灯台下暗し

第3話 謎(Side:海堂)

最近になって妙に気になる奴がいる。名前は、同じクラスで同じ部活なのに俺は今まで全くこいつの存在を知らなかった。そんな奴が今俺の目の前にいて、まるで何事もなかったかのように普通に俺と会話してやがる。
何なんだ、こいつは。

は変な野郎だ。ぱっと見は地味で、目立たない。面もどっかボケてて、闘争心の欠片も自主性も見えねえ。 なのに、あの時奴は俺と桃城がやりあっていた中に自分から入っていって仲裁、というより強制終了をかけやがった。あまりに思いがけない存在の介入は衝撃的で、俺の脳裏に印象が強く残っている。その存在が気になって、そして不自然と自覚しながらに接触してみた。 で、まだ少ししか話してないのに思ったことがある。何でこんな変人の存在に今まで俺は気づかなかったんだと。

がキレて俺と桃城の間に割って入った挙句に人をぶん殴りやがったあの日、俺は奴が
「去年からいるよ、嘘だと思うなら名簿見やがれ。」
と言いやがったのが気になっていた。本当にあんな奴がいたかどうか記憶がはっきりせず、どうにも気持ち悪かったからだ。
だから、部活が終わってから先に部室の名簿をこっそり調べた。すると、そこには確かにの名前があってしかもクラスが同じときてやがる。正直ビビった。そんなヤロウにぶん殴られるとは微妙な気分だが、まぁいい。一応本人の言ってることが本当だとわかったのでいつもどおり居残って自主練にかかろうとまた部室を出てランニングを始める。が、そこへが部室から出てくるのを目にした、それも体操服のままで。あの野郎、着替えもせずにバッグ背負って一体どういったつもりだ。つい目に付いたもんだから、俺は思わずの元へ行った。で、声をかけた。
「おい。」
「な、何だ。」
声をかけたはいいが、まともにこいつと関わったことがなかったから何を話したものかわからなかったのは迂闊だった。思わず口にしたのはしょうもないことだ。
「本当に去年からいたんだな。」
「まぁな。」
が戸惑っているのは明らかだった。クソ、俺は一体何をしてる。
「クラスも同じなのに全然知らなかった。」
またくだらないことを口にしてしまう。だが次のの発言は俺にとっては予想外だった。
「そらそうだろ。」
その返答はまるで当たり前だと言わんばかりだった。何故そんな言い方をするんだ、こいつ。
「どういう意味だ。」
更に聞けばはヘラッとごまかしたような笑い顔で言った。
「あ、俺、存在感薄いって言われるタイプでさ。
よく言われんだよ、いるの気がつかなかった、みたいなこと。」
一応納得は出来た。実際、現に俺は今までこいつの存在を知らなかったのだから。俺はこれ以上と何を話せばいいのかわからなかったが、それは向こうも同じらしく用事がないならもう行く、と告げて去ろうとする。それも、帰るというもんだから着替えてないことを指摘すると、は急いでるからと走って去っていきやがった。明らかに何かを隠してるようなその様子は、俺に得体の知れない存在と言う印象を強く与えた。

が逃げ去った後、俺は乾先輩のところへ行くことにした。傍から見たら明らかに不審な行動について、やってる本人に喋る気がないならひょっとしたら何か知っているかもしれない人のところへ行った方が早い。普段ならこんなしょうもない用事であの人の力を借りるなんざ、絶対御免だが今日ばっかりは背に腹は変えられないだろう。まだコートの外に居残ってノートに何やら書き付けていた先輩を見つけるやいなや、俺はすぐにすっ飛んでいった。
「やぁ、海堂。まだトレーニングしてたのかい。」
「ウッス。」
「でもわざわざ俺のところに来たってことは何かあるのかな。」
「調べてほしい奴がいる。」
乾先輩は、おや、という顔をした。
「珍しいな、誰だい。」
「今日俺を殴りやがった…」
言えばすぐに、ああ、と答えるこの人はいつものことながら恐ろしいものがある。
か。勿論データは取ってあるよ。」
勿論、取ってるのか。やっぱりこの人は危険だ。
「あいつ、何モンなんスか。」
先輩は別に怪物の類じゃない、と苦笑するが今の俺には関係ねぇ。得体の知れない点ではある意味怪物的だ。
「2年7組、好きな言葉は平穏。目立つのが嫌いで常に周囲とのゴタゴタを避けようとする傾向がある。成績は普通、運動神経はやや下。本人曰く趣味はなしだが、本屋で漫画雑誌を立ち読みしている姿が目撃されている。 好きな漫画は篠原健太のスケットダンス、中でもボッスンが好き。 理由は普段は頼りないのに決める時はバッチリ決めてて格好いい、しかもいい奴だから。他だと稜之大介(カドクニ ダイスケ)のアキバザイジュウのファンで、連載が短期間で終わったことに不満を…って、どうしたんだい。」
後半、全くどうでもいいことが入ってるじゃねぇか。んなとこまで調べて何の意味がある。
「誰がんなくだらねぇことまで聞いてる。」
「せっかく調べたのに。」
本気で落胆しやがった。大丈夫か、この人。
の、テニスの方はどーなんスか。」
「おや、そんなところまで興味があるのかい。のテニスの腕については、そうだな、生憎天性の才能はない。寧ろ人より不器用、 パッと見では目立ったいい所はない。入部してから未だにレギュラー入りした事もないしね。」
「雑魚ってことか。」
「ただ、今までの校内ランキング戦で面白い結果を残している。」
「は。」
意外な返答に思わず間抜けな返事をしてしまう。のあのボケっ面を思い起こす限りでは、乾先輩が面白いと評する要素があるように見えない。俺の考えてることは先輩にはお見通しだったのか、話はそのまま続けられた。
の過去の成績、初めてのランキング戦では1試合目、池田相手に6対0で惨敗。次も1試合目で敗退、でもこの時は相手から1ゲーム奪ってる。その後もしばらく1回戦敗退が続くが 奪うゲーム数は増加、更にその後現在に至るまでに少しずつ上へ上ってきている。」
先輩はここで、ほら、と俺にノートを見せた。そこにあったのはの過去の成績の推移を示した折れ線グラフ、その変化は俺でも一目瞭然だった。
「こいつは。」
思わず声が漏れた。先輩もこっくりとうなずいて
「よくもまぁここまでチックリチックリ積み重ねてきたと思うよ。伸びが早い方じゃないのは事実だけど、少しずつ少しずつ上へ上がってきてる。ひょっとしたら、ああ見えてレギュラー狙ってんじゃないかな。」
「まさか、あのボケ面が。」
言えば、乾先輩は面白がってるのか、更にノートのページをめくる。
「ついでにの部活後の行動だが、部活が終わってから着替えもせずに下校、近所のストリートテニスコートで自主練習、他校の連中が居る時は彼らとも試合してるから青学の外では顔が知れてるみたいだ。」
「何であんたがそんな事を知ってる。」
が毎日のように体操着のままで部室を出て行くのが気になってね。前にいっぺん後をつけさせてもらった。」
そのうちこの人、手が後ろに回るんじゃねぇか。そうなったとしても俺は絶対驚かない。 とりあえず、突っ込むのも面倒なので礼を言ってその場を去ろうと背中を向ける。
「海堂、」
歩き出してた俺に乾先輩が後ろから声をかけてきた。
「信じるか信じないかは好きにしていい。でも、これだけは言っておく。は敵に回すとヤバイかもしれないよ。」
思わず反応して足が止まった。
「どういう意味っスか。」
「俺がの自主練を見た時、彼は他校の連中に手ひどく負かされてけなされてた。でも、俺が見た限りあの時のは本気じゃなかった。」
回りくどくてイライラする。
「何が言いたい。」
は90%以上の確率で手加減してる。」
「なっ、」
「落ち着け、本人に自覚は全くない。本人が気づいていないレベルで精神的に大きな抑制がかかってて、その為に力を充分に発揮出来てないんだよ。まるで自分を解放するのを怖がってるみたいに、ね。」
ここで先輩は眼鏡をクイッと意味ありげに押し上げた。この人がこうするってことは間違いなく次に爆弾発言が来る。俺は思わず身構えてしまった。
「俺は今、に興味があるんだ。あの過度な抑制がとれたら、彼はどれだけの力を発揮するのか。」
やっぱり爆弾発言だった。

乾先輩から聞いたという奴の詳細は俺に少なからず衝撃を与えた。ショックを受けるなという方が無理だろう。 あの地味なボケ面で実はレギュラーを狙ってて、知らない所で牙を研いでいるなんて誰が予測する。少なくとも俺は予測しえなかった。つまり闘争心が見えないあの顔は仮面だ。ならその下には何がある、どんな顔がある。 知りたいと思った。は一体どんな奴で、どういう考え方をしてるのか、自分の目でもっと見てみたいと。結局それは普段自分から誰かに接触することが極端に少ない俺に、へのおかしな接触をさせる要因となった訳で色々と問題が出た訳だがも大概問題のある奴だった。

俺が不自然にも程がある接触を図った時、という奴は突然のことに驚いてはいたがすぐ普通に受け答えした。ほかの奴に同じことをしたら大抵不審がって引きつった面をし、まともに反応出来ないか、桃城みたいに喧嘩になるところだ。だが、は普通に受け入れ、普通に話す。おまけに意外とおしゃべり野郎で当たり前のようにボケまでかます。おかしくねえか。つい乗せられて突っ込んでしまう俺も俺だが。一方ボケた面の割に平気で過激な発言や反論をして気をつけねぇと何か事件でも起こしそうだ。とにかく緩急激しくてややこしい。
一度、お前そんな性格だったかと尋ねたら奴は言った。
「俺はちっとも変わっちゃいないぜ。ただ、今まで誰も聞かなかったし俺も言わなかっただけだ。」
つまりは、の方から他人と深く人間関係を築くことがなく、周りも当たり障りのない付き合いはしてもこいつの深いところに踏み込んだことがなかった訳だ。ひょっとしたらまともに関わろうとしたのは俺が初めてなのかもしれねぇ。
「海堂、どうかしたか。」
が心配でもした風に口を開いた。そういえば今は昼休みで、俺はと弁当を食ってるところだった。
「何でもねぇ。」
答えればは、ならいいけど、と呟いて水筒を傾けコップに新たに茶を注ぐ。
「ところでよ、海堂、前から思ってたんだけど。」
「何だ。」
「お前の苗字って何か植物の名前みたいだよな。」
思わず、机に頭をゴンッとぶつけそうになった。
「てめぇっ、いきなり何だっ。」
言動が唐突過ぎだろうが、何考えてやがるっ。
「怒鳴るなよ、花海棠(ハナカイドウ)って知らねぇ。字ぃ違うけどな。」
んなもん、知るか。そもそも普通知ってる中学生なんかいるかどうかも怪しい。ところが、人の反応も構わずは話し続ける。
「時たま植わってるとこあるだろ、パッと見、桜みたいなピンクの花が咲くやつ。」
「知らねぇな。仮に見たとしてもいちいち意識してる訳じゃねぇしな。」
はふうん、と言いながら飯を食ってるにも関わらず携帯を取り出してなにやら操作し始める。食事中に携帯弄るんじゃねぇ、行儀の悪い野郎だ。
「ほれ、これ。」
しばらく携帯を弄ってたはふいに俺の目の前に自分の携帯の画面を突きつける。
「こんな花なんだけど。」
俺は突きつけられた携帯の液晶画面を見つめて思わずため息をついた。こいつ、真性の阿呆か。誰がわざわざ写真調べて見せろなんつった。画面に映る桃色の花を見つめながら俺は頭が痛む心持がした。
マジな話、こんなおかしな野郎がいることに何で1年以上も気がつかなかったんだ。ちょっと話しただけでボロボロと普通じゃねぇところが出てくるってのに。つーか、今まで誰かこいつに突っ込む奴はいなかったのか。
「てめぇ、いっぺん病院行け。」
「いきなり何だ、失敬な。」
ムッとした面をするは明らかに自分でわかってる様子がなかった。

何度でも言う。何でこんなおかしな奴に俺は気がつかなかったんだか、謎だ。
そして、もう一つ大きな謎は何でこいつが自主練してることを隠したがるのかということだ。悪いことをしてる訳じゃねぇのに何故隠す。何を考えている。、こいつは今のところ俺にとって身近にして最大の謎だ。

続く

作者の後書き(戯れ言とも言う)
一応申し上げておきますが、私は篠原健太先生や稜之大介先生の回しモンってわけではないです。
花海棠についてはこちらを参考にされるとよいかと。 2008/09/21

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