呪術治療から現代の先進医学への歩み

古代の呪術・シャーマニズム治療

いつの時代にあっても、病気は人間にとって不幸であり恐れでした。太古より、人間は病気を癒し、健康を取り戻そうとしてさまざまな手段をとってきました。太古の人々は、病気は邪悪な精霊が取り憑くことによって引き起こされる、と考えてきました。こうした邪悪な精霊が取り憑くことを“憑依(ひょうい)”と言い、病気の原因である“憑依霊”をシャーマンの呪術や巫術(ふじゅつ)によって取り除くという病気治療が行われてきました。地球上の各地域で長い間、こうしたシャーマニズム治療が続けられてきました。

古代ギリシャのヒポクラテス

人類の進歩にともない、医学の世界も変化していきました。2500年ほど前(BC5世紀)、古代ギリシャにヒポクラテスが現れ、それまでの迷信的・呪術的な医療・医術を合理的な“医学”に向上させることになり、ここから西洋医学が始まりました。ヒポクラテスは、経験と理性的知識に立脚した医学の確立を目指しました。このためヒポクラテスは“西洋医学の祖”と呼ばれています。

迷信的な呪術・占い的な治療を否定し、観察に基づく合理的な思考による医学、理性に基づく医学を確立しようとしたところにヒポクラテスの最大の功績と特色があります。しかし、彼によって始められた当時の医学の内容は、現在の西洋医学の知識・内容と比べると多くの点で間違いが見られます。その一方で、ヒポクラテスが説いた医学には、現代西洋医学には全く見られない、ある意味で現代西洋医学よりも進んでいると思われるような内容も含まれています。

初期西洋医学の推移――ギリシャ医学・中世医学

ヒポクラテスから始まった西洋(ギリシャ)医学は、その後、大小各派に分かれて展開していきますが、BC2世紀にガレノスによって集大成されることになりました。ガレノスは、ヒポクラテス以来の「自然治癒力」に基づく治療を、解剖学・生理学・病理学として系統的に整理しました。  こうして集大成されたギリシャ医学は、ローマ帝国、そしてキリスト教を背景とした中世の医学へと引き継がれていきます。医学は中世において大学の専門課程の1つとなり、確たる地位を占めることになりました。

近代西洋医学の誕生

同じ西洋医学であっても、中世までの西洋医学と近世以降の西洋医学では、その内容が根本的に異なっています。近世における“ルネッサンス”と“宗教改革”を経て、17世紀に入って近代科学革命の時代を迎えることになりました。ヒポクラテス以来の西洋医学は、近代科学の影響を受けて根本的に変化し、大飛躍を遂げることになりました。

中世のキリスト教支配の社会は“ルネッサンス”と“宗教改革”という大変革を経て、大きく変わることになりました。それまでキリスト教(カトリック)の絶対的な支配下に置かれていた人々は、信仰の束縛から解放され、人間の理性によって考え、みずから方向を決めていくという合理的精神を高めることになりました。教会の権威から離れて独立し、それまでの“神中心”のあり方から“人間中心”のあり方へと変化することになりました。そうした流れの延長上に、近代科学が誕生することになったのです。

西洋医学は、みずからを近代科学の一員に位置づけすることによって「科学的な医学」として生まれ変わりました。近代西洋医学の誕生です。そしてこれによって大発展を遂げ、地球上の医学の中心的立場を確立することになっていきます。

地球上の主要医学となった西洋医学

近代科学の一員となった近代西洋医学が絶大な力を持つようになるにともない、世界各地に存在してきた伝統医学は駆逐(くちく)されることになりました。そして西洋医学は、地球上の主要医学の立場を確立することになりました。今では“医学”といえば、先進諸国の人々ばかりでなく世界各地の人々が「現代西洋医学」のことを指すようになっています。“病院”といえば最新の医療機器を備えた西洋医学の施設を指し、“医者”といえば西洋医学の医師を指すようになっています。

工業化を成功させて先進国入りを目指す国家は、西洋医学の普及を政策に掲げ、それまでの伝統医学を捨て去る方向に進んでいきます。日本もその例にもれず、明治維新とともに西洋医学の導入を国策として掲げ、それまでの伝統医学(漢方・和方)を切り捨てることになりました。

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