プーリアへT

フォッジャ
ルチェーラ
モンテ・サンタンジェロ
トラーニ
レッチェ

1/31(水)  ローマ→フォッジャ ルチェーラ

 5:00前に目が覚めた。
 エアコンの温度調節ができず、寒い。予備の毛布を使用。

 6:20起床。
 6:50朝食へ。すでに日本人団体が食事中で、終わったとたんにスクランブルエッグやハム類のホットものが運ばれてきた。ヨーグルトやゆで卵、缶詰の桃などまあまあの内容だ。

 8:25チェックアウト。晴れ。
 外に出ると太陽は低くとても眩しい。おばさんにサングラスは必需品だ。

 8:52発のバーリ行はすでに入線していた。
 ほとんど定刻発車。6人掛けのコンパートメントに5人。
 車窓を楽しむには外気はガスっているし、窓自体がそうとう汚れまくっている!
 他の人たちは新聞や雑誌を読んだり、ケータイで通話したりメールしたり。

 電車はなんと定刻よりも10分早い13:10ころにフォッジャに到着した。珍しいこともあるものだ。
 フォッジャではたくさんの人が下車した。
 気温も高い。

 カートを引いて予約しているホテル・ヨーロッパに向かった。
 場所はすぐにわかった。ここのレセプションにいたは男女はイタリア語のみだった。
 朝食の時間を聞くにも手間取った。
 「ドゥマーニ、コラツィオーネ」と言って時計を指さすと、ようやく理解してもらえた。
 部屋はシャワー付きのシングル。今回の旅行で最高値の11400円。
 設備的にこの値段は高いと思ったが、後の祭りだ。選択肢がなかったので仕方ない。
 ただドアには106ユーロとの表示があった。まともに泊まると17000円近くするのだ!


フォッジャの★★★ホテル・ヨーロッパ

 13:30には外出する。
 駅前の角のバールがガルガーノバスのチケットを扱っているようだった。
 ルチェーラ行を往復買った。
 ついでに揚げパンとカプチーノで2ユーロ。
 たくさんの人が待っているあたりで、聞いてみたらそこがルチェーラ行の停留所だった。

 14:00にバスが2台来た。どちらにもルチェーラの表示はない。
 後のバスの運転手に聞いたら、そのバスが行くというので乗車した。

 バスは団地の中を通り、荒野をひた走った。
 35分でルチェーラに着いた。門があるところ。
 インフォメーションへの矢印があるので、その方向へ歩いた。
 しかし、行けども行けども見当たらない。
 20分は歩いてようやく街の中心らしいところにあった。
 ところが、インフォらしきドアは閉まっていた。
 すぐ近くがドゥオモ広場のようだ。もちろんこの時間は昼休みで閉まっている。


ルチェーラのドゥオーモ                  ご主人を待ってた子


ルチェーラの昼下がり

 下りたバス停付近の壁にはカステッロへの矢印があった。
 だが、そこまでもどるのも疲れる。
 地元の女性に尋ねると、途中まで一緒に行ってくれた。この人もイタリア語のみ。
 プリントしていったミシュランの地図も理解不能のようだ。

 教えてもらった道なりに歩き、また別の人に聞いて、ようやく城の姿を発見した。
 なかなか規模が大きそうだ。
 ここもかのフェデリコUの作った城。
 ジョギングをしたり、犬の散歩をしたりする地元住民。
 老人は公園のベンチやバールで固まっていた。
 のどかな午後。
 えっちらおっちら歩いてたどりついたはよいが、なんてこと、城への入口は閉まっていた!
 冬の午後はやっていないのかな?
 まあ事前の調査も不足していたかも。


ルチェーラの城
入れなくて残念。中はそうとう広いようだ。

 16:00のバスに乗れそうなので急ぎ足。
 トロイア門(?)の手前でちょうどバスが来るのが見えた。
 16:40ころフォッジャにもどった。
 街中のモニュメントの写真を撮った。怪しい人も多い。


フォッジャ中心にある記念建造物

 SPIZZICOで水とスプライトと野菜サラダとサンドイッチを購入。7.6ユーロ。

 ルチェーラは街中にいくつか地図を見かけた。
 銅版のレリーフ的な形状で、ほとんど実用的ではない。
 やはり「歩き方」のようなマップがないと、観光には無駄が多い。
 まあルチェーラの街の雰囲気だけでも味わえてよかったが・・・・。


2/1(木)  モンテ・サンタンジェロへ マンフレドニアへ

 ヒーターが効いて暖かく眠れた。
 6:30起床。
 7:20ころ朝食へ。イタリア人の仕事系おじさんがぱらぱら。
 コーヒーは不味かったが、赤いオレンジジュースが美味。りんごやキウイがあった。
 TVの予報によると、アドリア海沿岸は晴れのようだ。
 しかし、空をと見るとどんよりしている。傘を持ってリュックで出かけることにした。

 8:20レセプションには昨日とちがう男性がいたので、フォッジャのシティマップのコピーをもらった。
 この初老の男性はまともな対応だった。
 ドゥオーモの位置も教えてもらった。行けたら行こう。

 外の寒いこと。
 フォッジャ駅構内のキオスクでSITAバスのモンテ・サンタンジェロ行を往復購入した。4ユーロ×2枚。
 乗場の位置を聞くと、外まで出て説明してくれた。
 駅から見るとロータリーの向こう、右がルチェーラ行で、左がモンテ・サンタンジェロ方面行のようだ。

 少し待つと、Monte S.Aと書かれた8:45発のバスが入ってきた。
 運転手に確認して乗り込んだ。

 このフォッジャからモンテ・サンタンジェロの路線はとても変化に富んだ風景が広がる。
 フォッジャからの雑然とした市内を離れると、海岸から少し離れた道路を走る。
 舗装がきちんとしていてけっこうスピードを出す。
 両サイドには工場などもあるが、ほとんどはオリーブのくすんだ木が生える荒野だ。
 マンフレドニア湾の海が見える頃、空は晴れてきた。
 シポントはわからないうちに通り過ぎ、マンフレドニアの活気ある街中をバスは走る。
 細長い街だ。人出が多い。
 クルマも多く、少し渋滞。
 マンフレドニアもリゾートの雰囲気だ。夏はもっと華やかになりそう。魚屋も目立つ。
 バスには検札が乗ってきて、切符をチェックした。

 マンフレドニアの街を離れて左折し、ぐんぐんとS字カープをいくつもくりかえし、山の上へ。
 石垣を組んだ段々畑にはオリーブの木。
 たまにピンク系の花咲く木、梅みたいなアーモンド? シチリアで見たかも。
 海がきらきら光って眩しい。
 こんな荒地の崖の上に天使ミカエルが降り立ったのか・・・・・とても不思議。


山の中腹からマンフレドニア湾が・・

 新しく住宅を建設する一角があると思ったら、バスは山上の市街の細い道に入った。
 10:30、それが終点かどうかわからなかったが、みんな降りるので私も下車した。
 どうやらここが、モンテ・サンタンジェロのピアッツァ・アオスタらしい。(自信はない)
 狭い石畳の道にはクルマがひっきりなしに通る。
 おじいさんたちが群をなして日向ぼっこだ。日本では見かけない光景だ。
 そのおじいさんの1人にイタリア語で「サンミケーレ・アルカンジェロ」と書いたメモを見せた。
 だが、教えてくれたのはまったく反対方向だった。
 また別のおじいさん、そしてマダムに聞いて、ようやく矢印を発見した。

 しかし、その表示に従って歩いていくと、裏からのアプローチになってしまい、とんでもない遠回りだった。
 たしかに遊歩道が作られている。だが、日陰で凍っているのだ! 車道を歩いた。


霜だか雪だか・・・

 なんとかサン・ミケーレへたどりついた。
 建物や塔の白くすがすがしい雰囲気。さすがに聖地だ。
 上方の天使の彫刻、とてもいい感じ。


聖ミカエルの聖所 正面上の天使


シャルル・ダンジューによる鐘楼       この入口から階段を下りる

 重みのある石段を下りて進むと、洞窟の中に礼拝場所があり、ガラスケースの中に天使がいた。
 小学生の集団がおとなしく座っている。
 観光客も多い。
 私も腰を下ろしてお祈りをしたり、他の彫刻やプレセピオを鑑賞した。
 そのうちミサが始まったので、退散。

 サン・ミケーレから城はすぐだった。道路名になっていたのでわかりやすい。
 入口にはハスキーみたいな犬がねそべっていた。よく寝ている。

 1.8ユーロで入場する。
 他に見物人はいないので、ゆっくり見学できた。


モンテ・サンタンジェロ城の入口

 なかなか見晴らしがよい。修復もされている。
 内部に後姿のマネキンが立っていた。囚われの女性らしく黒い布袋を被らされていて不気味だ。
 じっさい塔は牢屋で、奥は迷路みたいになっていた。
 出てきそうだ。高貴な女性も閉じ込められたと読んだ。


城の内部


城から見るサン・ミケーレの鐘楼                後姿もスタイルよしの城

 ロウタリの墓は工事中で入れなかった。

この左がロウタリの墓
                サンタマリア・マジョーレ教会

 レストランを探してぶらつく。
 12:30にようやく営業直前の一軒に入った。AL GROTTINO
 オレキエッテ・ポモドーロ、子羊のアリスタ、赤ワイン(小)、ブルスケッタも付いてきた。最後はエスプレッソ。
 どれも美味しかった。オレキエッテはプーリアのパスタ。柔らかくて素朴。
 16.5ユーロでカードは不可。1.5のチップをプラスして18ユーロのランチだ。

 次のバスは14:10なので、ちょっと市街を散策。
 斜面に白い街がつくられている。迷路だ。
 洗濯物を路地に干している生活感あふれる風景が広がっていた。
 人口密度は高いかもしれない。


モンテ・サンタンジェロの昼下がり


城近くに連なる家々

 とうとうインフォメーションはどこにあるのかわからなかった。
 ここも地図なしガイドブックなしの観光。
 無駄な動きが多いが、たまにはこういうのも新鮮でよいと思おう。
 まだ13時台なのに、山の上に吹き上がってくる風の冷たいこと。
 着いたときあんなに人がいっぱいいたバス停付近も閑散としている。昼休みだからね。

 ようやく14:10発のバスに乗ってマンフレドニアへ。

 マンフレドニアのメインの停留所らしきところで下車。(確かではない)
 次のフォッジャ行のバスは16:15だ。
 1h25歩き回ろう。
 だが、マンフレドニアの地理も皆目見当がつかない。
 行にバスから見た感じでは、道路は碁盤の目に走っている印象だったし、そう難しくはないと思った。
 城は海沿いにある気がしたので、海岸に出た。
 少し歩くと、ヨットハーバーの向こうに城が姿を見せた。


マンフレドニアの城

 このマンフレドニアの城もフェデリコUの作なのだ。ほんと、いくつ城を残してるんだろ。
 中は考古学博物館になっているというので、2.5ユーロ払って入った。
 展示は貧相だし、工事中なのでロープが張られている部分が多い。
 屋上も半分も入れない。なんだ、がっかり。
 この城は外からの方が見応えがある。紋章のレリーフとか。
 灯台や港を入れて写真撮影する。

マンフレドニア

城付近

 マンフレドニアのドゥオーモだか某教会だかのあるあたりは、道の敷石も歴史的に磨り減っていていい感じだった。

 急いで下車したバス停にもどり、16:10を待った。
 このバスの運転手はガールフレンドを近くの席に乗せ、お喋りのしまくりだ。
 前方不注意もいいとこ。ケータイがかかってきたら、話し込んだまま片手運転。

 17:00に夕暮れつつあるフォッジャ駅に着いた。アイスティを買ってホテルにもどる。

 今日は、念願のモンテ・サンタンジェロに巡礼。
 そしておまけのマンフレドニアにも立ち寄れてめでたしめでたし!


2/2(金)  フォッジャ→トラーニ→レッチェ

 4:00に目が醒めるがまた寝る。
 昨夜トラーニのプリントマップを眺めていたら、駅からドゥオーモまで2km近くありそうだった。
 往復50分くらいかかりそうだ。(迷わないとしても)
 当初10時の電車を予定していたが、7:55のに早めることにして、急いで支度した。

 7:00ジャストに朝食。パン2種とチーズ、ハム、ヨーグルト、オレンジジュース、コーヒー。
 7:30チェックアウトした。

 フォッジャの駅では自販機で、トラーニまで(5.1ユーロ)とトラーニ→レッチェ(11.4ユーロ)の切符を買った。
 のろいエレベーターもあった。
 
 7:55の電車は数分遅れで発車した。
 通勤通学の人が大勢乗るが、満席にはならない。
 車窓には葡萄畑が広がる。牧草地や畑も多い。
 たまに工場的な建物もある。

 5分ほど遅れて9時前にトラーニ着。
 トラーニの駅には予想していたが、コインロッカーも荷物預かり所もない。
 バールとキオスクと窓口で聞いてみたが、どこも預かってはくれなかった。(3ヵ所ともイタリア語のみ)
 今どき得体の知れない東洋人(私のこと)の荷物なんて、とんでもないのでしょう。
 当局のお達しもあるのかもしれないし・・・・。
 飛行機の機内持ち込みの厳格化もあるし、ほんとに旅がしにくい時代になったものだ。

 しかし、トラーニの聖堂は是非見たかったので引き下がるわけにはいかない。
 カートを引いたまま観光するしかない。

 海方向へはだいたいわかるが、道は大変。
 歩道はフラットではないし、20cmくらいの段差がある。
 古い家並の続く通りは車の通行が激しい。
 敷石がまたカートの車輪には気の毒だった。
 右腕は今夜たぶん筋肉痛だろう。

 トラーニの街は風情のあるパラッツォがところどころに残っている。


トラーニ市街  デ・アンジェリス邸              磨り減った石畳、いい感じ!

 昔の繁栄を偲ばせる佇まいだ。
 中庭のあるつくりになっていて、アーチをくぐって入るとか・・・。

 やっとの思いで、トラーニ大聖堂にたどりついた。
 想像どおりの美しい立ち姿。海からの強風が吹きつける中、凛凛しく佇んでいた。
 見学者は私一人。


トラーニ大聖堂

 小さな入口から地下に入り、28本の大理石の柱など見学。
 もちろんカートも一緒に狭い階段を上り下りした。ハー、疲れる。


トラーニ大聖堂の地下部分

 上堂は外から入るのかと思ったらやはり下から脇の小さい階段を上るのだった。
 上堂内部は白く修復されていて、あまり面白みがなかった。洗いすぎ?
 12世紀のモザイクというのはわからなかった。
 1175年作だという青銅の扉ははずして展示されていた。なるほど歴史的。
 荒れた海のザブンザブンという音が絶え間ない。

 大聖堂の外にまわってみる。風が凄い。
 後姿も彫刻がくっきりして美しい。ほんと、容姿端麗の聖堂だ。
 猫が遊んでいた。

 城はすぐ隣りなのでカメラにいっしょにおさめる。


トラーニ大聖堂とホーエンシュタウフェン城

 またまたカートを引いて城へ。

 このホーエンシュタウフェン城はまたしてもフェデリコの築いたもの。
 四角張っている。
 2ユーロ払って見学。カートは預かってくれた。
 立派な説明パンフレットもくれた(英語)。
 内部には部屋がいっぱいあり、整備されている。
 説明パネルもあるので、わかりやすい。
 三脚で撮影している青年が1人、あと客はいない。
 この城も牢獄として使われたようで、一日中波の音を聞きながら閉じ込められていると発狂しそうだわ。


強波にさらされる城                      城の中庭は静寂

 11:30には2ヵ所の観光を終え、港に出て写真を撮った。邸宅は名前がよくわからない。


ガダレータ邸?

 またカートを引きつつ道をもどり、一軒のカフェの外席に座った。
 カプチーノが1ユーロ。水もついてきた。Extra Bar。しばらく休憩。


寒くても外席がいい

 レストランは街中にはあまり見当たらない。(港付近にはあったが)
 あったとしても13:00〜の営業なので時間が合わない。
 
 駅近くのバールでもと、うろうろ探しようやくピザとピーチジュースにありついた。2.4ユーロ。

 13:20の電車に乗った。ディレットなので停車駅が多い。
 小さい駅でもホームなど床石も手直ししてあって、民営化されてからきれいにしつつあるのだろう。
 バーリを中心として乗降客は多いし、レッチェまで乗る人もけっこういた。

 バーリを過ぎたあたりはオリーブの古木が多い。
 幹が太くうねった形状のものが目立った。
 赤茶色の地面に緑の草の絨毯、モスグリーンのオリーブの葉。
 そして、緑の上には黄色い花がいっぱい咲いていて美しい。
 また、アーモンドの木も満開でピンクの花をいっぱい咲かせていた。

 驚くべきことに定刻にレッチェに着いた!
 駅前のバールで水1ユーロを購入。
 殺風景なレッチェ駅前はいがいと冷たい風が吹いている。
 思ったより気温が低い。


何もないレッチェ駅前

 B&Bオーロラを探すのに苦労した。
 なんとビルというかマンションの一角なのだ。どこにも名前が出ていない。
 さがしあぐねている私の姿を見かねたのか、近所の人(?)がオーロラを探しているのか、と聞いてくれた。
 イタリア語なのに何故かわかった。
 そのおじさんはマンションの入口のベルまで案内してくれて、このボタンを押すのだよ、と教えてくれた。

 ベルを押し、インターフォンで名前を言うと開錠してくれた。
 3階まで上がる。もちろんエレベーターはある。
 出迎えてくれたのは陽気な主人の青年だった。英語ぺらぺら。
 マンション全体の入口と家の玄関と部屋と、3個の鍵を受け取った。
 レッチェのシティマップもくれた。役立つ。
 ダブルベッドの広々した部屋。全体はオレンジ系でファブリックは青と趣味がいい。
 床は大理石だった。


ゆっくり滞在できたB&Bオーロラ

 バスルームも引き戸式のシャワー(可動)、新しくてきれいだ。
 50ユーロ×4泊。カード払いする。快適にステイできそう。
 部屋のすぐ外に冷蔵庫があり、0.5ユーロの水があるのもうれしい。

 17:00前に出かける。
 ほぼ日没の時間帯で夜のレッチェは絶好の被写体なのだ。
 しかし、私のおラクなカメラではこの眼前の美しさはとても写し撮れない。
 しっかり自分の目で見て記憶にとどめるしかないな。

 オーロラのオーナーが教えてくれた近道を通り、旧市街へ入る。
 サンビアッジョ門から入ると、すぐにサン・マッテオ教会だ。
 こじんまりしているが、ファサードの彫刻がすばらしい。
 なるほど、これがレッチェ・バロックというのね。
 通りの両側にも凝った彫刻の窓やバルコニーの家が続々。

 ドゥオーモ広場はライトアップされていて荘厳な雰囲気だ。
 ドゥオーモにはいろんな制服の修道女たちがグループで入っていき、ミサが始まるみたい。
 少しだけ末席に参加する。


ドゥオーモ広場

 うろうろ歩いてサンタ・クローチェ聖堂に行き当たり、ファサードのものすごさにびっくり。
 彫刻があふれている。
 中に入ると天井が印象的だった。

 けっこう長い時間歩くが、暖かくなるどころかどんどん冷えてくる。
 南イタリアだというのにどういうことだろう?

 この寒いのに歩いている人はいっぱいいる。
 バールはあるがレストランは少ないようだ。
 さんざん歩き回ったあげく、19:30にチャイナ・タウンへ入った。

 ハイネッケンの大瓶と鶏コーンスープ、餃子、海老炒飯を頼んだ。
 味はまあまあ、不味くはない。スープが特においしかった。
 他に客は1組いた。
 11ユーロと安く上がった。

 レッチェはすごい。
 この21世紀に特殊な街だ。残っていることが凄い。
 旧市街のバロック建築もだが、パラッツォなどもそうとうな邸宅が残っている。
 数世紀前のものがそのままで使用されているのだ。
 



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