灯台下暗し

第11話 現実

今更の話だけど、俺は嘘つきだ。本当は誰にも負けたくなくて、いつもどっかで必死で、でも馬鹿にされたり何かゴタゴタするのが嫌でそれを誰にも見せなかった。勝負することからも自分を貫くことからも逃げていた。でもそれは自分でも知らないうちに俺のどこかでひどく負担をかけていて、だからもう逃げないって決めたら、自分でも笑えるくらいちょっとすっきりした。海堂に様子が変わった、と指摘されたのは勿論、他の連中も多かれ少なかれ俺が何か違ってきてることに気づいてるみたいだ。今まで俺のことなど見えてたかどうか一番怪しい越前までもが
「やっと起きたの。」
と言ってきたのにはびっくりして危うく後ろ向きに倒れるところだった。人生何があるかわからない。

病み上がりでまだ本調子とはいえない状態で学校に来たら、俺が外でやってることが海堂に色々バレていた。海堂はどうやら俺がぶっ倒れたあの日、あのテニスコートに行ったらしい。しかもあそこの常連連中はあれほど喋るなと言ったのにベラベラ余計なことを喋りやがったようだ。まあ、それくらいならいずれバレるだろうという覚悟が多少あったからまだいいんだが、さすがに立海の切原とやりあった時のことまで海堂に聞かれた時には物凄くギクリとした。正直、海堂には切原とうっかりやりあってしまった時のことを話したくはないからだんまりを決め込ませてもらったけど、ちょっと悪いことしたかなとは思う。だがあれだけは話すのを勘弁願いたい。海堂の耳に入れるにはあまりにもみっともない話だから。

まぁそれはともかく今日は医者に行かなきゃならなかったから朝練は出れなかったけど、放課後の練習には参加出来る状態だったからいつもどおり部活に参加した。1、2、3年の大半は今度こそ本気で俺を見えないもの扱いしている。あれだけやらかしたらしょうがないからまぁこれは放っておこう。そんでもって、これもある程度覚悟してたけど、ぶっ倒れたあの日に部内を色々かき乱したってことで手塚部長からはきっちりペナルティを課せられた。グラウンド5周、まだこの程度で済んだのは病み上がりであることを多少考慮されたのか。それでも万全とは言えない状態にはちょっと辛い中、俺は大人しくグラウンドを走った。

走り終えてテニスコートに戻り、俺は腕組みをして部員の練習の様子を見ている手塚部長の元へいった。
「部長、ハァ、5周、完了しました。」
部長はジロリと音がしそうな感じで俺に目を向ける。しかもちょっとばかり黙ったままだったから俺は何か気がつかないうちにまずいことでもしてたかと危惧したが、部長は
「早く練習に戻れ。」
と言ったきりだった。訳がわからなかったが、大人しくはい、と答えてそこから離れる。
「ああ、疲れた。」
ブツブツ呟きながら俺はコートの端っこにおいていたラケットを手に取った。
「病み上がりにはきついわな。」
ラケットを取り上げてふと顔を上げれば既に練習している他の連中の中、真っ先にバンダナをした約1名に目が向く。海堂はいつものとおり、一心不乱に練習していた。横で時折馬鹿を言っている菊丸先輩や桃城など目に入ってないかのようにこいつは淡々と自分のやるべきことをやっている。 その姿を見て思う。現実は明らかだ、今の俺とはまったくもって次元が違う。だけど、
「やるしかないな。」
そう、やるしかない。次元が違うという現実がはっきりしてようが何だろうが。俺はラケットを持ってノソノソと歩き、適当な奴を捕まえて練習に参加する。捕まえた奴はあからさまに嫌そうな顔をしやがったが、チンタラしてたら自分も手塚部長に走らされるのがわかってたのか口に出しての文句は言わなかった。言わせるつもりもなかったけれど。

そうやって明らかにやる気のない奴と練習をして少々気疲れし始めた頃、休憩が入る。大半の奴がめいめい友人同士か溜まる中、俺は1人で木陰に座って水分を補給をする。早い話が孤立だが、今更のことだ。さぁ、後もうちょい我慢するかとか何とか考えてたところへ海堂がやってきた。
「よう、海堂。お疲れさん。」
海堂はああともおおともつかない音で唸る。本人が返事してるつもりなのはわかってるので敢えて突っ込まない。 そのまま状況は進行し、海堂は俺の横に立つ。
「調子どうだ。」
「問題ねぇ。」
「それもそうか。竜崎先生は毎日絶賛はりきり中だもんな。お前ら凄ぇよ、ずっとあれについてくんだもん。」
好き勝手喋る俺に対し、海堂は別に、と愛想もへったくれもない返事をした。毎度毎度言う相手を間違えたと感じる瞬間だ。
「そういうてめぇはうまくやってんのか。」
おっと、そう来るとは思わなかった。一応心配してくれてるのかと一瞬俺は考える。
「あんまりうまくいってないな。練習一緒にしようとしたら露骨に睨まれる。」
正直に言うと海堂はそうか、と呟いて空を仰ぐ。
「馬鹿が多いな。」
「しょうがないさ。」
「よせ、馬鹿野郎。何でそうなる。」
「こないだあんだけやらかしたんだ、当たり前だろ。つかお前は何とも思わないのかよ。」
「俺も当事者だ、人のこと言えた義理じゃねぇ。疎まれてんなら俺も同じはずだのに、何でてめぇだけ。」
「弱い方を攻撃した方が早いからさ、人ってのはそうしたもんだ。」
海堂はバンダナをぐっと目の辺りまで引っ張る。
「おいおい、何でお前がそんな面してんだよ。」
俺は言った。
「心配すんな、俺は慣れてる。現実なんてそんなもんだ。」
明るく言う俺の言葉に海堂は物凄く嫌そうな顔をした。でもよく知らない奴が見たらいつもと顔が変わってないと思うだろう。
「てめぇが、すぐそうやって我慢しようとすんのがいつも気に入らねぇ。」
「逆の立場だったらお前だって人には言わないだろ、プライド高いくせによく言うぜ。」
言うと海堂は呆れたように息をついた。
「勝手にしろ。だが、」
「ん。」
「少なくともキレる前にどっかで吐き出しとけ。」
「ああ、サンキュー。」
「勘違いすんな、てめぇはキレると手がつけらんねぇ。」
「お前に言われたかねぇよ。」
自分でもそれとわかるほどニヤッとしながら俺は言い返す。そうしてしょうもないことを2人で言い合っているうちに休憩終了の号令がかかった。
「行くぞ。」
海堂がボソリと言う。
「おう。」
俺は答えて立ち上がった。さぁ、少々鬱陶しい目に晒されながらまた練習再開だ。

休憩後に竜崎先生から指示された練習は何と部内での試合だった。定期的なランキング戦とはまた別だけど、やっぱりレギュラーだろうがそうじゃなかろうが一緒くたにやらされる。どうやら元々は乾先輩の発案で当の本人からの補足説明によれば全員が色んなタイプの相手との対戦を経験できるようにとかうんたらという話だが、俺としてはレギュラーとその他の実力差からして全く意味を成さないだろうと考える。特に非レギュラーが手塚部長とか不二先輩とか越前とかと当たったら3秒で試合が終わりそうな勢いだ、お互いに経験もへったくれもない。単に乾先輩の趣味じゃないのか。おまけに対戦相手はランダムに選ばれ、俺が最初に当たったのはよりによって不二先輩だった。乾先輩が自分で作ってみたとか言うくじ引きのプログラムが12.1インチのモニター(つまりB5サイズ)に映しやがった結果を見た時の衝撃は当分忘れられない気がする。 という訳で、ちょっと前までの俺ならレギュラーに当たったらどうしようもないじゃないかと半分諦めて適当にやってただろう。が、
「随分気合入ってるね、。」
コートに入った瞬間、不二先輩が言った。
「何だか前と雰囲気が違ってる。」
「そうですかね。」
俺は適当に答える。
「海堂が君を動かしたんだね。」
「だからって先輩の立ち位置が変わるって訳じゃありませんよ。」
やる気なさそうに言いながら、どうして俺の右手はラケットのグリップを強く握りなおしているんだろう。
「嘘つきだね、君は。」
言う不二先輩の声から何か背筋が冷たくなるものを感じたと思ったら、先輩の目が見開かれている。
「貴方ほどじゃありません。」
相手に苦手コースと見せかけて得意コースに球を打たせるような(しかもその後その相手をコテンパンにのした)とんでもな人に嘘つき呼ばわりされる筋合いは絶対にない。そう思いながら俺はそそくさとコートのエンドラインへ向かう。物凄く悪い予感がした。

大体悪い予感ほど当たるってのが世の常で、案の定俺は不二先輩に秒殺された。俺が他校の怪物を何人か相手してるったってすぐに奇跡なんか起こるはずはなく、現実はあまりに厳しい。それにしても怖かったのなんのって。明らかに力をセーブしまくってる癖に不二先輩はずっと開眼モードだったのだ。何でだよ。俺相手にこの人がわざわざ開眼モードになる必要はない、それは俺自身がよくわかってる。おまけにこの人は消えるサーブまでやってきた。正気か。勿論その時周りで見てた奴らは不二先輩が相手に消えるサーブを出したとか何とかで大騒ぎ、ちなみに3回やられて3回目でラケットの先に軽く当てるところまではいった。後は向こうが大した力も出さずにあっさりボコボコにしてくださった次第だ。これでもかというくらい速やかに終わらされたという目の前の現実を認識しつつもちょっとショック受けてうなだれていたら、
、」
不二先輩が話しかけてきた。
「前よりずっとうまくなったね。」
「何のご冗談で。」
それは厭味か、アンタの前じゃ塵に等しいっての。などと口には出さないが態度には出ていたのか、不二先輩はクスクス笑う。だがすぐに雰囲気が切り替わって、
「見えてた。」
「は。」
いきなり疑問形で言われて俺はすぐには何の話かわからなかった。
「僕の消えるサーブ、見えてたの。」
静かにだが威圧をこめてもう一度言われてから俺はやっと気がつく。ああ、面倒臭いこと聞いてきたよ、この人。おまけにこの様子だと見えてる訳ないだろ、現に返せてなかっただろうが、なんて意味のことをいつもの調子で言ったら殺されそうな勢いだ。
「まともに見えてなんかいませんよ。」
俺は正直に言った。
「漫画じゃあるまいしまさか本当に球が消える訳はないから絶対どっかにあると思って必死で探しただけです。3度目で一瞬だけ見えた気がして、かすったのは多分たまたまですよ。」
不二先輩の目がまた開いた。怖い、マジで怖い。
「そう。」
先輩はそれだけ言って後は俺に目もくれずにスタスタと去って行く。だけど、去って行く一瞬の間にこの人がボソリと集中モードか、と呟いたのが聞こえた気がしてギクリとした。とりあえずこのままコートに突っ立ってる訳にも行かないので立ち上がって移動してたら、誰かと試合を終えたらしき海堂とすれ違う。さすがは海堂だ、汗1つかかず、息1つ乱してない。一方の俺は短時間に一試合やっただけでもう汗まみれだ。
「おー、海堂、もう終わったのか。」
「そういうお前は。」
「不二先輩にボッコボコ。笑うしかねぇな、ハハ。」
海堂はフンと呟くが、
「また何かやらかしたらしいな。」
「何で。」
「さっき先輩見かけた時に、目がすわってた。」
あれってやらかすうちに入るのかな、と思いつつ俺が海堂に事の次第を話すと、海堂の目が見開かれる。そのまま海堂はしばらく何も言わずに俺を凝視したまま。数秒そうしてから、海堂はフンとまた呟いて俺に背を向けて行ってしまった。一体何だったのだろう。

その後もランダムに割り出される相手と試合をやっていく。最初は相手があまりに悪すぎたが、その後同級生や後輩達と当たった時は嘘みたいに速攻でケリがついていった。何と言うか―あまりこういうのも(はばか)られるが―こんなに楽だったかなという感じで、自分でも信じられない。相手もキョトンとしているんだけど、起きていることは現実だ。
「お前、いつの間に。」
さっきまで対戦してた荒井がハアハアしながら言う。
「御免。」
何となく謝ってしまう。
「今まで誰にも言わなかったんだ。」
「ずっと隠してたってのかよ、卑怯者。」
荒井の言葉を俺は断罪と受け取った。事実なんだから仕方がない。
「クソ、に負けるなんて、まるっきし悪夢だぜ。」
荒井、悪いけどこれは現実だ。口には出さないけど俺は思った。

荒井と試合した後、俺は次は誰の試合だと思ってベンチに置かれてる乾先輩のノートパソコンを見に行った。 何せランダムだから連続で試合に当たるんだか次はないのかまったく読めない。こんなよくわかんないことをして、乾先輩の意図は一体何なんだろうか。変則的な状況に各人がどれだけ対応出来るかとかそんなんでも見てるのか。してもしょうがない推測をしているうちに乾先輩のプログラムが次の対戦を引き当てる。瞬間、同じように次の対戦をチェックに来てた連中がどよめく。
「うるせぇなぁ。」
一体何だと思ってモニターを覗き込み、俺は絶句した。
VS海堂薫
何度目をこすっても12.1インチの液晶モニターに表示されたその文字は紛れもなく現実だった。

続く

作者の後書き(戯れ言とも言う)

乾少年が自力で何らかのプログラムを組めるかどうか本当は確証がないです。
週刊ジャンプ連載時でもアニメでも言及されていなかったので。
考えてみればパソコンが扱えるからといってプログラミングも出来るとは限らないのですが。
あと今更ですが、この主人公、言うたらアカンこと平気で言いまくってるなぁ。
2009/06/07

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