counterfeit ; L'odeur de la Papaye verte 07




パパイヤの青い香りは手に染み付いて、生涯取れる日は来ないだろう。
関口は家の主人…榎木津礼二郎の仕立ての良い背広にブラシを掛けながら不意に思った。服飾のことは良く解らないが、縫製は美事で国内の品ものではないかもしれない。
明日、榎木津の夜会がある。
勿論関口は此の家を守ることが仕事であるから、夜会の手伝いにも行けない。総一郎は近々国外に行くのに。
不図、ブラシを掛ける手を止めた。
鼻先を当てる。
あの人の匂いがするかもしれない。
有り得ないことは判っている。
自分の主人はあの人ではないのだから。
視線を感じた。
関口が眼を向けると開かれた扉の向こうに人が立っていた。此の家屋には大抵己と榎木津しか居ないが、主人は時折他人を連れ込む。
女だった。瞠目して、立ち尽くしていた。
─────見られた。
素早く背広を離す。顔に血が上る。
女性は身を翻して、靴音を響かせて遠ざかって行った。その方向には榎木津の寝室が有る。
追って引き止めたかった。
けれど追っていったとて、何を言うと云うのか。
匂いを嗅いだのは榎木津の匂いが欲しかったのではなくて─────と口にしても、彼女は不信感しか抱かないだろう。
余りにも─────変態染みているではないか。
鼓動が別の生き物のように自己を主張していた。
「どうしよう…」
彼女が此れを榎木津に告げていたら。
頭に上った血が盛大な音をあげて落下して行く。
榎木津礼二郎は美男子だった。今まで余り熟視したことが無かったから気がつかなかった。
だけれど、先日鳥口を見送り此の家の主室へ蓮茶を運ぶと、風呂から上がったところのようだった。
蓮茶を淹れるのにそれ程時間は掛からない。
その間に行水でもしたようだった。
水が滴る榎木津は、格言其儘の美男子だった。
上肢の白磁の肌は雫を浮かべ、大きな晒を腰に巻いていた。
思わず見蕩れていた。
そしてそれを榎木津がその鳶色の眸で睨め付けるように関口を見た。
咎められている─────。
蓮茶を零した。
床に屈み零した茶を拭うと、もう顔を上げられなかった。
自己がどれだけ矮小な存在か、関口は充分判っているのだ。
淹れ代えて主室へ行けば榎木津は既に服を着て長椅子に寝転がっていた。安堵の吐息が漏れた。そして傍の卓子へ茶を置くと部屋を後にした。






??/11/06






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