counterfeit ; L'odeur de la Papaye verte 05




その年齢にもなればもう良い大人だ、と屋敷の主人は言った。此の屋敷に訪れて以来久方ぶりに見る顔だった。 福耳の主人は温厚そうに笑った。
「君を独り立ちさせる自分だね。折角だから外に部屋と仕事を世話しようと思ったのだが。息子たちは独身でね。家内の仕事をする者が欲しいという」
関口の胸が強かに鼓動を刻んだ。
脣に彼の長い指が縦に添えられ─────優しく閉じる片目。
彼は関口の非を自分が負ってくれた。だからこそ関口は未だに此処に居られるのだ。
彼の傍にいけるならば、此れ以上の倖せは無い。
けれども主人から紡がれた名前は、彼の物ではなかった。

「京極堂、居るかい?」
店には骨休めの札が下がっていたが、内部には本を黙々と読み続ける店主がいた。
「また使いの最中のサボりかい?関口くん」
「失敬だな相変わらず君は」
「君に遇する礼には価するよ」
此の男は関口を貶すことを至上の使命だとでも考えているようだった。顔がより兇悪になり─────とても楽しそうに見える。 「挨拶によったら此れだからな、君は」
「どうした?」
京極堂が顔を上げる。相変わらず死神みたいな顔をしていた。
「住処が移るんだ」
「已めるのかい?あの屋敷を」
「否、旦那さんのお言付けでね、彼の息子の処へ行くんだ。ご長男は近々仕事で国外だそうだから僕が行く先は必然的に一つ。……でね、以前鳥口くんに聞いたんだが、君御次男と仲が良いんだろう?」
「あんなのと良い訳じゃあ無い」
魔人とは斯く在らんかと思わせる、兇悪な面構えが其処に出現した。長い付き合いに関口も思わず及び腰になる程、それは禍々しい。
「あ…あんなのかい?」
どんなものなのか、是非聞いてみたかったのだが、京極堂は石像のように言葉を忘れてしまったらしい。一言も発しなかった。半時間ほど。
「君は─────」
漸うと口を開いたとき、関口は探偵小説に夢中だった。
「ん?」
「気を付けると良い」
「え、何をだい?」
探偵小説の主人公は今将に滝壺に落ちんとする処だ。
「アレは異国の地で、放蕩の限りを尽くした」
「…はあ…」
「そういう男だ」
傍若無人なことを云っているのか。
関口には京極堂の意図が読めない。
そして取り敢えず探偵小説の続きを読み出したのだ。
「─────関口くん、」
「ん?」
「其処まで読んだら、それ買えよ」
「えー!そんな中禅寺ぃ」
子供に返ったような友人の呼び方をした。






??/11/06






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