身を置いている光景が不思議に思えた。ちょっと前まで誰かとこうして話しながら歩いてることなんてないに等しかったのに。そういえば、最近はテニス部の中だけじゃなくて2年7組の教室の中でも海堂とでワンセットとして扱われるようになった気がする。まぁ基本セットは海堂と桃城であって、俺は言うなればあってもなくてもいい別売りパーツみたいなもんだと思うけど。
「部活中にぶっ倒れたらどうしようかな。」
「知るか、俺は助けねぇぞ。」
「こっちだって頼まねぇよ、人を煩わすのは基本趣味じゃねぇし。」
言うと海堂は何故か首を傾げる。どうかしたかと聞けば、海堂はこう言った。
「調子狂う。」
何でだよ。とか何とか喋ってるうちに理科室が見えてきた。さっそく俺はガラガラとドアを開ける。が、開けた瞬間に丁度直線上に不吉な人影が見えて思わずもっぺんドアを閉めた。当然、海堂は不審に思ったようだ。
「何で閉めなおす。さっさと開けろ。」
「いや、あのさ、」
海堂に向き直って俺は言った。
「見てはいけない現実が見えたんだけど。」
「訳わかんねーこと言ってんじゃねぇ。」
海堂は言って俺をどかし、自分で理科室のドアを開ける。
「乾先輩がいるだけじゃねぇか。」
ああ、そうさ、そうだよ。確かにそうなんだけどな、
「バッカヤロ、お前、乾先輩だぜ。」
「それがどうした。」
だああ、もう、察しの悪い野郎だな。
「お前、考えてみろ、あの人が理科室に籠もってやることつったら決まってるだろ。」
ここまで言っても海堂はまったくわかっちゃいない。とりあえず2人で理科室に入って、背中を向けてなにやら実験器具を操作している乾先輩に近づいてみた。気配に気づいたのだろう、先輩がこっちを向く。
「やあ、海堂にか。」
「ウッス。」
「ども。」
挨拶して俺は乾先輩の手元を恐る恐る覗き込む。
「何やってんですか。」
聞きながらも俺は机の上に並べられたラベル付きのプラスチック瓶や試験管立て、あるいはアルコールランプで熱されてる最中のビーカーが目に入っていて、この人が何やってんだか大体の見当がついていた。
「見てのとおりだよ、新しい野菜汁の開発実験をしていてね。」
やっぱりかーっ。ここにいたってやっと海堂も事の問題に気づいたらしく、顔が青くなっていく。
「な、な、言っただろ。」
俺が呟くと
「やべぇな。」
と海堂も賛成する。それもそのはず、乾先輩が今アルコールランプで熱しているビーカーの中身は何だかヤバい色をしてる上にゴポゴポという音を立てている。
「何スか、この色。紫キャベツでも使ったんですか。」
「さすが、鋭いね。」
言われて俺は思わずエプロン姿でキャベツを刻んでいる乾先輩を思い浮かべ、1人で笑いそうになった。海堂が不審そうな目を向けるが、うっかり説明したら気ちがい扱いされそうだからやめておく。それにしてもホントに突込みどころ満載な色だ、味も絶対まずいに違いない。
「石鹸水入れたら緑色になりそうな色だな。」
呟くと海堂がきっちり突っ込む。
「ph指示薬ってか、小学生の夏休みの研究じゃあるまいし阿呆らしい。」
「そもそも誰だよ、この人に理科室の使用許可出したの。在学中使用禁止だろ、逆に。」
「どういう意味かな、。」
あ、聞こえたか。
「よく言いますよ、今までに先輩の危険飲料で何人被害者が出てると思ってるんスか。」
俺が言うと横で海堂がウンウンと高速でうなずきまくる。過去にこいつも乾先輩の汁でえらい目に遭ってるのだから当然の反応だ。
「おや、そうだったかな。」
わかっててやってんだろうが、アンタはっ。すっとぼけんなっ。
「大体評判悪すぎだし、自分でも失敗してんのに懲りませんねー、先輩も。」
「次はうまくやるさ。」
「絶対無理だろ。」
「何か言ったかい。」
「何もへったくれも、」
続けて物を言おうとしたら海堂に襟の後ろを掴まれた上に引っ張られる。
「こら、海堂、何しやがる。」
「もういい。これ以上てめぇが何か言ったら何飲まされるかわかったもんじゃねぇ。」
「こら待て、俺はお前含めて被害者を出さないためにだな、」
「うるせぇ、黙れ、トラブルメーカー。」
「どういう意味だーっ。」
人の抗議を無視して海堂は俺を理科室の自分の席まで引きずっていった。俺はお前の荷物かなんかか、ひどい扱いだ。ちなみに乾先輩は散々ヤバそうな実験をした挙句、休み時間が終わる頃に片付けて去っていった。
「今度乾先輩が変な汁持ってきたら、先に俺らが飲まされると思うか。」
先輩が去ってから俺はコソッと海堂に言った。
「飲まされるんなら、てめぇだろ。俺は関係ねぇ。」
「ここまで来たら一蓮托生じゃねぇか。」
「てめぇとつるんだ覚えはねぇ。」
そんなやりとりをしてたら、丁度やってきた同じクラスのヤツが一言、
「お前ら、最近仲いいなぁ。どうしたんだ。」
「だとよ、海堂。」
言ったら海堂は納得行かないのか、ずっと首を傾げてるのが面白かった。

ちゅう訳でいい加減、否定するのも面倒になったから周りには海堂+=ワンセットのまま通すことにした。でも不思議なことに、ちょっと前まで誰かと一緒にいることとか、一緒にされるのが
煩わしかったのが気にならなくなっている俺がいた。

続く

作者の後書き(戯れ言とも言う)
何だか話がうまくまとまってないのですが、要するにだんだんと1人じゃなくて海堂と一緒にいるのがいいな、と主人公が思い始めたってことを書きたかった訳です。 2008/11/16

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