counterfeit ; L'odeur de la Papaye verte 04




「お帰り、」
そう声を掛けられて窓の桟に腰掛けていた礼二郎はゆっくりと頸を廻らし声の主を見た。
「ただいま」
立ち上がって、声の主─────兄の座った卓子へ赴く。
紫檀の縁が幾何学に装飾された椅子と卓子である。
相向かいに礼二郎は腰掛ける。卓上には茶器が用意されていた。
「向こうはどうだった?」
「面白かった」
「放蕩の限りを尽くしたって云う言葉だな」
兄は困った奴だと云って笑った。
「態々戻ってきたのか?」
「弟の帰国に顔を合わさない家族がいるか。僕の住居は眼と鼻の先なんだよ」
「嘘付け、」
「ん?」
「居を移しても度々戻って来るって親父が云っていた」
蓮茶を兄は礼二郎の為に手際よく淹れた。
「自分の家だ。別に良いだろう?」
器を差し出すと礼二郎は徐に口に持って往き、傾けた。
「君はどうする?」
「何が、」
「棲む処だよ」
父親は学校を出て成人した『大人』は養わないと息子たちに高らかに宣言していた。
「一軒家がいいな。出来れば郊外で。でも街からそれほど離れていなくて。此処からは遠い処、」
「贅沢な意見だ。だが探してみよう。慥かに気が向けば昼夜問わず弾き捲くる君にはそういう家が必要だな」
兄も自分で淹れた蓮茶を口にした。
「─────あれ、猿みたいな奴」
「ん?」
「いつから居るの?」
あれとは先刻茶器を持ってきた使用人だった。
「諾、彼か」
礼二郎は頷いた。
「昔からいるよ。無口だが能く働く」
「ふぅん。鳥渡、面白い、」
「親父が昔飼っていた指猿に能く似ているだろう?」
幼い頃共に遊んだ指猿。彼が死んだ時はとても悲しかった。
「もう少ししたら僕が貰う心算だ」
「未だ、子供だ」
「君より年下だがそんなに変わらない。幼く見えるだけだ」
見えぬ相手を其処に見ているのか、兄総一郎は馥郁と微笑んだ。






??/11/06






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