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・14

月夜
今日も、全身をかけ抜ける激痛と激しい咳に、目が覚めた。
 
今まで飾ってあるだけだった、自分の部屋の机で最後の仕事を終えた後、
俺は薄暗い部屋の中、ふらつく足を叱咤して、椅子から立ち上がり、部屋を出た。
柔らかい、廊下の絨毯をしっかりと踏みしめ、
俺はなるべく普段通りに歩いているように、歩く。
 「っぐ!、ゲホ!ゴホ!・・・ゴホゴホ・・・・。」
はぁ。くそっ!息苦しい。アークのところまでがやけに長く感じる。
こういう時だけは、こんなでっかい家にちょっと嫌気が差す。
扉の前に来た。手に取っ手を取り、静かに深呼吸をした。
涙が溢れそうで、ここから走り去りたい気持ちで、俺はわずかに震える自分の手を見た。
中に、入りたくない。
でも、今入らないと・・・・。
アークに、言わなきゃいけない事が・・・・。
俺は扉を開けた。
 
 「カイン。」
思わず目を見張った。
だって、こいつ。あんなに闇の気配を纏わせながら、どうして白い光が似合うんだろう?
窓辺の近くの椅子に座り、白光の中、穏やかな笑みを浮かべ、俺を見ている。
 「おいで。」
光の中から手を伸ばすアークに、俺は引きこまれるように近づいて行った。
アークの手を取り、その綺麗な顔を見つめてみる。
そう言えば、こいつはいつからこんな穏やかな顔をするようになったんだろう。
 「カイン?」
 「しばらく、このままでいて良いか?」
椅子に座ったままのアークの上に座りこみ、俺はその胸に顔を埋めた。
 「・・・眠いんだ。」
そう言う俺の頭を、アークは優しく梳いていく、何度も。
あぁ、俺、やっぱりこの感触好きだ。優しくて気持ちが良い。
 「アーク、俺さ、・・・俺、お前に会えて良かったと思う。」
 「・・・どうしたんだ?急に。」
あはは、やっぱ驚いてる。
 「別に。言いたいから言ってるだけ。いいから聞いてろよ。」
赤くなる顔を見られないように、アークに自分の顔を押し付けるが、どうもそんな事はお見通しらしい、
頭上でクスクスと、笑い声が振ってきた。
少しむっとしながらも、俺はだんだんと重くなる手足や瞳をなるべく考えないようにして、伝えたい事を伝える。
 「良くわかんないんだ。何で俺があんたに惹かれるのか。何で、全部を捨ててでもあんたの所に行きたかったのか。
  でも、こうしてっとさ、すごく落ち着くんだ。今までに無いぐらいに。
  それを感じたかったから、あんたの所へ来たのかな? そうだといいな。」
とても、気持ちが良いんだ。あんたに触れてると。あんたの瞳を見つめて、その黒く長い髪に閉ざされてると。
暖かい闇に、全てを包まれているみたいで。
感じた事の無い大きな温もりを、あんたなら、俺に分け与えてくれるんじゃないかと、直感したのかもしんねぇよな。
それだけじゃ、俺がここにいる理由にならないか?
 「お前は、私の元へ来なくては行けなかったから、来たのだろ?
  お前が今ここに居てくれれば、それでいい。ここへ来た理由など、いくつでも後から作ればいい。違うか?」
 「・・・・そうかも。」
ああ、どうしよう。涙が出てきそうだ。やっぱり俺、離れたくない!!こいつを一人にしたくない!!!
我慢してたのに、最後だから、心配させないようにしてたのに!
どうして・・・。
 「カイン?どうした、何故泣く?」
 「・・・・アーク。アーク、俺。」
 「ん?」
やばい、手先が・・・。
 「・・カイン?」
視界が、 ぼやけ・・・
 「おい!カイン!!」
大丈夫だから、アーク。 まだ、あんたの温もりは伝わってるから・・・・
やばい、ちょっと思ってたより、早いかも・・・。あー・・イーブの嬉しそうな顔が、目に浮かぶ。
 「カイン!カイン!!返事をしろ!カイン!!!」
ごめ・・、返事できそうにねぇわ。 
最後の、俺の言葉、さ、 忘れないで・・・。俺の、本当の言葉、だから。
今まで、馬鹿だったからさ、伝えたくても、言えなかった言葉、言うから・・・。ちゃんと、聞いてて・・・。
 「アーク。 ・・・すき、だよ。ずっと・・・。今まで・・ごめん。いっしょ、に・・いて、くれて・・・ありがとう。
  誰、よりも・・・たいせつ、な・・・」
 「カイン!!!!!」
あぁ、涙って、悲しい時だけ出るもんじゃねぇんだ。
とても幸せな時にでも、自然と溢れるもんなんだな。
死に場所が、こいつの腕の中で良かった・・・。
ぽかぽかと、暖かいのは、アークと日光の所為か?
気持ち、いい・・・
このまま。溶けちゃい、そうだ・・・
死んだら、俺の魂・・・どこ、行くんだろ・・?
この、ひかりの中に、とける、の、かな・・そうだと、いいな・・・こんどは、おれが、つつんで・・・・・
アーク・・・・・・
 
 
 
 
  「カイン―――――ッ!!!!!!!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
マトリから知らせを聞いて、丁度家に帰ってきていた私は、すぐにカインの部屋へと向かった。
急いで扉を開けると、優しい光に包まれるようにして、カインはいた。
私に気がつくと、穏やかな笑みを見せた。
 「もう、大丈夫なのか?」
 「ああ、平気。心配かけて悪かった。」
 「いや」
守ってやれなくてすまなかった。
そう言いたかったが、何故か口に出すのが憚れた。
カインが体を起こしているベットに近づき、私はベットの横に、カインに振動を与えないよう、静かに座った。
 「傷の方は?」
 「ほとんど塞がってるみてー。こんぐらい怪我で大げさだよ、お前らさ。」
 「・・そうか。」
どうやら本当に大丈夫のようだ。安心して、カインをそっと抱きこみ柔らかい髪を撫でる。
カインが私に寄りかかり、そっと目を閉じて力を抜いていると、
 「カイン!!?」
乱暴に扉が開き、驚く私とカインの前に、困ったような楽しそうな顔をしているマトリを連れて、カノトが現われた。
 「よかったー。心配したんだから!!」
 「あ、うん。悪かった・・・ありがとう。」
最初は戸惑っていたカインだが、カノトが力が抜けたように近づいてくると、小さな笑いをカノトに向け、そう言った。
 
 
ソファに座る私の足に頭を乗せ、カインは寝ていた。
またゆっくりとした、私達の時が回り始めたような気がする。
今までに感じた事がないほど、白い光に包まれた穏やかな時間が流れる。  
邪魔者もここ最近は控えているのか、以前ほどこの家に出入りする事は無くなった。
カインの胸にいつもあったロザリオが、あの日から消えていたが、カインの中で何かが吹っ切れたのだろうと勝手な解釈をした。
無くなった弟に、ソレを捧げたのかも知れないと。
 「ん・・・。」
カインが足の上で寝返りをうった、と思った次の瞬間。カインがいきなり起きあがり、大きく苦しそうに咳き込み始めた。
 「大丈夫か?」
背中を丸め、手でのどを押さえ、目じりに生理的な涙を溜め、カインは、それでも中々止まらない咳に苦しんでいる。
 「ゲホ、ゴホッ・・・ハ、ハァー、ハア・・。・・・・悪い、ちょっとむせた。」
 「何か飲むか?」
目じりに溜まった涙を拭っているカインにそう聞くと、欲しい、と言う答えが返ってきた。
 「すぐに入れてこよう。暖かいものの方がいいか?」
 「いや、冷たい方がいい。」
 「分かった。少し待っていてくれ。」
カインの頭を軽く撫で、立ち上がり、私は部屋を出た。
扉を閉めるその直前。私はカインが自分の胸を掴み、泣きそうな顔をしていたのを見た気がした。
 
 「あと、少し・・。それまでは、自分のしたいようにして、いいよな?」
アークの出ていった部屋で、俺は溢れそうな涙を堪え、痛みに、耐えていた。
残された時間を数えながら・・・。

・15へ

 「おい、アーク・フィア。アーク!おいってば!」
・・・・だめだ、変化ねぇ。 カノトがこの部屋を飛び出してから、俺はまた声を掛けてみだが、反応なし。
何だか、変な気分だ。
こうしてカインを見てる限りじゃあ、寝ているようにしか見えない。触るとその冷たさに寒気が走る。
本当に、死んだのか?
もしかして、お前この事知ってたから俺にお前のロザリオ、こいつに渡してくれって言ったのか?
あーあ、幸せそうな顔しちゃて。そんな顔してたら、怒れるもんも怒れねーだろ?
・・・悲しく、ないのか?お前は。
アーク・フィアは悲しんでるぞ?そこんとこちゃんと考えたのかよ?
見ているこっちがまいっちまうようだぜ? このままほっとけば、何もせずとも死んじまう。
 「アーク・フィア。これ、お前にって、カインが・・・。預かってたんだ。」
アーク・フィアの目の前に、預かったロザリオを見せた。
 「幸せそうな顔してさ、俺に、いつかお前に渡して欲しいって、笑ってたぜ?」
すると、今まで動かなかったアーク・フィアが、ゆっくりと顔を上げた。
まるで仮面のような、表情が全くない白い顔をしていた。
思わず目を逸らし、カインを抱いている片手に、俺はそれをそっと乗せた。
アーク・フィアは、ゆっくりとロザリオを胸元に持っていき、じっとそれを眺め始めた。
何だか、胸が痛い。
アーク・フィアから目を逸らす。
カーテンが風になびいているのが見えた。
白い光と風に、カーテンがひらりひらりと翻り、まるで窓のそとへ誘っているかのように見える。
なぁ、カイン。心配掛けないようにしたんだろ。だから隠してたんだろ?
俺やカノトに話しても、アーク・フィアにばれると思ったんだろ? 
治しようがなかったから言わなかったのか?
それとも・・・、死にたかったのか?弟を殺して、自分も死ぬつもりだったのか?
・・・違うか、お前がアーク・フィアを置いてくわけねーもんな。
じゃあ、・・・死にたくなかったんだな。
突然、俺は腹が立って腹が立って、むかついてきた。どうしようもなく!
叫び散らして、暴れまわりたい気分になった。
怒りのあまりに涙が浮かぶほど、俺は、自分自信に腹が立った。
暴れたくて、殴りたくて、蹴り飛ばしたくて、どうしようもなかったが、この静かな空間を壊したいとわ思わなかった。
足音さえ殺し、俺は部屋からそっと出た。
扉をゆっくりと閉める。隙間から時アーク・フィアはまた、カインをきつく抱きしめていた。
 
 
 「泣いてるの?」
扉の横でうずくまっていた俺の頭上から、小さな声が聞こえた。
顔を上げると、カノトが立っていた。手に何かの紙を持って。
俺は何も言わず、カノトを見た。
彼女の目が、赤くなっている事にきずいたが、掛ける言葉が浮かんでこなかった。
 「見て。カインの手紙。」
言葉少なに、カノトが手に持っている手紙らしい紙を渡してきた。
無言で受け取り、それに目を通す。
それは、カインの字で簡単に自分の死について書いてあった。
あまりにも簡単すぎて、笑っちまう。
最後に小さく書かれた「ごめんなさい」の文字に、涙が出てくる。
 
カインは、弟、イーブに刺された短剣の毒で、死んだ。
解毒剤などない特殊な毒で、治すことが出来ないから、と。
アーク・フィアを、頼んだ、って・・・。
俺たちでどうにかなるような状態じゃねーんだよ!
あいつの心は、お前と一緒にどっかいっちまった!
それぐらい、お前はあいつの一部だったんだぞ!!
分かってたのかよ・・・・・?
知らなかっただろ・・・・・?
 
 
・・・・・・・・・お前の、最後の頼み。
                   聞いてやるぜ。
 「カイン?」
私が森の中を歩いてると、ソレ、は、空気のように現われた。
穏やかに、とても穏やかに、光の中。 笑っていた。
 「・・カイン、なの?」
違う、カインじゃない。だって、おかしいもの。今まで私が見たくなかった者たちみたいに、
命無い者たちみたいに、カインのような影は、穏やかな光を纏い、透けていた。
まるで光から出来ているみたいに。
カインが、死んだ・・・・?
・・・・・・まさか・・。
あぁ、でも。
そうだとしても、そうじゃなかったとしても!
私はこの、彼に似ている人を、このまま見捨てる事が出来ない!!
始めて自分に流れる血筋に感謝します。
消えてしまいそうな光に向かい、私は手を差し伸べた。
 「手を、取って・・・・。」
光は、穏やかな笑みを浮かべたまま。
透けているその白い手を、ゆっくりと私の手に重ねた。
 
 
 
 「どう言う事なんだよ!!!」
アークとカインの家へ飛びこむと、大きな罵声が聞こえた。
その声を頼りに家の中を走り抜ける。
 「どう言う事だって聞いてんだよ!!!!」
 「マトリ!!」
 「・・・カノト!・・・カイン、が・・・・。」
あぁ、やっぱりあれは、本人・・・。
 「知ってる。見た、もの・・・。」
 「?」
マトリが顔をしかめてるけど、私はそれには答えず。カインを抱いたまま動かない、窓辺の椅子に座っているアークに近づいた。
 「アーク・・?」
 「無駄だぜ?何度話掛けても、ピクリとも動きゃあしねぇ。・・・カインも、離さない」
 「カインは、・・・本当に?」
 アークからマトリへと視線を移した私に、怒っているような泣いているような、いろんな感情が入り混じった顔をして言った。
 「冷てぇんだ。生きてるとは思えないほど・・・動かない・・・息をしてるとは、・・・考え、らんねぇ・・・。」
 「どうして?・・・」
何でこんなことに?おかしいわよ、仲良くなったんじゃなかったの?死ぬの分かってたんなら、何か言ってくれたって良かったじゃないのよ!!
信じらんない!信じらんない!!信じらんない!!!
なんで、アークを置いていくようなことしたのよ!カインの馬鹿!!
 「あ、おい!カノト!!」
このままここで、悲しみになんか浸ってやんないんだから!
絶対に、カインが死んだ理由を見つけてやる!
私は、じっとしてらんなくんなって、その衝動のまま部屋を飛び出た。
その途中で、ふと、さっきの光景を思い出した。
白い光に包まれ、アークに抱かれていたカインと、カインを抱いていたアーク。
二人ともそのまま光に溶けていきそうで、光に二人を連れていかれそうで、私は頭を振って、その考えを追い出した。
滲んでくる涙を、唇をかんで堪えながら。
私はカインの部屋へと走った。