今日も、全身をかけ抜ける激痛と激しい咳に、目が覚めた。
今まで飾ってあるだけだった、自分の部屋の机で最後の仕事を終えた後、
俺は薄暗い部屋の中、ふらつく足を叱咤して、椅子から立ち上がり、部屋を出た。
柔らかい、廊下の絨毯をしっかりと踏みしめ、
俺はなるべく普段通りに歩いているように、歩く。
「っぐ!、ゲホ!ゴホ!・・・ゴホゴホ・・・・。」
はぁ。くそっ!息苦しい。アークのところまでがやけに長く感じる。
こういう時だけは、こんなでっかい家にちょっと嫌気が差す。
扉の前に来た。手に取っ手を取り、静かに深呼吸をした。
涙が溢れそうで、ここから走り去りたい気持ちで、俺はわずかに震える自分の手を見た。
中に、入りたくない。
でも、今入らないと・・・・。
アークに、言わなきゃいけない事が・・・・。
俺は扉を開けた。
「カイン。」
思わず目を見張った。
だって、こいつ。あんなに闇の気配を纏わせながら、どうして白い光が似合うんだろう?
窓辺の近くの椅子に座り、白光の中、穏やかな笑みを浮かべ、俺を見ている。
「おいで。」
光の中から手を伸ばすアークに、俺は引きこまれるように近づいて行った。
アークの手を取り、その綺麗な顔を見つめてみる。
そう言えば、こいつはいつからこんな穏やかな顔をするようになったんだろう。
「カイン?」
「しばらく、このままでいて良いか?」
椅子に座ったままのアークの上に座りこみ、俺はその胸に顔を埋めた。
「・・・眠いんだ。」
そう言う俺の頭を、アークは優しく梳いていく、何度も。
あぁ、俺、やっぱりこの感触好きだ。優しくて気持ちが良い。
「アーク、俺さ、・・・俺、お前に会えて良かったと思う。」
「・・・どうしたんだ?急に。」
あはは、やっぱ驚いてる。
「別に。言いたいから言ってるだけ。いいから聞いてろよ。」
赤くなる顔を見られないように、アークに自分の顔を押し付けるが、どうもそんな事はお見通しらしい、
頭上でクスクスと、笑い声が振ってきた。
少しむっとしながらも、俺はだんだんと重くなる手足や瞳をなるべく考えないようにして、伝えたい事を伝える。
「良くわかんないんだ。何で俺があんたに惹かれるのか。何で、全部を捨ててでもあんたの所に行きたかったのか。
でも、こうしてっとさ、すごく落ち着くんだ。今までに無いぐらいに。
それを感じたかったから、あんたの所へ来たのかな? そうだといいな。」
とても、気持ちが良いんだ。あんたに触れてると。あんたの瞳を見つめて、その黒く長い髪に閉ざされてると。
暖かい闇に、全てを包まれているみたいで。
感じた事の無い大きな温もりを、あんたなら、俺に分け与えてくれるんじゃないかと、直感したのかもしんねぇよな。
それだけじゃ、俺がここにいる理由にならないか?
「お前は、私の元へ来なくては行けなかったから、来たのだろ?
お前が今ここに居てくれれば、それでいい。ここへ来た理由など、いくつでも後から作ればいい。違うか?」
「・・・・そうかも。」
ああ、どうしよう。涙が出てきそうだ。やっぱり俺、離れたくない!!こいつを一人にしたくない!!!
我慢してたのに、最後だから、心配させないようにしてたのに!
どうして・・・。
「カイン?どうした、何故泣く?」
「・・・・アーク。アーク、俺。」
「ん?」
やばい、手先が・・・。
「・・カイン?」
視界が、 ぼやけ・・・
「おい!カイン!!」
大丈夫だから、アーク。 まだ、あんたの温もりは伝わってるから・・・・
やばい、ちょっと思ってたより、早いかも・・・。あー・・イーブの嬉しそうな顔が、目に浮かぶ。
「カイン!カイン!!返事をしろ!カイン!!!」
ごめ・・、返事できそうにねぇわ。
最後の、俺の言葉、さ、 忘れないで・・・。俺の、本当の言葉、だから。
今まで、馬鹿だったからさ、伝えたくても、言えなかった言葉、言うから・・・。ちゃんと、聞いてて・・・。
「アーク。 ・・・すき、だよ。ずっと・・・。今まで・・ごめん。いっしょ、に・・いて、くれて・・・ありがとう。
誰、よりも・・・たいせつ、な・・・」
「カイン!!!!!」
あぁ、涙って、悲しい時だけ出るもんじゃねぇんだ。
とても幸せな時にでも、自然と溢れるもんなんだな。
死に場所が、こいつの腕の中で良かった・・・。
ぽかぽかと、暖かいのは、アークと日光の所為か?
気持ち、いい・・・
このまま。溶けちゃい、そうだ・・・
死んだら、俺の魂・・・どこ、行くんだろ・・?
この、ひかりの中に、とける、の、かな・・そうだと、いいな・・・こんどは、おれが、つつんで・・・・・
アーク・・・・・・
「カイン―――――ッ!!!!!!!!!!!!」
マトリから知らせを聞いて、丁度家に帰ってきていた私は、すぐにカインの部屋へと向かった。
急いで扉を開けると、優しい光に包まれるようにして、カインはいた。
私に気がつくと、穏やかな笑みを見せた。
「もう、大丈夫なのか?」
「ああ、平気。心配かけて悪かった。」
「いや」
守ってやれなくてすまなかった。
そう言いたかったが、何故か口に出すのが憚れた。
カインが体を起こしているベットに近づき、私はベットの横に、カインに振動を与えないよう、静かに座った。
「傷の方は?」
「ほとんど塞がってるみてー。こんぐらい怪我で大げさだよ、お前らさ。」
「・・そうか。」
どうやら本当に大丈夫のようだ。安心して、カインをそっと抱きこみ柔らかい髪を撫でる。
カインが私に寄りかかり、そっと目を閉じて力を抜いていると、
「カイン!!?」
乱暴に扉が開き、驚く私とカインの前に、困ったような楽しそうな顔をしているマトリを連れて、カノトが現われた。
「よかったー。心配したんだから!!」
「あ、うん。悪かった・・・ありがとう。」
最初は戸惑っていたカインだが、カノトが力が抜けたように近づいてくると、小さな笑いをカノトに向け、そう言った。
ソファに座る私の足に頭を乗せ、カインは寝ていた。
またゆっくりとした、私達の時が回り始めたような気がする。
今までに感じた事がないほど、白い光に包まれた穏やかな時間が流れる。
邪魔者もここ最近は控えているのか、以前ほどこの家に出入りする事は無くなった。
カインの胸にいつもあったロザリオが、あの日から消えていたが、カインの中で何かが吹っ切れたのだろうと勝手な解釈をした。
無くなった弟に、ソレを捧げたのかも知れないと。
「ん・・・。」
カインが足の上で寝返りをうった、と思った次の瞬間。カインがいきなり起きあがり、大きく苦しそうに咳き込み始めた。
「大丈夫か?」
背中を丸め、手でのどを押さえ、目じりに生理的な涙を溜め、カインは、それでも中々止まらない咳に苦しんでいる。
「ゲホ、ゴホッ・・・ハ、ハァー、ハア・・。・・・・悪い、ちょっとむせた。」
「何か飲むか?」
目じりに溜まった涙を拭っているカインにそう聞くと、欲しい、と言う答えが返ってきた。
「すぐに入れてこよう。暖かいものの方がいいか?」
「いや、冷たい方がいい。」
「分かった。少し待っていてくれ。」
カインの頭を軽く撫で、立ち上がり、私は部屋を出た。
扉を閉めるその直前。私はカインが自分の胸を掴み、泣きそうな顔をしていたのを見た気がした。
「あと、少し・・。それまでは、自分のしたいようにして、いいよな?」
アークの出ていった部屋で、俺は溢れそうな涙を堪え、痛みに、耐えていた。
残された時間を数えながら・・・。