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最初見つけた時は、幻か何かかと思ったね。
薄く広がる霧の中に、ひときは白い固まりが木の根元にあるんだからよ。
驚いてよくよく見りゃ、何てことない、白い髪の男がうずくまっているだけだったけどな。
近づいてみて、白だと思った髪がクリーム色だったことと、人間じゃないことが分かったけど、
まあ、見つけちまったもんはしゃーないし?声を掛けてみた。
なんだかなー。この世の終わりみたいな顔しちゃってさ、朝だってのに、暗い空気を纏わせちゃって、
目を背けたら消えてしまいそうだった。
煩いだのなんだの言ってる割には、ちゃんとこっちの話に返事を返してくるあたり、躾がいいっつーか、なんつーか。
そしたらいきなり泣き出すしよ。世話好きで、困ってる人をほっとけない俺としては、これ、決定打。
いきなり、幼い弟を持った兄になった気分。
軽く頭を叩いてやってから、冷たく冷えた手を取って立ちあがらせ、ボロボロと涙を零すこいつに、安心させるように笑った顔を向けた。
 「俺はマトリって言うんだ。お前の名前は?」
俺がそう言うと、こいつはまた泣きそうになるのを、唇を噛んで我慢し、小さく呟いた。
 「・・・ユエ、でいい。」
でいい。ってなんだ?他にも名前があんのか?
まあ、何かわけありのようで、俺はあえて何も聞かず、ユエと言ったそいつを自分の家に案内してやった。
 
森の中にひっそりと建てられた、おんぼろな小屋。
冷たくなっている体を温めるため、ユエに毛布を渡し、椅子に座らせた俺は、暖かい食べ物でも、とキッチンまで来た所で、
はた、と気がついた。
俺、料理作れねーじゃん。
作る必要ねーし?
人間の食べ物は嫌いじゃないから、たまに食うけど外で食っちゃうし、自分で作ろうなどと思うわけもないし。
困った。どうしようか?
とりあえず、唯一作れるコーヒーを二人分作ってからユエの元に戻る。
 「わりぃ。俺、料理できないの忘れてたわ。飲みもんだけで良いか?」
 「・・・ありがとう。」
呟いて、合わせていた毛布から手を伸ばしてきた。
熱いからな、と声を掛けてからカップを渡し、俺もユエの正面に椅子を持ってきて、どさりと座り込んだ。
しばらくコーヒーを啜る音だけが、狭い部屋に響いた。
外からの光だけで明かりを取っているので、窓から遠い部分は少し暗い部屋に、鳥の声がたまに響く
 「で?なんであんな場所に座り込んでたんだ?家でも追い出されたのか?」
突然話し掛けたせいか、ユエの体がびくりと震え、ゆっくりとこちらを見た。
初めて真正面からこいつの顔を見たが、銀色の瞳なんて初めてみたわ、俺。
 「ほれ、何でもいいから喋っちまえよ、こういう時はその方がすっきりするぜ?」
 「・・・マトリ、って言ったよな。」
 「うん?」
 「お前さ、・・・人間じゃないんだよな?」
 「うん。」
 「じゃあ、・・・アーク・・・って、・・・・どんなやつか知ってるか?」
 「は?」
口を開いたのは良いことだが、いかんせん、その言葉の意味が分からん。
 「アーク、って、アーク・フィアの事か?」
 「・・・そう。」
呟く口以外は、人形のように無表情なまま、ユエは視線を下にして俺の言葉を聞いていた。
 「知ってる、っつーか・・・、何で?あんた、アーク・フィアの知り合い?」
返事はせず、眉を伏せるだけのこいつに俺は溜息をついてから尋ねた。
 「なんだか全然わかんねーから、最初から全部話しちゃわない?」
顔を上げ、俺を見上げるユエを、俺も目を逸らさず見つめ返す。
 「・・・わかった。」
長い沈黙の後、ユエはそう言った。  
 
 「おーい、生きってかー?」
突然間近で聞こえた男の声に、俺は閉じていた目を開けた。
うっすらと、白い朝日が木々の間からこぼれ落ち、冷たい霞が俺の体を包んでいるのが分かった。
鳥のさえずりは遠くまで響き渡り、静かだった森にざわざわとした空気が溢れる。
木の根元にうずくまるようにしていた俺を覗き込む男の瞳が、逆光で影となっている顔の中で金色に光っていた。
あの男と同じような色の瞳なのに、その雰囲気がまったく違う。彼じゃない。知らない奴だ。
 「・・・なんか用?」
呟いて、視線をおろした。
全てがだるくて仕方がない。顔さえ上げるのが億劫だ。なにより、体中冷え切って動かない。・・・動きたくない。
 「用・・っつーか、死んでんのかと思ったぜ。」
 「生きてるから、向こう行け。」
喋りたくもないんだよ。
 「今は生きてても、そのうち死ぬぞ?んなとこいると。」
 「煩い。関係ないだろ。」
 「関係ない・・って言われてもな〜、なんつーか、人としてほっとけないじゃん?」
もう一度、目の前に立っている男を見上げた。
明るく照らす光が、男の全身をさらけ出していた。金に光る目は優しく、短く切られた黒い髪は暖かく、俺の目には映った。
しかし、朝の光の中でさえ失わない夜の気配に、俺は不覚にも誰かを重ね、潰されるような心を隠すように
また顔を下へ向けた。
 「人じゃないだろ、お前。」
浮かび出る涙をこらえながら、気持ちを落ち着かせるために俺は、目の前の男に溜息混じりにそう言った。
 「あ?何でわかんの?」
 「お前だって、俺がナニか分かってんだろ?」
気配みたいなもの、その種族にだけある空気。隠そうと思えば隠せない事もないだろうが、隠す必要もねぇし、
こいつだって隠す気配がない。
 「ま、そうだけどよ。俺は人間味溢れるやつなのよ、困ってる者を見ると助けたくなる性分なわけ。」
 「別に、困ってない。」
 「嘘を付け。いかにも困ってますって顔してんじゃん。」
 「あんたの目が悪いだけだ。」
うずくまったまま俺がそう言うと、頭上から溜息が聞こえた。
俺のことはほっといてくれ。
困ってなんかいない。助けなんていらない。もう、一人なんだ。暖かい温もりなんていらない。優しい言葉もいらない。
ただ一人、そんなのをくれる人は、もう俺をいらないみたいだし。
親のように、兄弟のように、その暖かさをくれた人の、長い夜のような髪が俺の頭の中にちらついている。
俺の涙腺は相当脆いようだ、あいつのことを考えただけで、涙が溢れる。
 「・・・うっく。」
肩を振るわせる俺の頭を、ぽすぽすと、大きな手のひらが優しく叩いた。
 「とりあえず俺ん家来いよ、体冷え切ってんだろ?温かいもんでも食わしてやるから。」
優しい声音でそう言われた、と思ったら、俺の体をひぱってその場に立たされた。
何時の間にか、冷たかった霞がなくなり、暖かい日差しに暖められた空気が木々を暖めていた。
 「詳しく話を聞かせてくれよ。俺でよけりゃ、相談相手になってやるからさ。」
子供を安心させるような、人の良い笑顔をしたそいつは、もう一度俺の頭を軽く叩くと、
 「そういや、名前言ってなかったよな?俺はマトリって言うんだ。」
そう言い、お前の名前は?と、言った。   
 

・11

月夜
 「カインは私が拾ったようなものだ。」
 
 「あいつは、そう思ってるだろうけど、本当は俺があいつの元へ行ったんだ。」
 
 「青い花に包まれるようにして、カインは私を見て笑った・・・」
 
 「俺が勝手に一目ボレして、勝手にあいつの家の近くに堕ちて行ったんだ」
 
 「何故私がカインを、そのとき拾ったのかは・・・、今なら分かるかもしれない。」
 
 「アークが俺を拾ってくれたのは、幸運だった・・・、・・・本当に。」
 
 「『必然』だったのかもな」
 
 「・・・・・・」
 
 「孤独でいた私の前に、突然現れた天使だった。」
 
 「同族の敵に憧れを持つなんて、どうかしてると思ったけど、俺は・・・あいつの闇に、心奪われたんだ。」
 
 「カインの、満月の光のような穏やかな輝きに、・・・心が奪われていった。」
 
 
 
 『きっと、離れられないと思う。 何があっても・・・・・。』
 
 
 
 「俺にとって」
 
 「私にとって」
 
 「アークは」
 
 「カインは」
 
 「・・・・・」
 
 「・・・似合う言葉が見つからないな、」
 
 「強いて言うなら」
 
 「そうだな、あえて言うとすれば」
 
 「自分の半身みたいな・・・」
 
 「なくてはならない、心の一つ・・・」
 
 「そんな感じ。」
 
 「・・・そうだな、そのようなものだ。」
 
 
 

・12へ

森が、血に染まったかのように赤く染まっていた。
小さな風が、私の服の裾を翻し散っていく。
もう少しすれば、空は群青に染まり星が輝き出す時刻。
私と、隣を行くカノトとの足元から伸びる影が、森の奥へと吸い込まれている。
結局、カインは見つからなかった。
 「はあ、疲れたー。今日はもう終わりにしない?カインだって、家に帰ってるかも知れないでしょう?」
伸びをしながら、隣の女は無責任なことを口にした。
 「睨まないでよ。暗い森の中を捜すなんて危ないし、本当にカインが帰ってるかも知れないでしょ?
  そう焦らないで、一回帰ったほうがいいわよ。」
微笑んだカノトは、「案内してよ」と言うと、勝手に私の前を歩き出した。
たとえこの女が一人森で迷ったとしても、私一人森の奥へ進もうかと思ったが、次の瞬間、
―――私を殺したら、カインが悲しむわよ?―――
この女が言った、脅しともとれる言葉が頭をよぎった。
 「・・・・・・」
 「?どうしたの?カインが待ってるわよ?」
根拠も無い自信は何処から来るんだ?
カインが私を待っている事など、・・・あるんだろうか?
いるかも知れない、と言う淡い希望と、いなかったら、と思う深く暗い思いが、胸の内にあふれ出てくるのが分かる。
私の、・・私達の家に、帰ってきてくれるのだろうか?
ああ、でも今は、その顔を見て抱きしめたい・・・
 
 
 「?」
 「どうしたの?入り口で立ち止まんないでくんない?ねぇ?聞いてる?」
家の玄関の扉を開け、一歩中に入った時だった、家の奥から微かに人の気配を感じた。
思わずその方向を眺め、その気配を探る。
後ろにいるカノトも何かを勘付いたのか、押し黙って奥を覗き込んでいる。
人の気配は二つ、そしてその場所は・・・
 「!!」
分かった瞬間に、私は走り出していた。
真っ直ぐにその場所へと向かう。
近づけば近づくほど、確かな気配が伝わってくる。
穏やかな、満月のような、自分で傷つけたくせに求めていた・・・
 「カイン!!!!!」
扉を壊すような勢いで開け、探していた姿を目の前にして、
 「アーク!!!」
真っ直ぐに私の中へと飛び込んできた、暖かい温もりを、
柔らかいクリーム色の髪を、その細い体を、カインを包み込む空気を、そして安らぎを、
私は力の限り、抱きしめた。
 「ごめん、ごめんなさい、お願い、もう困らせるような事絶対にしない。だから、お願い。」
私の首に腕を回し、顔を胸に押し付け、カインが悲痛な声を上げる。
頼むから、そんな声を出さないでくれ。悪いのは私なのだから、お前が悲しむことなんて無いのだから、
泣かないでくれ。
 「一人にしないで、傍に、いさせてくれ・・・」
 「カイン」
しがみついてくるカインを少しだけ離し、深い銀の瞳を覗き込む。
あふれ出る涙をそっと舐め取り、もう一度、強く抱きしめその耳元で囁く。
 「カイン、すまなかった。」
腕の中で、カインが小さな子供のように首を横に振っている。
 「私が馬鹿だったんだ。私の方こそ、お前に傍にいて欲しい。いつでも、いつまでも。」
泣かないでくれ、もう泣かせはしないと誓うから。
カインが力の限り、私にしがみ付いている。 涙を流し、嗚咽を堪えて。
私は、カインが泣き止むまでずっと、その髪を優しい気持ちで梳いていた。
もう、絶対に手放せないな、と嬉しく思いながら。
柔らかいクリーム色の髪に、そっとキスを落とした。 
一歩ごと近づくだびに、足は震え、胸は煩いぐらいに脈打つ。
もう一度、あの夜に会いに行くのだと、会いに行って、一言詫びの言葉を言うのだと、
考えれば考えるほど、何も見えなくなり息苦しくなっていく。
こんな辛さ、初めて味わった。
弟のイーブに告白した時でさえ、こんなに苦しい思いはしなかった。
途中で俺、倒れるんじゃないかと自分で自分の心配をするぐらいだ。
 「おーい。」
後ろから、間の抜けた声が小さく聞えた。
確かマトリと言った、俺をアークの元に歩ませる原因を作った男の声だ。
無視して前へと進む、壊れそうな程鼓動を刻む心を、一刻も早くどうにかしたかった。
 「おーいってばよ、」
また、後ろから声が掛かった。
 「なぁなぁ、もうちょっと落ち着いたらどーだ?」
落ち着いてられっか!
唇を噛み締めて、足早に歩く俺の横にマトリが並び、歩きながらもこちらの顔を覗き込んでくる。
 「少しは落ち着かねーと、まーた何口走るかわかんねーぞ?」
それまで駆け出す直前のように足を速めていた俺は、その言葉にぴたりと足を止めた。
何だか、確かにそうなるかも知れないと、思った。
胸の鼓動が納まっていく変わりに、なんか、イライラしてきた。
小さな自分自身に腹が立ってきた。
物凄く暴れたい衝動に刈られる。
 「ユエ?」
足を止め、何かを耐えるようにしている俺に、心配そうにマトリが声を掛けてきた、
 「うっせーよ」
そう言う俺に、マトリは一瞬顔をしかめたが次にはにんまりと、変な笑った顔を見せた。
その顔に、思わず半歩下がる俺。  
 「そーか、そーか。そんなに緊張してんのか、そっかー。」
マトリはニタニタ笑いを浮かべたまま、一人何かを納得したように頷いている。
あらためて思うけど、なんなんだこいつ。
俺が怪しいものでも見るような目で見上げていると、その視線に気がついたのか、
マトリが俺の方を向き、朗らかな優しい笑みを浮かべ、言った。
 「そんなに緊張してるって事はさ、お前、よっぽどアーク・フィアに嫌われたくないんだな。」
何故か、衝撃を受けた。
アークに嫌われたくない事は当たり前だし、あいつの傍にいたいとも、今でも思ってる。
マトリの言ってる事は正しくて、驚くような事じゃ無い筈なのに、むしろ肯定するべきものなのに、
何故か驚いた。
驚きつつ、俺は心のどこかで安堵の息をついた。
それと共に、手足の震えもイライラも、ふっと無くなったように感じた。
新鮮な空気が自分の中に入ってくるような感覚。
色彩の無かった景色に、柔らかな色が見えてきた。
そっと、マトリを見上げれば、優しく笑っていた。
その笑顔に背中を押されるように、俺はゆっくりと歩き出した。
少々薄暗い部屋の中、俺は、カップを握り締めボーっとしているユエを見た。
大体の事情を聴き終え、今度は頭の中でまとめてみる。
 「・・・・・」
えーっと、ユエがアーク・フィアの読書を邪魔して怒らせた。
まとめるも何も、俺にはただの喧嘩だとしか思えねーんだが、
 「とりあえずお前さ、謝ったのか?」
俺が思ったことをそう言うと、ユエが驚いたようにこっちを見た。 謝ってねぇなこりゃ。
 「誰かを怒らせたんなら、謝んのが普通だろ?」
 「でも、今更」
 「時間なんて関係ねぇって、いつまでも心ん中に、もやもやしたもの持ちたかねぇだろ?
  言っちまった方が多少はスッキリするって。な?」
ユエは何かを言いたげに口を開きかけたが、途中でそれを止めた。
じっと俺の目を見つめ、何かを考えているようだ。
まあ、察しはつくけどな。
なんつーか、口に出したらユエに睨まれそうだから言わねーけど、母親にこっぴどく怒られた子供みてーだ。
のん気にそんな事を考えていると、考えがまとまったのか、ユエが落ち着かなそうに視線をあちらこちらへとさ迷わせている。
その様子がこれまた子供のようで、思わず口元が緩む。
考えはついたが、行動に移すタイミングを悩んでいる様子のユエに、手を貸してやる。
 「で?謝りに行くのか?」
とたん、ユエの子供じみた空気が消えた。
真っ直ぐ、見るものを惹きつけるような強い瞳をこちらへ向け、凛とした空気を纏う。
 「行く。今すぐにでも。」
その唐突の変わりように驚いたが、どこか安心してユエを見つめることが出来る。
子供では纏えない空気を纏い、深い銀の瞳の中に、強い意思を表す。
 「そっか、んじゃあ行こうか?俺もついてってやるしさ、怖いもん無しじゃん?」
おどけて笑って見せると、肩から毛布を被っただけのユエが、初めて小さな笑みを見せた。
その時俺は、どんな時でもこいつの力になってやろうと、心の片隅で思った。
どんな形であれ、こいつが願った事を叶えてやりたいと、
そんな思いをさせる、悲しみが混じった小さな笑みだった。
俺は早速、ユエと共に自分の家を出た。
―――のろけなのかしら・・・
半分本気でそう思ったわ。
思わず口出ししそうになったけど、横を歩くアークの表情を見てやめた。
とても優しそうな顔を、本人自覚無いんでしょうけど、していたから、思わず驚いて口出せなかった。
こんな冷たそうな人でも、暖かな表情をするんだ。
まるで、満月の月が光り輝く夜空のような雰囲気を出している。
暗い夜空の中の暖かな空気がこの人を包んでいるような感じ。
・・・アークが夜空なら、カインは月のようなものかしら?
アークもそう言ってるし、そうなのかも。
 「で、その心の片割れは今どこにいるか、わかるの?」
心配顔に戻ったアークと、苛立つ私は今、森の中を探索している最中。
木洩れ日からの光が気持ち良く、吹く風はさわやか。皮肉なぐらい気持ちの良い、散歩日より。
時折響く鳥の声は遠くまで響き、歩くたび鼻を掠めていくのは土の香りと、木々の香り。
時折匂う、甘い名も知らぬ花は、今の私を癒すどころか苛立つ材料にしかなりゃしない。
 「・・・分からない。だが、もしかして、カインは私達に探されるのを嫌がるかもしれない・・・、もし、そうなら・・・」
隣から聞える、更なる苛立ちの材料に、長くは無い私の堪忍袋の尾が・・・切れてはない、まだ大丈夫、だけど切れかかっている状態。
 「・・・・・・・・・・。」
今口を開けば何を言い出すか分からないから、とりあえず黙って心を落ち着かせようと努力する、えらい私。
・・・だけど、甘かった。
次に聞えたアークの台詞に、私はあっさり切れた。
 「カインが私のことを嫌になったのなら、こうしてカインを探しだす事は、カインを苦しめることになりはしないのか?
  このまま、カインを静かにさせてやってはどうだろうか?」
 「ざけんじゃないわよ、この馬鹿。」
わたしの言葉のないようと、その声の低さに、アークが無表情のまま歩みを止めた。
 「カインがあんたの事を嫌になるぅ?馬鹿ね、馬鹿。どこをどう見てそーゆーこと言うのかしら?あんた私より長生きしてるおじいちゃんじゃないの? それとも、歳とり過ぎて若者の考えなんかわかんなくなっちゃった?どっちにしろ馬鹿ね。」
 「・・・何が言いたい。」
 「馬鹿だって、言ってんのよ。」
私がそう言いきったとたん、空気の温度ががらりと変わった。
暖かい陽気が一転、冷たい空気へと変わる。
顔を見なくてもアークが私を睨んでる事ぐらい嫌でも分かる。
どうしよう、体が震える。
この人は人間じゃないんだ、その事を知ってる癖に忘れてた。
殺されるかも知れない。その恐怖に体が震えて止まらない。どうしよう・・・
 「私を殺したら、カインが悲しむわよ?」
考えるより先に、言葉が私の口から突いて出た。それも冷静な声で。
自分の声に勇気付けられるように、私はアークを見上げる。
 「貴方を嫌いなれず、私が死んだ理由を自分のせいにして、自分を責めて、悲しむわよ?」
 「分からないだろう。貴様の死などでカインが悲しむかどうか。」
 「いえ、悲しむわ。たとえそれが私じゃなくとも、数日間共に過ごした人間が自分の所為で死んだら、カインは心の底に傷を作るわ」
私は、冷たい輝きを見せる金の瞳をじっと見据えたまま動かない。
動けない、と言うものあるが、なによりここで目を逸らしたら負けになるような気がした。
何に負けるのか分からないけど、負けたら、きっと前には進めない。そう根拠もなしに強く思った。
 「何故そう言いきれる。」
アークの、理解できない、とでも言いたげな声に、彼の心の声を聞いた気がした。
カインが何を考えているのか、自分には分からない。
そう、聞えた。
 「多分、私とカインとは本質的に似ているのよ、多分、ね。」
そう私が言うと、アークがゆっくりと視線を逸らした。   
森を奥をまっすぐに、少し悲しそうに見詰め、「そうか」とだけ呟いて黙り込んだ。
鳥の声が遠く響いた。穏やかな風が私とアークの髪を揺らした。
眩い太陽の光が、道はこちらだと言いたげにまっすぐ前に伸びていた。
 「行きましょ。」
歩き出した私の後ろに、アークが付いて来ているのが分かった。
なぜか私は気分が楽になったのに気がついた。
カインは無事でいる。
穏やかな森が、そう私に伝えたかのように・・・