灯台下暗し

第13話 焦り(Side:海堂)

一体どういう巡りあわせか、思ったより早くとやりあうことになった。だからって別にいつもと変わらねぇ。練習だろうがなんだろうが負けるつもりはなく、とにかく相手を叩き潰すのみだ。それなのに俺は、一体何を気にしている。

いつものことだが、は文句たらたらだった。正確に言えば、口には出していないが態度があからさまに不満を示している。こいつのことだ、頭の中はさぞかし色々思うことが巡っているだろう。更には一言、
「ひでぇ話だ。」
やる気が感じられない上に不機嫌な口調、本人は気づいていないか知らないがコートの外から見てる1年連中がが殺気だっていると少しばかり怯えていた。だが、目に見えるそれが真実ではないことを俺は知っている。
「1人で言ってろ、馬鹿。」
俺は思わず言った。しかし言い方が相当悪かったらしい。
「何だそれ。」
ちょっとムッとした感じで、尚且つ意味がわからないという風にが首を傾げて反応する。これが桃城なら向こうがすぐに噛みついてきたことだろう、慌てて付け加えた。
「口じゃ卑屈な癖に実際やってる時は本気、てめぇのパターンだ。いくら俺でも覚える。」
そう、ちっとばかり付き合っている間に俺はこの馬鹿に少々問題のある癖があることを知った。という奴は、あらゆることに対して口じゃいつも出来ない、嫌だ、面倒だからやりたくない的なことを言ってる癖にふと気がつけばやれるところまではやろうと努力してる姿を見せる、そんなおかしな癖があった。テニスで言えばこないだ桃城とやりあってる時がモロそうだったし、多分今までこいつが外で対戦してきた相手も同じ状況を目撃しているに違いないと思う。相手に試合をふっかけられて、何で俺が、絶対嫌だと拒絶する癖にいざ始まったら豹変して食いつこうとする。見たことないのに目に浮かぶようだ。だから、だから、
「だからこういう時のてめぇの言うことは信用しねぇ。」
俺は続けた。は、へぇ、と言ったきりそれ以上のコメントはしなかった。俺は一応褒めてるつもりだが、本人がどうとったのかはわからない。まぁこれ以上無駄話をしてる場合じゃないな。
「とっととやるぞ。」
言えばは、一言、
「絶対ろくな目にあわねぇ。」
当然、俺はこの卑屈な呟きに取り合うつもりはなかった。

そうやってのサーブから試合が始まる。一か八かの賭けより確実性を重視するこいつの性格が透けて見えるようだ。なめてんのか、それとも本人としては精一杯なのか大したことのない威力でおまけに止まって見える。こっちがセーブして打った球を打ち返す時も何か戸惑っているような感じで中途半端な威力だ。こっちが返したらは根性なく取りこぼした。それの繰り返しで、1ゲーム目はあっさりと取れた。あっけなくて何の面白みもない流れ、こいつ、真面目にやってるのか。思ったことはそのまま口をついて出てくる。
「やる気あんのか、。」
「焦んなよ。」
一瞬ビクっとなってからが答える。
「俺、起動に時間がかかんだから。」
答えながらはニヤリと笑った。何か策でも隠しているのか、ただのハッタリなのか俺には判断が出来ない。は俺にとって今でも不確定要素の塊だ。だが何でもいい、やる気があるんならそれでいい。

2ゲーム目、俺のサーブ。にやる気があるのはわかったが、もうちっとセーブしないと試合になりそうにないのも確かだ。それじゃ面白くねぇ。柄じゃないが、確実に手心を加えた威力でサーブを打つ。はすぐに飛びついてきた、が、
「なめんなぁっ。」
思わぬ咆哮、見ればさっきまでの面倒くさそうなのとは全く違うの目つき、そして返された球のそれまでとは明らかに違うスピードに不覚にも俺は反応できなかった。の球は俺の陣地に確実に決まる。
「うっし、とりあえず1点。」
両腕で控えめにがガッツポーズをした。フェンス越しに見ている連中が信じられないと言いたげにわぁわぁ騒ぐ。俺はというと、冗談抜きで信じられない思いでを見つめる。何だ、今急に瞬間的に上がった威力は。周りは多分俺がわざと見逃したと思ってるんだろうが違う。完全に不意をつかれた。いつの間にこれだけの力をつけたのか。さすが、化けモン共相手に修行しているというのは伊達じゃない。
「なぁ、あいつら騒ぎすぎじゃね。」
いつものボケ面でが話しかけてきたが、そんなしょうもないことに答える気はない。こいつは油断ができねぇ、さっさと叩き潰す。

次にサーブを打った時、俺は明らかにさっきよりずっと威力を上げた。は打ち返してきたが、変化に気がついたのだろう、しかめ面をしながらこいつが打った球は飛距離が短い。見逃すつもりはないから思い切り打ち返してやったら、は露骨に動揺してそれでも何とか打ち返す。返したのは褒めてやるが、話にならねぇと思ったのだがこの後もは俺の球を打ち返してきた。多少セーブしているとはいえ、俺だってそれなりに相手しているつもりだ、なのに何故いつのまにかラリーに持ち込まれている。周りがまた動揺して、どうなっているんだ、冗談だろと騒ぎ出す。俺が聞きてぇところだ。そうやって5回くらい打ち合った所で変化が起きる。またの目つきが変わった。やる気が感じられないボケ面から一転して鋭さを増していた目は更に鋭い光を宿している。
「集中モードだっ。」
1年の加藤が声を上げるのが聞こえた。そうか、とうとうこいつ入りやがったな。加藤の声に反応して独り言を言ったり、チラとそっちを見たりしない辺り本当に集中しているんだろう。(はよく何か突っ込みたいことがあると突っ込む対象に目を向ける癖がある。どうやら本人は気づいてないらしいが。)上等だ、来い。てめぇの本気を見せてみろ。

集中モードに入ったは思いのほか面倒な野郎だった。どこに打っても返してきやがる。こっちは手に取るように見える向こうの苦手コースを狙い打ちにしているのに取りこぼす様子がない。の意識はおそらく完全に今のゲームにだけ向けられていて、噛みつかんばかりのその姿は俺とこいつの空気をこれでもかというくらいに張り詰めさせる。まさかこれほどとは。だがいつだったか部長が言っていた、この世に切れない糸はない。そろそろ俺もこのラリーにうんざりしていたところだ、いい加減流れを変えさせてもらうぞ、。俺はとうとうの打ってきた球を倍の威力で返す。均衡を崩されたは案の定反応が遅れて、それでも声にならない声を上げて打ち返してきた。何とか打ってきただけえらいが、もう遅い。俺は容赦なく球を叩き込んでラリーをやっとこさ終わらせた。
「海堂のポイントだっ。」
「どうせそうなると思ったぜ。」
「でも凄い、レギュラーじゃない先輩が海堂先輩にあんなに食いつくなんて。」
「桃ちゃん先輩の時といい、どうなってんだよ、あの人。」
また見ていた連中が騒ぎ出し、直後、は物凄い勢いで呼吸をし始める。十中八九集中モードの反動、当然だ、あれだけ集中してりゃ体力は一気に削られる。ここでそのまま崩れるか、いや、崩れないだろう。はそういう奴だ。
「何、ハァ、見て、ん、だよ。」
自分でも無意識のうちに凝視していたせいでとうとうはゼェハェ言いながら突っ込みを入れてきた。別に答える必要のあることじゃないから俺は答えずに視線を外す。はおそらく何だ、こいつとでも思ってるんだろう、首をかしげてノロノロと元の位置に戻り始める。審判の奴が何かに言っているようだ。審判の声は聞こえなかったが答えるの声は妙に通りがよかった。
「平気じゃないけどな、言っても仕方ないさ。」
そんなから俺は目を逸らすことが出来なかった。仕方ないという言い方はどこか投槍に聞こえるが、こいつが粘るつもりなのは明白だ。一瞬でも目を逸らせたら面倒なことになりそうな気が俺にはしていた。そうして2ゲーム目もあっさり俺が取る。は更に呼吸が激しく、時折咳き込んでいる。普段から砂まみれの体操服は更に汗のしみがひどくなっていた。だがしかし、こいつはそれでも隙をついて俺から3ポイント奪いやがった。ここ最近部内の同級生で(桃城を除いて)ここまでやってきた奴があったか。いいや、いない。ほとんどの奴は圧倒的差に気づくや否や、すぐに弱気になりやがる。フェンスの向こうで試合を見ながら好き勝手言ってる奴らもがしでかしたことに気がついているんだろう。
「これどうなるんだよ。」
「どうなるってどう考えても海堂の圧勝だろ。」
「でも食いついてんぞ、ひょっとして。」
「まさか、それはないっしょ。」
口々に色々と言っている。集中モードの切れたは今度はギャラリーの声が聞こえているのか、顔は動かさないが横目でチラと見ている。何を考えているのかは知らない、だが策士なタイプじゃないから作戦という線はないだろう。しんどそうな奴の顔つきからとりあえず見て取れたのはまだ消えてはいないやる気、そしてほんの僅かな希望だ。その僅かな希望を抱いている様子を感じた時、同時に俺の意識の奥底から声がした。潰せ、後腐れのないようにこいつを今のうちにぶっ潰せ、と。

次に始まった3ゲーム目、のサーブ。例によって入れることだけを考えた大したことのない球を俺は容赦なく打ち返す。体力切れを起こしているはそれでも目が死んでいない、威力はカスでも何度かは絶対返してくる。勢いをつけたらすぐに点は奪えたが、こうチマチマされると鬱陶しい。あまりにしぶとく粘りやがるこいつに俺はとうとうキレた。調子づいてんじゃねぇぞ、ボケが。それでも諦める気のないが打ってくる。が、その球が飛んでくる軌道を見た瞬間俺はもらった、と思った。も気がついたんだろう、
「クソッ、何でこんな時にっ。」
自分で自分を罵るに構うつもりはねぇ、俺はすかさず自分の得意技を放つ。
「スネイクだっ。」
1年の誰かが叫ぶ。3人組の誰かだろう、いつもながらまるっきし実況中継みたいな奴らだ。そして俺の球は狙ったとおりに決まり、3ゲーム目ももらった。球が決まった瞬間のの面は茫然自失という言葉がまさにぴったりだった。

俺がスネイクを放った時、は明らかに動くことが出来ない様子だった。追うことが出来ないものを目の当たりにしてあいつが具体的にどう思ったのかは知らないし関係ねぇ。だが落胆が大きかったのは明らかで、思いっきりうなだれている。やる気をくじくつもりでやったのは確かだが、ここで挫けて適当な試合をするようなら俺はあいつを一生許さねぇ。さぁ、どうする。ここで諦めるのか、それでも最後まで走り続けるのか。、てめぇはどうする。俺はもう手加減をしなかった。は多分相当迷ったんだろうが、最後までやりきることを選んだらしい。俺が放つスネイクになおも挑もうとする。だがそうしているうちに俺は気がつかざるを得なかった。この大したことのない間に少し、ほんの少しずつだがはスネイクを追おうとすることが出来始めている。追い続けるせいで体力が削られているのは本人も承知のはずで傍目からなんざ余計にはっきりと見える、終わりは近いはずなのに何だこの妙な感覚は。返せるはずがない、そう思っているのに不安が消えない。はまだ俺のスネイクを追っている。何か狙っているような必死の顔、あともう少し、とその表情は語っていて俺は本能で何がもう少しなのか感じ取っていた。が今度こそ限界に達して、動きが止まる。気がつけば迎えていたマッチポイント、とうとう俺がとった行動は
「ウソ、ブーメランスネイクっ。」
「何で、先輩相手にわざわざっ。」
「海堂先輩、本気いっぱいだよ。」
フェンスの向こうで解説三人組が声を上げて、見ている連中も口々に何やら言い出す。お前ら揃いも揃って馬鹿か、相手にわざわざなんかじゃねぇ、相手だからこそだ。はまだ気力があったのか球の軌道を睨みながら足を動かし、だがすぐにすっ転んで地面に倒れふす。直後、俺のブーメランは決まった。
「ゲーム、海堂。6-0!」
審判がコールして試合は終了した。は倒れたまま立ち上がらない。うつぶせになっていたのを仰向けに体勢を変えてからさすがに死ぬんじゃねぇかと思うような勢いで息をしている。何とか立ち上がろうともしているが足が動かずにずるずると体を引きずっているだけだ。正直、その時俺はこいつに手を差し伸べようなんてまったく思っていなかった。ただ思っていたのは最後に俺がブーメランを放った時のこいつの様子。思わずネットの側によって俺はを見つめていた。
「見る、な、よ。」
息も絶え絶えにが言う。俺は言われてもしばらくこいつを凝視していた。あの時、こいつは。頭の中に回っているのはそれだけ。だがあまりそうしている訳にもいかず、俺は途中で目を逸らしを放っておいてコートから去った。

コートから出たら、桃城が待ち構えていた。
「珍しく力んでたじゃねぇか、マムシよ。」
どうやらさっきの試合を見ていたらしい。どうでもいいがマムシって呼ぶんじゃねぇ、とこいつは何度言ったらわかるんだ。
「別に力んじゃいねぇ。」
「よく言うぜ、相手にブーメランまで出しやがって。」
思わず言葉を失ったのは正直まずかったと思う。桃城は完全に挑発してるのを丸出しでニヤニヤしながら話を続ける。
にゃ悪いけど、あの程度、普通ならおめぇがわざわざ技出すまでもねぇよな。」
何が言いたい、と俺が言いかけたところでかぶせるように桃城は言った。
「何を焦ってやがる。」
「焦ってなんかねぇ。」
言いながら俺は自分のその口調が妙に急いでいることに気がつく。当然、クセ者野郎の桃城がそれを聞き逃すはずがない。
「焦ってんだろ。さっきの試合、まるっきし危険だから今のうちに潰しておこうってのが丸見えだったぜ。」
「邪推で物を見んのもいい加減にしとけ、このクソ力。次口開いたらただじゃおかねぇぞ。」
それでも桃城は止まらない。人を食ったような笑みを浮かべながら、お前の言い方がうつってんな、ととんでもないことを抜かしやがる。
「気づいてんだろ、マムシ。お前一体に何を見た。」
「くだんねぇこと言わすな、何も見てねぇ。」
の奴、一瞬だけブーメランが見えてたみたいだな。」
ギクリとした。そんな反応をうっかりこのクセもんの前で示してしまったのは自分でも同じ事を感じてたからだろう。
「信じたくねぇのはわかるけどよ、ありゃ絶対見えてんぜ。今回はスタミナ切れで動かなかったけどよ、もし動けたら返してくんじゃねぇか。」
「そんなこと、させねぇ。」
「まぁそう言うと思ってたけどよ、わかんねぇぜ。聞けば不二先輩の消えるサーブまで返そうとしてたらしいじゃねぇか。ま、がこんまま自分の力に気づかないでいてくれりゃラッキーだな。」
桃城、こいつ。
「俺を馬鹿にしてんのか。そんな姑息な希望に(すが)るほど堕ちちゃいねぇ。」
「わかってる。」
桃城はふいに真面目な顔をして言った。
「だけどあいつは、はやべぇよ。俺はあいつに負けたくねぇ。海堂、てめぇもそうなんだろ。」
俺は答えなかったが、桃城には100%伝わっていると思う。

あの時、は自分で気づいていただろうか。俺との試合の後半、スネイクに食らいつこうと足掻いている時に今まで俺が見たことないような物凄い形相をしていたことに。今度こそ俺は見たんだと思う、仮面を捨てたの真の顔に。それはこれでもかというくらいの闘争心、ひょっとしたら敵意とも言えるかもしれない。誰も見なかった、誰も聞かなかったの本当の姿が完全ではないが見えてきた。これからもはどんどんベールを脱ぎ捨てて行くだろう。そしていつかきっと…。頭の中に妙なイメージが浮かぶ。暗い中、走っている俺と、俺は前を走っていてはずっと後ろにいる。縮まりはしないし、縮めさせる気もない距離が常に一定以上開いているがは足を止めずに後ろからついてきている。縮まりはしないはずの距離、なのにほんのたまにの指先が掴もうとしているかのように一瞬俺の背中をかすっていく。俺がギクリとして振り返ったらはまたずっと後ろを走っていて、こっちが明らかに引き離している。それなのに気がついたらまたの指先が俺の背中に触れる。それを繰り返して行くうちにの指先が俺の背中に触れている時間が少しずつ長くなっていく。 桃城の言うとおりだ。俺は正直焦っていた。、普段はボケた顔したあの野郎は常に俺のすぐ後ろまで迫ってくる。 少しずつ、少しずつ、だが確実に登ってきて、後もう少しでレギュラーに届きそうな際どい位置まで絶対やって来るだろう。 あいつはやべえ。本人は気づいてねえかもしれないが、あいつは暗闇からだんだん間合いを詰めてきて こっちが気がつかないうちに首に手をかけて葬りにきそうだ。
「負けねえ。」
思わず口にした。桃城以外の同級生に負けたくないと本気で思った瞬間はきっとこの時が初めてだったと思う。

続く

作者の後書き(戯れ言とも言う)

とにかく思いつくまま、間を補完しながら勢いで書いたのでかなり疲れました。
こんだけだらだら書いててまだ本当に書きたいところまで到達していない現実について自分で突っ込みたいです。
2009/08/25

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