灯台下暗し

第10話 始動(Side:海堂)

がぶっ倒れたその日、桃城の話や乾先輩から色々聞いたことがどうしても気になって、俺は部活が終わってからがいつも行くというストリートテニスコートに行ってみた。誰かに話を聞けるかもしれねえと思ったからだが、我ながら柄にもないことをしてると思う。乾先輩ならともかく何で俺がこんなことをやってるんだろうか。という奴は今でも俺にとってまだまだ得体のしれない奴だった。あまりに身近な謎は正直薄気味悪い。ちょっとでも気味悪さを払拭したいと思うから柄にもないことをしたんだと思うが、きっとそれだけじゃない。俺はあのすぐ卑屈になるボケ面が、本当はもっとやれるという根拠が欲しかったんだと思う。

乾先輩に教えられたストリートテニスコートに行ってみたら、既に他校の連中が幾人かたむろしてた。俺の姿を見たらたちまちざわめき、青学の海堂だ、と囁く声が聞こえる。フン、どうやら俺の名前もよそに知れてるみてえだ。関係ないがな。 ざわざわうるせえのはほっといて、とりあえず手近な奴に聞いてみる。
「お前、ここの常連か。」
「あ、ああ。」
「聞きてえことがある。」
「な、何だよ。」
何で脂汗かいてやがんだ、こいつ。俺の後ろに何かおっかねえもんでもいるのか。
って知ってっか。」
か、ああ知ってるぜ。お前んとこにいるやつだろ。よくここに来て練習してっけど。」
なるほど、確かによそでは知られてるらしい。それを聞いて別の学校の奴が口を挟む。
「あの鴨ネギがどうかしたのか。」
「何だと。」
「あれ、同じチームなのに知らねえのか。あいつ弱くてしょっちゅう負けてるから、いいカモだってこの辺じゃ有名だぜ。」
あの馬鹿、何やってやがる。まるっきり青学の面汚しじゃねえか。だが今度は更に別の学校の奴が首を傾げる。
「え、あいつカモか。俺こないだとやったけど、ひでぇ目に遭ったぜ。弱いかなって思ってたらいきなりペース上げてバシバシ打ってくんだよな。容赦ねえったら。」
「まぐれだろ、お前手え抜いたんじゃね。」
「抜いてねーよ。」
「ってか強いか弱いかわからないよな、って。そういや、今日は来てねえけど。」
病気で早退したと教えてやると口々に好き勝手喋ってた奴らはごく当たり前のように納得する。 の奴、他校にこんだけ知られているのか。つくづく、自分は何故今まであの存在に気づかなかったのか疑問で仕方がない。
「でも何だってお前がのこと聞くんだ。同じ学校だろ、知らないのか。」
「関係ねえ、俺の勝手だ。」
「ほっとけよ、レギュラーは雑魚まで把握してないってことだろ。いいご身分だぜ。」
「てめえ、今何つったっ。」
近くで話を聞いてた奴の一言にカチンときて頭にすぐ血が上った。 思わずつかみかかりそうになったが、何故かの顔が脳裏をよぎって思いとどまる。 っていうかそれ以前に他校に手を出したら厄介なことになるな。怒鳴った相手には謝って、色々と話を聞いてみることにする。
は毎日ここで練習してんのか。」
聞いた相手はああ、と答えた。
「ほとんどな。今日みたいに来ねえっつったら風邪引いたとか家がごたついた時くらいじゃないか。あいつんち、お袋さんがちょっと変わってるらしいから。」
前者はともかく後者は聞かなかったふりをしようと思った。他人の家の事情に首を突っ込むなんざごめんだ。 更に聞いた話ではこうだった。 はいつも練習熱心だった。ほかの奴らが帰る頃合になっても練習してるらしい。あまりの熱の入れように、最初はレギュラーかと思ったが聞いたら違うという。確かに腕があるってほどじゃなく、時折打ち損ねるし、基本的な部分を何度も練習してる姿も多い。誰かが一度どうせ青学は化け物揃い、レギュラーはとれっこないのにやるだけ無駄じゃないかと言ったらは怒ったそうだ。 当たり前だろう、と思う。必死でやってる奴に言うべきことじゃねえ。
が氷帝の樺地とやりあったってのは。」
聞けば何人かが、自分は現場にいたと答える。どうだったかと聞くと、
「いや、お話にならなかったぜ。跡部が樺地使っていじめてるだけ、みたいな。」
「あんだ、お前あの後見てないのか。途中何回か打ち返してたぜ。」
「えっ、ウソ。」
「返したっつっても変なとこばっか飛んでってたけど。」
他にも目撃者が我も我もと名乗りを上げる。
「僕が見た時は樺地君のロブをスマッシュで返してたよ。ちゃんと決まってたら良かったけど、なかなかそうは行かないみたいだね。」
「俺も見た。あれ樺地は手加減してたっつーけどホントかな。俺だったらあんな程度、手加減になってねえよ。」
「途中で慣れてきたにしても出来すぎだったよなぁ。って実は強いとか。」
信じがたいがこんだけよその連中が言うならまず間違いはないだろう。わざわざ嘘を言うほどこいつらとの縁が深いとは思えない。
は、」
俺は呟いた。
「あのボケはそん時どんな様子だった。」
近くの奴がボケってお前ひどいな、とポツリと言ってから答える。
「最初はタラタラ文句ばっか言ってたけど途中から諦めたんだかキレたんだか、そっからポツポツ返しだしたな。すごく集中してたと思う。何だかんだ言って、追い詰められたら腹くくるんじゃね。」
「そうか。」
「なぁ、」
別の誰かが言う。
ってよ、結局何がしたいんだ。」
「何で俺に聞く。」
「お前が一番仲いいんだろ。あいつが口開いたらお前の話ばっか出てくるぜ。」
そんなつもりはないが、その場にいた誰もが納得したがらない。どういうこった。
「レギュラーになってもっと上を目指す気らしい。」
辺りの奴らがああ、やっぱり、どおりでと頷きあう。何の話かと問えばすぐ答えがかえってきた。
「だってあいつ、おかしいんだぜ。樺地ん時もそうだけど、他所でもてんで話にならないのに格上の奴とやり合ってんだもんよ。」
「何だそりゃ。」
またも呆れたように何で知らないんだ、と言われた後にそうそうたる面子の名が出てくる。
「不動峰の伊武とか神尾とはここで試合もしてるし練習にもよく混ぜてもらってるぜ。石田ともやったんじゃね。」
「いつかの日曜に山吹の千石とやりあって惨敗したっつってた。」
「聖ルドルフの観月とやって負けた時、向こうがあんまりにも嫌みくさいから試合の後にすっげぇ口喧嘩になったって聞いたけど。」
「あ、六角の葵と試合したとかも言ってた。」
「あいつ、わざわざ千葉まで行ったのか。」
「向こうがこっち来てた時にたまたま会ってそんまま試合誘われたって。」
「立海の切原ともやったんじゃなかったか。」
「連休中にトレーニングしてたらでくわしてけちょんけちょん。試合の後は傷だらけ。」
「他校にでくわしてはよく喧嘩売られるって話だけど、何か憑いてんのか。買う奴も買う奴だよな。」
口々に話す奴ら、一方俺の頭は聞いたことを認識するのに時間がかかっている。不動峰はともかく、千石や切原、葵、観月、どいつもあのボケのに縁がありそうに見えない。これがじゃなかったらどうせ大ボラだろうと笑い飛ばしてるとこだが、あいつだったらやりかねないという頭がどこかにあった。そんだけ格上の相手と外でやりあってて、学校ではとぼけた顔をしているとはとんだ奴だ。って、ちょっと待て。
「切原とやり合って怪我したってのはマジか。」
「ええっ、知らねえのかよ。ここに来てた時、腕とか足とか絆創膏だらけでひどかったんだぜ。」
「よく顔無事だったよな。足だって下手すりゃしばらくテニス出来ないじゃん。」
知らない、全く知らない。心当たりがなさすぎる俺は首を傾げるしかない。
「ホントに知らないのか。」
呆れたように誰かが言った。
「おいおい、お宅ら、ちょっとはレギュラー以外も見とけよな。部長さんが厳しいっていうわりにゃのんきすぎだ。」
「何だと。」
「だってそうだろ、一歩間違えりゃの奴、外でもっとひどい怪我させられてたかもだぜ。」
それはそうだ。だが、
「何であいつは言わない。」
呟いたら、そういえば、と別の誰かに言われた。
、苦労してるとこ誰にも知られたくないし巻き込みたくないっつってたっけ。意外とプライド高いんだよな。興味ないことには無頓着な癖によ。」
だから自分が喋ったことも黙っててくれ、とついでに頼まれる。レギュラーの奴にバラしたなんて知ったらきっと怒るから、と。あの馬鹿、他校にまで口止めする奴があるか。
がやりあった奴らも口止めされてんのか。」
「知らないけど流石にそれは違うんじゃね。向こうがもう覚えてないだろ。言ったって、レギュラーじゃないしさ。」
まあ、それもそうだ。しかしって奴は、
「変な野郎だ。」
感想を漏らすと、また別の誰かがあいつは前からだ、と言った。
「こないだ漫画読みながらここ来てた。それもその漫画、すっげえマイナー。」
「ただの阿呆じゃねえかっ。」
「お前んとこの奴だろう、本人に突っ込めよ。」
もっともな指摘だった。

散々他校の連中から話を聞いているうちにとっぷり日が暮れてしまった。疲れはあったが思った以上の収穫だ。
「手間取らせたな。」
自分なりに話をしてくれた連中に礼を言って俺はテニスコートを離れた。

家に帰る道を歩きながら俺は考えていた。同じ学校、同じクラス、同じ部活にいる、存在を知って話すうちに少しずつこいつがボケ面の裏で常に一生懸命なことがわかってきた。だが、その頑張りぶりは俺の想像を超えていたのをまさか今日思い知るとは。にまつわる色んなことが頭を巡る。 初めて乾先輩に見せてもらったチックリチックリ伸びていくあのランキング戦の成績、嫌がらせをされても我慢してるあの面、初めて一緒にランニングした時にちょっとだけ吐き出した奴の本音、今日桃城とやった時のあの目、色々と。だがまだその奥に俺の知らないがいる。、ボケた顔したあの野郎はきっと自分の限界が本当に見えるまであがき続けるつもりだ。面倒な性格の奴に関わって怪我までして。あいつは絶対気がついていない、それがどれだけ大きな力になるのか。だが今だ卑屈なまま自分で自分を縛っているようではその力は半分も出はしない。努力してるつもりなら自分を信じないと絶対に報われない。つまりはとにかく自分を信じることから始める必要があるが、ほっといたらあのボケ面は気づかないまま力を腐らせそうな気がする。そして俺は衝動的に思った。をこのままにしておくのはよくない、と。

結局のところ、のせいで俺はまた柄にもないことをすることになった。自分から携帯電話のメールを使うなんざ、何ヶ月ぶりのことか。不二先輩に言われたとおりに(つつ)いてやってる自分は一体何なんだ、と思ったが、かと言ってそれが嫌という訳でもない。本当のことを言えば、が影で練習していることを知ってから最初に思うより見所のある奴だと俺は思っていた。同学年の連中のほとんどが既に諦めが入っている中、はまだ自分の可能性を追っている。誰も(乾先輩を除いて)気づかなかったのは本人の言葉を借りれば、きっと自分から言わなかったし誰にも聞かれなかったからというだけだ。だったら、には突っついてやる価値があると思った。

2日後、調子がよくなり朝練は参加せずに登校してきたは病み上がりにもかかわらずいつものボケた仮面をかぶっていなかった。どう言ったらいいのか、もうちょっとしゃっきりしている。
「おはよーさん、海堂。こないだは無茶苦茶言って御免。」
「別に。」
そっちはもう済んだことだ、どうでもいい。それより、
「目つきが違うな。」
「あれ、人相悪くなってるか。」
「馬鹿。」
これはいつもの悪質天然ボケじゃなくてわかってて言ってやがるな。
「雰囲気が変わった。こないだまでもっとボケてたのに、もうちょっと、こう、」
チッ、口下手だと感じているものを表現するのが難しい。
「戦う奴の目をしてる。」
それこそが読みそうな漫画に出てくんじゃないかってな台詞、だがはへへっと笑いはしたが俺の(つたな)い表現を馬鹿にはしなかった。
「そうかな、でもそうかも。」
言う声にもいつものボケた雰囲気は感じられない。
「やっと腹を(くく)れた。今までどうとか言われるのが嫌で隠してたけど、今度こそもう隠さない。俺は、やるだけのことはやる。まだはっきりダメだってわからない限りは。」
「馬鹿か、ダメじゃないようにすんのが筋だろうが。」
「ああ、そうだったな。お前がそこまで言ってくれるなら何とかなりそうだ。」
ここではもう一度へへっ、と笑って、ふと真面目な顔をする。
「あのメール、何で急に。」
「その価値があると思っただけだ。」
「それはありがたいんだけどさ、」
何でまた、とは更に聞きたがる。チッ、諦めの悪い野郎だ。
「色々聞いた。俺らが知らない所で随分派手にやってやがるみたいだな。」
「ハデにって何が。」
言いながらもはへらへら笑っている。多分、大方の見当はついてるんだろう。
「裏で大物とやり合ってるって聞いた。」
「誰だ、バラした奴。次あったらけちょんけちょんにしてやる。あ、ゲームでな。」
馬鹿か、そこはテニスで勝負しやがれ。って俺もボケてる場合じゃない。のがうつったか。
「うつったって、人を伝染病みたいに。」
「耳(さと)い野郎だ。」
は普通だろ、と呟くが普通じゃない。いちいち人の独り言まで聞き取って突っ込む奴があるか。
「まぁ、事実だわな。」
当のはすぐ話を戻す。本当に隠さないことにした訳だ、いい傾向だと思う。
「言っても、大体が事故みたいなもんだよ。まあ喧嘩買う俺も半分悪いんだけど。」
「何でわざわざそんなことを。」
「いやぁ、実はさ、」
は照れくさそうに顔を赤らめて視線を逸らす。
「化けモン共の球を何度も見てたら、そのうち目が慣れて少々のことじゃ動じなくなるかなって。やられっぱなしなだけで結局意味なさなかったっぽいけど。」
もう驚かない。こいつだったらそれくらい考えて平気で実行しそうだ。
「いっぺん怪我もしたって聞いた。」
これについてはあまり触れられたくなかったのか、の体がらかにビクンとする。
「ああ、切原ん時か、そこまでバレてんだ。あれもなぁ、ただ挑発されただけだったらとっとと無視してトンズラすんだけど、あの野郎一番(かん)に障ること言ってきやがってよ。」
言ってはむっつりとした顔で頬杖をつき、そっぽまで向く。余程不愉快だったんだろう、だが何を言われたのか聞いたら頑として言おうとしない。は見た目に寄らずプライドが高いとあのテニスコートで誰かが言っていたがそれのせいなのか、あるいは別の理由があるのか。どうせ答えないのはわかりきってるからこれ以上聞くのはやめておこう。
「修行すんのは勝手だが、無茶してんじゃねぇぞ、他校と揉めたら場合によっちゃチームごと巻き込まれる。」
「尤もな意見だ、気をつけるよ。」
そしてはこう付け加えた。
「ありがとう。」
別に礼を言われるようなことなんざ、やっちゃいねぇと思った。

この日は放課後の部活には参加した。ボケ面の仮面を脱いだその様子はパッと見では大きな変化がないように思えるが一部の連中は勘付いていたのか、桃城の奴がニヤニヤとしながら
の奴、雰囲気変わったな。面白くなりそうだ。」
とコメントしてやがったし、越前までもが
「あの人やっと起きたの、遅。」
とわざわざについて言及していた。 当のはそんなことは知らず、早速こないだ部内の空気を乱したということでペナルティーで校庭を5周させられている。戻ってきたら多分、ああ、しんどいとか何とか言いながらもすぐに切り替えて練習を始めるんだろう。いずれにせよ、こいつのスタートはやっとこっからだと思う。

続く

作者の後書き(戯れ言とも言う)

連載の初期から思いついていて、何度も書き直しした挙句にやっとお目見えしました。だがしかし、それまでに下書き(というかネタのメモ)に全角で2000字打てる携帯電話のメールを1通分とちょっと消費したというのはどないやねん。
2009/03/01

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