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・11へ

カインと一緒にいた女は、カノトだと名を告げた。
 うまく頭が動かない私に、自分の家で詳しい話を聞かせて欲しいと言った。
 カインを探し出すために。
 
 家の中に通され、座ったソファの前に飲み物を出された。
 丁度向かいにカノトが疲れたように、ソファに沈んだ。
 何故だか、家中に明かりが灯されている。
 外の光は、まだ朝早い事もあり少し頼りないが、明るさが足りない事は無い。
 白い光が窓から入り込み、部屋の中のオレンジの光をかき消している。
 カノトは、そんな部屋の明かりを、ちらりと見た後、私に話し掛けてきた。
  「まず、あなた達の関係と、こうなった理由、その他詳しい事、教えて貰おうかしら?」
 足を組み、砕けた姿勢を取ってはいるが、その目は私をしっかりと見つめている。
 私が何者であるか嫌でも知っている筈なのに、恐がる素振りはちっとも見せない。
 ただの強がりか、それとも・・・。
  「私がカインを酷く傷つけた、それだけだ。」
 そう言うと彼女は、そっけなく「ふーん。」と、だけ言った。
 言葉なく黙っていると、相変わらずの姿勢のまま、カノトが口を開いた。
  「一緒に住んでんでしょ?なんで?」
  「・・・?質問の意味がわからない。」
  「あんた達種族が違うでしょ、なんで一緒に暮らしてんのって、言ったの。」
 答えずに、相手の瞳を探るように見つめると、カノトは気まずそうに目をそらし、付け足すように言った。
  「カインも人間じゃないでしょ。分かるわよ。私これでも、巫女の血筋なんだから。」
 そして、視線をずらしたまま口を閉じた。
 私は答えられなかった。
 自分の思いを、言葉として口に出せなかった。
 カインと一緒にいる時のあの感情を、正確に伝える言葉を私は知らない。
 知らないことが、何とも歯がゆい。
 私はそっと、顔を伏せた。
 カノトも、相変わらず黙ったままでいる。
 暗い沈黙が流れる。 外からは鳥の声に混じり、人々の声が少しずつ聞こえ始めた。
 目を閉じていても、眩い太陽の光を感じる事ができる。
 また、そっと顔を上げると、カノトがこちらを見つめながら、
  「とりあえず、カインを探しに行きましょう。その時々に、私の質問に答えてもらうから。」
 静かに言った。  
昨日、カインは帰ってこなかった。
 夕食を作り終え、長い間待っていても、一向に帰ってくる様子は無かった。
 私は、冷めていく夕食を前に、カインを迎えに行くかどうし様か悩んだが、
 結局、行かなかった。
 カインが落ち着いたら、きっと帰ってくるだろうと、根拠もなしに、そう、思っていた。
 遅いなぁ、遅いなぁ、って、思ってたら、いつの間にか眠ってしまっていて、キッチンで朝を迎えていた。
  「・・・ああ、ったくもう。世話の焼ける・・・。」
 変な場所で眠ったせいか、ギシギシ鳴る体を無視して、私は簡単な身支度をすると、
 作ったままの夕食もそのままに、まだ、あの場所に居るであろうカインを、迎えに行った。
 ドアを開けると、眩しい朝日が私を迎えた。
 白い輝きを見せる、太陽の光を見たせいか、何だか胸の突っ掛かりが取れた気がした。
 今日も、天気は良いし、風もそよそよと吹いて、気持ちがいい。
 ピクニック日和だわ。 カインを連れて帰ったら、そのまま出かけちゃおうかしら?
 そんな事を考えつつ、私は、まだ人影がまばらな村の中を、小走りで駆けて行った。
 そう言えば、家中の明かり、点けっぱなしだったっけ?、一回家に戻らなきゃいけないわね。
 まだ涼しい、空気を胸いっぱいに、吸い込んで、あの路地裏の角を曲がった時、ピタリと、体が止まった。
 朝日が射して、昨日ほど暗くはない場所に、闇を纏った男がいた。
 カインとケンカして、昨日も、カインを傷つけていった、あの、冷たい感じの男。
 その男が、私に気づいたのか、ゆっくりと振り返った。
 何でこの男が?
 私が驚いたまま固まっていると、その男は、顔をしかめながら言った。
  「・・・カインは何処にいる?」
 その言葉にますます驚く私に、男は黙って私の言葉を待ってた。
  「え?ここに、いなかった・・?」
 思わず、そう呟くと、一変して男の顔色が変わった。
  「なん、だと? カインの居場所を知らないのか?」
  「知らないわよ、昨日は帰ってこなかったもの、あんたこそ、カインの場所、知らないの?」
 さっきまで、涼しくて気持ちがいいと思っていた風が、今では寒いように感じる。
 目の前の男は、私の問いが聞こえてないのか、急に黙り込み、何かを考えている様子だった。
  「ねぇ、ちょっと、聞いてんの?」
 はっきり言って、この男に、怖いだの何だのと言う、感情を抱いている場合じゃない事だけは、確かだった。
 カインがいない。
 何処に行ったのか分からない。いえ、カインに行く場所なんて無いから、私の家に来たんじゃなかったっけ?
  『カインは何処に・・・?』
 思わずといった呟きが、思いもせず、被った。
 びっくりして隣を仰ぐと、隣の男も、顔をしかめたまま私を見下ろした。
 そして、どちらともなく、
  『利害は一致・・・か、』
 呟いた。
        
気が付いたら、夜が明けていた。
 
 気が付いたら、カインの部屋の前に立っていた。
 
 気が付いたら・・・。
 
 あの重苦しい感情が消え、それ以上に、胸を細く引き裂かれるような痛みが、私の中を統べていた。
 体に力が入らず、何も考えられない。
 今目の前にある、カインの部屋の扉を開けるのに、震えるような手で取っ手を掴み、開くのに、
 時間がかかった。
 体が、動かなかった。
 やっとの思いで、開けたカインの部屋の扉。
 開けたとたんに入ってくる、まばゆいオレンジの光に、思わず目を閉じ、その明るさに目を馴染ませてから、
 そっと目を開いた。
 何も変わっていないはずの、カインの部屋だった。
 少し大きめのベットに、やはり大きなクローゼット、白いレースのカーテンが、フワリ、フワリ、と、
 静かに風に舞っている。
 何故か、部屋の空気が冷たく感じられた。
 風に吹かれる、カーテンの向こうからは、朝の光がこの部屋に差し込んでいた。
 オレンジの光が、部屋を染めていた。
 静かな空気は変わらぬまま、部屋を染める光の色だけが、時間と共に変わっていった。
 冷たい空気を胸に吸い込み、吐き出す。
 少しだけ頭がすっきりしたようだ。
 目を閉じ、また、ゆっくり開けた。
 自分が、随分馬鹿なことをしたのだと、はっきりと気が付いたのがこの時だった。
 子供のように、自分の中の感情に任せて、その場限りの適当な言葉を、カインが傷つく言葉を、口にしてしまった。
 何だか全てが気に入らなく、すべてを壊したい衝動に駆られていた。
 ゆらり、ゆらり、と、白いカーテンが揺れている。
 部屋を染める光は、いつの間にか、白光に変わっていた。
 部屋の中は、日光に暖められ、ほのかに暖かい。
 ふわり、と、大きな風が吹き、白いカーテンが大きくはためいた。
 その、翻る白いカーテンに柔らかい幻影を見て、 私は、扉を開けたまま、その場を後にした。
 最初は早足で、次第にそれが小走りになり、最後には駆け出した。
 カインを抱きしめたかった。
 私の腕の中で、笑って欲しいと思った。
 情けない程の、自分の馬鹿さ加減に、思いきり唇を噛む。
 これほど、手放したくない者なのに、何故あの時は、自分から遠ざけるような事を言ったのだろう。
 こんな自分に、カインは何と言うだろうか?
 呆れられたか? どうでもいい、カインを抱きしめたい。強く。
 私は昨日の場所へと、急いだ。
 さすがに、今住んでいる場所までは、わからなかったが、とにかく急いだ。
 カインをこの腕の中に捕まえるために・・・。
 
 

カインがケンカした相手が、私を襲った、あの男だと言う事が分かった。
 初めてカインを見た時と、いえ、それ以上にカインが泣きそうで、消えてしまいそうな
 顔をしていたから、嫌でも分かった。
 綺麗な人だった、だけどそれ以上に、私は冷たい印象を受けた。
 赤い血や溢れる感情を、その身に持っているのか、分からない人だった。
 私は一人、帰ってきた家に、明かりを点けないままリビングのソファに座った。
 まだ空は明るく、明かりを点けなくても大丈夫そうだけど、
 窓の外から見える家々には、ちらほらと小さな明かりが灯り始めているのが見える。
 不思議な気分。
 何も知らないのに、あれこれ、カインに聞く気にはちっともなれない。 
 何も知らないくせに、本のちょっとだけ、二人の関係が分かったような気がした。
  「はあ。」
 ため息一つ。
 カインに、大丈夫?と、ありきたりの、でもそれしか浮かばなかった言葉を言ったら、
 一人にしておいて欲しい、と、放心したままで言われた。
 壊れそうな、ガラス細工で出来た人形のように、その時のカインは、壊れそうだった。
 ちょっとつつけば、あっけなく壊れる、透明なガラスのようだった。
 今思えば、あのままカインを置いて帰ってこなければ良かったかも知れない。
 私は立ち上がり、暗くなり始めた家の中の明かりを点けた。
 リビングに玄関にキッチン。 外からこの家を見ても、寂しく感じられないように、あちこちと明かりを点けた。
 明かりをあちらこちらに点けた後、私はキッチンに向かった。
 さっき時計を見たら、いつもは夕食を作り終わる時間になってた。
 いつの間にこんな時間になってたんだろう。
 多分、あんまり食べてはくれないだろうけど、なるべくカインの好きな、美味しいものを作ろう。
 少しでも、悲しみが解れてくれれば・・・。
 そう言えば、夕飯の材料。あの場所に置いてきたままだった・・・。
 しょうがないか、あるもので作ろう。ちょっと難しいけど、がんばろう。
 時間が時間だから、たいした物は無理かもしれないけど。
 これからの事は、カインが帰ってきてから考えよう。
 きっと、あの人の下へ帰りたがってるカインと話をして、帰れる方法を考えよう。
 カインと夕飯を食べてから、全てを考えればいい。
 何もわからない、私一人で考えたって、無駄。
 無理やり鼻歌なんか歌いながら、私は料理を作り始めた。
 食べ物の焼ける、いい匂いや音が響いても、お皿を出す、陶器のぶつかる音がどんだけ響いても、
 カインがこの家に帰ってくる様子は無かった。
 明かがあちこちに点されいいるのに、寂しい空気が溢れてる。
 何の音もしないキッチンに、私のため息が大きく響いた。
 結局この日、カインはこの家に帰ってこなかった。 
五月蝿い、邪魔だ。 と、言われた。
 

 何を、考えたらいいのかがわからねぇ。
 日陰に吹く涼やかな風も、カノトの珍しい心配そうな声も、
 何も感じる事が出来ない。
 ただ分かる事は、俺はやっぱり、彼にとっていらない存在で、いなくてもいい存在で、
 側にいたら、うるさくて、邪魔でしかなくて・・・。
 カノトが俺に何かを言ってきた。
 俺はそれに、何かを答えた。
 カノトは、そっと俺から離れていった。 風の音がやけに耳に響く。
 
 
 ふっ、と気が付いたら、壁にもたれ膝を抱えていた。
 知らないうちに、時間が過ぎていったみてーだ。
 辺りには、血に様に赤い光が空から降り注いでいた。
 森に続く道に目をやると、昼間から暗いそこは、今では全を拒絶するかのように、暗闇に閉ざされていた。
 その闇を見ながら、もう、帰れないんだろうな、と、思った。
 あの人を、呆れさせ、怒らせ・・・いや、そうじゃなくて・・・。
 きっと、俺。
 アークにとって・・・・・・・・・ 違う!俺はあそこに居ても、良かったんじゃないか?
 アークの側で、アークの近くにいて、良かったんじゃないか?
 だって、もう何年も・・・ 側にいたのに。
 ああ、でも、俺いっぱい迷惑掛けたし、俺のせいで命を狙われる事にもなったし・・・。
 そりゃそーだ、当たり前だよな?
 アークだって、死にたくねぇだろうし、命を狙われるなんてこと、嫌だろうし。
 良かったのか?どちらかが死ぬ前に、自分達にあった、もとの世界に帰ることが出来て。
 俺がアークに会う前の、アークが俺に会う前の、今までの世界に戻る事が出来て。
 良いことなのか?この別れは・・・。
 頬が冷たいと思ったら、流れた涙に、夜に冷たい風が吹かれていた。
 俺の回りは、闇に閉ざされたように暗く、人々が灯す村の暖かい光に、俺は触れてはいけないようなような気がした。
 冷たく、闇に包まれた俺が、暖かい光に包まれてはいけないような気がした。
 冷たく冷えた壁に手を付き、ゆっくりと体を起こす。
 思ったよりも重労働だったが、何とか体を起こし、今まで世話になった村を、ぼやけた視界で眺めた。
 オレンジ色に輝くそこは、時折吹く冷たい風に負けず、しっかりと輝いていた。
 俺は太陽のようなそこに、背を向け、ふらつく足を叱咤しながら、まだ柔らかさの残る闇の中へと、足を運んだ。
 光の中も、闇の中も、俺の居場所は無いような気がして、どうし様も無かった。
 何も、見たくは無かった。
 俺は、アークに見捨てられた。
 ・・・なんだ、『カイン』の様じゃないか。
 『カイン』に見捨てられた俺は、『カイン』ではなく・・
 それじゃあ、俺は誰だろう・・・・?
 

・10

月夜