counterfeit ; L'odeur de la Papaye verte 08




風土伝来の様式と西洋様式の折衷。コロニアル。とは申せ榎木津の本屋敷は伝来の様式が強調されている。其処に国内外のあらゆる人種、あらゆる職業の人間が榎木津当主の好みで招かれる。
勿論周囲の人間の言葉を入れる当主であるから無闇な人間が招かれることはない。
御家の次男、礼二郎は殆ど父親に強制されてピアノを弾くと、庭に続く薄暗い露台の端で籐椅子に腰掛けて長い脚を組み、大欠伸をしていた。
弾いたのは僅かな反応心からの超絶技巧で到底此の夜会に似つかわしいものではなかった。
けれども参会者は喜んだようで、少し期待外れだった。
「その年齢で未だ反抗期か?」と苦笑したのは兄の総一郎ばかりだった。

「榎木津君、」
女性の声が榎木津の耳を穿った。
「ん?」
眼を開けると、呆れた顔をしていた。
「私を残してこんな処に雲隠れだなんて」
「こういう席は飽き飽きだ」
着飾った男女も噂話も艶話も芸術話も。榎木津に至っては会う人間会う人間留学の話を聞きたがったり、男女も老若も問わず秋波を送ってきて酷く煩瑣い。
「大変ね」
撫で付けた榎木津の鳶色の髪を少し触り傍の紫檀の椅子へ腰を下ろした。
榎木津は気にせずシャルル・ジャコーのケースから煙草を取り出した。
「その背広、前もって香水でも着けていたのかしら?」
紅を刷いた脣を薄く開いて訊いた。
「そんなことはしないよ」
そう、と女は溜息とも相槌とも尽かない感嘆符を上げる。
「貴方の家の人」
「ん?」
「あの子─────貴方こと好きなんだわ」
榎木津の大きな眼が眇められ、緩慢な動作で言葉の主を見た。宵闇に煙草の先が赤く浮かんでいる。
「君と余り年齢は変わらないよ」
其処なのか─────。重要なことを言ったのに、榎木津が注目する箇所は。
人から好かれることに慣れているのだろうか。
「榎木津君とも、ね」
「突然。なんだってそんなことを言うんだ、君は」
「その背広を、」真珠のような輝きが覆う指先を榎木津の胸許に向ける。「鼻に当てていたから、あの子」
一瞬榎木津の顔から表情が無くなる。
けれどもすぐに笑みが押し潰して、榎木津の顔に表情を作った。
「名前を何て言うの?」
「…さあね…」
慥かに榎木津は人の名前を憶えない人間だ。然しそれは余りにも不自然ではないだろうか。
「自分の使用人なのに知らないの?」
もし榎木津が人を好きになれば、彼には何も障害は無いだろう。それは付き合いはじめてから得た、彼女の考察だった。
「親父から着けられた人間だから、親父に訊けば判るよ。君が訊いてみれば良い」
そう言って榎木津は立ち上がる。
「何か飲み物を持って来ようか。座っていて」

 雨が降っていた。
沛然とした驟雨が地面を穿ち、飛沫を上げる。雨夜は深藍にも濃灰にも似る鈍色だ。酒を呑んでしまった榎木津は家の車で住処まで送って貰った。
それでも門扉から玄関までは距離があり、結局濡れてしまった。
玄関の戸を開け、薄暗い中、使用人を呼んだ。
「関くん、」
兄は彼を『関口くん』と呼んだ。同じに呼ぶのは悔しかったから、榎木津は『関くん』と呼んだ。
呼んだけれど、関口が出てくる様子は無かった。
再度呼んだが、同じだった。
仕方なく濡れた背広を脱いで、水の入った靴を置いて家内へ進んだ。
「関くん、」
時折声を掛けるが返事は無かった。
思えば関口は此の家の何処に住んでいるのか、榎木津は殊更彼に関わらないようにしていたからそれすら思い出せなかった。
落ちてくる髪を掻き上げ、立ち止まる。
自分の部屋と台所への分岐点だった。
部屋に戻れば躰を拭うものも、着替えもある。けれども榎木津は不意に台所への廊下を曲がった。
此の家はこんなに広かっただろうか。
歩みながら思う。
 不意に聞こえた。
微かな─────
息を詰める声が聞こえた。断続的に短く息を吸い込み、詰め、けれども漏れる、声だ。
「は…ん…は…ぁ…は……ぁんぁ」
喘ぐ、声─────。
台所を横目に声のする方へ跫を進める。
扉が無かった。その換わりに薄い透ける紗が入り口を覆っていた。
簡素な部屋。
物は殆ど無かった。
その室内の真中に水の張った盥があった。
行水。躰を洗うのだろう。
壁際に白い寝台があり、男の背が揺れていた。
浅黒い厚い背だった。
揺れている。
その背が前傾すると臀部の穴が丸見えて、腰がうねり続けている。陰嚢が見えた。そして結合した雄芯とそれを飲み込む臀部も。てらてらと鈍い光を見せて。
小さな跫の一方は浅黒く太い肩に担ぎ上げられている。
都合四本の跫裏がこちらに向いていた。
厚い背がもっと前へと突き上げると、その向こうにいる人物が断続的な呼吸音の中で呻いた。
そして自分の膝に顎が接する。
関口だった。
そして関口は閉じていた薄く眼を開いた。
眼を瞠った。
脣が薄く開くいた。
けれども躰は揺れて、小さな声漏れ続け、やがて息が詰まって、躰が強張り、関口は大きく呼吸した。
雫が下腹部から結合部の辺りへ緩慢に蛇行しながら落ちてきた。
関口が覆い被さる背の肩を押す。
厚い背が身を起こすと結合部は見えなくなったが引き抜いた様子もなかった。
関口の目は入口に立った濡れた男を見詰めていた。
先まで多い被さっていた男はその目線を追って、室内の出入り口を見遣ったが、其処には誰も居なかった。
自室に戻る道のりに榎木津の顔が険しくなる。
彼に総一郎が見えたからだ。
抱き合った男の顔や躰や性器でも無く、関口は別の男を。

脣に彼の長い指が縦に添えられ、優しく片目を閉じるのを─────







??/11/06






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