灯台下暗し

第12話 対決

海堂と試合、いずれはやりたいとは思ってた。だけどいきなりこんな形で当たるなんて思ってない。一体何の冗談だ、乾先輩はこの自作プログラムに何らかの内部操作をやらかすように仕込んでたんじゃないのか。

B5サイズの液晶画面を見つめながら周囲が騒いでいる。
「海堂と。マジかよ。」
「乾先輩、しくんだんじゃねぇの。」
「でもちょっといいカードじゃね。」
「バーカ、が海堂の相手になるかよ。さっきだって不二先輩にのされてたんだぜ、一瞬で試合終わるって。」
どいつもこいつも好き勝手言ってやがるが一部は紛れもない事実だ。俺だってさっき不二先輩にのされたとこなのにこの上海堂の相手が出来る自信はさすがに今はない。口から出るのはため息ばかり。そこへややこしいことに桃城がやってくる。
「おーおー、運がいいじゃんか、よ。」
どこがだ。呑気に言いやがるこのハリネズミ頭に俺はちょっとムッとする。
「どこがだ、この野郎。今日で2度めの不運だ。」
「そう腐るなって、滅多にねぇんだから喜ぶべきだろ。」
「実力がお前ほど出来てたらそう思えるけどな、さすがにまだ無理だって。」
ところが桃城は人の話を全く聞いていない。
「チェッ、俺もマムシとやりたかったのによぉ。いいなぁ、は。」
どつきてぇ、今こいつを激しくどつきてぇ。
「桃城、」
「あ。」
キョトンとした顔をしている桃城に俺は言った。
「次しょうもねぇこと言ったら、」
喋りながら俺が左手で拳を作ると桃城は大袈裟にギャアアアアと叫びを上げた。それもえらく本気っぽい。
「やめろっ、落ち着けっ。お前にどつかれたらマジ洒落んなんねーって。」
「どこの怪力モンスターだ、俺はっ。」
「いや、メンタル面で。」
「桃城、てめっ、このヤロッ。」
一体お前は俺を何だと思ってやがる。一通り阿呆を言い合ってから俺はふと海堂の姿を探す。居た、集団からちょっと離れたところに1人立っている。バンダナに手をかけてたから顔が隠れていたが 俺が見ていることに気がついたのか、手を離して真っ直ぐ俺を見つめる。その目にはまったく動揺がない、と俺は思った。多分こいつが考えていることはただ1つ、練習だろうが何だろうが相手を叩き潰す、きっとそれだけだ。

文句は大量にあるがとりあえず叩き出された結果はどうしようもないから俺は指示されたコートに入る。ネットの向こうには海堂、姿が目に入った瞬間俺の脳内に愚痴が流れる。クソ、初っ端不二先輩にやられてげんなりしてんのに何だこれ。自分を運がいい方とは思ったことがないけどさすがにこれはないだろ。だいたい俺、今結構消耗してんだぞ、ちょっとやそっとじゃ疲れないこの超合金相手にどうしろってんだよ。そして最後に思わず一言、
「ひでぇ話だ。」
俺は呟いた。
「1人で言ってろ、馬鹿。」
意外にも海堂が反応した。吃驚して見つめると海堂は言う。
「何言おうと勝手だが、てめぇの言うことはもう信用しねぇ。」
「何だそれ。」
解釈のしようによっては不快感を与える言い方に俺は首を傾げる。すると海堂はこう言った。
「口じゃ卑屈な癖に実際やってる時は本気、てめぇのパターンだ。いくら俺でも覚える。だからこういう時のてめぇの言うことは信用しねぇ。」
「へぇ。」
思わぬコメントに俺は褒められてるのかけなされてるのかよくわからず、とりあえずそう言うしかない。
「とっととやるぞ。」
海堂が言う。そういえば審判を待たしていた。背の高い椅子に座っている同期の奴は多分口を挟んでいいのかずっと困ってたんだろう、俺が目配せするとほっとしたような顔をする。
「絶対ろくな目にあわねぇ。」
俺は呟くが海堂はもう答えない。そんでもってトスの結果、サーブは俺からだった。

「ワンセットマッチ、、トゥサーブ。」
審判の声が響く。俺はボールをあげてラケットでひっぱたく。サービスエースを狙うことは考えていない。残念ながら俺には消えるサーブやらツイストサーブやらの必殺技がなく、加えて変に意識すれば必ずと言っていいほどフォルトをかましてしまうのだ。だから毎回俺は自分に言い聞かせる、力むな、俺の場合は入ればいい、と。おかげで打ったサーブは幸い外れなかった。だが戦略もへったくれもないヘロヘロ球は即刻打ち返される。俺の球絶対止まって見えてるんだろうな、海堂の奴。とか考えてる場合ではない。返された球を取りにいくが鋭く打ち込まれたそれは俺が取れるもんじゃなくいきなり失点する。ショックは受けない、俺の場合はいつものパターンだ。堂々と言うことじゃないけど。
次もサーブを打ってまた返されて、今度は一応返したけどやっぱりまともに届かなくてやられる。ワンゲーム目はこの繰り返しであっと言う間に取られた。誰を相手にしてもワンゲーム目は必ず先に取られる俺のパターン、何と言うかこいつは予定調和と言っていいんじゃなかろうか。
「やる気あんのか、。」
海堂がネットの向こうから挑発してくる。いや、挑発じゃなくて本当に疑問に思ってるのか。
「焦んなよ。」
俺は答える。
「俺、起動に時間がかかんだから。」
余裕っぽく言ってはいるが内心は動揺しまくり、絶対無理だろこれとか何とか色んな思いが頭を駆け巡っている。どうしたもんかな、多分次の海堂のサーブ取れるかどうか怪しいよな。後、あいつスネイクシリーズ打ってくるかな、打ってくるよな。打たれたら返せるかな、返すとしたら一発目は絶対無理だから上手く目が慣れて四発目くらいからかな。ってかブーメランスネイクはどうするよ、あればっかは集中しようがしまいが俺じゃ返せないぞ。手加減して出さずにいてくれたらラッキーだけどどうかすると手加減抜きでやってきそうだし。グチャグチャ考えているうちに海堂がサーブを打ってくる。何とか追いつくけど、ひょっとして、という思いが(かす)めた。俺が取れそうにないから手加減してるのか。勿論ただの被害妄想に過ぎないのだが、それは俺に力を与えた。
「なめんなぁっ。」
自分でも一瞬吃驚するほどの衝撃、それは海堂も同じだったのか目がカッと見開かれる。そして海堂は俺の球を返してこなかった。わざと見逃したのかそれとも本当に取れなかったのか、でもまぁいい。
バシィッ
「うっし、とりあえず1点。」
両腕でとりあえず小さくガッツポーズを決めて俺は気合を入れた。しかしまぁたまたま試合を見ていた連中の騒ぐまいことか。先輩が1点取ったとか何とかわぁわぁ言っている。ワンゲーム取ったならまだしも1点返したくらいでそう騒ぐなっての。特に1年の堀尾、えーっマジかよ、どうなってんだ先輩ってどういう意味だ。俺は怪物の(たぐい)じゃねぇぞ。そう脳内突っ込み入れてるうちにネットの向こうからフシュゥゥゥゥと息の音が聞こえてくる。目を向けたら海堂がこっちを睨んで、もとい、見つめていた。
「なぁ、あいつら、騒ぎすぎじゃね。」
海堂は答えない。完全に戦闘モード入ってるな、こりゃ。多分これ以上何を言っても答えまい。俺はそう考えて位置に戻る。海堂も後ろに下がってまたサーブを放ってくる。また俺は球を捕えた、だが気のせいかさっきより重いような感じがする。実際、打ったは打ったが飛距離がほんの少し短かかった。そして今度は海堂も見逃さない、すぐ打ち返してきた。一瞬動揺したのがまずかった、打ち返したけどまたヘロヘロ球で思い切り海堂にやり返される。走って取りに行って返した自分をこの時ばかりは褒めたい。ちょっとばかりラリーが続いたが、これまた見てた連中には信じがたい光景なんだろう、色んな奴が口々に冗談だろと言う。うるせぇぞ、同じことをそれぞれがいちいち口にすんじゃない。だが、海堂と打ち合っているうちにだんだん周りの声や音が遠くなっていく。気づけば俺は海堂やあいつが打ってくる球、自分が打っている球、あるいは自達が打った音とか海堂が打った音とかとにかく自分の試合に直接関係するものしか見えないし聞こえなくなっていた。海堂が打つ、俺は反応して動く。空気が張り詰めているような心地がする。何と言うか、1回でも呼吸したら何かがブチンと切れてしまいそうだ。例えばTVゲームのシューティング、阿呆かと思うくらい大量の弾を吐き出す敵相手に穴が開く位画面を見つめてドット単位の細かい弾の間を縫いながら自機の攻撃を当てようとしてる時を思い浮かべてほしい。ちょっとでも気を抜いたら敵の弾にバコバコ当たってあっという間にゲームオーバー、そんな感じだ。だから俺は走る、すぐゲームオーバーにならない為に。海堂は俺が取りにくいと常日頃考えるところにきっちり打ってきている。一呼吸した途端、絶対に取りこぼすだろう。そして、一度取りこぼしてしまえば取り戻すのは無理、あるいは相当困難だ。また海堂が打ってくる。
「っ。」
打ち返しながら声にならない声が一瞬漏れた。球がマジで重いっ。冗談じゃねぇ、ゲームオーバーへのカウントダウンはまだ減らす訳にはいかねぇんだ。なんて思いながら打った球はネットを越えるけど先にはもう海堂がいる。ここでハッとしたのがまずかった。

ドゴッ

何かの糸が切れたような気がした瞬間、長く続いたラリーは途切れた。急に周囲の音が蘇る。
「海堂のポイントだっ。」
「どうせそうなると思ったぜ。」
「でも凄い、レギュラーじゃない先輩が海堂先輩にあんなに食いつくなんて。」
「桃ちゃん先輩の時といい、どうなってんだよ、あの人。」
外野は相変わらず好き勝手言いやがるが、今はそれどころじゃない。
「ハァッ、ハァッ。」
俺は凄い勢いで呼吸をしていた。知らないうちに息を止めていたのか、とにかくさっきまで相当の集中モードに入ってた証拠だ。凄く息苦しくてたまらない。そこへフシュゥゥゥと自分のじゃない息の音がして、顔を上げれば海堂がやっぱりこっちを見ていた。
「何、ハァ、見て、ん、だよ。」
ゼェハァ言ってるせいであまりうまく出ない言葉で俺は問う。だが海堂は答えない。ひたすら人をじっと見つめ、やがて気が済んだのかフイと視線を逸らせた。海堂の行動の意図がわからなくて俺は首をかしげたけど、まだゲームは終わっていない。ひどく上下する胸を抱えながら俺はノロノロと位置に戻ろうと足を動かす。見かねたのか、審判やってる奴が大丈夫か、と声をかけてきた。
「平気じゃないけどな、言っても仕方ないさ。」
やるしかないんだから。心の中でそう呟いて俺は位置に戻る。改めて海堂を見たら、海堂はまるで刺すような視線で俺を見ていた。

そんなこんなで結局2ゲーム目も取られた。アハハ、そりゃそうなるよな。わかりやす過ぎる展開に笑うしかない。だがしかし、それでも3ポイント奪ったのは俺にしては上等じゃなかろうか。と思ったのは当の俺本人だけじゃなかったらしく、ギャラリーが妙に騒がしい。
「おいおいおい、が3点取ってるぞ。」
「これどうなるんだよ。」
「どうなるってどう考えても海堂の圧勝だろ。」
「でも食いついてんぞ、ひょっとして。」
「まさか、それはないっしょ。」
ないとは俺も思う。でも、やっぱりちょっとぐらいはひょっとしたらって思ってもいいんじゃねと考えたりもする。複雑な俺の心、そして現実はどうなるのか。そう思いながら始まった3ゲーム目、俺のサーブ。我ながら呆れるしつこさで何とかある程度はしのぐけど、限界がすぐ来てガスガスと点を取られる。おまけに後1点でまた1ゲーム取られるって瀬戸際に俺はやってしまった。
「クソッ、何でこんな時にっ。」
自分で自分を罵倒した時には最早遅い。海堂が長い腕を振ったかと思えば、
「スネイクだっ。」
1年の誰か、多分加藤あたりが叫んだのを合図にするかのように、

バァンッ

海堂のスネイクが決まった。

スネイクにまったく反応できなかった。こいつは正直ショックだった。打ち返せるとは思ってなかったけど、まさか追おうとすることすら出来ないなんて。格上のバケモン共に挑んで修行していたのは何だったんだ。いくらなんでもこれはないだろう。物凄く落胆が大きくて、急激にやる気がそげていく。やってられるか、とラケットを放り投げたくなるような気分をギリギリで(こら)えてるけどもういっちょ何かショックなことがあったら99.98%の確率で俺は試合を放棄するだろう。だがしかし、それは多分ネットの向こうの約1名が黙ってはいまい。たかが練習試合でもあいつは一生俺のことを許さないだろう。そう思って残りの0.02%のやる気を繋ぎとめて俺は残りのゲームに挑む。海堂は手加減なしだ、俺が打った球をまたスネイクで返してくる。ここで一気に決める気か。冗談じゃねぇ、少なくともすぐには倒れねぇぞ。 そういえばいつの間にかまた周りの音が聞こえなくなっていた。何でこんなに静かなんだろうと思いながらも俺は0.02%のやる気のパワーを最大限に引っ張り出して走り続ける。俺が打つ、スネイクが来る。間に合わなくてまた点を取られる。でも少しずつ、ほんの少しずつだけど、スネイクを追おうとすることは出来だした。後、もうちょい。もうちょいでラケットに当てるところまでは辿り着ける。頼むから、もう一瞬だけチャンスをくれ。

それでもやっぱり現実は海よりも深く山よりも高かった。海堂が情け容赦なく放ってくるスネイクで俺はあっけなく体力を奪われてとうとう足がまともに動かなくなった。おそらくはもっと前から足はまともな状態じゃなかったんだと思う。だけど無意識に集中モードに入り込んでたもんだから気がつかなかったんだろう。そうして向かえたマッチポイント、海堂が動く。俺はろくすっぽ動いてくれない足を引きずるけどそんなことでどうにかなる訳はない。そんで、とうとう最後の最後で海堂はやりやがった。
「ウソ、ブーメランスネイクっ。」
「何で、先輩相手にわざわざっ。」
「海堂先輩、本気いっぱいだよ。」
フェンスの向こうで1年連中が叫び、周りも大いにざわめく。クソ、まったくもって堀尾の言うとおりだ。何で俺相手にわざわざそんな大技を。叩きのめして今後再起不能にするつもりか、馬鹿にしやがって。頭の中はやる気まんまんだけど、動かない体ではどうしようもない。ポールの向こうを通って飛んでくる球の軌道を睨みながら走ろうとして足がもつれ、俺はそのままぶっ倒れる。直後、ブーメランスネイクが決まった。
「ゲーム、海堂。6-0!」
審判のコールで試合は終わる。海堂は全然息を乱さずに立ったまま、俺はというと、あーあ、やっぱりな、と好き勝手言う連中の声を聞きながらコートに寝転がっていた。息が凄く苦しい。集中モードの使いすぎと海堂のスネイクを深追いしすぎたせいだ。足は動かないから、コートから退こうにもまるっきりナメクジかなんかみたいなスピードになってしまう。何とか動こうともがいていたら上から影がさす。見上げたら海堂がどういうつもりなのか、ネットの側に来て俺を見下ろしていた。
「見る、な、よ。」
息も絶え絶えに俺は言う。海堂は何も言わない、ただ見つめているだけだ。それだけならまだいいんだけど、その目つきが普通じゃない。何と言うか、剣呑だった。うっかり変なことを言ったら殺されそうな、そんな感じ。そんな目つきでしばらく人をジロジロ見た挙句、海堂はふいっと先に去っていってしまったけどナメクジ移動をせざるを得ない俺の方は後から妙な寒気を感じてブルブルッと震える。マジでさっきの海堂の目つきはヤバかった。わかっている、あれは完全に俺を自分の標的と認識している目だ。とうとう海堂薫は俺、を他の連中とは違った意味で危険物と認識したらしい。でもそれはどうしてだかわからない。さっきの試合内容からして海堂が俺を危険と判断出来るような要素はなかったはずだ、こっちは一方的にやられてたわけだし。それでも海堂が俺を倒すべきと判断したのなら早々に潰されないようにするしかない。友人的付き合いをしながらそうするってのはなかなか厳しいものがあるけど、しょうがないな、と俺は腹を括ることにした。とりあえずは早いとこコートから退散しよう。

続く

作者の後書き(戯れ言とも言う)

とりあえずまだまだニブチンな主人公です。
2009/08/15

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